地下鉄道

  • 早川書房
4.08
  • (54)
  • (39)
  • (28)
  • (8)
  • (0)
本棚登録 : 613
感想 : 64
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (395ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784152097309

作品紹介・あらすじ

アメリカ南部の農園で、苦しい生活を送る奴隷の少女コーラ。あるとき、仲間の少年に誘われて、意を決して逃亡を試みる。地下をひそかに走る鉄道に乗り、ひとに助けられ、また裏切られながら、自由が待つという北をめざす――。世界的ベストセラーついに刊行!

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 19世紀前半のアメリカ、ジョージア。10歳ごろ、脱走により母を失った奴隷の少女コーラは、新入りの青年奴隷から地下鉄道を使った逃亡計画を持ちかけられる。一旦は断った彼女だが、農場主がより残忍なテランスに代わったため、彼と同行することを決意する。ところが農園を出て間もなく、同じ年頃の少女ラヴィ―が後をついてきた。やむなく3人で行動することになったが、野豚刈りの猟師たちに出くわしてしまう。ラヴィ―はさらわれ、コーラは青年の頭に石を叩きつけて逃げた。すぐに悪名高い奴隷狩り人リッジウェイが後を追い始める。二人は、「駅」へと案内してくれるフレッチャーの元へとたどり着き、「地下鉄道」の列車に乗る。

    自由を求めて逃亡する少女と、それを助ける人々、妨げる人々の姿を通じ、真の自由とは、混乱の世界の中で人のあるべき姿とは、を問いかける。

    奴隷逃亡を手助けする組織を表す「地下鉄道」を実在のものと仮定して描かれたフィクション。




    *******ここからはネタバレ*******

    独特の文体で、一文が短く接続詞も少ない。
    また、登場人物が多いにもかかわらず人物紹介欄がない。登場してから15ページ以上後になって少しずつ説明される人物もあり、慣れるまで苦労した。

    事実をもとに書かれたものらしく、残虐な場面が多い。「地下鉄道」に本当に列車が走る場面では、史実を基にしたフィクションから一気にファンタジーの世界に入ってしまった。

    事実も多く含まれているのであろうが、特にリッジウエイとの攻防などでは、かなりのエンターテイメント要素を感じ、史実の重みが損なわれているように感じる。
    これが白人作家であれば、微妙な立場に立たされていたかも知れないと思うのは、私だけであろうか?

    中学生以上のおススメ本の候補になるかと読んでみましたが、これは大人向けの本です。

  • この本が書かれたこと、出版されたこと、そしてなんと日本語で読めること、にまずは感謝したい。
    本当に読めてよかった。

    奴隷制に限らずだが、歴史から学んだことを未来につないでいくときに物語が持つ力を私はいつも(批判的な態度を忘れないようにしつつ)信じている。この本にもやっぱり強大な魔力があった。

    一人の奴隷少女コーラが、「所有されていた」農園から北へ北へと逃亡する、その手助けをするのが「地下鉄道」。史実としては「地下鉄道」というのはコードネームで、実際に物理的な駅があったりしたわけではないが、そこから発想を得てホワイトヘッドはこの本を書いたそうだ。血なまぐさく苛烈を極める奴隷への抑圧描写のあいまに挟まれる、ゴトゴト不器用に進む地下鉄道は、この時代、血塗られたアメリカの数少ない良心の象徴なんだろう。

    地下鉄道は、もうない。でもその先に、アメリカ史上初の黒人大統領が誕生したことを、コーラが知れたらよかったのに。

    まだ、コーラはまだ逃げ続けているんだと思う。
    差別の問題は根深く複雑で、まだ一向に消える気配はないもの。でも今、私達がその歴史を知ることはけして無意味ではないし、知らなきゃいけないことだと思う。

    黒人が文字を読むことすら禁じられていた時代で、ある一人の御者が言ったこの言葉。
    「おれの主人は言った。銃を持った黒んぼより危険なのは、本を読む黒んぼだと。そいつは積もり積もって黒い火薬になるんだ!」(p.343)
    これは作者のメッセージなのかもしれない。御者、って、物語の手綱を握る人だから。

