息吹

  • 早川書房
4.16
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感想 : 194
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  • Amazon.co.jp ・本 (432ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784152098993

作品紹介・あらすじ

「あなたの人生の物語」を映画化した「メッセージ」で、世界的にブレイクしたテッド・チャン。待望の最新作品集がついに刊行。『千夜一夜物語』の枠組みを使い、科学的にあり得るタイムトラベルを描いた「商人と錬金術師の門」をはじめ、各賞受賞作9篇を収録

感想・レビュー・書評

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  • 図書館で探したら、あったあった。ピッカピッカで誰も借りたことがないような感じ。「SFが読みたい!」の2021年版ランキング1位なのに。超寡作だし、名前だけ聞いていて大物ということで、私も恐る恐る借りて読んでみたら、晦渋どころか物語性豊かで、非常に面白く読みごたえがあった。短編が9編、それぞれテーマが明快で、なるほどSFというのは奇想天外な設定でありながら、しっかりと考えさせるものだと納得した。作者の思考はひねくれていなくて、えらく真っ当だ。前向きな人なんだと思う。自分の過去や未来を知る意味、AIの未来、人類の存在意味、自由意思の問題、親子関係などテーマは極めて現代的だ。

    • goya626さん
      なるほど。いやあ、SFも捨てたものじゃないかも。
      なるほど。いやあ、SFも捨てたものじゃないかも。
      2021/05/13
    • 猫丸(nyancomaru)さん
      goya626さん
      SFとかミステリーと言うジャンルは手段ですから、優劣はないでしょう?
      嗜好の違いは仕方ないと思う。人が描けてくるか、驚き...
      goya626さん
      SFとかミステリーと言うジャンルは手段ですから、優劣はないでしょう?
      嗜好の違いは仕方ないと思う。人が描けてくるか、驚きが書けているか等で心に届く。でも取っ掛かりが掴めない場合もありますよね、、、
      2021/05/14
    • goya626さん
      確かに、事実ということではなく、真実がこちらに響くかどうかですね。今回のテッド・チャンも日本の伴名錬も心に響きました。「三体」はなんか伝奇大...
      確かに、事実ということではなく、真実がこちらに響くかどうかですね。今回のテッド・チャンも日本の伴名錬も心に響きました。「三体」はなんか伝奇大河小説の雰囲気で読んでいます。
      2021/05/15
  • 3回目のコロナワクチン接種に行ってきました

    接種後24時間くらいはちょっと注射したところが痛いくらいだったので念の為有給取った2日と元々休みの2日の計4日間本読み放題やないか!やった!と思っていたんですが
    そんなに甘くなかったです
    むしろ2回目のときよりひどかったです

    まあ、ちょっとばかり大変な思いをしましたがこれでコロナウイルスと戦うための
    『いい武器』を手に入れたわけなので良しとしましょう

    さて『息吹』です

    自分はこのテッド・チャンさんが書くSFを「脳みそを使う方のSF」と定義しています
    しっかり読んできちんと理解することに努めれば物凄い面白いし、お話の先にある問題提起や理念、葛藤に気付くことができた(と思えた)らなんかステージが1個上がった気になれますw

    んでもなかなか評価が難しいですね
    すごい面白いと思えたものもあれば(『商人と錬金術師の門』『息吹』)うーんよく分からんかった〜というのもありました

    ただ間違く言えるのは世界を作るのに非常に長けた作家さんだなってことです
    確固たる世界があってその上に物語が乗っかってる感じ?
    うんそんな感じ



  • 夏になるとミステリーやSFを読みたくなる

    評価も高く、書店で散々見かけて(装丁的にも)気になっていたこちらをチョイス

    こちらは9篇からなる短編集
    設定や、ストーリーを見せる角度が凝っている
    ありそうでなさそうなストーリー展開
    この際どい辺りを攻めているのが魅力である

    印象的で気に入った作品のみフォーカスを…
    注)気を付けて書きますが、若干のネタバレを含むかも…


    ■商人と錬金術師の門
    「タイムマシン」であり、「どこでもドア」でもあるようなストーリー
    しかしながら、「過去を変えられない」、「かつ自己矛盾のない単一の時間線しか存在しない」これが重要なポイントとなる
    ある意味この条件を元に考え出されたストーリーなのであろう
    確かに辻褄の合うストーリーになっている!
    そしてこの話はタイムマシンのありがちな悲劇ではなく、ハッピーエンドへ展開する
    そこには人間の過去を受け入れ、乗り越えていく姿が
    過去も未来も変えられないが自分を知り、その物語を生きることによって教訓を学ぶ
    バグダッド、カイロの神秘で美しい風景と相まって素敵な作品である


