繁栄――明日を切り拓くための人類10万年史(上)

  • 早川書房
3.90
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本棚登録 : 654
レビュー : 61
  • Amazon.co.jp ・本 (296ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784152091642

作品紹介・あらすじ

歴史を駆動するものは何か?それは「アイデアの交配」だ。膨大なデータで人類史の謎を解き明かす、知的興奮の書。石器時代からグーグル時代にいたるまでを、ローマ帝国、イタリア商人都市、江戸期日本、産業革命期英国、そして高度情報技術社会などを例に、経済、産業、進化、生物学など広範な視点で縦横無尽に駆けめぐる。東西10万年をつうじて人類史最大の謎「文明を駆動するものは何か?」を解き明かす英米ベストセラー、待望の日本語版。フィナンシャル・タイムズ&ゴールドマン・サックス選ビジネスブック・オブ・ザ・イヤー2010候補作。

感想・レビュー・書評

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  • タイトルは『繁栄 ~ 明日を切り拓くための人類10万年史 』。一方、原題は"The Rational Optimist ~ How Prosperity Evolves"。そのまま訳すと『合理的な楽観主義者 ~ 繁栄はどのように進化してきたか』となる。邦題に欠けるこの「合理的な楽観主義者」は本書内でもキーワードとして多用されている。本書の最後を締める言葉は、「二十一世紀は生きるのにすばらしい時代となる。 あえて楽観主義者でいようではないか」なのだ。特にこの本は、極端な環境保護主義者や温暖化反対者や再生可能エネルギー礼讃者などの「非合理な悲観主義」に捕われているのを翻意させることが目的のひとつなのだから、せめて副題には「合理的楽観主義」の言葉は含めてほしい。
    その副題も少しひどい。10万年間がどうのというのは本書の主題ではない。そもそも章立てにも20万年前と5万年前はあるが、10万年前が含まれる章はない。たいして売れているとは思えない『人類の足跡10万年全史』(リチャード・オッペンハイマー)とか『10万年の世界経済史』(グレゴリー・クラーク)にあやかろうとしたのだろうか。マット・リドレーの方がよほどネームバリューがあるのだが。確かにプロローグにも「今から10万年以上前、遺伝子が何十億年もかけてやってきたのと同じように、人間の文化自体がほかのどんな種にも見られないかたちで進化を始めた。つまり、自己複製し、突然変異し、競争し、淘汰し、蓄積し始めたのだ」(P.18)とか、「合理的な楽観主義者はあなたに促す。一歩下がって自分の属する種をこれまでとは違った目で見るように、と。しばしば挫折を経ながらも10万年にわたって進められてきた人類の壮大な企てを見て取るように、と」(P.74)とかいう重要な記述はある。ただ、副題にこう書くことで、過去に関する歴史的分析こそが主題のように読者をリードしてしまう。自らをして「楽観主義者」と書くからには、本書は将来に関する本なのだ。それは本を読めばわかる。

    やはり題名は著者の意図を十分に汲んで付けてほしいものだ。

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    まずはタイトルの批判から入ってしまったが、内容は充実したよい仕上がりになっている(タイトルがその一部を台無しにしている)。著者は『柔らかな遺伝子』や『ゲノムが語る23の物語』という定評のある著作があるサイエンスライターだが、生物の遺伝や進化から文化や社会の進化論にその軸を移して臨んだのがこの大著だ。副題の"How Prosperity Evolves"でEvolves (進化)という表現を入れているのも、このことを十分に意識してのことだ。著者がなじんだ進化と淘汰の概念を、様々な歴史的証拠をベースに社会進化に当てはめて語るというのがこの本のポイントだ。時間がなければまずはここだけ読めばいいと思う内容が書かれたプロローグのタイトルも、「アイデアが生殖(セックス)する」だ。読み進める内に話が冗長だと感じることがあるのかもしれないが、それもこれも「なぜ合理的かと言えば、気質や本能から楽観主義に行き着いたのはなく、証拠を集めることでそこに至ったから」であり、「このあとに続く本文を通して、私はみなさんにも合理的な楽観主義者になってもらえればと願っている」からだ。でも上下二巻はちょっと長いな。

