透明な膜を隔てながら

  • 早川書房 (2022年8月17日発売)
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本 ・本 / ISBN・EAN: 9784152101617

作品紹介・あらすじ

台湾出身で17年に作家デビューを果たし、21年に芥川賞受賞。第2言語である日本語で作品を発表する李琴峰は、何を思いながら小説を書き続けているのか。創作の源泉にあるものとは。言語、出生観、性、日本と台湾の歴史、読むことと書くこと。繊細な筆致で綴る

感想・レビュー・書評

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  • 【私たちを隔てているもの、通わせるもの】
    著者の李琴美さんが小説を6冊お出しになった後に、まとめられたエッセイ。
    彼女は、台湾で生まれ、大学卒業してから初めて日本を訪れたとのこと。
    両言語で執筆活動をされていて、翻訳もされていて、
    言語に対する高い意識、自らのご経験があり、その点についてもエッセイでは多く触れられていた。

    日本語に恋をしたようなもの、と書かれていたが、

    強い思いがあって初めて、人は可能性を証明することができるのだと思ったり。

    言語は、得意不得意があったりするけれど、

    私は英語は話せるものの、母語の日本語お言語力に欠けるので、外国語も、ある程度まで習得できたとしても、今のままのモチベーションでは、うまく操れるまでにはなりえないな、と思ったりしている。

    でも本当に、何事も、やると信じることで可能性が広がる。

    透明な膜。李さんがそう表すのは、言語の壁のように頑強ではなく、ときに見えなかったり忘れてしまいがちだけれども実際には私たちを隔てている何か。

    言語だけではなく、李さんはいろいろなカテゴリー化について語られている。

    それは彼女自身が社会的に纏う様々な膜を言語を通して感じているとともに、言語を通してまたそれらを越境したいと願ってもいるからなのだと思う。

    言語化することは、人と関わるうえで不可欠。他者について語る時、それは時に暴力的になってしまう可能性もはらむ。

    どうやったらそれを避けられるか、避けることは無理かもしれない。

    自分の経験していないことを理解することはできない。

    シンパシー。前の本でも出てきたけれど。

    李琴美さんのように、自分の纏うさまざまなアイデンティティを誇りに思い、社会認識とのギャップについて公に言語化、主張できる人はそう多くはなかったりする。

    他者を理解していると思うのではなく、理解できないからこそ、敏感になること、想像し続けること、が、私にできることかなーと思ったり。

    そして自分の纏うさまざまなアイデンティティについても意識してみるのも大事かなと思った。私たちはみんなが、そんな膜を持っているのだろうし。

  • 台湾出身の芥川賞作家のエッセー。

    芥川賞受賞作品も、お名前も知りませんでしたが、日本語教師の視点で面白いと思える箇所がいくつもありました。

    なかでも、最初に覚えた仮名文字は片仮名で、その理由がポケモンだということ。外国籍児童にも、ポケモンの名前は片仮名学習に効果的でした。

    漢字圏の出身者だから日本語習得に有利ということはない、というのは、多くの在住中国人の方を見てきて感じていることで、この方の日本語の自然さは、本人の言うように「不断な努力と格闘によって手に入れたもの」なのでしょう。

    努力もせずに、外国語の習得をあきらめている人に読ませたい。

  • 2022年12月
    李琴峰さんの日本への愛や日本語への情熱がこもったエッセイ。政治的な主張もまっすぐ書いているのが著者らしいと思った。
    映画の何かに寄稿したのであろう文章がいくつかあり、映画を見たくなる。調べたが、単館系だったりで、今現在は見ることが難しい。でも気になる。
    あと王谷晶さんとの対談がめちゃくちゃ良かった。

  • 「台湾の地方出身者であること、女性であること、性的招集者であること、外国人であること、非母語話者であることー多くのマイノリティ属性を否応なしに押し付けられている身として、私は生きているだけで常に様々な隔たりを感じている。(あとがきより)」