    幸いなことに、私は読むことも書くこともできる。
    それはとても大きな力になるってことを、絶対に忘れちゃダメだ。

    どうか多くの人たちがこの本に出会えますように。

  • 南北戦争の三十年ほど前、ヴァージニア州にある農園で奴隷として働いていたコーラは新入りのシーザーという青年に、一緒に逃げないかと誘われる。はじめは相手にしなかったコーラだが、農園の経営者が病気になり、酷薄な弟の方と交代することになって話は変わった。実は、コーラの母もまた逃亡奴隷だった。母はうまく逃げ果せたのか連れ戻されることはなかった。自分を置いて一人で逃げた母をコーラは憎んでいたが、危険な逃亡を試みる点では二人は似ていたのかもしれない。
    この時代、逃亡奴隷が生き延びる可能性はほとんどなかった。奴隷狩り人と呼ばれる専門家がいたし、警ら団が見回ってもいた。逃げた奴隷の特徴を記した文書が姿を現しそうな場所に配布されていた。狩り人が追いつくより先にはるか遠くに逃げることが必要だった。それを助けてくれるのが表題でもある「地下鉄道」だった。史実に残る「地下鉄道」とは、逃亡奴隷を秘密裡に匿い、荷物に紛れて、遠くの駅に送り出す「地下」組織を表す隠語だった。
    ホワイトヘッドは大胆にも、それを文字通り、地下深くを走る鉄道として表現している。どこまで行っても真っ暗なトンネルの中をどこに到着するかも知らないで、無蓋貨車に乗せられる逃亡奴隷.の心持ちはいかばかり心細かっただろう。しかし、着いた駅には「駅員」と呼ばれる協力者がいて、着る服や寝泊まりする宿まで提供してくれる。そればかりか、そこに留まる気なら、働き場所まで世話してくれるのだ。
    シーザーとコーラが下りた駅は、州境を越えたサウス・カロライナだった。二人には新しい名前が用意され、自由奴隷としての新しい生活が始まる。しかし、以前に比べればはるかに暮らしよいと思われたサウス・カロライナもまた、黒人に対する偏見と差別から免れてはいなかった。コーラは博物館の展示物と同じ扱いを受け、医者には避妊手術を迫られる。黒人が増えることを脅威に思う白人たちは、黒人を騙して断種を進めようとしていたのだ。
    さらに、コーラとシーザーを追うリッジウェイという奴隷狩り人がすぐ近くまで迫っていた。昔、「逃亡者」というテレビ番組があった。主人公を追う警部の名はジェラードだったが、語り手はその前に必ず「執拗な」という修飾語をかぶせていた。逃げる者も必死だが、追う方もまた必死だ。特に、人狩りを楽しみとする性癖を持つ狩り人の手にかかったら、なかなか逃げられるものではない。州を越えてもどこまでも追い続ける。
    コーラは何度も逃げる。もちろん、そこには「地下鉄道」の協力者がいるからだ。その人たちの手を借りて、ノース・カロライナまで落ちのびたコーラだったが、そこはもっとひどい状況にあった。毎週末広場で奴隷の処刑が行われるようなところだった。白人たちはそれを見物に集まって騒ぐのだ。親切な住人の住む家の屋根裏部屋の梁の上に潜んで息を殺していたコーラのことを密告する者がいて、コーラは捕まってしまう。
    しかし、捨てる神があれば拾う神もいて、コーラは今度はインディアナで暮らし始める。黒人たちが奴隷制反対の集会が開けるような土地だった。しかし、運動が広がるにつれ、目指す方向性のちがいから、派閥間に軋轢が走るようになる。どこまでいっても奴隷たちが安心して暮らせる土地などはない。希望を見出した途端、それを打ち砕く出来事が待ち受ける。逃亡奴隷の手記や記録をもとにしながら、ホワイトヘッドが赤裸々に描き出す黒人奴隷の置かれた社会はどこまでも残酷で、読んでいる方もつらい。
    しかし、そんな中、コーラは本を読み、学習し、自分たちの置かれたアメリカという国の持つ矛盾を発見してゆく。もともとはインディアンと呼ばれる人々が住んでいた土地に流れ着いた人々が、彼らから土地を奪い、自分たちのものとしていった、それがアメリカだ。綿花を積むための労働力にとアフリカから黒人を連れてきて奴隷として酷使した挙句、黒人の数が増えると暴動を恐れ迫害を繰り返す。コーラは散々な目に遭いながらも、持ち前の強運で前途を開いてゆく。
    実はピュリッツァー賞受賞作と聞いて、最初は二の足を踏んだのだ。ヒューマニズムを前面に押し出して迫ってくるような作品は苦手だからだ。しかし、杞憂だった。これは面白く読める小説だ。コーラという逃亡奴隷が追っ手を逃れてどこまで逃げられるかを描いたロード・ノヴェルであると同時に、アメリカという国が歴史の中でどれほど非道なことをしてきたかを突き詰める記録文学の顔も併せ持つ。
    アメリカというのは一つの国というより、複数の州の連合体である。州境をまたげば、そこはもう別の国。まるでSFでいうところの並行世界である。最も印象に残ったのはそこだった。表には法体系や人々の習俗の全く異なる国が共存し、その裏では州境など無視して縦横無尽に大陸中を駆け抜ける「地下鉄道」が走っている。これはもう隠喩ではないか。書かれた文字や本は、過去の因習に囚われた州固有の枠を突き抜け、新しい考え方をアメリカ全土に届けることができる。「地下鉄道」は、アメリカの良心である。
    時代が突然逆戻りしたように思えるのは、アメリカだけの問題ではない。世界各地で人種や宗教のちがいによる争いが起きている。『地下鉄道』は過去の話ではないし、アメリカだけの物語ではない。黒人を排斥する白人の姿にはヘイトに走る人々を見る思いがする。読んでいる間、心がざわついた。暗いトンネルを抜けた向こうに明るい光が待ち受けている、そう思いたい。そのためにも、今はトンネルを掘らなければいけないのではないか。人と人とを隔てるものを越境できる自由な空間のネットワークを構築するために。

