それをお金で買いますか――市場主義の限界

制作 : 鬼澤 忍 
  • 早川書房
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本棚登録 : 1873
レビュー : 232
  • Amazon.co.jp ・本 (336ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784152092847

感想・レビュー・書評

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  • 完全に学問の本。市場と経済、倫理観、価値と腐敗、そういう話。

    売れるけど、売るべきではないもの。
    何が正しくて、何が正しくないのか。
    この本では正解を出しているわけではない。あくまでサンデル自身の見解を述べているだけ。

    インセンティブの効果は興味深かった。お金だけじゃないよ、と。

    罰金の料金化という視点も面白い。本来は罰という道徳的見地から考えるものが、お金を払えばそれをしていいんだ、という料金化の考えを生むというのは確かにそうだなと。

    レンタルビデオなんて、完全に料金だもんね。

    正しいようで、実は本末転倒とか、道徳的見解にはそういうものが多い。

    いかにして市場は道徳を締め出すか。この章が一番面白かった。

    買えるもの買えないもの。買えるけど「そうすべきではないもの」。人の生死や肉体の部品化の話などは本当に考えさせられる。

    広告の進化は、時として人々の感覚を鈍くさせるものなんだなとも思う。でもこれもお金を払う人がいて、対価を受け取る人がいる限りは、そこに倫理観や価値や腐敗の話は必ず議論として起こりえるんでしょうね。

    人は高尚な生き物であり、強く持っている倫理観や、道徳心、腐敗を嫌う心、本当にそういう生き物であるべきなんだなと思うんだけど、あくまでそれは「個人」や「個人が考える一般論」であって、ニーズに応える市場がある限りは、議論は起こり続けるんだなと。

    なかなか考えさせられる本でしたよ。

  • 仏法みたい。「そもさん」「せっぱ」ちょっと違うかも知れないけど、真理の話。
    ようするに正義の議論とか一般のコンセンサスはあとまわしに、経済がひどい勢いで、法の網の目と、モラルの微妙な解釈をかいくぐって、当該関係者、または、全能と勘違いしている一部の決定権者のみで、話を決めてしまった、結果的に「市場」とみなされたものが増えすぎて、その後処理で社会が苦労しているって話。
    でも、後処理で苦労している人たちは別に得してるわけでもなく、結果、法の網の目と、モラルの微妙な会社をかいくぐって、話を決めた、一部の人が潤っただけ。
    こうなると、法律にだめって書いてないことやらない方がばかじゃない?みたいな。。。
    なんとも耳の痛い話ですが、事実なんだと思います。

  • 公共哲学からの経済学(特に新自由主義)批判。

    公共や生命や倫理に関わるもの。
    例えば、スポーツや交通や生命保険。

    そういったものが、お金によって売買されている。
    野球のボールはサインされ、球場は名前が売られる。
    生命保険では、死ぬ前に「自分が死んだら保険金を受け取れる権利」を他人に売ることで、崎に現金を手に入れる。

    こういったことは、直接的には問題を引き起こさないけれど、何か嫌な感じを受けるのは確かだ。
    著者はそれを「腐敗」「善の喪失」といった言葉で表現している。

    しかし、現代世界の大きな問題のひとつは財政であり、財政維持のために公共的な「お金では買えないもの」は縮小し、次々に売りに出されている。
    本書の指摘はもっともだけれど、「財政問題=前世代による前借り」をどう解決するのかについては提示されていない。

    この点が解決しなければ、生活破綻という、倫理よりも直接的な問題に直面するのではないか。

  • しばらく、積ん読にしていたので、時間がかかってしまいました。学校などの公共に、どんどん入りこんでくる企業活動の実態について、大変深く考えさせられました。

  • こうした倫理をみんなで身につけたいですね。
    市場主義経済の限界を感じました。

  • 何でもお金で取引する=市場主義の導入が良いことなのだろうか、という疑問。たとえば、結婚式のスピーチを代行で考えてくれる会社に、原稿を依頼すること。これは友情をお金で買っている様に見える。こういったことまでお金で取引してよいのだろうか、というのがテーマ。

    これまで道徳的議論が行われていた領域に、市場主義を新たに持ち込むと、道徳的観点から金銭的観点に問題が変質し、(道徳的には許されないが)お金で解決されるならそれでよいか、という考えに人々が染まっていくことが大きな懸念である。

    本来道徳的に節度を持つ事が人として大切なのであって、なんでもかんでも市場主義に任せればよいものではない。

    本書ではアメリカの市場主義によって問題が変質した事例が多数紹介されていた。市場主義が至る所に拡大が進んでいるのが不気味に思えた。

  • 『正義』のほうを読んでないでこっちを読むのは邪道なのかもしれないが、結果的にはあまり関係ないだろうと思うことにして。
    おカネで取引されることが問題になるものの題材として、行列に割り込む権利、インセンティブ、生命保険の二次市場(バイアティカル、ライフセトルメント)、命名権を挙げて議論している。
    おカネで取引されるようになった場合の問題点としてのキーワードは、「不公正」と「腐敗」。(英語ではなんて書いてるんだろう)
    「不公正」とは、(本来全員へ向けたサービスであるにも関わらず)おカネを払えない人がサービスを受けられないこと、「腐敗」とは、市場論理が持ち込まれることによってその制度やサービス本来の意味が失われてしまうこと、かな。
    特に「腐敗」がポイント。ダフ屋や生命保険の二次市場になんとなく感じる双方承諾の上の取引だから問題はないけど…という違和感を説明してくれる。
    人々の倫理は市場の侵略を止められるのだろうか。もっと市場化が進んでいくのだろうか。

  • 以前から市場主義にはある種の”うさんくささ”を感じていたが、本書を読んで、それは”おぞましさ”へと変わった。
    アメリカにおける事例を元に書かれているが、それは程度の差はあれ、日本でも同じ事。
    本書に明確な答えと解決策が提示されているわけではない。それは我々一人一人が考えなければならないことなのだから。
    是非多くの人に本書を読んで、これでいいのかどうか、真剣に考えて欲しい。

  • すべては金で解決できない。

    資本主義経済は世界の市場を豊かにしてきたという嘘に、市井の人たちも気づき始めている。
    だからこそ、こういう本も出てきたのだろう。

    スーパーマーケットで手に入るものだけがお金で売られているのではない。
    驚きのあまり読むことが止まってしまうような物事さえ金額を付けて売り買いされている。

    お金で取引することが行き過ぎて、恐るべき歪みが生じている。
    そしてそのお金を得るために無理をして働き、心身を壊し、自殺も増え、家庭や人間関係は崩壊する。

    もう、「マネー」はやめにしないか。学歴やキャリア、収入と、人として必要な衣食住を得ることを天秤にかけるのはもう終わりにしようではないか。

    抑圧され続けたサバルタンの声が、この本の行間から聞こえてきそうに思えてならない。

  • マイケル・サンデルによる、経済的合理性の追求が、人間本来の倫理観や慈しみを腐敗させていくという論の本。

    帯からして、重厚なメッセージ。
    「金融危機の際に『強欲さ』が一定の役割を果たしたことは確かであるものの、問題はもっと大きい。この30年のあいだに起こった決定的な変化は、強欲の高まりではなかった。そうではなく、市場と市場価値がそれらがなじまない生活領域へと拡大したことだったのだ。
     こうした容共に対処するには、強欲をののしるだけではすまない。この社会において市場が演じる役割を考え直す必要がある。市場をあるべき場所にとどめておくことの意味について、公に議論する必要がある。この議論のために、市場の道徳的限界を考え抜く必要がある。お金で買うべきものが存在するかどうかを問う必要がある。」

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