知ってるつもり――無知の科学

  • 早川書房
3.63
  • (17)
  • (21)
  • (26)
  • (6)
  • (2)
本棚登録 : 572
レビュー : 30
  • Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784152097576

作品紹介・あらすじ

水洗トイレや自転車の仕組みを説明できると思いこむ、政治に対して極端な意見を持っている人ほど政策の中身を理解していない……私たちがこうした「知識の錯覚」に陥りがちな理由と解決策を認知科学者コンビが語る。ハラリ、サンスティーン、ピンカーが激賞。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • 無知と知識の錯覚を認知科学や心理学の実証研究から解き明かした本。
    様々な実証研究から浮び上がった事実は、誰しもが知識のコミュニティのなかで生きているということだ。そこから著者たちは個を前提とした従来の知能測定や知性と賢さの定義を一新する。

    人は他者の頭のなかの知識と自分の頭のなかの知識を区別できない。むしろ他者の知識や集団内の知識に依存して生きている。だから世の中の全てのことを知っているわけではないのに自分は何でも知っていると錯覚を引き起こす。これを知識の錯覚という。だが、安心してほしい。無知でも世の中を生きていける理由と知識の錯覚は表裏一体。つまり知識の錯覚や無知であるということは、自分があるコミュニティのなかで生きている証拠でもある。

    ここから著者たちは知性や知能の再定義を試みる。知性は個人ではなくコミュニティに宿っている。ならば賢さはIQといった個人の力を測ることでは明らかにならない。むしろ、その人がどれだけ知のコミュニティに貢献できるかによって「賢さ」は再定義できるのではないか。
    つまり知性や賢さとは個を前提とした知識量や博識を誇ることではない。知識のコミュニティにアクセスする方法を知っている。自分が「何を知らないか」を知っている。であるがゆえに、自分が不特定多数のコミュニティの知に依存して生きていることを自覚している。他者の話に耳を傾ける傾聴の姿勢が身についている。知のコミュニティに貢献するために他者と認知的分業ができる。こうしたことができる人たちがこれからの時代「賢人」「聡明」と言われ得ると著者たちはいう。

    個を前提とした賢さや知性の議論にうんざりしていた身としては、著者たちの知性の再定義は斬新だった。これは何度も読み返そうと思った良書。今のところ2018年上半期のベスト書だった。

  •  なぜ私達はこれほどまでに物事を知らず間違うのか。

     人間は知ってるつもりになってるだけで、大半のことを知らない(説明できない)。
     ハイテクノロジーの問題、集団の問題。様々な理由は見られるが、大事なことは私達は知ってるかのようで多くを知らないことが都合いいようにできていることだ。
     その一方で、フェイクニュースに騙されるなど無知には現在起きている多くの問題もあり、最近になってそれは顕著になっている印象を受ける。私達は自分達が無知であることをしっかりと意識すべきだと感じた。

     現代社会の問題の原因を窺える認知心理学の良書。

  • 「見たこと」あるいは「知っていること」を「理解している」と混同しているということ、知識の錯覚はこの一言に尽きるような気がする。
    あと、有能な集団には有能な人が大勢いる必要はなく、異なる能力を持った人がバランスよくいること、という件を読んで一番最初に頭に浮かんだのはONE PIECEのルフィとクルーだった。

  • 知能は個人ではなくコミュニティに依拠する。
    しかし、コミュニティに対し無批判・絶対の信仰を持つことは危険であり、エビデンスを求める姿勢を忘れてはいけないー。

    そんな本質をついた名著。

    「知ってるつもり」は、何も知ったかぶりの人間だけが持つ特性ではない。
    例えば身の回りに存在する水洗トイレについて知っているかと問われれば多くの人は知っていると答えるが、詳しい説明を問われると答えに窮し、その時点で思ったよりも知らないということを知る。

    本書では、なぜそのような錯覚が起きるのかというメカニズムについての解説や
    錯覚が引き起こす悲劇、逆に錯覚があるからこその利点について膨大なエビデンスをもとに説明されている。

    その情報量と、後半に顔を出す専門性に圧倒されるがこの分野の門外漢こそ手に取る価値のある一冊。

  • 昔、日テレで関口宏司会の番組で「知ってるつもり」という番組があってよく観てた。宣統帝溥儀だったか、弟の溥傑の話が面白かった。

    本作は、我々がいかに先入観に囚われていたり、そもそも無知だったりすることをあちこちからアプローチして説明してくれる。なかなか面白かった。

    「道徳的思考停止」の例として、

    【ジュリーとマークは姉弟である。大学の夏休みに一緒にフランスを旅行していたある晩、海辺のコテージでふたりだけだったとき、セックスをしてみたらおもしろいかもしれないと考えた。すくなくとも、どちらにとってもそれまでにない経験になるはずだ。ジュリーはもともと避難用ピルを飲んでいたが、マークも安全のためコンドームを使った。どちらもセックスを楽しんだが、もう二度としないことにした。その晩のことは特別な秘密にする。そうすることで二人の絆はさらに深まった。】

    これを読んだ人はたいてい嫌悪感を持つか、二人を非難する。しかしそうする正当な理由を説明できない。

    近親相姦からは障害を持つ子が生まれやすいというが、避難しているので関係ない。姉弟関係が壊れると思うかもしれないが、そうはならなかったとある。つまり、なぜ嫌悪感を抱いたり、非難するのか、合理的な理由を説明できないわけだ。

    というのが面白いと思ったのだけれど、これは極端な例で、もっと普通の科学的なな話が多い。

  • 説明深度の錯覚,主観的知識量は実際よりも違う(大抵少ない)という話と,なぜそういうバイアスが出るのか,知識は個人の頭の中でなくコミュニティの中にあるからだ,という話。後ろの方ではナッジの話も出てきた。というわけで,次は『実践行動経済学(ナッジを紹介する本)』へ行くという流れ。

  • 知らないのに知ったような気がするのはよく見る話。
    研究対象になっているとは思わなかったが。

  • 身の回りの情報量が爆発的に増えた現代だからこそ、無知の知を見直さねばならない、という本。
    反面、知らなくても支障無い知識が膨大な世の中とも言える。その現状を前提として、何が自分に必要なのか、どうすればそれが得られるのか、の見極めが益々重要になる。内容的にITやAI世界の処世術と感じた。出るべくして出た著作。

  • 各個人の知識は皮相的だが、わかっていると錯覚している。それは、行動に必要な情報に特化するよう進化してきたから。しかし環境やコミュニティの知識を頼ることで、集団として文明を発展させてきた。知能は集団の中にある。ただし、政治や経済の課題に対しては無知を意識すべし。

    知能は集団の中にある、というのが新鮮でした。自己啓発系に是非取り入れてほしい。

  • 認知バイアス、限定合理性などの脳みそのソフト面での問題、分業によって総体を理解するのが困難な現代社会の問題、ミクロな事象のモデル化に成功してもマクロな事象を掴むのは困難であるという複雑系の問題。

    色々な話題が満載で面白かったです。

    ファウスト的願望とどう折り合いをつけるのか、という話な気もしました。

全30件中 1 - 10件を表示

知ってるつもり――無知の科学のその他の作品

知ってるつもり 無知の科学 (早川書房) Kindle版 知ってるつもり 無知の科学 (早川書房) スティーブン・スローマン

スティーブン・スローマンの作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
ジャレド・ダイア...
ジェームス W....
村田 沙耶香
有効な右矢印 無効な右矢印

知ってるつもり――無知の科学を本棚に登録しているひと

ツイートする