チューリングの大聖堂: コンピュータの創造とデジタル世界の到来

  • 早川書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (648ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784152093592

作品紹介・あらすじ

高等研究所などに収められた詳細な文献や写真資料、豊富なインタビュー取材をもとに、大戦後の混乱でこれまで必ずしも明らかでなかった歴史事情や、知られざる人々の肖像をちりばめて綴る、決定版コンピュータ「創世記」。

感想・レビュー・書評

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  • 期せずして、同じ時、同じ場所に、同じレベルの才を持つ者が集まると、想像を絶する出来事が起こることもある。

    1953年、3つの技術革命が始まった。熱核兵器、プログラム内蔵型コンピュータ、そして、生命体が自らの命令をDNAの鎖にどのように保存するかの解明である。これら3つの革命は相互に絡み合い。その後の世界を大きく変えることとなる。

    とりわけそれ以前から密接に結びついていたのが、熱核兵器とプログラム内蔵型コンピュータである。かつて数学と物理が相互に進化を促しあったように、両者はがっちりと手を組み、怪物のようなものをこの世に生み落としたのだ。

    背景にあったのは、第二次世界大戦における反ナチスおよび、その後の冷戦構造による人材の集結である。アインシュタイン、オッペンハイマー、ゲーデル、チューリング、ファインマン。これらの錚々たるメンバーが、人種や学問の壁を越え、プリンストンの高等研究所を中心とする舞台で、一堂に会すことになるのだ。

    その中でもひときわ異彩を放っていた数学者集団がいる。6人のメンバーによって開かれた、高等研究所の電子計算機プロジェクトにおける第一回目の会合は、その後のコンピュータの運命を導き、現在に至る約60年間のデジタル宇宙の扉を開くことになるのだ。

    デジタル宇宙の創世記のような趣を持つ本書の魅力は、デジタル宇宙の誕生以前にそれを夢想していたものの姿、そして現実世界では特定することの難しい創造主の姿が露わにされているということである。

    その創造主の一人にフォン・ノイマンがいる。史上最強の天才、あまりの頭の良さに「火星人」「悪魔の頭脳」と言われた男。数学・物理学・工学・経済学・計算機科学・気象学・心理学・政治学とあらゆる分野で天才的な才能を発揮した。試しにネットで「フォン・ノイマン 伝説」などと打ち込んでみると、仰天エピソードがいくつも出てくる。

    ・6歳のとき、電話帳を使い8桁の割り算を暗算で計算することができた。
    ・8歳の時には『微積分法』をマスター、12歳の頃には『関数論』を読破した。ちなみに『関数論』は、大学の理工系の学生が1、2年次に学ぶ数学で、高校時代に数学が得意で鳴らした学生でも、完全に理解できる者は少ない。
    ・一度見聞きしたら、決して忘れない写真のような記憶力。
    ・コンピュータ並みの計算速度。実際、ノイマンは、自らが発明したコンピュータとの競争に勝利し、「俺の次に頭の良い奴ができた」と喜んだ。
    ・水爆の効率概算のためにフェルミは大型計算尺で、ファインマンは卓上計算機で、ノイマンは天井を向いて暗算したが、ノイマンが最も速く正確な値を出した。
    ・脳内には装着された面積1ヘクタールほどもあるバーチャル ホワイトボードがあり、ノイマンは、紙と鉛筆を使わず、この脳キャンパスだけで、人間が及びもつかない複雑で込み入った思考をすることができた。
    ・アインシュタインやハイゼンベルクなどなど、稀代の天才たち全員が「自分たちの中で一番の天才はノイマンだ」と言った。(ノイマン自身はアインシュタインが一番だと言っていた)
    ・一日4時間の睡眠時間以外は常に思考。
    ・セクハラ魔で有名で秘書のスカートの中を覗くが趣味で、その振る舞い方は下品そのものだった。
    ・ノーベル経済学賞受賞者ポール・サミュエルソンの教科書をみて「ニュートン以前の数学ではないか」と言って笑った。
    ・ノーベル経済学賞受賞者ジョン・ナッシュのナッシュ均衡に関する歴史的論文を一瞬見て「くだらない、不動点定理の応用ではないか」と貶めた。

