華竜の宮 (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

著者 :
  • 早川書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (592ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784152091635

感想・レビュー・書評

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  • 陸地の大半が水没した25世紀。人工都市に住む陸上民と、遺伝子改変で海に適応した海上民との確執が次第に深まる最中、再び人類にとって過酷な試練が近づいていた。海洋SF巨篇。

    久しぶりにSF作品を読んだ気がする。おもしろかった。人口都市や遺伝子改変など、現実に近づきつつあると感じられる。人類の生存がかかった状況でも、他の生き物を愛おしく思う気持ちがなくなったら、人間性を失うことになるということをあらためて思う。


    アシスタント知性体の存在、というか思考?が興味深かった。

    人間の雑多な思考、その多くはただのノイズだが、それを音楽のように聴いている。音程は外れ、リズムは乱れ、しっちゃかめっちゃかで、どうしようもない。人はそれこそを感情と呼び、人間性と呼び、疎ましく感じながらも、愛おしく思うんじゃないのかい。いくら分析しても答えが出ない、理解できない、そういうものが人間の中にあることに強い興味を持っている。だから勝手にやめないで欲しい。一度演奏を始めたからには、最後まで弾ききって欲しい。という。

    パートナーである人間にとって、影(シャドウ)に近い存在

    体を持たない彼らにとって、記憶こそが身体である

  • 面白かった。

    SF的主題はカタストロフィへの戦いになるのだけれど、主人公が外務省の役人で、外交がドラマの舞台になっている。その交渉的戦いが良く書けていてずっと飽きさせない。そきちんと人間が設定されていて、それを表に出さないでいる人間の言動にリアリティが感じられる。

    陸と海の社会が対立的で、主人公は陸にいながら海を対等な相手として見られる人物である。
    なので、その視点に引きずられて海の社会の生態の特異性にまず惹かれる。海の人は双子で生まれ、片方は人、片方は魚船という船・居住区・魚を兼ねたような生き物として誕生する。魚船は生まれるとすぐ海に放され、成長できるまで生き延びた者が帰ってきて人とまた出会うとパートナーとなる。魚船がパートナーと出会えないと獣船という存在となり、人に害をもたらす大きな獣となる。
    その社会の不思議さに思いを馳せて物語を読み進めていくので、最後の方になるまで気付けなかったのだけれど、陸側にも似たような生まれた時からのパートナーが存在する。そちらはアシスタント知性体といい、小さなときから共に育つAIだ。

    AIが一人の人とセットで成長し、その身体情報や感情をFBされ得るという事自体、人工知能の設定として興味深いのだけれど、遠いギリシャ神話時代から人生のパートナー/運命の片割れ、は大きなテーマの一つだ。
    現実ではそれは自分の外に理想として求めていると思う。でも本当は、それは自分の心の内にこそ存在する。ユング心理学の影(シャドウ)がそれで、それは自分のコンプレックス、生きる内で、人生の岐路に、選択することのできなかった可能性だ。この物語ではそれを形にし、人格を与えることで、一つの人間にとっての大きな可能性を語ることができる舞台が作られている。

    著者は狙っているのか、それともその物語に美しさを感じて自然に書いているのか、分からない。もう一つ読んだ短編はAIの物語を更に深めたもので、アシスタント知性体と自己の電子的コピーと純粋AIに関しては、著者が日常的に考察しているテーマなのだろうと思うけれど、魚船の設定もパートナー的で、なんだかそれだけではない著者独自のロマン(またはコンプレックス)を感じる。


    ・「だから、あなたをきちんと育てて、ひとりで生きていける大人にして、きっちりとお別れをする…。それだけで彼は、自分の罪をほんの少しだけ償える。心が救われるの。少しだけ幸せになれるのよ」
    「本当に?そんなことだけで?」
    「ええ。それは彼の心の中に、きっと温かい灯をともすでしょう。たとえこの先、どんなにつらいことが待ち受けていても、エドはそれを頼りに耐えていけると思うわ」

