誓願

  • 早川書房 (2020年10月1日発売)
4.22
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本棚登録 : 342
レビュー : 31
  • Amazon.co.jp (600ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784152099709

作品紹介・あらすじ

『侍女の物語』から十数年。ギレアデの体制には綻びが見えはじめていた。政治を操る立場にまでのぼり詰めたリディア小母、司令官の家で育ったアグネス、カナダの娘デイジーの3人は、国の激動を前に何を語るのか。カナダの巨匠による名作の、35年越しの続篇。

感想・レビュー・書評

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  • 静かなディストピア社会の怖さは、一定の形で社会が完成してしまうと、その中で暮らす市民にはそれが普通の状態に感じられ、何ら不都合のない社会のように見えてしまうことである。権力が軍や警察を使って暴力的な弾圧を行う、ラテン・アメリカ諸国の独裁主義国家と異なる怖さがそこにある。権力の行使が可視化できないよう配慮されていて、一般市民には自分がどんな権利を奪われているのか、決して見えないからだ。

    たとえば、国民が政府にとって不都合な真実を見たり聞いたりすることがないように、報道は規制されている。もし、政府に向かって不都合な態度をとる者があれば速やかに排除する。そうすることで、右に倣おうとする者に脅しをかけるのだ。そこまで来ると国民に供されるのは、報道とは名ばかりのフェイク・ニュースか、さもなければ政権に都合のいい提灯持ちの番組ばかりになる。それを繰り返すことで、ものをいう者は政府寄りの人物だけになり、静かなディストピア社会が完成する。今この国はここまで来ている。

    アトウッドが『侍女の物語』を発表したのが1985年。おそらく、ジョージ・オーウェルの『1984年』を意識したにちがいない。組織的な監視と盗聴によって、批判的な意見を封じ込めるのは、ディストピア社会のやり口としては通常だが、女性を出産のための手段と規定し、それ以外の存在の仕方を奪ってしまうという、徹底した男性中心のディストピア社会というのは新鮮だった。それから三十五年がたつ。果たして社会は変化したのだろうか。

    トランプ政権下で『1984年』や『侍女の物語』が再び話題になっている、と聞かされ、さもありなんと思っていたら、アトウッドが『侍女の物語』の続編を書いたというニュースが飛び込んできた。しかし、発表された『誓願』には、続編の文字はなかった。作家自身がそれを認めなかったと聞いている。たしかに、これは続編という位置にはとどまらない。独立した一篇の小説として読んでほしい、と作家は思ったにちがいない。

    『侍女の物語』は、完成したディストピア社会の中で育ち、次第にその世界に異和を感じるようになる年若い女性の視点を通して描かれている。先に述べたように、静かなディストピア社会では、特に何かがなければその異様さに気づくことはできない。しかし一度それに気づけば、その閉鎖性、徹底した監視社会に息詰まる思いがし、そこから逃げ出したくなる。『侍女の物語』が描いたのは、自分を監視する<壁>に周囲を囲まれ、生得の権利を奪われた者の恐怖だ。

    完成されたディストピア社会とはいっても、それが強固に感じられるのは、美しく飾られた表面だけのことで、映画のセットのようなその世界の裏側に回ったら、薄っぺらい材料ででき、補強材の目立つ粗雑な構成物でしかない。外部はそれを知っている。しかし、内部でそれを知るのは権力を握る一部の者だけだ。だから、ディストピア社会は外部と内部を<壁>で遮断する。アトウッドが、三十五年後に描こうとしたのは、そのディストピア社会を囲む閉じた<壁>の内部と外部の<交通>ではなかったか。

    そこで、三者の視点人物が必要となる。まずは、<壁>の成立時代から、その存在を熟知し、なおかつ<壁>の維持に努めてきたギレアデの女性幹部であり、アルドゥア・ホールを取り仕切るリディア小母。<壁>の内外を共に知る、全知の存在である。次に<壁>の内側でぬくぬく育ち、年頃になって初めて自分の置かれた立場がのみ込めないことに気づいて、おろおろするばかりの初心なアグネス。<壁>の内側しか知らない。そして、カナダ在住の十六歳の娘デイジー。幼いころに組織の手でカナダに運ばれてきた、本当はギレアデの<幼子ニコール>。今どきの普通の女の子で<壁>の外側しか知らない。