    フォン・ノイマンの専門領域をあえて一つに絞るなら、数学を論理学の上に厳密な形で位置づけようとする「数学基礎論」という分野になるだろう。数学を論理学の中に包含してしようとするこの考え方は、形式主義とも呼ばれている。

    この分野で最も知られた研究者が、ダーフィット・ヒルベルトであった。彼は数学全体の完全性と無矛盾性を示すために、数学そのものを形式化しようと考えたのである。

    これに影響を受けたのが、チューリングマシンで有名なアラン・チューリング。彼は「計算可能性」という観点からこの問いを論じ、あらゆる計算を可能にする機械が作れることを証明した。これは数という世界において大きな転換点となる出来事であったのだ。

    チューリング以前は、物事を行なって、それを数で表していた。だがチューリング以降は、数が物事を行うようになったのである。そして、このチューリングマシンの理論を、現実の装置として創りあげたのがフォン・ノイマンであった。

    フォン・ノイマンの最大の特徴は、形式の権化のような人物であったということである。それは彼の守備範囲が多岐にわたるということとも、密接に結びついている。彼の本質が内容ではなく形式にあったからこそ、意味や目的を問わない一面があったのだ。

    それゆえの熱核兵器であった。水爆製造競争は、コンピュータを作りあげたいというフォン・ノイマンの願望によって加速され、同時に水爆製造競争が、フォン・ノイマンのコンピュータを完成させろという圧力を一層強めたのである。

    一方で自身の手によってもたらされた結果を、フォン・ノイマンがどのように受け止めていたのかという点も興味深い。これを回想しているのが、リチャード・ファインマンである。

    フォン・ノイマンから面白いことを教わった。『自分が存在している世界に対して、責任を負う必要はない。』というアドバイスだ。このアドバイスのおかげで、わたしは非常に強い社会的無責任感というものを持つようになった。それ以来わたしは、幸せきわまりない男となった。

    かくしてデジタル宇宙と水素爆弾は誕生したのだ。最も破壊的なものと最も建設的なものが、それを追求した男の必要性と偏執狂的な熱意によって同時に登場するとは、なんという運命のいたずらだろうか。

    本書ではこの他にも、フォン・ノイマンのコンピュータでどのようなものが計算されたのかということが事細かに描かれている。数値気象予測実現を目指す取り組み、バリチェリの数値生命体の研究、今日のサーチエンジンやソーシャル・ネットワークの原型となるようなものも、フォン・ノイマンの業績に確認することができる。

    宇宙生誕の時から今日まで、およそ137億年。その歴史の全貌を詳細に把握することは、あまりにも困難である。だが、本書を読むにつれ感じたのは、約60年に過ぎないデジタル世界の歴史が、宇宙の歴史そのものを自己複製したようなものではないかということだ。

    自己複製を行う過程においては様々な偶然性が入り込み、歴史は予測もつかない方向へと進化を遂げたことだろう。ゆえに我々の宇宙も、デジタル宇宙も、この先の行く末は全く分からない。それでも歴史が枝分かれすることになった分節点からは、決して逃れることが出来ないのである。

  • 副題“コンピュータの創造とデジタル世界の到来”とある通り,情報工学黎明記.電荷のON/OFFによる2進数表現とゲーデル数,論理命題,チューリング完全を経て,機械の計算能力が人間を超え,果ては水爆の爆縮演算から天気予報の計算を行えるようになるまで,その創成の全てに深く関わったフォン・ノイマンを中心に追っていく.
    フォン・ノイマンやゲーデル,チューリングといった有名人だけでなく,“原爆の父”オッペンハイマーや“水爆の父”エドワード・テラー,あるいはコンピュータ製造に関わった技術者たちも余すところなく登場し,初期のコンピュータ,特にENIAC製造に関わった全ての人物を紹介するような勢い.また,情報工学という切り口だけでなく,空軍や研究所といったスポンサーの変遷や,研究者の理想郷を目指した高等研究所の建造などなど,とにかく様々なエピソードが記述されていて面白い.研究所に来た技術者が,数学者や人文科学者から白い目で見られていたという当時の差別意識は興味深い.
    時系列順でもなく,また人物ごとにまとめられてもいないので,各章同士の関係が分かりにくいが,訳者あとがきにきれいに整理されていて非常に助かる.コンピュータ創成期の決定版だと思う.

