- 本 ・本 (400ページ)
- / ISBN・EAN: 9784152097309
作品紹介・あらすじ
アメリカ南部の農園で、苦しい生活を送る奴隷の少女コーラ。あるとき、仲間の少年に誘われて、意を決して逃亡を試みる。地下をひそかに走る鉄道に乗り、ひとに助けられ、また裏切られながら、自由が待つという北をめざす――。世界的ベストセラーついに刊行!
感想・レビュー・書評
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19世紀前半(南北戦争の30年程前)、ジョージアの農園に奴隷として住む15歳の少女コーラの物語。コーラは(架空の)地下鉄道の助けを借り、各地を転々とし逃亡する。農園での過酷な生活、虐待。逃亡奴隷が捕まった時の末路など…想像を絶する。エンディングも、訳者あとがきも良かった。ピュリッツァー賞、全米図書賞など受賞。
追手とのドキドキする展開、地下鉄道のシステム、ユートピアだと思われた街が実はディストピアだったり、バレンタイン農場の惨事など、物語としての面白さも満載です。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
アメリカの歴史を踏まえた上でのフィクション。舞台は19世紀前半のアメリカ南部ジョージア州の大規模農園(プランテーション)。15歳の少女コーラが主人公。
この小説は逃げる事、生きのびるために必要な事を描いた小説。当時はまだ南北戦争前で、北部と南部では、黒人の扱いが大きく異なっていた。
コーラはシーザーの誘いに乗る形で逃亡を図る。そこからが長いながい逃亡の始まりとなった。黒人を庇えば殺されてしまうかもしれない。そういう状況の下で、黒人を逃す組織である地下鉄道の駅を守る人々が存在した。コーラは何度も捕まったり、彼女を助けるために動いた人々が死ぬのを見た。それでも生き抜こうとする姿に勇気をもらえる。
南部の白人たちは恐怖から黒人を抹消しようとする。プーチンもこれと同じだな、と思った。
アメリカの黒歴史だが、作者はいろいろな本などを参考にこの物語を構築した。そして、ピュリッツァー賞、全米図書賞など7つの賞を受賞した。そういうところが懐が深いというか素晴らしい国だと思う(^-^)
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19世紀アメリカで、黒人奴隷たちの逃亡を助けた「地下鉄道」と呼ばれる秘密組織があったことを知った。「もし本当に地下に鉄道があったら…」
著者のifから生まれた物語はとても読み応えがあった。
綿花農園に売られた祖母のアジャリー、消えた母のメイベル、みなし子になった15歳の奴隷少女コーラへと話が繋がっていく。
10歳までに人生の喜びを根こそぎ奪われ、奴隷であることの意味を教え込まれる。重いテーマに何度も読む手が止まった。
シーザーから逃げようと誘われ、地下のトンネルに降り立つコーラ。蒸気機関車が現れると物語は大きく動き始める。
「列車が走るあいだ外を見ておくがいい。アメリカの真の顔がわかるだろう」駅長のランブリーが言った言葉の意味を知りたくて最後まで一気に読んだ。
地図で逃亡ルートをなぞっていくと、アメリカの広大さにあらためて気付かされた。ジョージアから逃げてサウス・カロライナに着く。黒人の待遇改善に努める理想的な州に見えるが、実は黒人の数を増やさないように医師が断種の手術を行なったり、黒人が梅毒の研究材料にされていたりと…
州境を一つ超えたノース・カロライナ。屋根裏に閉じ込められたコーラが目にしたものは…あまりの残虐な行為に言葉を失う。
