- Amazon.co.jp ・本 (368ページ)
- / ISBN・EAN: 9784152096746
作品紹介・あらすじ
イギリスの二大諜報機関MI5とMI6に在籍していたことを明かし、詐欺師だった父親の奇想天外な人生を打ち明ける。スマイリーなどの登場人物のモデル、紛争地域への取材、小説のヒントになった出来事、サッチャーをはじめとする要人との出会いも語る話題作
感想・レビュー・書評
-
序文だけでもうすっかり心つかまれてしまった。
大人による、大人のための文章。
これよ、これ! こういうのが読みたかったのー! と、私の脳みそ含むからだ全部が喜んでいるのを感じた。
もともと、ミステリや探偵小説の類はあんまり好きじゃないから、ジョン・ル・カレの作品も「ナイロビの蜂」しか読んだことない。
でも、これまで読んだ推理小説は読んだ端から忘れていって、ほぼ頭の中に残っていないけど、「ナイロビの蜂」だけは、割と心の深いところに沈殿していて、読み終わった後もよく思い出します。
小説があんまり良かったので、映画もすぐ見たほど。(そして、映画も悪くはなかったけど、小説の方がだんぜん良かった)
この回想録を読んで思ったけれど、この人の文章スタイルが非常に私好みなんだろうと思う。たぶん。
ある出来事について語るとき、「その出来事のどこを切り取るか」っていうのは人によって全然違うと思うし、それによって話がどこへ向かうか、というのも全く変わってくると思うのだけれど、この人の視点とか切り取り方、それによって導かれる結論が、私は本当に好きだと思った。
それはもう序文から現れていて、タイトル「地下道の鳩」の由来となったル・カレの子供のころの記憶の話もそう。あとの方の回想で出てくるメンフクロウのエピソードとセットでとても印象的。
ただ、残念なことに、私の知性がル・カレに全くついていけていないせいで、この素敵な序文の最後の文章を読んで、え、と思った。
「この光景がずっと私の心に焼き付いている理由は、私自身より読者の方がわかるのではないだろうか。」
・・・え・・・すみません・・・私にはわかりません・・・(涙)
ああ、でも、こんな風に、いちいち全部説明しないクールなところがとてもとても好きなんです。(と、珍しく熱く愛を語る)
読んでいて、ぎょっとしたところがあった。
ナチス狩りに携わっていたジャーナリストを取材した時の話。
もちろん、ナチス狩りということが戦後ずっと広く行なわれていたことは私も知っているけれども、私はずっと、ナチス狩りは裁判にかけるために行われているのだと思っていた。
そうじゃなくて、復讐が最大の目的で、裁きを受けさせるためではない、と知って驚愕してしまった。(もちろん裁判に持ち込まれた人もいたとは思うが、ここではそうではないケースが出てくる)
そのナチス狩りの様子(=要するに殺人)について淡々と語るジャーナリストとの会談場面――
「こちらの仕事の説明をしている暇がないこともあった、とマイクは言う。そうなるとわれわれは、たんに彼らを殺して去った。時間があるときには、どこかへ連れていって説明した。野原や、倉庫に。泣いて罪を告白する者もいれば怒鳴り散らす者も、命乞いをする者もいた。ほとんど何もできない者も。(中略)
”われわれ" と言いました? "われわれ" とは具体的に誰ですか。あなた――マイク――自身も復讐に加わっていた? それとも、もう少し一般的な "われわれユダヤ人" という意味で、あなたはたんにそのひとりということですか?