    リディア小母という操り手の繰り出す巧妙なからくりで、若い二人は、内側と外側から<壁>の崩壊を遂行する運命を担うことになる。どちらかといえばSFに出てくる架空の国家の物語のように思えた『侍女の物語』に比べ、『誓願』は、よりリアルな政治小説の趣きが濃厚である。特に、静かなディストピア社会が完成されるまでの、体制の移行期の暗殺、粛清といった革命やクーデターにつきものの避けることのできない暗黒面の陰惨な描写は、ラテン・アメリカ作家の描く独裁者小説を思わせるものがある。

    リディア小母と呼ばれる女性は、アメリカ合衆国の判事を務める有能なキャリア・ウーマンだった。とはいえ、上流の出ではなく、苦労を重ねてその地位に上り詰めた上昇志向の強い女性である。それが、クーデター軍に逮捕され、スタジアムに集団で着の身着のまま収容され、放置監禁、精神的にどこまで耐えられるかを試されたのち、軍に従うか死ぬかどうかを問われ、やむなく従うことを認める。やがて、その性格、能力が評価され、権力を一手に掌握するジャド司令官とホットラインでつながる関係を築くまでになる。

    リディア小母は監視カメラと盗聴器を駆使して、内部外部を問わず情報を収集することで、他人の弱みを握り、相手を思うままに操る術を身に着けている。ディストピア社会は相互監視による相互不信が基本である。反面、一望監視システムの中心部にいるものは、他者の監視を免れる。リディア小母はそれを利用して権力強化を務めるとともに、権力者の腐敗、堕落の証拠を握り、それを記録にとどめ、さらに時機を見て外部に流すことで、ギレアデの崩壊を期すのだった。

    パノプティコンの中心で指揮を執るリディアは自ら動くことができない。代わって動くのがアグネスとデイジーの二人。<壁>の外から潜入してきたデイジーは、ベッカの犠牲に助けられ、アグネスとともに再び<壁>の外へ。その手にはギレアデの秘密を暴く情報が握られていた。ベッカとアグネスの関係は単なる友情を超え、互いに連帯して解放を願う<シスターフッド>の域に達している。女性たちの協力が男性中心のディストピア社会を崩壊させる、この物語は<シスターフッド>の勝利を描く物語ともいえる。アトウッドが三十五年の時を隔てて紡ぐ、『侍女の物語』ならぬ「小母の物語」。痛快無比のエンタメ小説でもある。まずは手に取って読まれることをお勧めする。

  • 政界の中心にいるリディア小母。
    司令官の娘として育ったアグネス。
    そして、カナダで育ったデイジー。
    この三人の独白から始まり、最後には全員の視線が一致する。

    読書とは実に面白い! 作り話が現実と重なる瞬間を味わうことができるのだから。
    侍女の物語からの脱却。女性たちの反撃は小さな事で始まる。始めるしかなかったリディア小母が中心というのが皮肉だけど、彼女の、そして彼女達の人生を破壊したものが、破壊されてしまうのも自明の理かと思う。

    しかし、最後のシンポジウムもあるのは笑ってしまった。

  • 【YouTube無料生放送】2020年10月31日(土)20:00~上田 早夕里 × 豊崎 由美、マーガレット・アトウッド『誓願』を読む | ニュース | 好きな書評家、読ませる書評。ALL REVIEWS
    https://allreviews.jp/news/5017

    「現実に近づいた」、「侍女の物語」の続編発売、著者アトウッド氏インタビュー - BBCニュース
    https://www.bbc.com/japanese/video-49644003

    この秋はアトウッド祭!! 『誓願』&『侍女の物語 グラフィックノベル版』|Hayakawa Books & Magazines(β)
    https://www.hayakawabooks.com/n/n0f3d6506594a

    誓願 | 種類,単行本 | ハヤカワ・オンライン
    https://www.hayakawa-online.co.jp/shop/shopdetail.html?brandcode=000000014648&search=%A5%DE%A1%BC%A5%AC%A5%EC%A5%C3%A5%C8%A1%A6%A5%A2%A5%C8%A5%A6%A5%C3%A5%C9&sort=

