忘れられた巨人

制作 : Kazuo Ishiguro  土屋 政雄 
  • 早川書房
3.60
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本棚登録 : 1447
レビュー : 188
  • Amazon.co.jp ・本 (416ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784152095367

感想・レビュー・書評

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  • カズオ・イシグロは大好きな作家だが、新作をリアルタイムで読むのは、これが初めてのことになる。結論から言えば、『わたしを離さないで』『日の名残り』の二作に優るとも劣らぬ素晴らしい傑作だ。
    ただし最初のうちは戸惑った。舞台は、アーサー王が死んでから数十年後のブリテン島。鬼やドラゴンや妖精が当たり前のように跋扈し、騎士が重要な登場人物となり、『薔薇の名前』を思わせる修道院まで出てくる。設定だけ見れば、完全な中世ファンタジーの世界だ。これまでのイシグロ作品のイメージとあまりにも違うので、何か入れ小細工のような設定になっているのではと疑いながら読んでいたが、最後まで設定は変わらない。主人公の老夫婦はどことなくホビットを思わせるし、これはカズオ・イシグロ版『ロード・オブ・ザ・リング』なのかと思った。しかし拡散気味に見えた様々な要素がドラゴン退治に集約される終盤に至ると、神話的であると同時に限りなく現代的なテーマを持った物語の全貌が明らかになる。

    「記憶と忘却」「捏造された記憶」はイシグロ作品にいつも出てくるテーマだが、今回はそれが個人だけでなく民族の問題にまで発展する。「忘却に基づく平和」が正しいのか「真実の記憶に基づく戦争」が正しいのか…その対立の果てに、憎しみの連鎖(視点を変えればそれは「正義」と呼ばれる)が壮大な悲劇をもたらす。このあたりの展開には、明らかに21世紀の世界が重ね合わされている。ブリトン人とサクソン人の歴史に詳しいイギリス人なら十分に予想出来た結末かもしれないが、知識が乏しい日本人としては、次第に明らかになっていく各人の行動の真意や終盤の劇的な展開に、手に汗握る思いだった。
    そして本作は、民族の興亡を描く叙事詩であると同時に、ある老夫婦の愛を描いた抒情詩でもある。主人公のアクセルは一体何者なのか? 彼と妻ベアトリスの間に本当に息子はいるのか? 二人の過去に一体何があったのか? 記憶、忘却、愛、憎しみ、そして赦し…様々なテーマがぶつかり合い溶け合っていく最終章は限りなく美しく、一つの世界の終わりと新たな世界の誕生を同時に見ているかのようでもある。悲劇を乗り越えるためのかすかな希望も、そこには感じられる。
    舞台設定こそ『ロード・オブ・ザ・リング』のようだが、途中から強くイメージが重なったのはテオ・アンゲロプロスの映画だった。当初ホビットのように見えた老夫婦は、それ以上に、父親を探して旅をする『霧の中の風景』の姉弟のようであり、ラストは『シテール島への船出』を彷彿とさせる。アンゲロプロスは、民族の歴史と個人の人生を共に描くことに成功した映画作家だったが、同様に、イシグロも本作において叙事詩と抒情詩の融合に成功した。一貫して描き続けてきたテーマをさらに深化させ、同時に全く新しい物語世界を構築した、カズオ・イシグロの見事な傑作。予想とまったく違う形で期待に応えてくれたのが、何よりも嬉しい。

  • やはりカズオ イシグロの作品はとても面白いですね♪
    記憶が霧に消されている時代の老いた夫婦が息子を訪ねる旅に出るところから始まった物語は不思議な臨場感を伴いながら読者をブリテンの神話世界に誘うけど門外漢の私達にも違和感無くいにしえの世界を旅させて呉れる。「忘れられた巨人」との邦題になっているけど原題(埋められた とか葬られた)のほうがピッタリな気がする。それにしても面白かった!

  • うーん、これはどう読んだらいいのだろう。

    アーサー王がほんの少し前までまだ生きていた時代のイギリス。マーリンの魔法がまだ残っている頃。

    アクセルとベアトリス夫妻は、村はずれの家で夜にろうそくを使うことも許されず、村の人に一線を引かれたような暮らしを送っている。
    文字はなく、全てのことは口伝えで残されるというのに、ここの人たちの記憶はいつもすぐに消えてなくなってしまう。
    何か大事なことを忘れているような気がする…。そんな思いも、いつしか忘れ…。

    人々の物忘れの原因は、辺りに立ち込めている霧のせいではないか。
    身のまわりも頭の中も、もやもやとしてつかみどころのない登場人物の視点で語られる物語は、やっぱりつかみどころがなくて、手さぐりで読み進めるしかない。
    ただし、読み手のほうには記憶力が多少なりともあるので、余計に悩ましいともいえる。

