忘れられた巨人

制作 : Kazuo Ishiguro  土屋 政雄 
  • 早川書房
3.60
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本棚登録 : 1443
レビュー : 188
  • Amazon.co.jp ・本 (416ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784152095367

感想・レビュー・書評

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  • 人間の本質の探求と対話という体験をこのような形で経験することになるとは。
    読み終わって時間が経過するにしたがって、ジワジワと思考が活性化してくる。
    そして、圧倒的な筆力に圧倒される。

  • 忘却の霧が晴れたとき、良い思い出とともに悪い思い出もよみがえる。
    長年愛し合ってた夫婦の絆が壊れるかもしれない。
    昨日までの隣人が、敵に変わるかもしれない。

    人の記憶が年月とともに薄れていくのは、幸せな思い出だけを胸に旅立てるように、という神さまの配慮なのでしょうか。忘れることは、許すこと。けれども、それは誰かに強制されてできるものではないのだと思います。たとえその記憶が人を縛り、不幸にするものだとしても、人はやはり向かい合っていかなければならないのでしょうね。

    島へと旅立つとき、船頭の「一番大切に思っている記憶は何か」という問いに、自分だったら何と答えるかな…いろいろなことを考えさせられる良い本でした。

  • こういうレビューって、基本的な情報を提供するのがいいのか、個人的な思い入れを書き込めばいいのか、難しいところがある。
    まあ、イシグロほどの作家であれば、作品の評価そのものにはあまり意味がない。傑作以外ありえない。
    そうした場合、その作品世界への読み手の内省の仕方こそが問われなければならないはずで、そういう作品をわれわれは「古典」と呼ぶのだろう。
    今作も、新作にしてすでにクラシック。

    「buried giants」
    自分の心の奥底に眠る決着のつかない記憶が呼び覚まされる時…
    現実とファンタジーの区別など無意味だ。
    何が起きてもおかしくない。

  • 「それに、一番大切に思っている記憶を話すとき、人は本心を隠すことなど不可能です。愛によって結ばれているという二人の中に、わたしたち船頭は愛でなく恨みや怒り、ときには憎しみすら見ることがあります。あるいは、大いなる不毛とかね。ときには孤独への恐怖だけがあって、それ以外には何もなかったりします。」

    NHKの文学白熱教室で、カズオ・イシグロ氏自身がこの作品を語るのを聞いた。
    未読だったけれど、その言葉だけで涙が出そうになった。
    彼の創作への真摯な態度は、この作品の一文字一文字に込められている。
    素晴らしい書き手だ。
    しかし、まさかアーサー王絡みとは…!
    アーサー王の話をまるで知らない私でも充分楽しめたけれど、知っていたらもっと楽しかったのだろうなと悔しくも思う。
    まるでずっと冒険小説を書いて来たように、スリリングな展開が非常に上手い。
    その中に、彼らしい繊細な心理描写が織り込まれ、絶妙な引き方で謎が解かれていく。
    翻訳も見事。
    読み終えると胸が満たされた。
    また読み返したい一作。

  • 巨人はどこに出て来るのだろうか…と思って読んでいましたが、直接は登場しませんでした。ブリトン人とサクソン人が隣人として暮らすのは、竜という共通の恐怖から身を守るためだった。その竜を退治してしまった今、恐怖の霧が晴れ、かつての隣人を歴史を振り返れば敵であったことを思い出すのか、その大きなうねりが巨人。巨人が立ち上がることのないよう、息子のいる村まで助け合って旅する老夫婦の絆が、立ち寄った村々に良い影響を及ぼしてきたことを願うばかりです。

  •  舞台となるのは、六世紀か七世紀ごろのイギリス。この地域を300年ほど支配したローマ帝国が勢力衰退によって引き上げ、土着のケルト系民族であるブリトン人と、新しく今のドイツあたりから移住してきたサクソン人がそれぞれ別々に村をつくって住んでいる。川や沼地には冷たい霧が立ち込み、鬼の隠れ家になっている。地面は耕すに固く、病気も流行する、厳しい世界だ。
     主人公はアクセルとベアトリスというブリトン人の仲むつまじい老夫婦。村からはろうそくさえ取り上げられるほど冷遇されているが、二人で懸命に助け合って暮らしている。この二人が、長らく会っていない息子の住む村を目指し、旅に出るところから物語は始まる。とはいえ息子の顔や声さえさだかではない。この国は「健忘の霧」に蔽われていて、二人だけではなく、みな数日前のことさえ忘れてしまうのだ。
     旅が進むにつれ、じょじょに世界の広がりが見えてくる。かつて大きな戦争があったらしいこと。悪鬼や獰猛な烏が増えて、どうやらこの国はだんだんと悪いほうに傾いていること。そして、クエリグという雌竜が吐く息こそが「健忘の霧」の正体であるらしいこと。
    そしてサクソン人の旅の戦士ウィスタン、故アーサー王からクエリグ退治を命じられた老騎士ガウェインとの出会いにより、二人の「息子を訪ねる旅」はいつしか「クエリグ退治の旅」へ、すなわち「世界の謎」にかかわる活劇へとスライドしていく。
     ファンタジー要素が注目されているが、本書の本質はミステリーだ。戦士にも、騎士にも隠された本当の使命がある。アクセルは昔、二人に出会っていて、ただの農夫ではなかっただろうこともほのめかされる。しかし、なにしろこの国には「健忘の霧」が立ちこめているのだ。「信用できない語り手」しか登場しない世界を、読み手は老夫婦とともにさまよい歩かなくてはならない。
     謎は、老夫婦の間にももちろんある。そもそも二人が「息子を訪ねる旅」から寄り道するきっかけになったのは、ある船頭の話を聞いたから。長年連れ添った夫婦でも一人ずつしか渡してくれない不思議な島。その島で二人で幸せに過ごすには「一番大切に思っている記憶」について、別々に答えなければならない。この話を聞いて不安になったベアトリスは、どうしても記憶を取り戻したくなったのだ。しかし、思い出したくない記憶だって、長年連れ添った夫婦のなかにはある。時折、不実の影が顔を出し、不穏な空気を漂わせる。
     一方、世界最大の謎は、かつての大戦争に関わること。「わが敬愛するアーサー王はブリトン人とサクソン人に恒久の平和をもたらした」と語るガウェイン卿に、「偉大な王はどのような魔法で戦の傷を癒やされたのですか」と尋ねる戦士ウィスタン。もしかしたら「忘却の霧」こそが、その要にあるのではないか――。
     歴史というものを「民俗の記憶」ととらえたとき、「思い出したくない」ことを忘れてしまっていいのか、その忘却が何をもたらすのか。ファンタジー仕立てになっていることで、かえって「現代」を思わせる物語になっている。

