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本 ・本 (280ページ) / ISBN・EAN: 9784152100375
作品紹介・あらすじ
パリにある引退者が暮らす施設「ティエル=タン」。静寂の中、記憶をたゆたいつつ人生の最期を待つ一人の老人がいた――ジェイムズ・ジョイスとの友情など実際のエピソードを交えながら、ノーベル賞作家サミュエル・ベケット最期の日々を精緻に描いた小説。
感想・レビュー・書評
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ベケット、最期の特別な時間 マイリス・ベスリー(著/文) - 早川書房 | 版元ドットコム
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784152100375詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
ちょっと前に大切な人を亡くしてしまい、しばらく白昼夢を見ているような状態でいたところ、たまたま本書が目にとまり手に取った。
なんだか石につまずいた感じで。いかにもなフィクションに逃げる気力もない、とはいえ活字に意識をつなぎとめておきたい。
サミュエル・ベケットが亡くなるまでの最晩年を描いた本作は、そんな状況にちょうど良さそうに思えた。あわよくば死をどこまでか追体験できる(した気になれる)のではないかと。
1906年、ダブリンに生まれたベケットは、1989年12月22日、パリの14区に実在する老人養護施設で息を引き取る。そして、本作は、妻のシュザンヌが亡くなった「1989年7月17日のおよそ1週間後」から始まる。
原題のLe Tiers Temps(第3の時)というのは、
「教育の現場で用いられる用語で、障碍をもった人のために試験時間を(最大三分の一まで)延長できる制度」だ。
良いタイトル。生の"おまけ"のようなもの。
でも私にとって「第3の時」とは、事実でもフィクションでもない、訳者のいう「虚実の皮膜」に流れる時間のこと。本作の主人公ベケットはここで最晩年を生き、死ぬ。
ベケットの声だけでなく、いろんな声とざわめきに満ちている小説。看護師の看護記録、医師の呼び声、心理カウンセラーの報告、サッカーの実況中継、隣室の老人の叫び声。ジェイムズ・ジョイスの声、その娘の声も。フランス語で、ゲール語で、英語で。
〈ティエル=タン〉にて、と題された断章がベケットの声に充てられている。
ベケットが死に近づくにつれ、その声は彼の小説のつぶやきに似てくる。支離滅裂。しかし詩と呼ぶには乾きすぎている。
(彼の小説にはときに恐ろしく退屈な文章が連なり、読むのが辛い。日によってうまく波長が合うと深く刺さる。
もしかしてあれらの声もまた死に臨した者の声だったのだろうか。)
これから死にゆくもののおぼろげな意識ではこんな誰のものとも言えない声がざわめいているのだろうか。人格がほどけていくというのはこういうことなのか。この先には、意識の残余が死後も残るという可能性はみじんもないなと感じられる。
そう思うと、地の底から響いてくるような凄みを帯びてベケットの声が聞こえ始めた。
今のところ作者のマイリス・ベスリー唯一の小説であり、本作でゴンクール賞最優秀新人賞を受賞。 -
「ゴドーを待ちながら」の作者サミュエル・ベケットが人生の最後の年に住んでいた介護施設「ティエル・タン(3番目の時間)」での日々、訳者あとがきによると3番目の時間とは、十分に働いたあとの余生という「特別な時間」を意味するという。ノーベル賞作家の3番目の時間は「最期を語って何になる?語るべきことなんて何も残ってない。人間が語ることはいつだって過去に起こったことだ。ずっと前に起こったこと。あるいは、さっき起こったこと。いずれにしても、過去のことだ。最期のことなんて、誰にもわからない。それまでのこととは、何も関係がない。何も見る必要はない。ひたすら待つだけだ。」という独言で幕を下ろす。
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ベケットはゴドーは読んだ、映像作品のフィルムは未見というかそういうものがあったとは知らなかった、くらい。ジョイスと同郷で親しかったにしても、こんなにジョイスのことを考えただろうか。どうも表面的な感想だが、若い女性作家だが文字通り「最期の時間」を描写しておりむしろその点が興味深かった。老いと死。
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サミュエルベケットの最晩年を描く。事実の部分と小説の部分、そして、さまざまな文学作品が散りばめられている。ベケットの伝記や戯曲などの予備知識があるとより楽しめると思う。