    本書はまず、人類の「繁栄」の一歩となった楚が「交換」の能力を手に入れた、という言明から始める。火を使うことよりも、言語を使うことよりも、手を使うことよりも、交換をするということが人類を他の類縁の種とを隔てる決定的な違いとなったという。人類は交換の手段を得たことにより、他の類人猿と比べて爆発的な繁栄を手に入れたというのが著者の主張だ。「交換の普及と専門化と、それが引き出した発明、すなわち時間の「創造」 ― これこそが歴史の最大のテーマなのだ」(P.74)

    現在の過去に類を見ない繁栄を描写した第1章に続く章立ては 、次の通りだ。各章のはじめに象徴的で、意外なデータを示すグラフが付けるのがルールとなっているが、こういった様式にこだわるのはきらいではない。

    第1章 より良い今日 ... 繁栄 - 現在
    第2章 集団的頭脳 ... 交換の開始 - 20万年前~
    第3章 徳の形成 ... 信頼の形成 - 5万年前~
    第4章 90億人を養う ... 農耕の発生 - 1万年前~
    第5章 都市の勝利 ... 都市と交易 - 5000年前~
    第6章 マルサスの罠を逃れる - 1200年~
    第7章 奴隷の解放 ... エネルギー革命 - 1700年~
    第8章 発明の発明 ... テクノロジーの収穫逓増 - 1800年~
    第9章 転換期 ... 悲観主義 - 1900年~
    第10章 現代の二大悲観主義 ... アフリカと気候 - 2010年~
    第11章 カタラクシー ... 合理的楽観主義 - 2100年

    とにかく、その調査量には脱帽する。でも、長いよ。
    それから、上巻と下巻の区切りの箇所があまりにも途中で変。なぜ?

  • 昔からことあるごとに、昔は良かった、今はよの末だと言われているが世界は確実に平和に幸福になっている。
    現在パリに住む中級レベルの主婦とルイ14世を比べても主婦の方が便利で幸福度は高いはず。
    今さかんに取り上げられている危機、エネルギー問題、人口爆発、国際紛争などもきっと人類は解決に向かって進めるはず。と世の中にあまた出版される世紀末系の書籍、言論を笑い飛ばす本です。

  • 1.「技術」によって世界はより良くなっている。
    2.「分業」によって「技術」は産まれる。
    3.「交易」によって「分業」は可能となる。

  • これは★が10コくらい欲しい。

    個人的には『銃・病原菌・鉄』よりも面白かったです。この本の主張は「昔は良かった、とみんな言うけれど、昔は悲惨だった」ということと「人類は交換によって繁栄し、これからも繁栄し続ける」ということの2点。これを上下巻で反論の余地もないほどネットリとクリティカルに展開していきます。マット・リドレーは、この人ほど「ネオリベ」という思想を体現している人はいないという感じです。日本ではネオリベが諸悪の根源のような捉えられかたをされますが、ネオリベ思想の究極は生命賛歌だ! と言うのが伝わってきます。

    マット・リドレーは遺伝子関係の本を何冊も書いている科学ジャーナリストなので、自然の創発的な現象に重きを置いている。それが社会思想的にはネオリベと親和性が高いのだと思う。自由放任と個人主義によって、人間の繁栄は約束されるということを、歴史の分析を通じて照明していくところがスリリングです。「昔は良かった」というノスタルジーを「でも、平均余命は低かったし治安も悪かったし、労働も血を吐くようにきつかったよね」と徹底的に攻撃します。

    「商業が発展するとモラルが生じる」という視点は、「衣食足りて礼節を知る」という話なのですが、それが(あの)ウォルマートにも当て嵌まるとき目からウロコが落ちると思います。


    で、311後にこの本を読んだので、どうしても「日本は」と考えてしまいます。日本の現状は『繁栄』の主張に当て嵌まらないようで、実際は政府(官僚機構)の過剰な介入によって、繁栄が阻害されているのだなぁと思いました。アメリカのように国民保険がないのはちょっとどうよですが、日本のように政府があれもこれも、と手を伸ばして「財源がない」と増税に走るのはちょっと違うんじゃないかと。

  • いったい人と動物の何がちがうんだろう?
    古来よりそれを一言で表現しようと試みられてきた。
    人は○○をする唯一の動物である。その言葉によって。

    曰く、人は道具を作る動物である。
    本当に?古代の人類は見事に左右対称なハンドアックスを作ることができた。でもそれだけだった。彼らは数十万年の間変わることなくハンドアックスを作り続けた。彼らが進歩させたことといったら、見事に左右対称なハンドアックスを、より見事に左右対称なハンドアックスに変えたことくらいだった。