    ■息吹
    「われわれは毎日空になった2個の肺を自分の胸郭から取り出し、空気をいっぱい満たした肺と給気所で交換する
    ここは憩いの場でもあり、社交場でもある
    しかし忙しい時や、ひとりでいたい時は保管場所で作業もできる」
    ああ、よかった(笑)
    こういう社交場が苦手な人もいるからね!
    …いやぁ、のっけから面白く、妄想が膨らむなぁ
    こういう場所で、地域社会が築かれていくのであろう
    肺の外観は全て同じアルミニウムの円筒
    ある肺がどこからやってきて、どこまで行くのか…?
    ニュースやゴシップとともに肺も地域から地域へ渡って行く…
    あるとき研究者である主人公は時間の流れに違和感を覚え、嫌な憶測に捕らわれる
    そこで彼がとった行動…
    これがまたビックリするような奇策なのである!
    そしてついに彼は現実を知ってしまうことになるのだが…
    生命の真の源を理解し、どのように生命が終わるか
    宇宙と生命を感じる作品


    ■ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル
    この本のなかで一番心を動かされた作品だ
    AIとAI開発に携わる人たちの話し
    ありがちなテーマ
    何が幸せで何が正しいのか
    考えさせられる
    AIは学習し、成長し、自我も芽生える
    卑猥な言葉を覚えたり、複写されて闇市場で売られたりする
    人間は都合が悪くなれば勝手に「停止」することで、なかったことにできる
    ここではAIも家族のように接し、気長に愛情をもって教育しないとAIは成長しない
    近道などないのだ
    人間の都合ばかりではことは進まない
    そこまで辛抱強くAIに向き合える人間は少ない
    結果AIを皆手放し出す
    残されたAIはどうなるか…
    また次世代AIや新しいテクノロジーが開発されていくと、どうなってしまうのか…
    未来に起こりそうな課題が山積している

    またAIの好きなようにさせることが正しいのか(幸せなのか)、AIのまだ気づいていない能力を気づかせてあげるため、学習させることが正しいのか(幸せなのか)
    子供に対する教育と何がどう違うのだろうか…
    最後にAIに対して彼らがしたことは、何がAIにとって良かったのだろうか
    いや、このライフサイクルの全く異なるAIとともに生きる人間にとっても、どう接することが幸せなのだろうか
    様々な角度から多くのことを考えさせられた
    同じようにAIに深い愛情を持った、2人の人物の出した答えは同じなのか…⁉︎
    はたまた…
    しかしこのタイトルわかりづらくないですか?(英語の元タイトルも同じなのだ)


    いつもと違う視点、思考回路を使うことができ、面白い体験となった
    たまにはSFも良いものである
    特にここ数年でテクノロジーが進化し、ついていけなくなりつつあるので、頭を錆びさせないためにもSFは必要かも
    10年くらいまでにSFを読んだ時に感じなかったもっと切実な何かを感じるようになった
    時代の変化だ!

    テッド・チャン氏の作品ははじめだが、人間愛をとても感じた
    テクノロジーが進み時代が変わっても、変わらない人の心を信じる姿が垣間見れ、なんだかホッとできた

    • まことさん
      ハイジさん♪こんばんは。

      いつも、いいねありがとうございます。
      毎回、楽しくレビュー拝見しています(*^^*)

      この作品は、私...
      ハイジさん♪こんばんは。

      いつも、いいねありがとうございます。
      毎回、楽しくレビュー拝見しています(*^^*)

      この作品は、私も読もうと思って購入したのですが、さっぱり、意味がわからなくて、途中でギブアップした作品なんです。
      ハイジさんのわかりやすい、レビューを参考にして、再挑戦してみたいと思います。
      とても丁寧なわかりやすいレビュー、ありがとうございます。
      2020/07/17
    • ハイジさん

      まことさん 
      コメントありがとうございます(^ ^)
      私の方こそ、読みたい本は大抵まことさんが読んでいらっしゃるので、いつもレビュー参考に...