    社会においてマイノリティであることで、差別的な扱いを受けたり、無意識に気づ付けられることがある。そして私たちの多くはそれがわかっているようでやはり分らぬままこの社会を生きている。
    マジョリティになることもあればマイノリティになることもある。否、この発言こそが何か違和感を感じるところであるが、これ以上なんといえばいいのか、閉口すべきなのだろうか。

    著者自身のことを「台湾で生まれ育ち、自らの意思で日本に移住した一個人」に過ぎないという。本人がおっしゃるのだからそれ以上でも以下でもない。この姿勢が作品にも表れており、力強い作品となっているのだろう。

    私たちの周りには目には見えないが、自分と他者を隔てている、気を抜けば忘れてしまうまさに「透明な膜」がある。著者はその膜に穴をあけようと、言葉紡ぎ続けている。
    これはなんという美しい行為なのだろう。自分で臨んだ生まれたわけでもないこの世界に生を受けて生きることは、とても苦しくつらいものだ。だからこそ生きることがこんなにも輝くのかもしれない。

    著者の紡ぐ言葉はとても魅力的だ。その言葉が心に刺さり、喜怒哀楽様々な感情が残る、いい意味でへばりついてくる、そんなエネルギーを感じていた。今回このエッセイを読み、少し理解できたような気がしている。

    李琴峰氏だからこその表現や物語がここにある。それは紛れもない事実であって、私はこれからもその言葉を楽しみに生きようと思う。

  • 個人と個人を隔てるもの。属性と属性を隔てるもの。綺麗事を並べて無くなったかのように見せても、透明になっただけでそこにあるもの。正しさに立脚するように見えて、その実そうではないもの。

    透明な膜を隔てながら、他者を尊敬し理解しようとする試みの記録。

    “普遍性を探求しようとする日本文学は、しばしば「個」や「個」を含むコミュニティに作用する大きな力と、決して相対化してはならない「特殊性」「固有性」を見落とすキライがある。”
    まさに。
    その行き着く先は、政治性や社会性の排除、弱者に対する差別や偏見の無化と不可視化、そして現実に対する批判性の欠如である。

  • 頭の良い人の考えている事は理解できないがエッセイを読んでしまう。LG B T 、台湾出身、翻訳ではなく日本語での小説、自分が興味のあったもの全てを持っていたのとふと手に取った小説が面白かったので作品を読み始めるが最初がこの本だったらそこまでのめり込まなかった。
    ちゃんと理解していないので共感や要約はできないが今後の本や生活していく中でまたエッセイ本が出た時に理解できるように脳を鍛錬してどんな本でも理解できこの作家好きと胸張っていいたい。

  • 日本語を母語としない作者の文章は、とても正統的に感じる。文法的により正しい言葉の選び方をしているのと、本作者の場合、圧倒的な漢籍の実力があるからだろうね。
    多様性を重んじる彼女の言説は、偏見の塊のような自分には、ちと痛い部分も多い。言われてみれば当たり前のことばかりだけどね。ただ性差を完全にフラットにするには、人類は生物学的に雌雄同体にでも進化しない限りはどうしようもないと思うけど(これを進化と言っていいのかな)。

  • まだ小説を読んだことない作家さんのエッセイを読むのは不思議な感覚なんだけれど、好き。『ポラリスが降り注ぐ夜』と『星月夜』を読んでみようかな。

  • 最初のバイリンガルのパート、言語化したらそうなのよ!って激しく同意でした。
    李琴峰さん、臨界期すぎてから日本語学んだの!?それで芥川賞取っちゃうの凄すぎでは!?
    と尊敬が深まった書でした。