    曰く、人は言語を使う動物である。
    本当に?骨格や遺伝子の研究によると、ネアンデルタール人は言語を使った可能性が高い。しかも複雑な言語を。でも彼らは絶滅した。遺跡を見ても彼らの道具が進歩していった様子は見られない。

    それじゃ人と動物を隔ているものは何なんだろう。そこでこの著者は言う。人は交換をする唯一の動物である、と。


    なんだそれ?そう思うかもしれないがちょっと考えてみよう。物々交換をしている動物って見たことある?
    確かに血縁関係を守る行為や、お互いに背中のしらみを取り合うような行為は動物にも見られる。
    でもここでいう交換はまったく血縁関係にない見ず知らずの他者とお互いに合意の上で取引をすること。これってスゴイことじゃない?
    俺のドッグフードやるから俺の代わりに吠えてくれない?そうやって取引する犬なんて考えられる?


    交換はお互いを豊かにする。釣り針をつくって魚を釣りに行くより、釣り針をつくる人と魚を釣る人がお互いに魚と釣り針を交換する方が得をする。それが高度になっていけばいくほど。
    ひとりで鉄鉱石を掘って、1000度以上の炎で精錬し、鋳造し、鍛えることなんてできるだろうか?
    交換することによって専門化が進む。鉄鉱石を掘る人、精錬する人、鋳造する人、鍛える人、それぞれがそれだけをやることでひとりで全部やるよりも技術は進歩する。釣りをする人、農業をする人もしかり。交換によっておまんまにありつけることで、安心して専門的な仕事に専念できる。
    もし誰もその技術と、食料やその他、様々なものと交換してくれなかったならそんなことやってられない。故に技術は進歩しない。
    ネアンデルタール人の遺跡からは、彼らが作った道具の材料は徒歩で1日圏内にあるものばかりということがわかる。現生人類が数百キロ離れたところにある材料を加工したり、ある土地で作った装飾品が数百キロ先で発見されたりしているのと同じ時代に。


    そして交換をすることで得られるすばらしいことがもうひとつある。それはアイデアが生殖を始めることだ。
    あんパンというものがある。あん+パンであんパン。でもあんパンを作った人は、あんを作った人でも、パンを作った人でもない。これってスゴくない?
    もし仮に交換がない世界だとしたら、まあ滅んでるだろうけど、あんを作った人と、パンを作った人がいたとしても、その二人が血縁関係じゃなければあんパンは生まれない。ましてや生まれた国や時代が同じでなければ。
    でも交換することによってそんな縛りはなくなる。べつにパンを作った人じゃなくともパンのアイデアを持つことができる。同様にあんのアイデアも持つことができる。
    そうして数千年の時と国を超えて19世紀日本の木村屋で、あんのアイデアとパンのアイデアがセックスをして、あんパンが生まれるに至ったわけである。


    あんパンでこれなんだから他の種々雑多なアイデア大乱交パーティはいわんや。アイデアは加速度的に増殖し、増殖したアイデアが更に増殖の勢いを増す。

    客商売系のシミュレーションゲーム、コンビニとかテーマパークとか、だと客の考えてることがわかる。おでんが欲しいんだな、お化け屋敷に入りたいんだなとか。あーゆーノリだよね。僕たちは遺伝子の乗り物である以上にアイデアの乗り物である。様々なアイデアを積め込んでセックスの相手を探している。もちろん。アイデア様のお相手を。

  • 人類10万年史を楽観論から繁栄の歴史として、様々な角度から縦横に論じる

    あなたは50年前の生活に戻りたいのか?
    映画に登場するのどかな田園風景は理想郷なのか?
    自給自足が望ましいのか?

    中学の時、キャンプに行って飯盒でご飯を炊きカレーを作った時のことを思い出した。
    水道もまきも用意してあるキャンプ場だったが、昼ご飯が終わってかたずけたら、じきに夕ご飯の準備、食べ終わり食器を洗い、明日の朝食の準備を終わったら疲れてしまった。
    早く家に帰りたいと思った。

  • 貧困や気候変動への危機感など、世界中に蔓延する「悲観主義」に正面から反論し、「合理的楽観主義」を提唱する。膨大な量の史実とデータの検証により、単なるアンチテーゼに終らない説得力のある主張が展開される。本書を読むと「消費型社会vs持続型社会」とか「経済的豊かさvs精神的豊かさ」といった単純な二元論が無意味に思えてくる。人類の歴史は即ちイノベーションの歴史であり、未来に向けてもそうであるはずだという本書の主張を最も必要としているのは日本なのかもしれない。