    忘れたり思い出したりを繰り返しながら、夫婦は遠く離れて暮らしている息子の元を訪ねていくことにする。
    今と違って公共の乗り物どころか道すらも満足にないなかを、老夫婦は息子の元へと歩き続ける。

    旅の途中で若い戦士や鬼に襲われた少年、そしてアーサー王の甥である老騎士と、出会ったり別れたりを繰り返しながら、彼らは伝説の雌竜の元へと集結する。
    雌竜こそが、この霧の大元なのだから。

    ストーリーにするとこんな感じ。
    けれど文字になっているよりも多くのものごとがこの小説には含まれているようで、考えれば考えるほどに物語に捕らわれていくよう。

    最初にアクセルとベアトリスが住んでいた村の様子を読んでいた頃は、アイヌの人達を思い浮かべてしまった。
    荒涼とした土地。連なる丘。文字を持たず、共同生活のようにかたまって住む人たち。(でも、農業を営んでいましたね)
    何よりも、先住民でありながら追いやられたようにひっそりと暮らす人々の姿が。

    けれどもそれは、世界中のどこでも行われている光景なんだなあと、読み進めていくうちに気が付く。
    アクセルとベアトリスと老騎士はブリトン人。若き戦士と少年はサクソン人。
    本当は侵略する側とされる側で対立しているはずなのに、混じりあい、互いを尊重しながら暮らす人々。
    それは善きことのはずだけれど。

    “あなた方キリスト教徒の神は、自傷行為や祈りの一言二言で簡単に買収される神なのですか。放置されたままの不正義のことなど、どうでもいい神なのですか”

    個人の記憶と、民族の情念。
    今、日本に暮らしている日本人にはあまりピンとこない民族の情念が、現実社会ではいつも大きな諍いの種になる。

    雌竜の放つ霧のように、詳細を見えないようにしたまま持ち続ける情念は恐ろしい。
    だがしかし、全てをクリアにすることで問題は解決できるのか。却って重荷を背負うことになってしまうのではないか。

    “これまでも習慣と不信がわたしたちを隔ててきた。昔ながらの不平不満と、土地や征服への新しい欲望―これを口達者な男たちが取り混ぜて語るようになったら、何が起こるかわからない”

    常に寄り添って生きてきたアクセルとベアトリスが最後に選んだ道は、一体どう意味なのか?
    考えた時に気づいてしまった。
    アクセルの、戦士の、少年の、騎士の視点で語られたこの物語は、一度もベアトリスの視点に立っていなかったことを。

    彼女は何を思い、何を考えて生きてきたのか。
    時に子どものように頑固に、今という時間しか持たなかった彼女は、最後に記憶を取り戻すことができたのか。
    それともどこかで記憶を取り戻していたのか。

    アクセルとベアトリスの違いの大きさに、何か読み落としているようで不安なのである。

  • 『昔ながらの不平不満と、土地や征服への新しい欲望---これを、口達者な男たちが取り混ぜて語るようになったら、何が起こるかわからない』

    イシグロ・カズオの新作は相変わらすどこかファンタジーのようでいて実際には現実の社会を色濃く映し出したような手触りがする。「わたしを離さないで」もそうだったように。穿ち過ぎであるかも知れないけれど、少なくとも自分にはこの作品が、基本的にはラブストーリー、とは思えない。憎しみの負の連鎖。ハムラビ法典の時代から絶えず繰り返されてきた、それをどこで絶ち切るのが正しくどこからが過ぎた報復であると言えるのかというテーマ。アーサー王の時代のイングランドに舞台を設定したためか、遠すぎず近すぎず、現代を重ね合わせることができるように思えてならない。またその時代であれば、宗教的な対立の構図に拘泥しすぎることもない。その舞台の中で、許しに対する問い掛けが通奏音のように響き続けている。

    ある民族と別な民族の争いと融和。そしてその和平協定に対する裏切り。大きな物語としてはそんな構図の上で繰り広げられる伝説的な一匹の竜を廻る冒険譚。すらすらと読んでしまうと、これはイシグロ・カズオによる指輪物語のプロローグかとも見えてしまうような話であるけれど、ここにあるのは勧善懲悪の物語等では決してなく、弱った竜に託されていた幸福と、その息の根を止め為されようとする正義との相容れないものの対立の物語なのだと思う。そして、そんな大きな正義の物語の直ぐ隣で、忘れられた過去を恐れお互いの許しという問題に向き合う老夫婦の物語が並走する。この一つのテーマを全体レベルと個人レベルの両方から描いて見せるところにも、どこかしら現代社会の縮図のような隠喩めいたメッセージを読み取ってしまいがちだ。