  • 「侍女の物語」35年ぶりの続編という事で気合い入りまくり!
    システムに抗う女性たちの静かなる闘い。隣国カナダを巻き込んでのプロパガンダ作戦は北朝鮮の拉致問題を彷彿とさせます。終盤の手に汗握る展開は圧巻でした。
    「侍女の物語」でもほのめかされているとおり、ギレアデ共和国はすでになくなっているのですが、今作ではギレアデ崩壊前夜で終わっています。どう崩壊したのか気になるのでさらなる続編に期待!

  • マーガレット・アトウッド『侍女の物語』の続編。前作は「侍女」のオブフレッドのひとり語りという形式だったが、今回は3人の登場人物がリレーのように順に語っていく。『侍女の物語』がギレアデ国家の安定期の出来事であったのに対して、『誓願』は崩壊前夜、というか崩壊の契機を作り出した女性たちの物語。『侍女の物語』が出版されてからかなりの年月が経っているので、まさか続編が読めるとは思わなかった。今回もまた終わりにギレアデ歴史研究会のシンポジウムの様子が描かれている。小説のなかの出来事ではあるが、悩みや苦しみも含めたそれぞれの女性たちの意図から紡がれる物語の後にいくら時間が経っているとはいえ「お気楽な」感じの研究者たちの様子を読むと、両者の対称性にイラッとする。後世の歴史家が再構築できることには限界があり、「歴史」として記録されたり知られたりすることはほとんどない、女性たちの生き様があるのだということを忘れてはいけないという著者の思いも込められているのかもしれない。

  • 『侍女の物語』の続編ではあるけれど、別の物語としても読める。骨太で壮大。現実との呼応。(『侍女』後)35年分の現実の経過に伴って、『侍女』に託した世界もアトウッドも深く太く更新されてるんだなあ。
    読みであり。

    あのフレーズがここで出てくるかあ!とニヤリとしたり。
    訳者あとがき、解説ともに充実。

  • 面白かった!一気読み!!
    ブッカー賞に外れなし!かもしれない。
    最近読んだディストピア文学の中では、ピカイチの面白さだった。翻訳家さんに感謝!!
    脱北者のことや、福音派のことやらがアレコレと想起されて興味深いのはもちろん、展開のスリリングさは前作以上。
    生き別れの異父姉妹がお互いの言動に違和感を感じ合う場面。どちらかというとギレアデ側で育った姉の性格の方に親和性を感じてしまうのは、日本(あるいは東アジア?)では女性に対して抑圧的な場面がまだまだ多いことの証左のような気がしてならなかった。果たして、私たちは私たちの国の中に根深く残る「ギレアデ」を自分たちで取り除けるのだろうか?リディア小母やベッカの死を無駄にすることなく。

    清教徒と革命、とくれば、クロムウェルと恐怖政治がセットでイメージされてしまうけど、詳しくは無いのであくまでもイメージ。ただ、作者は「人類史上前例のないできごとは作中に登場させない」というルールを前作以来踏襲されたとのことなので(あとがきより)、きっとそのへんの歴史的事実をよく知っている人には「あー」ってなるんだろう。そう考えると、エピローグが昨今のメイドコスプレに対する痛烈な皮肉になってる。何も考えんとメイド服着たり着せたりして喜んどる人には耳に痛い話。本作を読んで、メイド服が性的、っていう文脈のおぞましさに少々耳を傾けてから秋葉原に足を運ばれたし。また味わい深かろうて。

  • 現代人は性の喜びを知ってしまい、インターネッツで話題になった性の喜びおじさんが「性の喜びを知りやがって、許さんぞ!」と嘆きながら憤死したのも仕方がない。

    一方で本書で描かれるのは性の喜びが剥奪されたときに、どのようなディストピア社会が到来するのかという一種の思考実験である。この様相がすさまじくグロテスクであると同時に、極めて高いリーダビリティにより、ディストピア小説の最高峰ともいえる完成度を本書は誇っている。