  • 生きるためには逃げることが必要になることもある。
    そして「痛ましくも感傷に落ちない筆致」は重要だ。

    朝日新聞読書欄の”書評委員が選ぶ「今年の3点」”で円城塔が書いていた「これはおそるべきことに、我々が日常目にしている光景そのものである」が、最もこの物語を表しているだろう。

  • 久々に胸の奥にずしんと来る本を読んだ。
    アメリカの奴隷貿易は
    人類史上最悪の罪悪だと私は考えているが
    その思いが一層確かになった。

    自由を求めて逃げ続け
    自由を保障されてもなお
    いつか必ず鎖につながれて引き戻される恐怖を
    当事者以外の誰が理解できるだろうか。

    アメリカの黒人差別問題は
    私たちには想像できないぐらい根深い。
    そんな社会に生きる彼らの力強さに胸が震える。

    「アメリカこそがもっともおおきな幻想である。
     ~この国は存在するべきではなかった。~
     なぜならこの国の土台は殺人、強奪、残虐さで
     できているから。
     それでもなお、われらはここにいる」
    終盤の章「インディアナ」で
    自由黒人のランダーが語る言葉には実に説得力がある。
    アメリカという「実験国家」はこれから
    どこに向かっていくのだろうか。

    リアリティに満ちた上質のフィクション。
    すべての人が読むべき本だと思う。

  •  最終章を読みながら流れてくる涙は、何に感じ入ったからだろう。
     冒頭に書かれている、奴隷としての苛烈な運命から逃げ続ける少女の物語を読んできた僕の脳裏には、何が残っていたのだろう。

     史実としての地下鉄道は、比喩としての“地下”だけど、小説では実在として機関車を走らせている。機関車に乗るたびに場面が転換し、地域(各州)による奴隷に対する温度差が露に書かれている。これが百数十年前のアメリカの事実だとすれば、現在のアメリカの現実もかぶって見えてくる。思ったことが発言でき、思ったように人生が送れるなんて、人間が作った社会の歴史から見れば、ほんのわずかな瞬間なんだなということが、ひしと感じられる。

  • 逃げる物語。途中でどんなことがあっても、あきらめない
    あきらめないことはいいことなんだろうか、と考えながら読んだ。犠牲が大きすぎる。自分も他人も。
    これを書いて出版して賞が取れるアメリカってすごい。
    日本で、例えばアイヌ人とか大陸の人とかが、虐待されて差別されて逃げたという小説書いて、きちんと評価されるだろうかとちょっと考えた。日本ってこういうのあまり表に出さない気がする。

  • 解説を読んで、なるほどこの作品自体があの博物館の展示なのかと納得をした。
    物語から数歩下がって全体を見ると、構想も構成も非常に理性的で、胸の痛む展開が続いて凄惨な場面も多かったのに、案外綺麗にまとまってしまったように思う。
    物語作家としての力量は相当なのだろうとも思うのだけど。

  • 逃げることについての小説。

    19世紀後半、ジョージアのプランテーションにすむ15歳の少女コーラは奴隷。
    おなじく奴隷の青年シーザーにある時逃亡を持ちかけられる。
    奴隷州から自由州へ。
    州境を越えて北へ逃げれば自由になれる決まりだつた。
    いつまでも追いかけてくる奴隷狩人リッジウェイ。
    こんな時代があったのかとも思うけど、差別はいろんなところに残っている。

  • タイトルから奇想天外な内容かと思っていたが違った。リアリティのある物語であった。読んでいて、展開はある程度、予想できるが、なんでこうなるんだ!、えぇ!などと、心を締め付けられながら一気に読み終わった。悲しく残酷なテーマだが、アメリカらしくもあり、面白い小説だ。

全64件中 1 - 10件を表示

コルソン・ホワイトヘッドの作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
カズオ・イシグロ
エルヴェ ル・テ...
劉 慈欣
村田 沙耶香
マーガレット・ア...
辻村 深月
ジョン・ウィリア...
小川 哲
有効な右矢印 無効な右矢印
  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×