マイクは、私にはよくわからない "われわれ" を使いつづけ、別の殺しの方法を説明する」
この「よくわからない "われわれ"」がなんかじわじわ怖い。
このエピソードのそこを切り取るル・カレがさすがだ、と思った。
ほかにも、ソ連崩壊直後の完全に混乱したモスクワで「保険屋が来たせいで従業員が出社しなくなってしまった」という、そこだけ聞いてもまったく意味の分からないエピソードもそうだったが(もちろん、読めば意味はわかります)、私という人間は、本当に「秩序のある世界」しか知らないんだなと、自分のナイーブさ(日本語のナイーブじゃなくて、英語の意味のナイーブ)と混乱の世界との大きな隔たりを思って気が遠くなった。
子供みたいな感想で申し訳ないけれど。
学校を卒業して働き始めたとき、「ああ、社会というのは学校みたいに1+1=2っていう明快な答えがないんだなぁ」とため息が出たが、この本を読んでいると、私の暮らしている場所は、やっぱりだいたい「1+1=2」が普通に通用している世界だと思った。
向こう側の世界(たとえばパレスチナとか)から見れば、私の人生は、さまざまな理不尽からは信じられないくらいに無縁でいる。
そのことを強く実感させられた。
なんと幸せなことかと。
ところで、サッチャー。
有名人のエピソードって、話す人や場面によって、人物像が全然違ってたりするものだけれど、サッチャーって、誰が語っても、誰の回想録を見ても、いつもキャラが全然ブレないところ、ちょっと笑ってしまった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
いやー、おもしろい!!
ある意味、20世紀の歴史を最前線で見てきた作家の記録でもあり、ジョン・ル・カレが歴史が作られる現場に立つ姿を描いた短編小説のようでもある。
個人的には、外交官として滞在した第2次大戦後のドイツの様子を描いた部分が、特に興味深かった。
きっと、まだまだ書けずにいるエピソードもいっぱいあるんだろうな。
ぜひ、続編を期待したい。 -
スパイ小説と言えばフレデリック・フォーサイスと、本書の著者である
ジョン・ル・カレなんだよね、私にとっては。しかもふたりとも実際に
スパイだった。あ、フォーサイスは協力者だっけ。
私の中の2大巨匠のひとりでるジョン・ル・カレも既に85歳だそうだ。その
人の回想録だもの。読むでしょ、やっぱり。
時系列になっていないので「自伝」と捉えて読むと読み難さがあるが、
全38章のそれぞれが短編小説を読んでいるような感じだ。
小説の取材の過程であった人々のなかでもPLOのアラファト議長との
邂逅はまるで映画のよう。尚、アラファト議長のヒゲは柔らかく、ベビー
ローションの匂いがしたそうだ。あぁ、触ってみたかったよ、議長のヒゲ。
イギリス最大の裏切り者キム・フィルビーの友人であり、同僚であった
ニコラス・エリオットとの会見の様子もあるし、『寒い国から帰って来た
スパイ』の映画化をめぐっての話、そしてイギリス諜報機関に在籍し
てた頃の話も少々。スパイだったから多くは語れないんだろうね。
最大の注目はル・カレの父親ロニーのことを綴った章だ。常習の詐欺師
にしてDV夫。この為、ル・カレとその兄の生母はふたりが幼いうちに家を
出てしまう。
ル・カレもお兄様も、きっと多大な苦労をしたに違いない。家庭環境を考え
たら相当に重い話なのだが、ユーモアを交えた筆致が読ませるんだよな。
各章がル・カレの人生の断片なのだ。それをパズルのように組み合わせて
いくと、彼の数々の作品が生まれる。
近年は小説から離れてしまっているが、昔々に読んだル・カレの作品を
引っ張り出したくなった。
困ったな。フレデリック・フォーサイスの自伝も買って積んである。きっと
こちらも面白いはずなんだよな。 -
2017年7月9日に紹介されました!