アフリカから拉致され綿花農園で働かされた黒人奴隷たち。綿花という機関を動かす燃料にされた奴隷たちの数が膨れ上がれば、受けてきた仕打ちに報復する日が必ずやってくると、恐れを抱く白人たちのさらなる弾圧は止まらない。
暗闇の中を蒸気機関車はどこに向かって進むのだろう。いつ振り落とされるかもわからない。煙を吐き揺れながら走る蒸気機関車に同乗して、コーラと共に州をめぐるうちにアメリカという国の輪郭が徐々に見えてきた。登場人物一人一人の描き方も上手くて、特に奴隷狩り人のリッジウェイはキャラ立ちしていた。
映画も是非観てみたいと思う。 ☆4.5
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19世紀前半のアメリカ、ジョージア。10歳ごろ、脱走により母を失った奴隷の少女コーラは、新入りの青年奴隷から地下鉄道を使った逃亡計画を持ちかけられる。一旦は断った彼女だが、農場主がより残忍なテランスに代わったため、彼と同行することを決意する。ところが農園を出て間もなく、同じ年頃の少女ラヴィ―が後をついてきた。やむなく3人で行動することになったが、野豚刈りの猟師たちに出くわしてしまう。ラヴィ―はさらわれ、コーラは青年の頭に石を叩きつけて逃げた。すぐに悪名高い奴隷狩り人リッジウェイが後を追い始める。二人は、「駅」へと案内してくれるフレッチャーの元へとたどり着き、「地下鉄道」の列車に乗る。
自由を求めて逃亡する少女と、それを助ける人々、妨げる人々の姿を通じ、真の自由とは、混乱の世界の中で人のあるべき姿とは、を問いかける。
奴隷逃亡を手助けする組織を表す「地下鉄道」を実在のものと仮定して描かれたフィクション。
*******ここからはネタバレ*******
独特の文体で、一文が短く接続詞も少ない。
また、登場人物が多いにもかかわらず人物紹介欄がない。登場してから15ページ以上後になって少しずつ説明される人物もあり、慣れるまで苦労した。
事実をもとに書かれたものらしく、残虐な場面が多い。「地下鉄道」に本当に列車が走る場面では、史実を基にしたフィクションから一気にファンタジーの世界に入ってしまった。
事実も多く含まれているのであろうが、特にリッジウエイとの攻防などでは、かなりのエンターテイメント要素を感じ、史実の重みが損なわれているように感じる。
これが白人作家であれば、微妙な立場に立たされていたかも知れないと思うのは、私だけであろうか?
中学生以上のおススメ本の候補になるかと読んでみましたが、これは大人向けの本です。 -
2016年刊行。
ピュリッツァー賞、全米図書賞、アーサー・C・クラーク賞など多数の賞を受賞したアメリカでのヒット作。
舞台は19世紀前半、奴隷制が残るアメリカ。
主人公のコーラは十歳そこそこの少女。
ジョージア州にある綿花プランテーションの3代目黒人奴隷として苦痛に満ちた生活を送っていた。
ある日、コーラは新入りの少年奴隷シーザーに誘われ農場から逃亡を試みる。
コーラ、シーザー、コーラの友達ラヴィーの三人は、夜中に農場を抜け出し、広大な沼地を必死で進む。
一晩不眠で進み、やっと沼地を抜けた三人は、脱走に気付いた農場が雇った白人の捜索隊に見つかってしまう。
捜索隊との格闘の末、ラヴィーは捕まってしまう。コーラとシーザーは何とか逃げ延びるが、その際にコーラが誤って白人の少年を殺害してしまう。
コーラとシーザーは、奴隷の逃亡を支援する組織に所属する白人の若い男、サムの手引きによって北部に延びる非公式の鉄道「地下鉄道」に乗り、サウスカロライナに逃げる。
サウスカロライナで新しい身分と仕事、教育を与えられたコーラとシーザーは平穏を享受する。
コーラは逃亡奴隷を寛大に受け入れるサウスカロライナに感謝していたが、ある日政府が進める恐ろしい計画に気づいてしまう。