    p.16 やがて私は大学や大学院で、日本語・日本文学や日本語教育学を専攻するようになった。いつの間にか日本語で文学賞を取り、作家デビューすら果たした。ここまで来れば日本語はもはや母語のように自由自在に操れる!」と思えば大間違いである。確かに私は、所謂バイリンガルであるー/第二言語習得論では「付加的バイリンガル」(additive bilingualと言うーが、言語習得の臨界期(critical period)を過ぎてから学習を始めた私にとって、日本語は決して第一言語と同等にはなり得ない。逆説的だが、上達すればするほどそして上達していると思われれば思われるほど11日本語は第一言語ではないと実感させられるのである。
    ある時は、単語を声に出した後にアクセントが間違っていることに気が付き、心の中で密かに後悔する。ある時は、表したい概念を指し示す的確な言葉がそこにあると知りながら、その言葉に結び付く音節構造がどうしても脳内辞書から出てこず、「あの1」をいつまでも虚しく長引かせる羽目になる。またある時は、脳と舌を繋ぐ神経が何者かに切断されたかのように、脳が発音に関する指令を発しても、舌が上手く動かない。病気の時は尚更で、ちょっとした風邪でも失語
    塩的な主状に繋がる。外国話副作用(foreign language side effect)のせいで思考能力の低下いる、決したい販念を指し示す的確な言葉がそこにあると知りながら、その用
    感じることもしばしばである。
    「言葉の壁」という安易な表現がある。言語同士の間に立ちはだかる何かが、もし本当に壁のようなものだったらどんなに良かっただろうか。壁なんて乗り越えれば済む話だ。しかし私と日本語の間にあるのは、壁より寧ろ透明な膜のようなものだ。膜は天と地の間に張られているから乗り越えられない。普段は目にも見えないし、感じ取ることもできないから、存在を忘れることもあるが、それは確実にそこにある。時には色を帯びて存在を宜言し、時には硬化して越境を阻む。
    辛うじて膜の向こうに散らばる言葉の宝石を掬い上げたとしても、恰もビニール手袋を嵌めているようで、宝石の手触りを確かめるのがなかなか難しい。
    膜を隔てるメリットもある。その方が日本語を分析的に見ることができる。お蔭で多くの母語話者の盲点に気付くことができ、それが原因で言語的センスが高いとお褒めに与ることもある。
    第一章 声言語を行き来して
    ただ、そうした言語的センスは、物書きにとって寧ろ前提のようなものだ。バスの運転手にとって道路標識を識別する能力が前提であるように。
    だから私は今でも自問自答を繰り返している。こんな私に、日本(語)文学には、どのように貢献できるか、と。残念ながら答えはまだ無い。いつかは出るかどうかも分からない。それにしても私は根拠も無く、言じたい。こんな私でも、こんな私だからこそー自分の意志で日本と日本語を受容し、そして受容された私だからこそー紡げる言葉は、きっとあるはずだ、と。それがどんな種類の言葉なのか、今はまだはっきりしていないが、確実なことはただ一つーー私はこれからも、それらの言葉を探す旅路を続ける、ということである。
    そんなわけで、私は今日も、透明な膜を隔てながら、日本語で世界を描く。

    ※第二言語の処理に脳のリソースが消費されるため、知的レベルが全般的に低下する現象。

    p.20 だろう。
    なんで日本語を習おうと思ったの?
    日本に来てから何度も何度もそう聞かれたが、聞かれるたびに私は首を働げながら悩む。
    就職するためとか、日本のアニメが好きだからとか、そういった分かりやすい動機があればいいのだが、私にはなかったのだ。結果的に日本で就職したし、日本のアニメも確かに好きだけど、どれも日本語を習った結果であって、理由やきっかけではない気がする。
    結局、きっかけは特にないかな、と答えるしかなさそうだ。ある日、一五歳の私に突如降りかかってきた、そうだ、日本語を習ってみよう、というその正体不明な想念がそもそもの始まりだった。もし天啓というものがあれば、まさにそれなのかもしれない。
    とはいえ、天啓だけでは語学学習が十何年も続けられるわけがない。始まりは正体不明な想念であっても、いざ学んでみると日本語の美しさに魅了され、続けずにはいられなくなり、気付い
    たら十何年も経ったのである。