    なにせ、本書の舞台となるギレアデ共和国はキリスト教の原理主義者らがクーデターによりアメリカ合衆国の政権を奪取して誕生した国家である。ギレアデでは、性の自由を人民から剥奪し、女性から全ての教育を撤廃させた上で、子供を産めるかどうかを唯一の女性の価値基準として単なる”生殖マシーン”として女性を扱うことを強要する。

    そしてその共和国に対して静かなるクーデターを起こそうとする3人の女性たちの冒険が本書のメインの筋書きとなる。あまりにも想像を絶した世界観でありながら著者自身が「ギレアデ共和国とは様々な歴史的事実の寄せ集めであり、そこには空想の余地はない」と明言しているように、このディストピア社会は一歩間違えれば起こっていたかもしれない現代社会の危うさを提示する。

    ディストピア小説といえば、ジョージ・オーウェルの『1984』が古典として浮かぶわけだが、現代のディストピア小説の最高峰は本作であり、いずれ『1984』よりも本書が着目を浴びる日が来てもおかしくないと思う。そんな日が来なければよいということを祈りつつも。

  • 前作『侍女の物語』で明らかにされたギレアデ史を前提にした推理小説仕立て小説なので、安心してアトウッドの小説技法に取り込まれることができる。すべての局面に「(主に)女性の一生に起きうる嫌なこと」をきっちり入れてくるので読むのが苦しい局面もあるのだけれど、『侍女の物語』より全体的に読みやすい。謎を謎のままにせず、伏線回収フラグが立ててあって親切なのだ。複数の読みが可能な読書が趣味な人にではなく、ドラマを見てギレアデ的ディストピアに不安を感じた人たちに向けて書かれた本であるように感じた。

    遍在する女性のモノ化願望が可視化され、権力者が望めば社会を後退させられることがわかってしまった世界で、『侍女の物語』のスタイルで続編を書くのは厳しかったのかもしれない。世界が分断ではなく連帯を望む時代が来たら、(こういう言い方がいいかわからないが)もっと文芸寄りの『侍女の物語』の続編が書かれうるのかもしれない。『誓願』には読みやめられない面白さがあるのだけれど、自分の好みからすると説明しすぎ、オチが付きすぎなところがあった。

    ストーリーについて。リディア小母の凄絶な復讐譚だった。かくも利己的にそして世界のために生きた登場人物に会ったことがない。リディア小母を想起させるキャラクターが出てくる先行作品があるなら読んでみたい。シスターフッドの話として読むにはリディア小母が強すぎて、若者二人は鉄砲玉以上の存在ではなかった気がするが、このあたりのバランスの印象は、読者の年齢によっても変わるだろうと思う。

  • 『侍女の物語』を読まずに突っ込んでみたけれど、最初のうちは設定のわからなさを手探りする感じが『わたしを離さないで』みたいで楽しめたし、設定が大体のみこめてからも問題なく読めた。でも当然ながら『侍女の物語』におけるリディア小母(怖かったんでしょ?)を知ってる上で読んだほうがずっと楽しめたんだろうな。
    あとこれ、勝手に昔の話だと思い込んでたけど、近未来だったんですね。小母たちはあんなふうに小母になったのか!と。アトウッド自体も初めて読むのだが、これまた勝手に想像していた「厳か」な感じではなく、エンタメ性があり、以前面白く読んだ『パワー』『ハンガーゲーム』『地下鉄道』などなどを思い出す。でも、思い出すっつっても、そもそも、それらの作品は『侍女の物語』から流れを受け継いでいるんだろうけど。
    ある年齢に達すると結婚をせっつかれる嫌な感じには激しく覚えがあり、わたし自身気付かなかっただけでディストピアに育ったんだな?と怒りを覚える(気付かず、受け入れ、苦しんでいたことに。それを変えようと努力することなど思い至らなかった自分にも)。だから、キャラの中では、特別な存在として特別に待遇されるニコールより、普通の女の子として翻弄されるベッカを応援(あんなふうに頑張ってほしかったわけじゃないけど。涙)。あと、『インヒアレントヴァイス』とかでもそうだったけど、歯医者さん胡散臭い役を当てられがち。身内に歯医者がいるだけに笑う(この作品の歯医者は笑いごとじゃないが)。
    そのうち『侍女の物語』も読みたい。