それは、黒人の婦女子に不妊治療を秘密裏に施し、黒人の人口を抑制するという実験だった。
コーラとシーザーは直ぐに地下鉄道を使って更に北へ逃げようとする。
しかし、コーラを執拗に追う奴隷狩りのリッジウェイが迫っていた。
以上が序盤のあらすじ。
物語は更に続き、コーラの逃亡劇が主に描かれる。
長い小説であり、冗長な部分も多くて読みやすい作品ではない。
だが、アメリカの闇の歴史を正面から捉えて描き切った本作は非常に濃密な作品であると思った。
本作は基本的に虚構だが、実際に逃亡奴隷だった人たちへのインタビューを基に描かれており、その描写の多くは史実に基づくものであるらしい。
ただし、本書のタイトルである「地下鉄道」というのは、本来は奴隷を農園から逃げることを支援する白人たちの秘密組織の呼び名であり、小説に登場するような南から北に延びる文字通りの「地下の鉄道」は実際には存在しなかった。
当時のアメリカの技術水準でこのような大それたものを非公式に作ることなど当然できないので、当たり前ではあるが、この舞台装置としてのフィクションがあることで、この小説が真実と虚構との絶妙なバランスを保っている。
また、この小説のメイン・テーマは勿論コーラたちの逃亡劇の描写であるが、コーラの母親との確執もひとつの軸として描かれる。
コーラの母、メイベルは、コーラがまだ幼かった頃に農場を単独で脱走し、リッジウェイから唯一逃れた奴隷だった。
コーラは母親が自分を置いていったことに対してコンプレックスを抱いており、同時に誇りに感じている(後者は明確に述べられないが、私はそう感じた)。
母親に対するこの複雑な感情故に、コーラは強固な意志と反骨心を持っている。
さらにリッジウェイの執念を掻き立て、ストーリーに因果という深みを与える効果をしている。
(終盤でメイベルは実は、、という描写が付け加えられているが、私はこれは事実ではなく、コーラの願望ではないかと思った)
世界中で翻訳され、米国の著名な賞を多数取った本作は、その前評判に恥じないクオリティだった。
本作で描かれるアメリカの呪われた歴史は、たった百数十年前に事実としてあったことだ。
これは、人間は自らが信じる正義さえあればここまで残酷になれるという証左である。
我々は、この闇をタブーとして扱うのではなく、教訓として胸に刻むべきだ。
「フィクションを経由せずに、他者の痛みが理解できるとでも?」
円城塔 -
ジョージアの農園で苛烈な奴隷生活を送っていた少女コーラは、仲間のシーザーに誘われて地下鉄道で逃亡する。
途中、ユートピアと見せかけたディストピアや名実どおりのディストピアを通りながら、捕まったり、逃げたりを繰り返す。
彼女を助けた人たちにも、残酷な運命が待っていた。
あくまでフィクションだが、史実に基づいたエピソードも多い。
残酷な描写に怯むが、むしろ現代だからこそ知らなければならない歴史なのだと思う。
ピュリッツァー賞、全米図書賞、アーサー・C・クラーク賞、カーネギー・メダル・フォー・フィクション受賞。
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この本が書かれたこと、出版されたこと、そしてなんと日本語で読めること、にまずは感謝したい。
本当に読めてよかった。
奴隷制に限らずだが、歴史から学んだことを未来につないでいくときに物語が持つ力を私はいつも(批判的な態度を忘れないようにしつつ)信じている。この本にもやっぱり強大な魔力があった。