    どこが美しいかって?
    まずは表記面。漢字と仮名が混ざり合字面は、密度が不揃いなゆえにまだら模様のように美しく感じた。例えるならば平仮名の海に漢字の宝石がめられているように、あるいは平仮名の櫛に漢字の花びらが点々と飾り付けられているように。月光が降り注ぐと海がきらきらと輝き出し、風が吹き渡ると花びらがゆらゆらと舞い降りた。
    そして音韻面。日本語の音節は基本的に「開音館」と言って、「子音+母音」の組み合わせである。例えば「こ」なら「k」+「0」、「と」なら「t」+「0」という具合に。他の言語は必ずしもそうではない。「子音+母音」の組み合わせが続くと、機関銃のようにダダダダダッととてもリズミカルに聞こえて、つい声を出して発音したくなるのだ。輝く水面や舞い降りる花びらの後にいきなり機関銃を出してごめんなさい。
    そうして私は初級、中級、上級と、日本語の階段を上っていった。いつしか日本語で独り言を言うようになり、夢の登場人物まで日本語を喋り出した。日本に渡り、日本企業で就職した。あろうことか日本語で小説なんて書こうと思い、それが僥倖にも受賞してしまった。今や日本語は私にとって必要不可々なものになっているのだ。
    何のきっかけもなく、それこそ気まぐれで始めた日本語学習が私の人生を大きく変えたのだ。
    しかし、もし当初は気まぐれではなく明確な目的意識を持って日本語と対峙していたのならば、恐らくここまでは来られなかっただろう。そんな気がしてならない。