    忘れられた巨人の意味するものは最後に明かされるが、その巨人が深い眠りから目覚めるか否かは明かされることなく物語は幕を閉じる。同胞の少年に負わされた重荷は単純にその巨人の怒りの中で解消するようには見えないし、擬似的なものであるにせよ、幾つかの家族的な関係を全体正義の中でどう捉えるか、読むモノ一人一人に考えて見るように問われてもいる。そして、最後に老人は許しを得たのか否か。その謎を残して物語を終える巧みさが、自分がイシグロ・カズオを鋭い社会批評家であると思う理由なのである。

  • カズオ・イシグロの10年振りの長編は、記憶と忘却をテーマにしている。例えば「東京物語」の老夫婦が家族の思い出を語り合うように、そもそも誰かが何かを憶えていなければ物語は始まらないのだが、アクセルとベアトリスは大事なことを忘れてしまっている。自分たちの息子がどこにいるのかも覚束ない。

    大事なことを忘れているところからスタートする。この設定をクリアするために、筆者は「私を離さないで」に続いてファンタジーの採用に踏み切ったのだろう。「人の心には竜が棲んでいる」といえば隠喩にすぎないが、竜を物語の中に登場させればそれも隠喩なのだけどファンタジーになる。そのファンタジーが違和感なく受け止められるための仕掛け、それがアーサー王伝説だろうか。

    ゲルマン系サクソン人がケルト系ブリトン人の土地に侵攻していた時代、侵略者に颯爽と立ち向かったのがアーサー王である。しかしローマ人がブリタニアを放棄した後のことでもあり、残念ながら史書にその記録は残されていない。アーサーはそもそも敗者の側であり忘れられていたのに、後世思い出されて英雄になった。それはキリスト教化していたブリトン人と未改宗のサクソン人という構図、つまり宗教戦争の英雄と位置づけられたからだ。歴史は時に勝者に都合の良いことのみを語り平然としているが、神話であればなおさら恥じる必要はない。アーサーだけでなく当時の西欧各地のローマ側の将軍たちは数に勝るゲルマン人を何度となく包囲殲滅しているが、やがて防御網を分断され敗れていった。ブリトン人もそうだったのだとすると、そこにどのような感情があったのか、神話に書かれていないけれども想像することはできる。

    こうして、「記憶と忘却」「神話の中の宗教戦争」「民族間の憎悪」という道具立てが整った。ボスニア・ヘルツェゴビナの惨事を記憶に留めようとするのであれば、現地を取材してドキュメンタリーとして書き上げることもできたはず。しかしそれでは彼の壮大な想像力は現実の凄惨さの前に色あせてしまうかもしれない。彼が想像力を駆使する舞台に選んだのは、イギリスの古い血塗られた記憶、アーサー王の時代だった。

    そもそも、人間は都合の悪いことを忘れたり、政治的な必要性から記憶を留めようとしたりする動物である。日本人は被爆の記憶を留めようと原爆記念公園を作り、そこに70年の間に記憶の薄れた敵方の大統領が訪問したと喜ぶが、一方で慰安婦像をソウルに建てて忘れまいとする人々には眉を顰める。竜の息は過去を正当化する悪なのか、人々が平和に暮らすための正義なのか。正義と悪だけでなく記憶と忘却も相対化してしまったところに、私は筆者の思考力の凄さを感じた。

  • 人間の本質の探求と対話という体験をこのような形で経験することになるとは。
    読み終わって時間が経過するにしたがって、ジワジワと思考が活性化してくる。
    そして、圧倒的な筆力に圧倒される。

  • 「それに、一番大切に思っている記憶を話すとき、人は本心を隠すことなど不可能です。愛によって結ばれているという二人の中に、わたしたち船頭は愛でなく恨みや怒り、ときには憎しみすら見ることがあります。あるいは、大いなる不毛とかね。ときには孤独への恐怖だけがあって、それ以外には何もなかったりします。」

    NHKの文学白熱教室で、カズオ・イシグロ氏自身がこの作品を語るのを聞いた。
    未読だったけれど、その言葉だけで涙が出そうになった。
    彼の創作への真摯な態度は、この作品の一文字一文字に込められている。
    素晴らしい書き手だ。
    しかし、まさかアーサー王絡みとは…!
    アーサー王の話をまるで知らない私でも充分楽しめたけれど、知っていたらもっと楽しかったのだろうなと悔しくも思う。
    まるでずっと冒険小説を書いて来たように、スリリングな展開が非常に上手い。
    その中に、彼らしい繊細な心理描写が織り込まれ、絶妙な引き方で謎が解かれていく。
    翻訳も見事。
    読み終えると胸が満たされた。
    また読み返したい一作。