    ・《人間は劇薬と同じだ》
    《劇薬?》
    《その人物が置かれている立場によって、毒にも薬にもなるという意味だ。当人の本質が善か悪かなんて、まったく関係がない。ある立場の中でどう振る舞うか、他人がそれをどう見るか―その違いだけだ。本人が薬だと思っているのに、周囲から毒薬認定される場合もある。逆も同じだ。ある程度以上の地位にあり、多少は頭が回る人間なら、言葉にも二重三重の意味を含めるはずだよ。ストレートに受け止めない方がいい》

  • 積読状態のうちに文庫落ちしてしまった。短編「魚舟・獣船」と同じ世界の長編。

    日本沈没より大きなスケール(スーパープルームで海面が200以上上昇し世界が水没)の災害に立ち向かう報われない官僚(眉村 卓の司政官シリーズを思い浮かべる)を描くスケールの大きな作品。

    なにせ、プロローグで、近未来日本の居酒屋で研究者が地殻の新たな動きについて激論を戦わせていたとおもったら数ページ後には数百年たっていて白亜紀並みの海面上昇で世界は破滅、人類は種としても遺伝子改造して環境変化に対応しているのだ。

    さらに続くスーパープルームの災厄で人類の滅亡は確定。その中でも必死に生き残る道(もはや人間とは呼べない姿になるが)を探して奮闘する官僚。

    情け容赦無い状況を作り出す作者。すさまじいです。

  • 壮大である。
    壮大であり、緻密であり重厚であり…硬質的に美しい物語。

    人間と人間でないものの在り方、人間と人間の在り方、からだとは、こころとは、繋がりとは、世界とは…
    そんな果てしないものを考えさせてくれると同時に、誰かと、何かと、気持ちが重なるということ、思いのために生きるということも、考えさせてくれる。

    地球が滅び、人類が滅びゆこうとする中で、描かれるのはスーパーヒーローではなく、傷を抱えてあがく人間であり、思惑と切望であり、異なる姿形で生きるものたちの交感である。

    生きることに清濁はない。
    生まれたから生き、生きたいから殺し、そして、生まれた以上は死んでいくのだ。

  • 『感想』
    〇交渉という暴力ではなく、人間に与えられた知性を使って物事を解決していこうという青澄そして師匠の間宮の信念は素晴らしいと思った。そしてそれは相手がそう思っていなかろうが関係ない。それができる人がもっと増えたなら世界はもっとよくなるだろう。

    〇しかし力を手に入れられる人は、権力闘争にどんな手を使ってでも勝ってきた人だったりする。だからといって自分もそうなる必要はない。自分が正しいと思うことをできる人が、本当に力を持っている人なのかな。

    〇環境を人間に合わせるのではなく、人間を環境に合わせるよう改造する。この先それが当たり前になることがあるのだろうか。それはもはや人間と呼んでいいのだろうか。

    〇海水上昇により人が住める土地が沈んでいくことは現実としてあり得る。でもその後の海で生きるための改造を施された海上民のような存在は生まれるだろうか。ここから現実的な恐ろしさを感じない自分と関係のない世界を自分が旅することとなった。

    〇特に小説は文章から想像力を膨らませて自分なりの映像を作り出すことが楽しいのだと思っているが、具現化できない言葉が多いところが大変だった。例えば魚舟と獣舟。魚だと思えばよいのか、舟に生命があると思えばよいのか。

    『フレーズ』
    ・腐敗した権力・腐敗した社会という言い方は間違っているのだとリーは言った。腐敗こそが人間の本質、どうやっても切り捨てられない要素だと。権力を得るから腐敗するのではなく、権力は、人間の腐敗した部分を見せやすくしているに過ぎない。(p.174)

    ・人間は劇薬と同じだ。その人物が置かれている立場によって、毒にも薬にもなるという意味だ。当人の本質が善か悪かなんて、まったく関係がない。ある立場の中でどう振る舞うか、他人がそれをどう見るか――その違いだけだ。(p.203)

    ・基本的な知性の構造が同じなら、論理でなんとかできる部分のほうが大きいからだ。価値観の違いなど、些細な差に過ぎないんだよ。(p.339)

