忘れられた巨人

制作 : Kazuo Ishiguro  土屋 政雄 
  • 早川書房
3.60
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本棚登録 : 1447
レビュー : 188
  • Amazon.co.jp ・本 (416ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784152095367

感想・レビュー・書評

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  • 「わたしを離さないで」のイメージを持って読み始めたので、舞台が古きイングランド、アーサー王の時代から地続きの、竜も妖精も住まう半ば神話の中の物語・・・というのにまず面食らった。

    主人公は互いを労わりあう仲睦まじい老夫婦。
    なぜか、彼らをはじめとしたこの国の人々は健忘症にかかっていて、ほんの数日前のことをすぐに忘れてしまう。
    夫婦は顔も忘れてしまった息子を訪ねるための旅に出る・・・よたよたとした足取り、繰り返されるちょっとまだるっこしいくらいの会話。
    冒険のはずなのに胸が膨らむような期待感はなく、なんともさみし気で、読み続けている間、びょおびょおと強い風の吹き荒れる荒野がずっと続いているのを眺めているような気持ちになった。
    少しずつ解きほぐされていく記憶の果てが悲しくて寂しくなる。
    共に生きていくということは思い出や記憶を共有するということなんだろうけれど、そのことと、いまただ傍にいるということの価値は等価なんだろうか、それともどちらかのほうが価値が高いんだろうか。
    人は、記憶のなかにある人と、目の前にある人と、どちらをより信じ、必要とするんだろう。
    そんなことをふと考えた。

  • 何かの隠喩だろうか。
    村上春樹の世界観に近いかな。

  • 2016/09/20

  • 大崎Lib

  • アーサー王がアヴァロンに去ってから数十年後のブリテン島。そこでは、ブリトン人とサクソン人が平和に共存している。
    人々から記憶を奪う不思議な霧に覆われたこの世界で、年老いたブリトン人農夫アクセルとベアトリスの夫婦が息子の住む村を探して旅に出る。
    途中、悪鬼に噛まれて村人から忌み嫌われるサクソン人の少年エドウィン、彼を庇護し騎士として育てようとするサクソン人の騎士ウィスタン、そして円卓の騎士の生き残りガウェインらと出会いながら、旅はいつのまにか悪竜クエリグ退治につながって行く。
    どうやら人々を忘却に導く霧はクエリグの息であるらしい。
    アーサー王その人からクエリグ退治を命じられたというガウェインは、ついにその使命を果たせるのか?
    なぜ、彼は同じ使命をもつウィスタンを排除しようとするのか?
    はたしてクエリグの死は人々に幸福をもたらすのか?
    ただの農夫であるはずのアクセルをなぜウィスタンやガウェインが見知っているのか?
    忘れられた巨人とは?
    多くの謎と寓意と象徴をはらみながら物語は進行し、最後は記憶が蘇った後の年老いた夫婦の真の愛情が試される。

    中世騎士物語の世界を舞台装置としながらも、極めて現代的な夫婦愛の物語である。
    そのまま映画や舞台の脚本にできそうな構成は、作者の他の作品にも共通する。
    是非、映画化してほしい作品である。

  •  年老いたため不遇な暮らしを余儀なくされているアクセルとベアトリス夫婦。これ以上みじめな思いはしたくないと、2人は遠く離れて暮らす息子のもとへ旅立つことを決める。深い霧のために、過去の出来事を忘れていく2人だが、何があっても、何を思い出しても互いを思う気持ちは変わらないことを確かめ合う2人。
     そんな夫婦は旅先で、悪鬼にさらわれ傷を負った少年、サクソン人の戦士、そしてアーサー王から雌龍を退治するよう託された老騎士に出会う。そして2人は、忘却を加速化する濃い霧が発生する原因を知ることに。

     いつも何かしら不安を抱えた妻ベアトリスと、そんな妻をかいがいしく支えるアクセル夫婦。年をとって危ないからとロウソクを取り上げられるが、真っ暗な夜を過ごす生活に耐えられず、息子のもとに行こうと旅立つ。
     しかし、息子はどこに住んでいるのか?息子は2人が思っているように歓迎してくれるのか?そもそも息子は本当に存在するのか?そんな不安が常につきまとう。それもそのはず、2人の記憶は曖昧で確信をもてることは何一つないのだから。
     何もかも覚えているのが幸せなのか。それともつらい記憶は忘れてしまった方が生きやすいのだろうか。2人をみているとそんなことを考えてしまう。
     物語はすっきりわかったとはいかなくて(そこが味わいなのかもしれないけれど)、むしろ読み終えてから、あれこれ考えてしまう。忘却と記憶。個人なら?国家なら?……と。