      まことさん 
      コメントありがとうございます(^ ^)
      私の方こそ、読みたい本は大抵まことさんが読んでいらっしゃるので、いつもレビュー参考にさせていただいております。
      ありがとうございます。勝手にお世話になっております(笑)

      こちらはなかなか頭脳が疲れますが、とても興味深いのでぜひぜひ!お勧めです。
      まことさんのレビュー楽しみにしております。
      2020/07/18
  • テッド・チャンの短編集。「あなたの知らない物語」が映画「メッセージ」の原作というのは、知っていたものラジオで取り上げられるまで、よく知らず、そこから借りて読んでみました。といつつ、実は昔途中まで読んだSF短編アンソロジーに収録されていたというのを後書きで知りました(^^;;。
    タイムトリップ、AI、パラレルワールドと様々な題材を取り扱い、それぞれおもしろさはありますが、特に次の作品がおもしろかった。
    ・ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル
    仮装世界の人工生命を立ち上げてからの年代記。単純な俯瞰ではなく、教育している人たちの関係も含めて話が進んでいく。プラットフォームの問題、自意識をどこまで尊重するかなど、現在もオンライン上のシステムが抱える部分や、将来的につながる問題などに触れているのもよいが、1年後、半年後と淡々と進んでいく描写が良かった。後書で訳者が触れているが、存続し続けられないときの問題ということについては、すでにAIBOなどでも見られているが、ある一定のレベルをクリアすることで、自分たちの権利を認めるかというのは、ゲームにはなく、人間の教育ではしていかなければないことに対して、ここでは?というのは、考えさせられた。
    ・偽りのない事実、偽りのない気持ち
    事実を知ることが必ずしも救いにならないのではと思わせる話。記録を取ることを得ることで、変わっていくコミュニティの話とリメンという見たものを記録する仕組みにより娘との関係を見つめ直す父の話が交互の入る。特にリメンの方は、あったら怖いが、きっといずれできそうだし、その時に人の関係性ってどうなるの?と考えると怖い気持ちになった。
    ・不安は自由のめまい
    並行世界とアクセスできる方法を手に入れた社会で、その装置を扱う人が、自らも含めて、選択する生き方について考えていく。あの時あっちを選んでいたら、こうだったかも?が、可視化され、しかもその選択をした自分と話せるというのが、おもしろい。並行社会の人間もその世界で生きている訳だから、そこにも相手側の生活があって、考えて生きていると思うと、不思議な感じしかしない。果たして選択を変えた時に、あっちの方が良かったと思って生きていけるのかというのもあるし、きっとわからないからこそのメリットが必要なものかとも思った。
    どんなに技術が進んでも、人生を生きるにあたって考えていくことに、変わることはないのではと思わせる本だった。
    何点かは解釈追いつかずというのもあるのは、ちょっと悔しかったけれど。

  • このSF短編集はヤバい。
    刺激的過ぎて、読んだ後内容を反芻して考えていると鼻血が出そうなくらい興奮する。
    したがって、頭が冴えて眠れないときの寝酒代わりにはならない。
    反対に、疲れて眠い時には、内容が難しいから読みながらよく眠れてしまい、眠気覚ましにはならない。

    図書館で借りたんで、限られた時間の中、貧しい理解力をもって読んだので、消化不良の部分アリ。
    ぜひ購入して再度読みたいと思った。

    「商人と錬金術師の門」
    評価5

    深い。相対性理論に矛盾しないタイムトラベルの話。たとえ過去を変えられなくても、捉え方で幸せになれるものなのか?

    ー なにをもっても過去を消すことはかないません。そこには悔悛があり、償いがあり、赦しがある。ただそれだけです。けれども、それだけでじゅうぶんなのです。

    「息吹」
    評価5

    ありふれない「死」と、有限の未来。
    「生きているのはなぜだろう。」を彷彿させる内容。
    人間は秩序を消費し無秩序を生成している。
    つまり、宇宙の秩序の無秩序化こそ生きる使命。
    でも、もし我々の身体という装置に「死」がなかったら、いつかやってくる全くの無秩序という状態を、どうやって受け止めるのだろう?

    「予期される未来」
    評価5

    自由意志は存在しない。
    ではなぜ決定(するフリを)するのか?