  • 紀伊国屋書店で平積みされていたし、ハヤカワのノンフィクションだし、購入。以下要点のまとめ。

    現代には、悲観論者が多く、「現代は悲惨だ」という意見の方が人気がある。いつの時代もその時代を悲観する悲観論の人気があった。。過去を理想化し、懐かしむ場合、過去にあった貧困や差別、暴力は注目されない(理想的に描かれる産業革命以前の田園の生活、生活の実際をリアルに描写すれば、病気、細菌、飢餓、差別、貧困の温床)。

    ・現代は、人類史上一番幸福で、繁栄している時代である。何故多くの人が、現代こそ最高の社会だと信じないのか。もし社会が幸福で、自分自身が不幸なら、自分が惨めになる。社会に不幸なニュースは満ちているが、自分の人生はそこそこ快適なら、人は満足を得られる。どうも人間は、他の人、社会全体の平均より自分が不幸という状況に耐えられないようである。

    ・自然の生物は、生殖、つまり遺伝情報の交換によって繁栄する。生物は生殖を繰り返すことで累積的に進化する。文化も、交換、異なるアイデアの融合によって、累積的に発展する。

    ・互恵と交換は異なる。互恵は、何かしてもらったから、何かを後に返す行為である。互恵には時間差がある。互恵は動物でも見られる。交換は同時に何かと何かを贈りあうことであり、人間だけに見られる。チンパンジーは交換ができない。

    ・分業=交換によって経済が発展する。自給自足では貧困になる。

    ・商品の交換は、等価ではない。交換者双方が恩恵を受ける。

    ・礼儀正しい社会、人々が穏やかな社会では、商業が発展する。

    ・経済的に豊かな人は貧しい人よりも幸福であり、豊かな国の方が、貧しい国より幸福である。ただし総じてそうなので、例外はありえる。

    ・自分のライフスタイルを自由に選択できる社会に暮らす方が、幸せの度合いは高まる。

    ・都市で集団生活を送れるのは、人間の特徴。チンパンジーが人間並みに密集したら、けんかが始まる。人間は互いを信頼して、集団社会を築くことができるようになった。

    ・日常的な親切がニュースにならないのは、ありふれているから。凶悪事件や事故のニュースが多いのは、身の回りでめったにおきない珍しいことだから。

    ・世界人口が90億人なっても、人類は自分達を養うことができる。

    ・集約型農業の方が生産性が高い。前近代的な農業は、多くの生物を死滅させる。

    ・何故人間は牛を大量に家畜し、牛乳や牛肉を消費しているのか。牛が家畜としてふさわしかったから。もし牛が家畜でなかったら、別の動物が家畜になっていただろう。

  • 悲観主義は、無知の産物である、と。

    本書は訳書であるが、その意味においてまさにこの国の人々のために書かれたような一冊である。その繁栄の頂点にいる人々が、悲観主義の頂点にいるなんて、悲劇でなくて喜劇なのだから。

    書「繁栄 - 明日を切り拓くための人類10万年史」の原題は"The Rational Optimist: How Prosperity Evolves"、「合理的な楽観主義者」である著者は、いかにしてそこにたどりついたか。この著者の個人的な疑問に、著者自らが全人類的に答えたのが本書である。

    目次
    上巻

    プロローグ アイデアが生殖(セックス)するとき
    つがう心
    第1章 より良い今日──前例なき現在
    万人が豊かに / 安価な光 / 時間の節約 / 幸福 / 停滞 / 相互依存宣言 / 労働の掛け合わせ / 自給自足イコール貧困 / 桃源郷、再び? / イノベーションに向かわせるもの 
    第2章 集団的頭脳──二〇万年前以降の交換と専門化
    ホモ・ダイナミクス / 物々交換の開始 / 狩猟と採集の分業 / 海辺伝いに東へ / 交換しようか? / リカードの魔法の芸当 / 革新のネットワーク / 近東のネットワーク化 
    第3章 徳の形成──五万年前以降の物々交換と信頼と規則
    交易仲間を見つける / 信頼 / 未来の影 / もし信頼によって市場が機能するのなら、市場は信頼を生み出せるか / 圧政は自由の反対 / モンスター企業 / 商業と創造性 / ルールとツール 
    第4章 九〇億人を養う──一万年前からの農耕
    交易なくして農耕なし / 資本と金属 / 下劣な野蛮人? / 肥料革命 / ボーローグの遺伝子 / 集約農業は自然を救う / 有機栽培の間違った選択 / さまざまな遺伝子組み換え 
    第5章 都市の勝利──五〇〇〇年前からの交易
    原始の都市 / 綿と魚 / 旗幟は交易を追う / 海運革命 / 分裂した政治体制の長所 / ガンジス川からテベレ川へ / 砂漠の船 / ピサの商人 / 犠牲を強いる国家
    原注
    下巻