  • 「私を離さないで」は自分がここ10年読んだ小説の中で断トツ一番!と思うくらい本当に偏愛している。というわけで、久しぶりのカズオイシグロのこの最新長編、発売日を指折り数えて楽しみにしていたわけだが。。。

    舞台設定はアーサー王の時代。自分たちの記憶が失われているのではないかと疑った老夫婦が旅に出る。戦士、鬼、竜、妖精など、ファンタジー(幻想)小説の枠組みを借りつつ、人・歴史にとっての記憶、忘却の意味、愛を真正面から語っている。最後の数十ページは流石に面白いし、印象的なシーンはいくつもある。題材や語り口は悪くはないし、全体の薄ぼんやりとしたベージュグレーのような世界観は捨てがたい。

    とはいえ、「私を離さないで」のような全編、主題と世界観が一体となって、読み手の心を圧倒的に揺さぶるような何か、は残念ながら感じられなかった。いつも興味のある本は発売日に読み切る自分がここまで時間がかかってしまったのが何よりの証左だ。逆説的ではあるが、「私を離さないで」が本当に奇跡のような小説であったことを思い知らされた。

  • カズオ・イシグロの10年振りの長編は、記憶と忘却をテーマにしている。例えば「東京物語」の老夫婦が家族の思い出を語り合うように、そもそも誰かが何かを憶えていなければ物語は始まらないのだが、アクセルとベアトリスは大事なことを忘れてしまっている。自分たちの息子がどこにいるのかも覚束ない。

    大事なことを忘れているところからスタートする。この設定をクリアするために、筆者は「私を離さないで」に続いてファンタジーの採用に踏み切ったのだろう。「人の心には竜が棲んでいる」といえば隠喩にすぎないが、竜を物語の中に登場させればそれも隠喩なのだけどファンタジーになる。そのファンタジーが違和感なく受け止められるための仕掛け、それがアーサー王伝説だろうか。

    ゲルマン系サクソン人がケルト系ブリトン人の土地に侵攻していた時代、侵略者に颯爽と立ち向かったのがアーサー王である。しかしローマ人がブリタニアを放棄した後のことでもあり、残念ながら史書にその記録は残されていない。アーサーはそもそも敗者の側であり忘れられていたのに、後世思い出されて英雄になった。それはキリスト教化していたブリトン人と未改宗のサクソン人という構図、つまり宗教戦争の英雄と位置づけられたからだ。歴史は時に勝者に都合の良いことのみを語り平然としているが、神話であればなおさら恥じる必要はない。アーサーだけでなく当時の西欧各地のローマ側の将軍たちは数に勝るゲルマン人を何度となく包囲殲滅しているが、やがて防御網を分断され敗れていった。ブリトン人もそうだったのだとすると、そこにどのような感情があったのか、神話に書かれていないけれども想像することはできる。

    こうして、「記憶と忘却」「神話の中の宗教戦争」「民族間の憎悪」という道具立てが整った。ボスニア・ヘルツェゴビナの惨事を記憶に留めようとするのであれば、現地を取材してドキュメンタリーとして書き上げることもできたはず。しかしそれでは彼の壮大な想像力は現実の凄惨さの前に色あせてしまうかもしれない。彼が想像力を駆使する舞台に選んだのは、イギリスの古い血塗られた記憶、アーサー王の時代だった。

    そもそも、人間は都合の悪いことを忘れたり、政治的な必要性から記憶を留めようとしたりする動物である。日本人は被爆の記憶を留めようと原爆記念公園を作り、そこに70年の間に記憶の薄れた敵方の大統領が訪問したと喜ぶが、一方で慰安婦像をソウルに建てて忘れまいとする人々には眉を顰める。竜の息は過去を正当化する悪なのか、人々が平和に暮らすための正義なのか。正義と悪だけでなく記憶と忘却も相対化してしまったところに、私は筆者の思考力の凄さを感じた。

  • うーん、これはどう読んだらいいのだろう。

    アーサー王がほんの少し前までまだ生きていた時代のイギリス。マーリンの魔法がまだ残っている頃。

    アクセルとベアトリス夫妻は、村はずれの家で夜にろうそくを使うことも許されず、村の人に一線を引かれたような暮らしを送っている。
    文字はなく、全てのことは口伝えで残されるというのに、ここの人たちの記憶はいつもすぐに消えてなくなってしまう。
    何か大事なことを忘れているような気がする…。そんな思いも、いつしか忘れ…。

