- Amazon.co.jp ・本 (527ページ)
- / ISBN・EAN: 9784152096258
作品紹介・あらすじ
人間は合理的。市場は正しい。こうした経済学の大前提に真っ向から挑んだ行動経済学。その第一人者が、自らの研究者人生を振り返りつつ、“異端の学問”が広く支持されるようになった過程を描く。
感想・レビュー・書評
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読み終わって単に「面白かった」で終わりにしてしまう本ではなく、身近なあれこれに応用ができそうなヒントを与えられ、つい実践してみたくなるような、刺激に満ちた本だった。
「行動経済学とは何ぞや?」に答える解説書でありながら、一人の「将来有望」とされたひよっこ学者が経済学にパラダイムシフトを起こすまでの軌跡を綴った自伝でもある。
「革命」のきっかけは、著名な心理学者たちとの親密な交流がはじまりで、やがて彼らとの話し合いから心理学の要素を経済学に取りこみ、二つを結合させようと決意する。
この二つの化学反応は、少しずつ周りからも支持を集め、貴重な資金援助を受け、発展していく。
会議になれば、既存の大御所経済学者から集中砲火的に批判されていたが、やがて学問的な理論と実証を重ねて、彼らにも認めさせていく。
行動経済学という新分野の学問を打ち立てた著者にはさらに隠れた目標があった。
それは、行動経済学を使って世界をよりよくするという野心的なミッションで、すでにオバマやキャンベル政権下で担当部署まで設けられ、政策の立案に関わっている。
常に合理的な行動をするエコンではないヒューマンである我々は、予測可能なエラーをするため、そのエラーを先回りして発生を減らせるのではないか。
たとえば、自動車が通るセンターラインに眠気防止のデコボコの溝をつけたり、トイレの小便器にハエの絵を描き「飛び散り」を防いだり、退職準備貯蓄を増やすために自動加入方式を採用して煩雑さに対する躊躇を減らしたりして効果をあげている。
「ナッジ」には、私たちの注意を引きつけて行動に影響を与える環境をつくるという特徴を持っているため、トイレでよく見かける「いつもきれいにお使いいただき、ありがとうございます」という注意書きも、この好例と言えるのではないか。
ただし、この文面に反発を覚える人たちも少なくない。
「私たちがしたいのは、人々が自分の目標を達成する手伝いをすること」と著者は言うが、常に行動経済学には人々の行動を官僚的に指図しようとしているという批判がつきまとう。
著者も自戒を込めて語る臓器提供をめぐる政策の顛末は、多くの読者が注意して読まねばならない問題を含んでいる。
最初に、この「オプトアウト」型の事例を知ったのは、ダン・アリエリーの著作がはじめだったと思うが、その頃からこれは大丈夫なのかと不信に思っていた。
本書でも最初は効果があると思われた推定同意方式が、いかに最善の策ではなかったかを詳しく書いている。
運転免許更新時に臓器提供の意思の確認を行なうイリノイ州の事例もそうなのだが、左派の社会改良主義的な考えの人たちのある種の鈍感さが如実に現れていると感じた。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
きっかけは、仕事先の部長の「ナッジを見てうまく使いたい」という言葉に、「ナッジ??」となって、検索して手に取ってみた。
「ナッジ(小突く)」という言葉の生みの親である、リチャード・セイラー氏がこの本の著者。本の構成は、セイラー氏の提唱する行動経済学が、それまでの経済学派からの攻撃を受けながらも実証を元に認知されていく過程が、いくつものストーリーで展開されていく。ページ数で行くと約500ページあり、章立てで行くと33章あるので… お腹いっぱいになる。
この本を読む個人的な動機が、次回部長にあった時に、ナッジの意味を理解しつつ、提案をすると言う事だったが… この本で言われている例は、「駐車違反の紙をワイパーに挟むとこではなく、窓に貼り付ける行為」や、「貯蓄を促す仕掛けに、デフォルト方式を採用すること」や、「納税を促す時の文言」、「屋根の断熱材の施工に、屋根裏部屋の掃除を組み合わせる」など… 実施にあたっては、実証実験が必要そうだしデータを取って検証と。