  • カズオ・イシグロの作品は、シニカルさを感じるものが多いが、この物語では作家のメッセージが直球で届いた。

    我々は、平和や愛を求めながら、憎しみや復讐を繰り返す。今も昔も変わらない。
    真実と向き合い、時間がかかっても、問題を乗り越えられる時が来ますように。

  • ★2015年7月4日読了『忘れられた巨人』カズオ・イシグロ著 評価B-B+
    長崎県出身で5歳から英国に滞在する日本人作家の作品。海外では大変評価が高いらしく、長崎出身と聞いて興味を持ったので、読んでみました。ノーベル賞を村上春樹よりも先にとるのではないかとの噂もあるらしい?!

    様々な作風の著作があるようですが、今回は英国のアーサー王没後の時代の物語で、ファンタジー系。

    翻訳のために、その作風は本当に日本語訳の通りかどうかは原作に目を通さないと何とも申し上げられませんが、うーん 評価は難しいところ。

    ファンタジーとしての物語の出来は、上橋菜穂子さんの方がずっと上のような気もするし、雰囲気、書き込みの表現はイシグロ氏の方が数段上の感じ。おそらく、イシグロ氏はネイティブの英国人と同等の感性で、書いておられるので、日本人の私には理解出来ない世界、背景がやはりあると考えざるを得ません。そう、作品全体にイメージで言えば、英国の荒涼とした原野とどんよりした雲と氷雨という雰囲気が重く感じられると申し上げればお分かりいただけるでしょうか?

    ブリトン人の老夫婦のアクセルとベアトリスは、村ではつまはじきにされて苦しい生活を送っていた。ある日、家を出て他の村に住む息子を訪ねようと夫婦は旅立つ。
    その旅の途中で、若きサクソン人の戦士、ウィスタンと鬼に襲われて胸に傷を負い、村人から鬼に変わると怖れられ殺されそうになっている少年エドウィンと出会う。
    国中を覆うクリエグという雌竜の吐く奇妙な霧によって、皆が昔の記憶を失う状況に、そのクリエグを追い求める旅になってしまう。その旅の道すがら、アーサー王の騎士で年老いた老騎士ガウェインに出会い、危ない目に遭いながらも、クリエグを遂に見つける。そして、、、

  • 記憶の問題、かみ合わないコミュニケーション、信頼と憎しみ。読み進めるのは、決して楽ではない。しかし、象徴と寓意を考えずにはいられない。「お姫様」という呼びかけが、優しさに満ちている。

    ゆれる主人公が最後、きちんと待てる人になれる、というのが、まさに象徴的。

  • これまで邦訳されたものは全て読んでいるカズオ・イシグロの最新作。作品ごとにテーマが異なるのは彼の作品の一つの特徴だが、今回はイギリス中世を舞台にした歴史ファンタジーという点に驚かされた。鬼や竜が登場し、アーサー王伝説を下敷きにした騎士が活躍するというこれまでの彼の作品世界からはかけ離れたものであったが、読み進めればいつもの彼の文学世界に浸ることができる。

    彼が得意とする「信頼できない語り手」の文学技法は、登場人物数名の一人称で語られる本作でも健在であり、主人公の老夫婦の語り口を怪しみながら、どのような結末になるのかを期待するのは、彼らの作品の大きな楽しみ方であるように思う。

    大傑作『私を離さないで』のような衝撃的な結末ではないが、序盤に張られた伏線が結末で解きほぐされ、じんわりとした暖かさを与えてくれる佳作。

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著者プロフィール

カズオ・イシグロ
1954年11月8日、長崎県長崎市生まれ。5歳のときに父の仕事の関係で日本を離れて帰化、現在は日系イギリス人としてロンドンに住む(日本語は聴き取ることはある程度可能だが、ほとんど話すことができない)。
ケント大学卒業後、イースト・アングリア大学大学院創作学科に進学。批評家・作家のマルカム・ブラッドリの指導を受ける。
1982年のデビュー作『遠い山なみの光』で王立文学協会賞を、1986年『浮世の画家』でウィットブレッド賞、1989年『日の名残り』でブッカー賞を受賞し、これが代表作に挙げられる。映画化もされたもう一つの代表作、2005年『わたしを離さないで』は、Time誌において文学史上のオールタイムベスト100に選ばれ、日本では「キノベス!」1位を受賞。2015年発行の『忘れられた巨人』が最新作。
2017年、ノーベル文学賞を受賞。受賞理由は、「偉大な感情の力をもつ諸小説作において、世界と繋がっているわたしたちの感覚が幻想的なものでしかないという、その奥底を明らかにした」。

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