一人の奴隷少女コーラが、「所有されていた」農園から北へ北へと逃亡する、その手助けをするのが「地下鉄道」。史実としては「地下鉄道」というのはコードネームで、実際に物理的な駅があったりしたわけではないが、そこから発想を得てホワイトヘッドはこの本を書いたそうだ。血なまぐさく苛烈を極める奴隷への抑圧描写のあいまに挟まれる、ゴトゴト不器用に進む地下鉄道は、この時代、血塗られたアメリカの数少ない良心の象徴なんだろう。
地下鉄道は、もうない。でもその先に、アメリカ史上初の黒人大統領が誕生したことを、コーラが知れたらよかったのに。
まだ、コーラはまだ逃げ続けているんだと思う。
差別の問題は根深く複雑で、まだ一向に消える気配はないもの。でも今、私達がその歴史を知ることはけして無意味ではないし、知らなきゃいけないことだと思う。
黒人が文字を読むことすら禁じられていた時代で、ある一人の御者が言ったこの言葉。
「おれの主人は言った。銃を持った黒んぼより危険なのは、本を読む黒んぼだと。そいつは積もり積もって黒い火薬になるんだ!」(p.343)
これは作者のメッセージなのかもしれない。御者、って、物語の手綱を握る人だから。
幸いなことに、私は読むことも書くこともできる。
それはとても大きな力になるってことを、絶対に忘れちゃダメだ。
どうか多くの人たちがこの本に出会えますように。 -
南北戦争の三十年ほど前、ヴァージニア州にある農園で奴隷として働いていたコーラは新入りのシーザーという青年に、一緒に逃げないかと誘われる。はじめは相手にしなかったコーラだが、農園の経営者が病気になり、酷薄な弟の方と交代することになって話は変わった。実は、コーラの母もまた逃亡奴隷だった。母はうまく逃げ果せたのか連れ戻されることはなかった。自分を置いて一人で逃げた母をコーラは憎んでいたが、危険な逃亡を試みる点では二人は似ていたのかもしれない。
この時代、逃亡奴隷が生き延びる可能性はほとんどなかった。奴隷狩り人と呼ばれる専門家がいたし、警ら団が見回ってもいた。逃げた奴隷の特徴を記した文書が姿を現しそうな場所に配布されていた。狩り人が追いつくより先にはるか遠くに逃げることが必要だった。それを助けてくれるのが表題でもある「地下鉄道」だった。史実に残る「地下鉄道」とは、逃亡奴隷を秘密裡に匿い、荷物に紛れて、遠くの駅に送り出す「地下」組織を表す隠語だった。
ホワイトヘッドは大胆にも、それを文字通り、地下深くを走る鉄道として表現している。どこまで行っても真っ暗なトンネルの中をどこに到着するかも知らないで、無蓋貨車に乗せられる逃亡奴隷.の心持ちはいかばかり心細かっただろう。しかし、着いた駅には「駅員」と呼ばれる協力者がいて、着る服や寝泊まりする宿まで提供してくれる。そればかりか、そこに留まる気なら、働き場所まで世話してくれるのだ。
シーザーとコーラが下りた駅は、州境を越えたサウス・カロライナだった。二人には新しい名前が用意され、自由奴隷としての新しい生活が始まる。しかし、以前に比べればはるかに暮らしよいと思われたサウス・カロライナもまた、黒人に対する偏見と差別から免れてはいなかった。コーラは博物館の展示物と同じ扱いを受け、医者には避妊手術を迫られる。黒人が増えることを脅威に思う白人たちは、黒人を騙して断種を進めようとしていたのだ。
さらに、コーラとシーザーを追うリッジウェイという奴隷狩り人がすぐ近くまで迫っていた。昔、「逃亡者」というテレビ番組があった。主人公を追う警部の名はジェラードだったが、語り手はその前に必ず「執拗な」という修飾語をかぶせていた。逃げる者も必死だが、追う方もまた必死だ。特に、人狩りを楽しみとする性癖を持つ狩り人の手にかかったら、なかなか逃げられるものではない。州を越えてもどこまでも追い続ける。