    人々の物忘れの原因は、辺りに立ち込めている霧のせいではないか。
    身のまわりも頭の中も、もやもやとしてつかみどころのない登場人物の視点で語られる物語は、やっぱりつかみどころがなくて、手さぐりで読み進めるしかない。
    ただし、読み手のほうには記憶力が多少なりともあるので、余計に悩ましいともいえる。

    忘れたり思い出したりを繰り返しながら、夫婦は遠く離れて暮らしている息子の元を訪ねていくことにする。
    今と違って公共の乗り物どころか道すらも満足にないなかを、老夫婦は息子の元へと歩き続ける。

    旅の途中で若い戦士や鬼に襲われた少年、そしてアーサー王の甥である老騎士と、出会ったり別れたりを繰り返しながら、彼らは伝説の雌竜の元へと集結する。
    雌竜こそが、この霧の大元なのだから。

    ストーリーにするとこんな感じ。
    けれど文字になっているよりも多くのものごとがこの小説には含まれているようで、考えれば考えるほどに物語に捕らわれていくよう。

    最初にアクセルとベアトリスが住んでいた村の様子を読んでいた頃は、アイヌの人達を思い浮かべてしまった。
    荒涼とした土地。連なる丘。文字を持たず、共同生活のようにかたまって住む人たち。(でも、農業を営んでいましたね)
    何よりも、先住民でありながら追いやられたようにひっそりと暮らす人々の姿が。

    けれどもそれは、世界中のどこでも行われている光景なんだなあと、読み進めていくうちに気が付く。
    アクセルとベアトリスと老騎士はブリトン人。若き戦士と少年はサクソン人。
    本当は侵略する側とされる側で対立しているはずなのに、混じりあい、互いを尊重しながら暮らす人々。
    それは善きことのはずだけれど。

    “あなた方キリスト教徒の神は、自傷行為や祈りの一言二言で簡単に買収される神なのですか。放置されたままの不正義のことなど、どうでもいい神なのですか”

    個人の記憶と、民族の情念。
    今、日本に暮らしている日本人にはあまりピンとこない民族の情念が、現実社会ではいつも大きな諍いの種になる。

    雌竜の放つ霧のように、詳細を見えないようにしたまま持ち続ける情念は恐ろしい。
    だがしかし、全てをクリアにすることで問題は解決できるのか。却って重荷を背負うことになってしまうのではないか。

    “これまでも習慣と不信がわたしたちを隔ててきた。昔ながらの不平不満と、土地や征服への新しい欲望―これを口達者な男たちが取り混ぜて語るようになったら、何が起こるかわからない”

    常に寄り添って生きてきたアクセルとベアトリスが最後に選んだ道は、一体どう意味なのか?
    考えた時に気づいてしまった。
    アクセルの、戦士の、少年の、騎士の視点で語られたこの物語は、一度もベアトリスの視点に立っていなかったことを。

    彼女は何を思い、何を考えて生きてきたのか。
    時に子どものように頑固に、今という時間しか持たなかった彼女は、最後に記憶を取り戻すことができたのか。
    それともどこかで記憶を取り戻していたのか。

    アクセルとベアトリスの違いの大きさに、何か読み落としているようで不安なのである。

  • 本の概要をどこかで読んでから読み始めた方が良いかも。第1章がすごくわかり辛く、世界に入れませんでした。

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著者プロフィール

カズオ・イシグロ
1954年11月8日、長崎県長崎市生まれ。5歳のときに父の仕事の関係で日本を離れて帰化、現在は日系イギリス人としてロンドンに住む(日本語は聴き取ることはある程度可能だが、ほとんど話すことができない)。
ケント大学卒業後、イースト・アングリア大学大学院創作学科に進学。批評家・作家のマルカム・ブラッドリの指導を受ける。
1982年のデビュー作『遠い山なみの光』で王立文学協会賞を、1986年『浮世の画家』でウィットブレッド賞、1989年『日の名残り』でブッカー賞を受賞し、これが代表作に挙げられる。映画化もされたもう一つの代表作、2005年『わたしを離さないで』は、Time誌において文学史上のオールタイムベスト100に選ばれ、日本では「キノベス!」1位を受賞。2015年発行の『忘れられた巨人』が最新作。
2017年、ノーベル文学賞を受賞。受賞理由は、「偉大な感情の力をもつ諸小説作において、世界と繋がっているわたしたちの感覚が幻想的なものでしかないという、その奥底を明らかにした」。

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