    「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」
    評価4

    オンラインと筐体を行き来して成長する人工生物(ディジエント)の話。
    ディジエントと人とのセックスは少し気持ち悪い、と思ったけど…将来的にはそんなこともあり得るのか…もしれない。

    「ディシー式全自動ナニー」
    評価4

    機械じかけの子育て…


    「偽りのない事実、偽りのない気持ち」
    評価4

    歳をとったからか、ライフログ的なものがほしいとよく思う。忘れることが上手になり、過去の事実がますます曖昧になっていくから。
    情報が漏洩するんじゃないかとか、もし運営会社潰れたらログは利用できなくなるんじゃないか、とか考えてしまう点もあって活用できてないのだけど…
    まあ、ブクログはある意味、ライフログだな。
    偽りのない気持ちで書いている。
    読み返して赤面することが多いけど。

    「大いなる沈黙」
    評価4

    「フェルミのパラドックス」と絶滅しつつある種のオウムについて

    フェルミのパラドックス…地球外文明の存在の可能性の高さと、そのような文明との接触の証拠が皆無である事実の間にある矛盾。「三体」の中でも大きなテーマになってる。

    「オムファロス」
    評価5

    神は天地創造を起こしたが人類がその目的ではなかったことが、証明されてしまった世界を描く。

    「不安は自由のめまい」(←タイトルが素敵!)
    評価5

    人生の分岐において違う選択をしている自分。
    そんなもう一つの人生を見たいか、と問われると、僕は見たくない。

  • >他人にやさしくすることがなんの苦労もなく楽にできる人が世の中にはいっぱいいるからです。
    >彼らにとってそうすることが楽なのは、いままでの人生で、他人にやさしくする小さな決断をたくさんしてきているからです。


    テッドちゃん17年ぶり2冊目の著書です。
    17年か・・・そんなに経つの。もっとください。

    掌編~中篇まで9つの作品がまとめられた一冊。
    読み応え半端ない。
    特に「息吹」はすごかったな。絶賛されるのも納得。
    テッド・チャンはハードSF作家とはちょっと違う、社会に何かしらSF的変化を加えて、どう現実と違う社会になるかを色々な角度から描き出している作品が多い。そこが面白い。
    SF界の宝であることは疑いのない存在だ。SF者必携。

    「商人と錬金術師の門」
    相対論的に矛盾しないウラシマ効果マシン(2つのペアワームホールの片方を光速近くに加速してまた戻ってきたやつbyキップソーン)をくぐって過去に行った商人の話。アラビアンナイト風味の文章が面白い。読んだことあるなと思ったら『ここがウィネトカなら、君はジュディ』に収録されてた。

    「息吹」
    表題作にして最高傑作。未知の創作世界の探検はチャンの真骨頂ではないだろうか。

    ロボ人類の科学者が、自分の頭の中がどうなっているかを自分で自分(の脳)を解剖するという作中でも十分イカれた方法で探索するお話。
    金色に輝く脳内で、圧搾空気の気圧の差を利用して超微小機械が動いていることを発見する一連のシーンは鳥肌モノ。自分たちの意識の本質を目の当たりにする衝撃。
    この世界で気圧差はすべての動力源となっていて、要するにエントロピーの置き換えとなっている。


    「予期される未来」
    超短編。未来が常に確定されるとしたら、という思考実験なお話。

    「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」
    仮想世界で進化させたAIペットがどんどん賢く可愛らしく成長して、しかし画面の向こうにしかいない、という中編。
    飽きても停止させるだけでいい電脳ペットではあるが、より良いペット生を送らせてやりたい主人公たちの苦悩・議論が見どころ。
    ペットのコピーを企業に売るのと、人間が精神調整を受けて高給仕事に就くのと、どっちがこの【人間ーペット】関係に良い選択なのか?
    AIペットに自己決定権を与える基準をどう決めればいいのか?