    第5章 都市の勝利──五〇〇〇年前からの交易(承前)
    穀物法を再び廃止 / 都市の極致
    第6章 マルサスの罠を逃れる──一二〇〇年以降の人口
    中世の崩壊 / 一八世紀日本の勤勉革命 / イギリス例外論 / 人口転換 / 解明されていない現象
    第7章 奴隷の解放──一七〇〇年以降のエネルギー 
    さらに裕福に、もっと裕福に / メタル・ミッドランド / 要求すれば供給される / 王者石炭 / 発電機 / 熱は仕事であり、仕事は熱である / バイオ燃料のおかしな世界 / 効率と需要
    第8章 発明の発明──一八〇〇年以降の収穫
    イノベーションは山火事に似ている / 科学による主導? / 資本? / 知的財産? / 政府? / 交換だった! / 無限の可能性
    第9章 転換期──一九〇〇年以降の悲観主義
    悪い話の寸史 / 転換期症候群 / 悪化する一方 / 癌 / 核のアルマゲドン / 飢饉 / 資源 / 清浄な空気 / 遺伝子 / 疫病 / 後退の合図
    第10章 現代の二大悲観主義──二〇一〇年以降のアフリカと気候
    アフリカの最底辺の一〇億人 / 援助の試練 / 失敗するに決まっている? / 世界はあなたの意のまま / 気候 / 温暖で豊か? / あるいは寒くて貧しい? / 生態系を救え / 経済を脱炭素する
    第11章 カタラクシー──二一〇〇年に関する合理的な楽観主義
    前へ、そして上へ/どこまで良くなるのか?
    謝辞
    訳者あとがき
    原注

    それではなぜ著者は--そして私も--人類の未来に対して楽観主義者となったのか?

    アイデアを自由に交配=セックスできるからだ。

    そしてそれこそが、ヒトと人間の最大の違いであり、人間を他の動物と分つものだと著者は指摘する。

    ヒトが人間となったとき、

    ヒトが体だけではなく言葉を交わすようになったときに、

    この繁栄は約束されていたのだ。

    ソ連時代のアネクドートに、こんなものがある。「エデンの園はソ連にあったに違いない。着るものもろくになく、言葉を交わす自由もないのにそこが楽園だと主張できるのは我々ぐらいではないか」。「昔はよかった」という主張をきくたびに、今後私はこの言葉を思い出すだろう。そんなに昔がよかったなら、エデンの園にお戻り下さい、と。

    本書の主張は、実は私がたびたび本blogや自著、特に「弾言」で主張してきたことではある。しかし本書は訳書が上下巻に分かれているだけあって、その主張に圧倒的な証拠を添えている。一カ所だけ引用しよう。少し長いが、それが本書のフレーバーでもあるので一段落丸ごと。

    だが、今日はどうだろう。あなたが平均的な人間、たとえば三十五歳の女性で、職を持った夫と二人の子供ととおにパリに住んでいて、平均的な賃金を得ていたとしよう。あなたは少しも貧しくはないが、相対的に言えば、ルイ十四世とは比べ物にならないぐらい貧しい。王は世界一豊かな都市きっての金持ちだったのに対して、あなたは召使いも雇っていなければ、宮殿も馬車も王国も持っていない。混雑した地下鉄に揺られて職場から家路に就き、途中でスーパーに寄って出来合いの料理を四人分買いながら、ルイ十四世の晩餐になど、逆立ちしても手が届かないと思っているかも知れない。だが。考えてほしい。スーパーに入ったあなたが迎えてくれる食品の豊かさと比べたら、ルイ十四世が食べたことがあるどんな晩餐もすっかり影が薄くなってしまう(しかもスーパーの食品の方がおそらくサルモネラ菌が含まれている可能性が低いだろう)。生鮮食品、冷凍食品、缶詰、薫製、調理済み食品、材料はビーフ、チキン、ポーク、ラム、魚、エビ、ホタテガイ、卵、ジャガイモ、豆、ニンジン、キャベツ、ナス、キンカン、セロリ、オクラ、七種類のレタス、オリーブ油、クルミ油、ヒマワリ油、ピーナツ油などで調理師、コリアンダー、あるいは、ターメリック、バジル、ローズマリーで風味を添えたもの……。あなたの家にお抱えのシェルはいなくても、近所に何十件もある居酒屋レストランや、イタリア料理、中国料理、日本料理、インド料理店のなかから思うままに選んで出かけられる。そこでは腕利きのシェフたちが待ち受けていて、わずかな時間であなたの一家に料理を出してくれる。考えてもみてほしい。私たちの世代より前は、平均的な人間が他人に食事を用意させるゆとりなどなかったのだ。