  • コンピューター誕生の歴史は戦争にあり。世界一の頭脳が結集し、計算機を組み立てるさまは、自分など及びもつかない人々が新しい世界を作っていることに気付かされる。恐ろしい。
    後半の数値生命体を巡る話は理解できなかった。自分の情報科学の、特に最新の技術に関する知識は貧弱だ。このままではいけない。勉強しよう。
    なお、全編通して時間と人物が交錯し、不必要なエピソードが混在する読みにくい構成だった。

  • コンピュータの創世記。つまりはわれわれの時代の創世記。

    軍事利用目的から始まったコンピュータ開発の経緯が描かれている。水爆開発、気象解析、などを推進力にしてプロジェクトは進んでいく。汎用計算機と言いながら、当初は明確な用途と必要性があったのだ。

    ノイマン型コンピュータにその名を残す天才フォン・ノイマンがその物語のいつも中心にいる。ライプニッツとチューリングが預言した想像上の存在である機械を、実行力のあるこの天才が実現していく。コンピュータの初期の成り立ちには、その逸話に事欠かないハンガリーの偉人によるところが大きい。
    「科学的に可能だとわかっていることをやらないのは、倫理に反するんだ、その結果どんなに恐ろしいことになるとしてもね」とうそぶく。「提案された装置は――というよりもむしろ、この装置が初めて見本として示す、このタイプの装置の新しさはあまりにラディカルであり、実際に作動するようになってはじめて、その利用法の多くが明らかになるでしょう」とも言う。その先を見通す力もあったのだ。

    ともかく、本としてはかなり長い。ドライブ感にも乏しいのでさらに長く感じる。時系列でもなく、登場人物などの何かの単位できれいにまとまっているわけでもない。キャラ立ちが十分でない登場人物が多く、とにかく読みづらい。訳だけのせいではないだろう。
    材料はとてもいいのだから、もう少しうまく料理できるんではないかなと思う。しかし、創世記として読むのであれば、それを受け入れるべきで、解釈するのはこちらの責任なのかもしれない。

    アインシュタインやゲーデルといった巨星がいたプリンストンの高等研究所という場所に、理論物理・理論数学の最高峰が、コンピュータという実用物の創世記のある時期にその中心にいたことも興味深い。プリンストン高等研究所を描いた本として日本では1990年に刊行された『アインシュタインの部屋』がある。その本の中でも比較的大きく取り上げられている素粒子物理学者のフリーマン・ダイソンはその住人のひとりで、著者のジョージ・ダイソンはその息子である。その意味で著者もその世界、その空気に触れていたらしい。本書の登場人物に対する細やかさとまるで日記のような一種の読み手に対する配慮のなさは、その実体験から来る親しさによるのではないだろうか。

    「われわれはコンピュータをより効率的に操作できるようになり、同時にコンピュータはわれわれをより効率的に操作できるようになった」 - そして、「フェイスブックがわれわれが誰なのかを定義し、アマゾンがわれわれが欲しいものを定義し、そしてグーグルがわれわれが何を考えるかを定義する」- チューリングの大聖堂はいま創世記の時代の記憶を後にして、過去とは違う意味をなしつつある。
    非常に読みにくいところは勘弁してほしいが、それもまたひとつの味わいとして読むべき本のように思う。


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    「わたしはまるで、まだ建設が進行している一四世紀の大聖堂に足を踏み入れたかのように感じた。誰もが、石を一つここに置き、別の石をあそこに置いて、という作業に忙しく、そのなかで目には見えない建築技師が、すべてがぴったりはまるように調整していた」- チューリングの大聖堂は建築中である。「主がお創りになった魂たちの住処」とチューリングが述べた大聖堂が。

  • 主役はフォンノイマンのお話。
    17章が特におもしろい。
    時系列構成ではないので、全体像は後書きを先に読んだほうがよい内容。
    600ページ越えなのでパラ読み。

  • 歴史
    computer

  • 著者は、物理学者フリー・ダイソンの息子。
    実に大著である(げんなり)。まずは、写真を眺めることをお薦めする。

  • 棚番:D10-06

  • フォン・ノイマンの伝記みたいなもの。初期コンピュータがどんなものであったかを知るのに良いかも。
    科学史に興味のある方にお勧めしておきます。

  • 【要約】


    【ノート】

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