  •  舞台となるのは、六世紀か七世紀ごろのイギリス。この地域を300年ほど支配したローマ帝国が勢力衰退によって引き上げ、土着のケルト系民族であるブリトン人と、新しく今のドイツあたりから移住してきたサクソン人がそれぞれ別々に村をつくって住んでいる。川や沼地には冷たい霧が立ち込み、鬼の隠れ家になっている。地面は耕すに固く、病気も流行する、厳しい世界だ。
     主人公はアクセルとベアトリスというブリトン人の仲むつまじい老夫婦。村からはろうそくさえ取り上げられるほど冷遇されているが、二人で懸命に助け合って暮らしている。この二人が、長らく会っていない息子の住む村を目指し、旅に出るところから物語は始まる。とはいえ息子の顔や声さえさだかではない。この国は「健忘の霧」に蔽われていて、二人だけではなく、みな数日前のことさえ忘れてしまうのだ。
     旅が進むにつれ、じょじょに世界の広がりが見えてくる。かつて大きな戦争があったらしいこと。悪鬼や獰猛な烏が増えて、どうやらこの国はだんだんと悪いほうに傾いていること。そして、クエリグという雌竜が吐く息こそが「健忘の霧」の正体であるらしいこと。
    そしてサクソン人の旅の戦士ウィスタン、故アーサー王からクエリグ退治を命じられた老騎士ガウェインとの出会いにより、二人の「息子を訪ねる旅」はいつしか「クエリグ退治の旅」へ、すなわち「世界の謎」にかかわる活劇へとスライドしていく。
     ファンタジー要素が注目されているが、本書の本質はミステリーだ。戦士にも、騎士にも隠された本当の使命がある。アクセルは昔、二人に出会っていて、ただの農夫ではなかっただろうこともほのめかされる。しかし、なにしろこの国には「健忘の霧」が立ちこめているのだ。「信用できない語り手」しか登場しない世界を、読み手は老夫婦とともにさまよい歩かなくてはならない。
     謎は、老夫婦の間にももちろんある。そもそも二人が「息子を訪ねる旅」から寄り道するきっかけになったのは、ある船頭の話を聞いたから。長年連れ添った夫婦でも一人ずつしか渡してくれない不思議な島。その島で二人で幸せに過ごすには「一番大切に思っている記憶」について、別々に答えなければならない。この話を聞いて不安になったベアトリスは、どうしても記憶を取り戻したくなったのだ。しかし、思い出したくない記憶だって、長年連れ添った夫婦のなかにはある。時折、不実の影が顔を出し、不穏な空気を漂わせる。
     一方、世界最大の謎は、かつての大戦争に関わること。「わが敬愛するアーサー王はブリトン人とサクソン人に恒久の平和をもたらした」と語るガウェイン卿に、「偉大な王はどのような魔法で戦の傷を癒やされたのですか」と尋ねる戦士ウィスタン。もしかしたら「忘却の霧」こそが、その要にあるのではないか――。
     歴史というものを「民俗の記憶」ととらえたとき、「思い出したくない」ことを忘れてしまっていいのか、その忘却が何をもたらすのか。ファンタジー仕立てになっていることで、かえって「現代」を思わせる物語になっている。

  • カズオ・イシグロの作品は、シニカルさを感じるものが多いが、この物語では作家のメッセージが直球で届いた。

    我々は、平和や愛を求めながら、憎しみや復讐を繰り返す。今も昔も変わらない。
    真実と向き合い、時間がかかっても、問題を乗り越えられる時が来ますように。

  • 記憶の問題、かみ合わないコミュニケーション、信頼と憎しみ。読み進めるのは、決して楽ではない。しかし、象徴と寓意を考えずにはいられない。「お姫様」という呼びかけが、優しさに満ちている。

    ゆれる主人公が最後、きちんと待てる人になれる、というのが、まさに象徴的。

著者プロフィール

カズオ・イシグロ
1954年11月8日、長崎県長崎市生まれ。5歳のときに父の仕事の関係で日本を離れて帰化、現在は日系イギリス人としてロンドンに住む(日本語は聴き取ることはある程度可能だが、ほとんど話すことができない)。
ケント大学卒業後、イースト・アングリア大学大学院創作学科に進学。批評家・作家のマルカム・ブラッドリの指導を受ける。
1982年のデビュー作『遠い山なみの光』で王立文学協会賞を、1986年『浮世の画家』でウィットブレッド賞、1989年『日の名残り』でブッカー賞を受賞し、これが代表作に挙げられる。映画化もされたもう一つの代表作、2005年『わたしを離さないで』は、Time誌において文学史上のオールタイムベスト100に選ばれ、日本では「キノベス!」1位を受賞。2015年発行の『忘れられた巨人』が最新作。
2017年、ノーベル文学賞を受賞。受賞理由は、「偉大な感情の力をもつ諸小説作において、世界と繋がっているわたしたちの感覚が幻想的なものでしかないという、その奥底を明らかにした」。

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