この本では、ナッジだけじゃ無くて、サンクコストの話や、ゲーム理論の話、株式市場の反応への疑問、一物一価の嘘、市場の足し算引き算の話、NFLのドラフトなど、切り出して読んでも面白い話がたくさんある。読んで確実に理解できるほどの頭が無いのが痛い所である…
この本の対象読者は、30,40代のサラリーマンかな?もう少し若くして読めば、その後の人生で良いことあるかも知れないし、意外と政治とかに興味を持つようになったりするかも。
もう少し、この筆者が書いた別の本を読んで理解を深めたいと思った。
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2017年ノーベル経済学賞受賞者、リチャード・セイラーの自伝的行動経済学解説。心理学者リチャード・カーネマン、エイモス・トヴェルスキーとの出会いから、最新の行動経済学の成果まで、著者自身が切り開いてきた行動経済学約40年の歴史を辿る。
すべての人間が合理的に、自分の利益を最大化するように行動するという前提を置く主流派経済学では現実の世の中で人間が実際に取る行動を説明できないことに気づいた著者は、心理学の手法を応用した実験を積み重ね、その結果を根拠に理論を組み立てる行動経済学という新分野を確立した。
行動経済学の主張は主流派経済学の主張と相容れない部分が多く、長い間異端とされた。しかし、少しずつ賛同者も増えてきて、いまでは経済学のひとつの大きな分野として認められるまでになった。
わかりやすく、専門でなくても直感的に理解しやすい実験内容を豊富に取り上げながら、「実際の人間はどう行動するのか」と解き明かそうとする行動経済学の進化と、行動経済学が明らかにする結果をなかなか受け入れようとしない主流派経済学者との闘いは、著者のユーモアたっぷりの話の進め方もあって非常におもしろい。
それにしても、著者のリチャード・セイラーという人は、この人自身がとてもおもしろい人に違いない。やっぱり、ノーベル賞を取るような人物は、その実績だけでなく、その人自身の人柄も凡人とは違うという感じがするなあ。 -
新しい学問分野(伝統的な経済学の大前提に真っ向から挑む「行動経済学」)が、学会の権威たちから「棒打ち刑」を受けながらも、影響力を高めていった過程が、自らの研究者人生を振り返りながら、詳細に書かれています。
最近読んだ 「最後通牒ゲームの謎」で「エコン」という言葉を知り、参照文献にあげられていたこの本を手に取りました。
しかし、「エコン」の定義から書かれているかと思ったら、そうではなく、経済学の世界では「ホモエコノミカス」という経済合理性に基づき行動する人間は、今更定義をおさらいするまでもなく周知のもののようで、「ホモエコノミカス」では長ったらしいので、著者は「エコン」と呼んでいるとだけ書かれていました。
そして、私たちは「エコン」でなく、「ヒューマン」だと。
伝統的経済学のモデルは、みなエコンであることを前提にしている。
しかし、ヒューマンは、全く合理的でない。
同じ金額でも場合によりお得感・ぼったくり感を感じたり、既に払ったコスト(サンクコスト)にとらわれたり、お金をラベリングして、予定していた消費(ラベル通りの消費)と違う内容での消費では躊躇の度合いが違ったり。同額を得ると失うでは、失うことの方が耐えがたい。(メンタル・アカウンティング)
また、今と後の消費には、全く違う価値づけをしている。
(セルフコントロール)、、、朝三暮四の猿と同じ。
例えマグカップのごときものでも、一度手にしたら自分のもので、人に渡したくない。(インスタント保有効果)
これらアノマリー(エコンはしないと思われているが、現実のヒューマンにはよく見られる行動)を集め、また、経済学者から、最も合理的と思われていた「市場仮説」に抗っていく。
そして、行動経済学の次なる段階として、デフォルト設定変更等を用いて、意思決定をナッジ(誘導)していく。
研究内容が興味深いのはもちろんのこと、読みながら研究環境について感じたことも多々あり。
「大学院生」が研究や論文の執筆に大きな役割を果たしていることに驚きました。(日本でも、そうなのかな?)