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著者プロフィール

Margaret Atwood.
1939年、カナダ、オタワ生まれ。
1966年に本作『サークル・ゲーム』でデビューし、
カナダ総督文学賞を受賞。『侍女の物語』(1985)で
カナダ総督文学賞とアーサー・C・クラーク賞、
『寝盗る女』(1994)でコモンウェルス作家賞、
『昏き目の暗殺者』(2000)でブッカー賞とダシール・ハメット賞を
受賞。また『侍女の物語』の続編であるThe Testamentsは
2019年にアトウッドにとって2度目となるブッカー賞を受賞。
邦訳書に
『獄中シェイクスピア劇団 
 (語りなおしシェイクスピア 1 テンペスト)』
(鴻巣友季子 訳、集英社、2020年)、
『洪水の年 上・下』(佐藤アヤ子訳、岩波書店、2018年)、
『テント』(中島恵子・池村彰子 訳、英光社、2017年)、
『キャッツ・アイ』(松田雅子、松田寿一、柴田千秋訳、
 開文社出版、2016年)、
『負債と報い――豊かさの影』(佐藤アヤ子訳、岩波書店、2012年)、
『死者との交渉―作家と著作』(中島恵子訳、英光社、2011年)、
『オリクスとクレイク』(畔柳和代訳、早川書房、2010年)、
『またの名をグレイス 上・下』(佐藤アヤ子訳、岩波書店、2008年、
 岩波現代文庫、2018年)、
『ペネロピアド(THE MYTHS)』(鴻巣友季子訳、角川書店、2005年)、
『良い骨たち+簡單な殺人』(中島恵子訳、北星堂書店、2005年)、
『カンバセーション アトウッドの文学作法』
(加藤裕佳子訳、松籟社、2005年)、
『ほんとうの物語』(内田能嗣 訳、多湖正紀・山本紀美子 共著、
 大阪教育図書、2005年)、
『昏き目の暗殺者』(鴻巣友季子訳、早川書房、2002年、
 ハヤカワepi文庫:上・下巻、早川書房、2019年)、
『闇の殺人ゲーム』(中島恵子訳、北星堂書店、2002年)、
『寝盗る女 上・下』(佐藤アヤ子・中島裕美 共訳、彩流社、
 2001年)、
『マーガレット・アトウッド短編集』
(Alan Turney編、久慈美貴 注釈、ロングマン・ジャパン、
 1998年)、
『食べられる女』(大浦暁生訳、新潮社、1996年)、
『サバィバル』(加藤裕佳子訳、御茶の水書房、1995年)、
『Sudden fiction (2)』(「ハッピー・エンド」 Happy Endings 収録。
 ロバート・シャパード 著、ジェームズ・トーマス 訳、柴田元幸 著、
 文芸春秋(文春文庫)、1994年)、
『ファミリー・ポートレイト—記憶の扉をひらく一枚の写真』
(「偉大なる叔母たち」 Great Aunts収録。キャロリン アンソニー編、
 松岡和子・前沢浩子訳、早川書房、1994年)、
『浮かびあがる』(大島かおり訳、新水社、1993年)、
『青ひげの卵』(小川芳範訳、筑摩書房、1993年)、
『スザナ・ムーディーの日記』(平林美都子 他訳、国文社、1992年)、
『侍女の物語』(斎藤英治訳、新潮社、1990年→ハヤカワepi文庫
(早川書房)2001年)、
『ダンシング・ガールズ マーガレット・アトウッド短編集』
(岸本佐知子訳、白水社、1989年)、
『描かれた女性たち 現代女性作家の短篇小説集(SWITCH LIBRARY)』
(「急流を下る」 The Whirlpool Rapids収録。
 マーガレット・アトウッド・アリス マンロー・アン ビーティ 他著、
 岸本佐知子 他訳、Switch編集部編、スイッチ・コーポレーション、
 1989年)などがある。



「2020年 『サークル・ゲーム』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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