    「デイシー式全自動ナニー」
    『驚異の部屋(ヴンダーカンマー)』と呼ばれる博物陳列室に展示された一台の子育てからくり人形の話。

    「偽りのない事実、偽りのない気持ち」
    ライフログが完璧に動画記録されるようになった社会の話と、並行して20世紀初頭、ナイジェリアに暮らすティヴ族がヨーロッパ文明の侵食を受けた時代の話が描かれる。
    ティヴ族の言葉には西洋人が『真実』と呼ぶ単語がふたつある。『話者がそうであると思う事柄』と『実際に起きた出来事』。記憶と事実が同じである必要はあるのか。
    そもそも人の記憶は自身の都合の良い形に変化して蓄積されていくものだが、完全なライフログが無意識レベルで参照できるようになって、思い出すことと実際の動画を見ることが同じ行為になるとしたら、社会はどう変わるのか。過去の美化、思い出化が行われないとはどういうことか。

    「大いなる沈黙」
    アレシボ天文台(地球外知的生命に向けてメッセージを発信した)とオウム(作中ではヒト以外に唯一言葉を用いた知性を持つ)のお話。オウムの独白形式で進む。宇宙の彼方へメッセージを送るのもいいが、すぐそばに別の知性がいるよ、と独白する。
    オウムは長年、幼い人類を見守ってきたのだ。

    「オムファロス」
    タイトルは『臍』の意。
    ちょっと前までキリスト教世界では、地球は数千年前に創造されたとされていたが、本当にそれが正しいと考古学的に証明された世界の話。
    原初のヒトは臍を持たない。神が直接創造したからである。神が宇宙を創った目的がヒトの創造であれば地球は当然宇宙の中心にあるべきである。しかしエーテル流の天文観測の結果、地球から数百光年離れたある惑星が宇宙の中心となっていることが判明した。ヒトは何のために生み出されたのか。

    「不安は自由のめまい」
    平行宇宙と対話できる機械『プリズム』が普及した世界で、人はどう生きるかというお話。自分の良い選択も悪い選択も無数の平行自分にとってあり得る選択で、そうだとすればどちらを選ぶことにも価値がないのでは、と。
    『プリズム』依存で社会生活に支障をきたしてしまった人々の共助グループがあるのが面白い。麻薬とかの現実にもあるグループと同じもの。

  • わたしの一番のお気に入りは、表題にもなっている「息吹」だ。

    ロボットが、自分の頭を自分で解剖することで、自らの記憶の構造、そして世界の成り立ちについて考察を深めていく。

    ロボットがいる孤立系の世界の中では「気圧差」によってエネルギーが生じており、全ての生命活動の源になっている。空気を使えば使うほどエントロピーが増大していき、やがて系内部の気圧差が均一になり、全ての生命の活動が止まってしまう。
    設定こそSFながら、現実世界における物理法則を取り入れており、設定のリアリティさはピカイチだ。
    そして、本編では世界の真実を解き明かしただけにとどまらず、いずれ終わってしまう世界の中でなんとか希望を見出そうと、世界の外に存在するであろう生命に発話を試みている。
    ロボットが、自身では認知しえぬ存在にまで思いを巡らせ行動を起こすというのは、何とも奇妙で美しい話ではないだろうか。

    SF作品の面白さは、読者を取り巻く現実と虚構世界の間にいかに上手くブリッジを架けるか、にかかっていると思う。
    世界観はまるっきり違うものの、そこに息づいている人間達の感情や生活様式は、現実世界の感覚でおおかた類推することができる。2021年の地球における倫理観を持ったままSF世界にダイブすることで、2つの世界の類似性や差異を楽しみながら小説を読み進めていく。そんな遊び方ができるのがSF小説の楽しいところであり、本書にもその「ブリッジ」が存分に架けられていたと感じた。

  • 9編の短編を収めたSF短編集。どれをとっても、面白い。世間の評価も非常に高いが、私も傑作短編集だと思う。
    SFを多く読み始めたのは最近になってからのことであるが、とても好きになりつつある。SFにも色々な種類があるが、その面白さの一つだと私が感じるのは、現在から見れば荒唐無稽な現実を持つ未来を置き(例えば、タイムマシンが存在するとか)、それを前提に、緻密に話を進めていくと、何故だか分からないけれども、人間や人間の暮らしの本質が見えるような気がすることがあり得ることだ。
    最後に掲載されている「不安は自由のめまい」では、プリズムという、世界を分岐させることが出来る装置が登場する。パラレルワールドという考え方があり、この世界は、私たちが現実に存在する現在の姿と、少しずつシチュエーションの違うパラレルワールドが無限に存在しているという考え方である(本書の解説によれば「量子世界の他世界解釈と呼ぶらしい)。このプリズムという装置は、それを使うことにより、人為的にその多重世界の分岐点をつくる(装置を起動させるとその瞬間に今の世界とは別のパラレルワールドが生成される)ことができ、かつ、その世界と連絡がとれるという設定で物語が進行する。仮定自体、荒唐無稽ではあるが、本当にそのような装置があり、そのような世界があるとすれば、色々と疑問が湧いてくる。今この世界で生きている自分とパラレルに別の可能性を持った自分が無限に存在するとすれば、マクロでみると、自分とは何なのか?一瞬一瞬の意思決定が分岐を生み出しているとすれば、すなわち、どんな道を選ぼうと、それに対応する自分が存在するとすれば、人間の意思とは何なのか、本当の自由意思は存在するのか(すなわち、自分の意思決定とは別の意思決定をした自分が存在し得るのであれば、すなわち、取り得るすべての選択肢に対応する自分が存在するとすれば、選択に何の意味があるのか)。そういったことを考えてしまう。