また、筆者は、ノーベル経済学賞を2017年に行動経済学者として初めて受賞した、とのこと。
登場する経済学者も、ゾロゾロとノーベル経済学賞受賞者らしくて、そのハイレベルな環境にびっくり。
ネットで調べてみると、ノーベル経済学賞というのは、正確にはノーベル財団が認めている賞ではなく、また、現時点で89人の受賞者のうち圧倒的多数は米国出身で、非欧米の受賞者は1人しかいないらしい、とも知り、経済学ってそういう分野だったんだー、と感慨。
ともあれ、著者が自分の研究と取り巻く世界を存分に楽しんでいることはよく伝わってきました。
しあわせなヒューマン、ですね。 -
従来の経済学は最強の社会科学らしいのだが,偽なる前提から始まる論理体型体系なので,何を言っても真なので,およそ科学とは言えない。このとんでもない経済学をまともな学問にしようとしている流れの一つが行動経済学。とんでもなく間違っている従来の経済学の理論の馬鹿さ加減が分かる。こんな人たちが政策に口出ししていいのだろうか?
マクロ行動経済学というのが必要なのだが,これはなかなか難しいらしい。
原題は MISBEHAVING The Making of Behavioral Economics なのだが,なぜ「逆襲」になるのか意味不明。編集者?訳者?どっちがこんな日本語タイトルにしたの? -
人間が最適な選択をすることが前提の伝統的経済学に対して心を持った人間の行動を仮説検証する行動経済学の入門書。株式市場における実例が他人のフリみて我が身を正せというメッセージに聞こえる。
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理論の不整合を見ようとしなかった経済学に変化をもたらした。
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セイラー氏も行動経済学も知らなかったが、読み進めるにつれすっかりファンになってしまった。
とりあげられているエピソードが秀逸なものばかり、誰かと飲みながら議論したくなる。
難解な内容もあり、なかなか頭に入ってこない部分も多いが、秋の夜長をじっくり楽しめた。
合理的に行動できない我々"ヒューマン"は、これからも誤りを繰り返すんだろうな。手近なとこでは、ユニコーンブームの終焉かな。 -
2017年にノーベル経済学賞を受賞した、著者による行動経済学を追い求める一代記です。エコンという常に合理的な判断を下すという前提の経済学ではなく、ヒューマンには失敗が付随するとして、より現実的な経済学を追い求めた著者の実体験を著しています。具体的な実験を重ねて、人の経済的行動を緻密に調べ上げた結果がよく分かり、個人的にはとても興味深い一冊でした。
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行動経済学の発展を当事者の立場からたどる。たんなる行動経済学の紹介をする本とは違い、異端視されていた黎明期から、無視できない地位を築くまでの足跡をたどれるようになっている。とくに本書では、「エコン」(経済モデルが想定する合理的な人間像)の牙城と見られていたファイナンスの世界に、多くのボリュームが割かれているのが特徴だ。
自分が行動経済学に惹かれるのは、自分を含む「ヒューマン」がつい犯してしまいがちな罠を、あらかじめ知っておくことが有益だと考えるからだ。本書でも、実利のある知見はいろいろ得られる。たとえば(すくなくとも米国においては)株式投資のプレミアムは大きいということだとか、グロースよりバリューのほうが戦略としては正しいだとか。まぁ、でもそうした「実利」を求めるならもっとコンパクトにまとまったものがある。本書の価値は、ユーモアのある著者の語り口に乗せられつつ、たのしくこの分野の発展を理解できるということになるだろう。