コーラは何度も逃げる。もちろん、そこには「地下鉄道」の協力者がいるからだ。その人たちの手を借りて、ノース・カロライナまで落ちのびたコーラだったが、そこはもっとひどい状況にあった。毎週末広場で奴隷の処刑が行われるようなところだった。白人たちはそれを見物に集まって騒ぐのだ。親切な住人の住む家の屋根裏部屋の梁の上に潜んで息を殺していたコーラのことを密告する者がいて、コーラは捕まってしまう。
しかし、捨てる神があれば拾う神もいて、コーラは今度はインディアナで暮らし始める。黒人たちが奴隷制反対の集会が開けるような土地だった。しかし、運動が広がるにつれ、目指す方向性のちがいから、派閥間に軋轢が走るようになる。どこまでいっても奴隷たちが安心して暮らせる土地などはない。希望を見出した途端、それを打ち砕く出来事が待ち受ける。逃亡奴隷の手記や記録をもとにしながら、ホワイトヘッドが赤裸々に描き出す黒人奴隷の置かれた社会はどこまでも残酷で、読んでいる方もつらい。
しかし、そんな中、コーラは本を読み、学習し、自分たちの置かれたアメリカという国の持つ矛盾を発見してゆく。もともとはインディアンと呼ばれる人々が住んでいた土地に流れ着いた人々が、彼らから土地を奪い、自分たちのものとしていった、それがアメリカだ。綿花を積むための労働力にとアフリカから黒人を連れてきて奴隷として酷使した挙句、黒人の数が増えると暴動を恐れ迫害を繰り返す。コーラは散々な目に遭いながらも、持ち前の強運で前途を開いてゆく。
実はピュリッツァー賞受賞作と聞いて、最初は二の足を踏んだのだ。ヒューマニズムを前面に押し出して迫ってくるような作品は苦手だからだ。しかし、杞憂だった。これは面白く読める小説だ。コーラという逃亡奴隷が追っ手を逃れてどこまで逃げられるかを描いたロード・ノヴェルであると同時に、アメリカという国が歴史の中でどれほど非道なことをしてきたかを突き詰める記録文学の顔も併せ持つ。
アメリカというのは一つの国というより、複数の州の連合体である。州境をまたげば、そこはもう別の国。まるでSFでいうところの並行世界である。最も印象に残ったのはそこだった。表には法体系や人々の習俗の全く異なる国が共存し、その裏では州境など無視して縦横無尽に大陸中を駆け抜ける「地下鉄道」が走っている。これはもう隠喩ではないか。書かれた文字や本は、過去の因習に囚われた州固有の枠を突き抜け、新しい考え方をアメリカ全土に届けることができる。「地下鉄道」は、アメリカの良心である。
時代が突然逆戻りしたように思えるのは、アメリカだけの問題ではない。世界各地で人種や宗教のちがいによる争いが起きている。『地下鉄道』は過去の話ではないし、アメリカだけの物語ではない。黒人を排斥する白人の姿にはヘイトに走る人々を見る思いがする。読んでいる間、心がざわついた。暗いトンネルを抜けた向こうに明るい光が待ち受けている、そう思いたい。そのためにも、今はトンネルを掘らなければいけないのではないか。人と人とを隔てるものを越境できる自由な空間のネットワークを構築するために。 -
生きるためには逃げることが必要になることもある。
そして「痛ましくも感傷に落ちない筆致」は重要だ。
朝日新聞読書欄の”書評委員が選ぶ「今年の3点」”で円城塔が書いていた「これはおそるべきことに、我々が日常目にしている光景そのものである」が、最もこの物語を表しているだろう。 -
アメリカ合衆国建国期から南北戦争前までの奴隷制に焦点をあて、過去の記録や証言をもとに書き上げられたフィクション。三角貿易と綿花のプランテーションが最盛期を迎えた時代。アフリカ奥地から無理やり連れてこられ、奴隷船にぎゅうぎゅう詰めにされてる図は教科書でも習うが、南部のプランテーションでは後期ローマ時代よりも残酷な私刑や処刑が横行していたとは、その野蛮さに驚かされる。アメリカの黒歴史、恐ろしい物語だった。