  • 訳者にして「最近十年のSF短編集では、おそらく世界ナンバーワンだろう」と評された本作品ですが、ぼくの拙い読書遍歴でもそう思える内容でした。

    テッド・チャンの小説の面白さは、つまるところヒューマンドラマにあると思います。
    彼の小説ではSF的で魅力的なモチーフが出てきますが、けっしてそのモチーフだけの力押しで物語が進むことはありません。
    そのモチーフに関わった人間が悩み、喜び、戸惑い、生きていく様が描かれます。様々なSF的状況で人間がどう考え、どう生きるのか、それらが素晴らしい構成力でモチーフと融合した形で読者に提示されます。

    基本的にどの短編もおもしろいですが、ぼくが特に心に残ったものは「不安は自由のめまい」で、プリズムと呼ばれる並行宇宙に存在する自分と交信できる機械が実在している世界の話ですが、並行宇宙の実在がわかっていることで人間がどのように考え、どのように苦悩するかがありありと描かれており、最終的に主人公が至る結論と、それに伴う行動に感動しました。
    「オムファロス」は訳者あとがきでも言及されていますが「地獄とは神の不在なり」と同じように神の実在が認知されている世界での話。ここでも、実在は認知されていても、その行動原理はわからない神に対して人間がどう苦悩するかが描かれております。この短編のSF的な世界設定が本当に好きで、途中途中に描かれる、その世界の成り立ちの証拠が登場するたびにわくわくしてしまいました。こういう、SF好きの心をくすぐる設定もとても上手いと思います。

  • 珠玉の短編集、という形容がこの上なく似合うSF短編集。

    短編のそれぞれのジャンルは以下の通り。

    - 商人と錬金術師の門: タイムトラベルとファンタジー
    - 息吹: アンドロイドと意識と文明
    - 予期される未来: 未来予測と自由意志
    - ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル: AI、人工知能
    - デイシー式全自動ナニー: ロボットと子どもの教育
    - 偽りのない事実、偽りのない気持ち: 言語と文化
    - 大いなる沈黙: 音と宇宙と知的生命体
    - オムファロス: 生物と宇宙と宗教
    - 不安は自由のめまい: パラレルワールドと善悪

    SFのそれぞれのジャンルに関して、レベルの高い物語が展開される。

    だけど、主眼は人間に置かれている。人間、というよりも人類や知的生命体の在り方が問われているような読後感。

    個人的に良かった順に並べると、以下の通りかな。

    1. ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル
    2. 息吹
    3. 不安は自由のめまい
    4. 商人と錬金術師の門
    5. 大いなる沈黙
    6. 偽りのない事実、偽りのない気持ち
    7. オムファロス
    8. 予期される未来
    9. デイシー式全自動ナニー

    あと、言うまでもなく大森望さんの翻訳が素晴らしすぎる。

    (長くなってしまうのでここで省略。ネタバレを含む書評の全文は、書評ブログの方でどうぞ)
    https://www.everyday-book-reviews.com/entry/%E4%BA%BA%E9%96%93%E7%90%86%E8%A7%A3%E3%82%92%E6%B7%B1%E3%82%81%E3%82%8B%E7%8F%A0%E7%8E%89%E3%81%AESF%E7%9F%AD%E7%B7%A8%E9%9B%86_%E6%81%AF%E5%90%B9_%E3%83%86%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%81%E3%83%A3

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