    ・交渉というのは、価値観の異なる他者との対話だ。だから、ときにはまったく解決がつかない場合もある。どこまでいっても、平行線にしか見えないことも……。けれども、それに対して知恵を絞り、言葉を絞り、体力を振り絞って、両者が進むべき道を模索しなさい。その行為は、人間が最も知的である瞬間なんだよ。たとえその場で、どれほど乱暴な、どれほど感情的な言葉が飛び交ったとしても、最後まで決してあきらめるな。間接的な効かせ方とはいえ、言葉は、暴力を止められることもある。それを忘れてはいけない。(P.340)

  • 陸地の多くが水没した25世紀の地球で、人々は新しい環境に適応しながら繁栄をしていた。が、再び地球の大異変が予測され、様々な権力の思惑が入り乱れるなか、主人公である外交官が人類の滅亡を阻止するために奔走する。

    別の作品で直木賞候補となり初めて知った作者、図書館にあったものを借りてみたのだが、ここまで本格的な設定のSFを読むのは久し振り。科学的な説明の部分は苦手なので飛ばし読みしていたが、それも最初のうちだけで、あとは壮大なドラマに引き込まれた。
    それにしても、遺伝子の改変で海上に棲むようになった人々や、脳波で通信し精神や肉体までもコントロールするAIパートナーなど、現代の科学をベースに作り上げた架空の設定は興味深い。さらには、いつの時代も変わらない愚かな権力争いなども加わって、特殊な設定頼みの味気ないSFではなく人間味を帯びたスケールの大きな物語として堪能することができた。
    ただ、長編で登場人物が多いため、忘れっぽい私には人物一覧があるとよかったな。

  • 未来SFの話の中に、今の決めれない優柔不断な日本の姿が、ちょっぴり描かれていたり、主人公の知力、体力を絞りきっての交渉術が、リアルに現在とリンクする。

    スマートフォンが究極に進化していくと、アシスタント知性体になるのだろうか?クラウドと繋がった、強化されたai機能を持った機械が、脳に入ってくる世界は、楽しみでもあり、怖くもある。

  • 世界観が完璧すぎる!!
    多くの陸地が失われた25世紀のお話。
    陸上民と海上民と別れて生きている人間たち。
    海上民は、魚船と共に暮らしている。
    陸と海の民の確執、陸の組織たちの思惑、陰謀が事細かく表現されていて、まるでその世界にいるようだった。
    海上民と魚船の結びつきがとても深く、音でやりとりする様子などは、とても幻想的だった。
    タイファンと月牙の関係も素敵すぎる。同じ時に生まれた、海上民と、魚船。双子のような関係なのか。
    また、と青澄と、マキの関係も単に機械と人間ではなく、青澄の心によりそうパートナーとして、深い結びつきを感じた。
    青澄の外交官としての矜持は、感動してしまった。希望を感じる読後だった。

  • SF作品としては中々に重厚な設定で,地球惑星科学から地政学,交渉術まで幅広い知識を総動員したものとなっている。500ページ超の上下2段組という量を読み切るだけの,バランス感覚としての筆力にも優れる。

    エンターテイメントとしての質は高いことは前提で,-1点したのはcriticalの欠如への疑問による。SDGsみたいで。

  • 陸地のほとんどが海に沈み、少しだけ残された陸地に住む陸上民と遺伝子を変え魚舟と共に暮らす海上民。同じ人でありながら、独自の進化により生き方も生活も違ってしまった人々の葛藤に、外交官青澄が立ち向かう。
    世界観がかなり作り込まれており、長いのに引き込まれる。本当にこうなってもおかしくないなと感じる(さすがに魚舟はやりすぎか)。しかし、よく考えれば、地域や人種や宗教で衝突が起こっている現在と、実際にはそう変わらないのかもしれない。結局は、自分のコミュニティと相手のコミュニティを分ける基準が変わるだけのことで。

著者プロフィール

兵庫県生まれ。2003年『火星ダーク・バラード』で第4回小松左京賞を受賞し、デビュー。11年『華竜の宮』で第32回日本SF大賞を受賞。18年『破滅の王』で第159回直木賞の候補となる。SF以外のジャンルも執筆し、幅広い創作活動を行っている。『魚舟・獣舟』『リリエンタールの末裔』『深紅の碑文』『薫香のカナピウム』『夢みる葦笛』『ヘーゼルの密書』『播磨国妖綺譚』など著書多数。

「2022年 『リラと戦禍の風』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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