-
十代のなかば頃、父のいつもの派手なギャンブル旅行の道連れでモンテカルロに行った。古いカジノの近くにスポーツクラブがあり、そのふもとの芝地に海を見晴らす射撃場があった。芝生の下には小さなトンネルがいくつも並んで掘られ、海側の崖に出口が開いていた。そのなかに、カジノの屋上で生まれ、囚われていた生きた鳩が入れられる。鳩たちの仕事は、真っ暗なトンネルを抜けて地中海の空に飛びだすことだ――昼食を愉しんだあと、立ったり寝そべったりしてショットガンを構えているスポーツ好きの紳士の標的となるために。弾が当たらなかったり、かすったりしただけの鳩は習性にしたがって生まれ故郷のカジノの屋上に戻っていくが、そこには同じ罠が待ち受けている。(序より)
ジョン・ル・カレの心にずっと焼き付いて消えない光景。鳩たちの運命はまるでスパイの運命のよう。何故そう思うのかは、読者の方が知っている、とカレは言う。
『寒い国から帰ってきたスパイ』、『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』に始まるスマイリー三部作等、1960年代に書かれ、半世紀を過ぎて今なお屈指のミステリである数々の名作を世に送り出してきたジョン・ル・カレ。
詐欺師であった父親のもとに生まれ、イギリスの二大諜報機関MI5・MI6に在籍し、権力者たちに引き寄せられ、東西冷戦、中東紛争、ソ連崩壊と刻々と変化する国際情勢を目の当たりにしてきた彼が、85歳にして上梓する回顧録。
『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』の下地になったと思われる、実際に合った空前絶後の二重スパイ事件、トビー・エスタへイスやジェリー・ウェスタビー、ジョージ・スマイリーを彷彿とさせる人々との思い出。
彼の記憶に沿って書かれた38章のエピソードをすべて読んだ後には、もう一度カレの作品をあらためて読み直していきたくなる。
ジェームズ・ボンドのように派手なアクションを起こすわけでもなく、魅力的な美女の誘惑もないスパイ小説がなぜこんなに面白いのか。ジョージ・スマイリーが謎を一つ、また一つと解き明かしていく、その一見地味だけど重厚なディテールの醸しだす不思議な魅力を、きっと再発見できるだろうから。 -
2020年9月21日読了
-
『裏切りのサーカス』『寒い国から帰ってきたスパイ』などの原作者ル・カレの回想録。みずからがMI5やMI6に所属していた事実をさらりと明かしながら、グレアム・グリーンや他のジャーナリストたちも同様にスパイ・エージェントであったこと、元スパイという肩書きからインテリジェンスにかかわる様々な依頼を受けてきたことなどが、淡々と綴られる。香港の海底トンネル完成を知らずに作品を書いてしまったという「失敗」から、必ず現地取材を重ねることにした、という挿話も興味深いものだった。
イギリス史上もっとも著名な二重スパイ、キム・フィルビーと彼の親友で、彼を追いつめたニコラス・エリオットのこと。ヤセル・アラファト、マーガレット・サッチャー、サハロフ、プリマコフらとのエピソード……。不思議なことだが、ル・カレが書くと、なんだかすべてスパイ小説の中の出来事のように見えてしまう。しかし、終盤の映画化権をめぐる交渉の顛末などは、まるでハリウッドのショー・ビジネスの世界の方が、スパイたちのそれよりはるかに複雑だと言っているようで、そこはかとないユーモアも感じられた。 -
【罠にかかると知りながら】『寒い国から帰ってきたスパイ』,『テンィカー,テイラー,ソルジャー,スパイ』等の至極の諜報小説で知られるジョン・ル・カレが著した回顧録。自身も従事したスパイとしての活動から父親への葛藤した思いまで,謎の多かった著者の半生が明らかになっています。訳者は,推理小説の翻訳でも知られる加賀山卓朗。原題は,『The Pigeon Tunnel: Stories from My Life』。
極端に言えば,ジョン・ル・カレの小説をまったく読んだことがなくても十二分に面白い作品(ということは読んでいる場合は言わずもがなです)。描かれる内容そのものが興味深いのはもちろんのこと,その叙述の仕方がスパイの世界「らしい」陰影をもたらしており,読む者をつかんで話しません。
〜詐欺師と詐欺師が顔を合わせれば,どちらもしまいに相手が悪いとなじるものだ。〜
これを読んでしまったらジョン・ル・カレの小説に足を踏み入れざるを得ないでしょう☆5つ -
文学
-
作者の半生、下っ端スパイだった頃や、父母の話やら色んなエピソードが面白かったです。
スマイリーものって三部作しか読んでなかったので、他のも読んでみよう。
映画も見直して、やっぱ良いなぁ、と。続編作られるといいなぁ。