    しかもこの流れは、近年に入って停滞しているどころか加速しているのだ。つい15年前にはインターネットも携帯電話も高嶺の花で、10年前にはぐぐることもままならず、つい5年前すらiPhoneがなかったのだ。

    そして我々の交配の結果生まれた繁栄の果実は、今や先進国だけが独占しているわけではない。先月には世界の携帯電話加入数が50億を越えるというニュースが発表された。これらの携帯電話が音声だけではなくWebにもアクセスできるようになるのはまさに時間の問題で、世界のどこの誰とでも--いやそれどころか(電子)書籍などを通じて過去の人々とさえも--アイディアをセックスすることはすでに可能になっているのである。

    もちろん局所的な逆行現象は今後も散発するだろう。先進国も貧困問題と無縁ではないし、他国とのアイディアセックスが禁じられた国や地域で前近代が復活してしまう現象すら散見される。しかし大きな流れとして、人類の繁栄はもう止まらない。エデンの荒野に我々が戻ることは、もはやないのだ。

    人類の交換と専門化がこの地球のどこかで続く限り、指導者が手を貸そうが邪魔立てしようが文化は進化する。その結果、繁栄は拡大し、テクノロジーが発達し、貧困は減り、疾病が勢いを失い、人口増加は収まり、幸福が増し、暴力が減り、自由が栄え、知識が豊かになり、環境が改善し、原野が拡大する。マコーリー卿がこう述べている。「人類の年代記のどこを見ても目に入るのは、戦争や税金、飢餓、大火災、有害な禁止政策、より有害な保護政策と闘う個々の人々が、政府が濫費するそばから創造し、侵略者が破壊するそばから修繕する精勤ぶりでもある」。
    それもこれも、ヒトが人間となったから。わたしがやらないことを、あなたたちのうちのだれかがやってくれ、それを私にも使えるようにしておいてくれるから。だから。私もやることにしよう。

    あなたたちがやっていないことを、あなたたちにもわかるように。

  • 今日、昔のほうが暮らしやすかったと考えている人がいるが、このバラ色のノスタルジアを抱くのは概して富裕層に限られる。

    繁栄とは交換と専門家による。
    最後通牒ゲーム

    市場を広く用いる社会は、協力と公平性と個人の尊重を旨とする文化を築く。集団的頭脳に浸っているほど、人は気前良くなる。

    人類の反映の歴史は、双方が恩恵を得るノン・ゼロサム取引の再三の発見につきる。
    交換は双方に二重の恩恵をもたらす。
    世間はゼロサムの発想に支配されている。
    マルクス主義は資本家が金持ちになるのは労働者が貧しくなるからだといったがこれは誤りだ。
    思いやりは本能的なものかもしれないが、相乗効果はそうではないのだ。

    交換は信頼を生み、信頼は交換を割かんにする。
    2008年におきた金融危機
    信頼が足りなければ、反映はしだいに失われるだろう。

    豊かな国々が豊かなのは、国民の技能や、経済活動を支えている制度や慣習の質に負うところが大きい。

    農業とは、分業と交換をほかの種まで広げることにほかならない

    資本とは、いうなれば、必要に応じて別の機会に使うために蓄えられ保存されている一定量の労働

    経済学者はすふに「市場の失敗」を口にする。
    それはそれで正しいが、もっと大きな脅威を生むのは、「政府の失敗」だ。
    政府が経営するのは独占事業なので、ほとんどが非効率と停滞に陥る。
    中国明の衰退はこれに由来する。

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著者プロフィール

マット・リドレー(サイエンスライター)

「2015年 『フランシス・クリック』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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