    p.75 当然、そんなことを意図できるほど私は器用ではない。あくまで偶然である。
    生と死と言えば、未だ生を知らず、郡んぞ死を知らん、と孔子様は蜜った。死は生よりずっと不可解だという前提に立っての言葉だ。しかし私に言わせれば、二千五百年前ならいざ知らず、現代人である私たちはある意味において、死というものよりも、寧ろ生についての方があまりにも無知ではないだろうか。古今東西、多くの哲学者や文学家が死ぬことについて思索を巡らせ、数え切れないほどの論考や創作を残したが、それと比べ、生まれることについての思索は圧倒的に少ない。科学の進歩によって死の仕組みは概ね解明されており、望みさえすれば、私たちは様々な手段で自らの死を早めたり遅らせたりすることができる。つまりある程度、自らの死を操ることができるのだ。ところが、生まれないという選択はいまだできない。自らの生を操ること
    この世に生まれて
    は不可能だ。死という万人に等しく訪れる結末と比べれば、寧ろ生ー「出生」ーの方が、よほど不可解で、得体の知れないものではないだろうか。
    私たちは自らの出生について、あくまで受動的な立場を強いられる。「出生」を表す言葉は、日本語(生まれる、生を受ける)も英語(tobe born)も受動態を取っているという事実がその
    08=3 4:
    ことを反映している。そこには私たちの自由意志が介在する余地がない。しかし、あくまで受動的に強いられた結果としての「出生」について、私たちは「めでたいこと」として教え込まれる。
    私たちが経験しているあらゆる苦しみの根源は悉く出生という事象に遡るというのに、出生とはめでたく祝福されるべきこと、生とは祝い調歌すべきものだと、人々は口を揃えて言っている。
    それは何故か。長い間私は思い悩み、自分の生まれなかった世界、生を強いられなかった世界に思いを馳せていた。
    出生と比べれば、出産!産む、to bear ーの方がずっと能動的な営為だ。生まれる側よりも、産む側の方がずっと能動性を備え、自由意志を行使する権力を持っている。であるならば、選択権のある側はない側に対して、もっと配慮してしかるべきではないか。生まれる側に対して、この子はあるいは生まれてきたくない可能性もあるかもしれない、などと少しばかり想像力を働かせてもいいのではないだろうか。しかし、多くの人はそこまで考えが及んでいない気がする。
    何故子供を産む/産んだのか、と聞くと、子供が欲しいから、可愛いから、遺伝子を残したいから、血を分けた半身が欲しいから、老後の面倒を見てほしいから、後継ぎが欲しいから、労働力が欲しいから、デキちゃったから、など様々な答えが返ってくるが、いずれも親側の都合であり、そこには一個の独立した命を作り、背負っていくことの重みが感じられなかった。
    インドで、同意なしに自分を産んでしまったとして、男性が親を提訴しようとするニュースを見かけた時、これだ、と思った。その思想の水脈に、長い間私を悩ませてきた問題と相通ずるところがあった。出生を疑問視する思想は古今東西、様々なところでその痕跡や片鱗が散見されるが、それらが一つに合流し、「反出生主義」という名前を得、哲学の一分野として扱われるようになったのはごく最近のことだ。インドの男性は反出生主義の実践者ということになる(ちなみから、血を分けた半身が欲しいから、老後の面倒を見てほしいから、後継ぎが欲しいから、労働力が欲しいから、デキちゃったから、など様々な答えが返ってくるが、いずれも親側の都合であり、そこには一個の独立した命を作り、背負っていくことの重みが感じられなかった。
    インドで、同意なしに自分を産んでしまったとして、男性が親を提訴しようとするニュニュースを見かけた時、これだ、と思った。その思想の水脈に、長い間私を悩ませてきた問題と相通ずるところがあった。出生を疑問視する思想は古今東西、様々なところでその痕跡や片鱗が散見されるぶ、それらが一つに合流し、「反出生主義」という名前を得、哲学の一分野として扱われるようになったのはごく長廷のことだ。インドの男性は反出生主義の実践者ということになる(ちなみに1いじだ食を作り、背負っていくことの重みが感じられなか7
    に記事を読む限り、提訴は本当に賠償が欲しいというより、問題提起の側面の方が大きいらしい。
    男性の両親はどちらも弁護士で、親子は伸が良く、男性の提訴について、母親は「どうすれば生まれる前の息子から同意を得られたのか、合理的な説明ができればこちらも非を認めよう」とお茶目に返したという)。
    死の想念、出産の暴力性、出生の疑問視、反出生主義、そしてインド男性の裁判、これらは全て、「もし生まれてくるかどうかを自分で決められたら」という想像に結び付いた。そしてそれが小説として実った。『生を祝う』という小説で、私は「合意出生」という法制度を仮構し、「子供を産む前に子供の同意を取らなければならない」世界をシミュレーションしてみた。この制度を読者がどう受け止めるのか、とても興味深い。自らの出生に疑問の眼差しを向けた経験がある人には理想の制度に映るかもしれないし、生殖が国家権力によって介入されている反理想無だと思う読者もいるかもしれない。この制度から想起される様々な生命倫理的な問題で頭を抱える人もいれば、そんなことはあり得ない、小説家のくだらない妄想にいちいち付き合っていられない、などと言って一蹴する人もまたいるだろう。いずれにしても、「死ぬ」で始まった私の作第二
    家人生の現在地点にして、死と生を巡る新たなる問いかけ、それが『生を祝う』なのだ。

    p.87 正直、今回のような翻訳の苦労をだれかと分かち合うのはなかなか難しい。ただ、圧倒的な「野生」たるテクストを、体で受け止めて理解し、それに見合う文章をまったく別の広大な言語世界から見つけて拾い出し、当てはめては交換・調整し、結果「ふぞろい」であってもできるだけ綺麗に磨きあげる。・・・読者のみなさんも、どう翻訳したかなどの講釈や言い訳は気にせず、ただこのおもしろい小説を存分に楽しんでいただければ、焼しい。幸い、そん88
    なぶつかり稽古のような翻訳後の疲れは格別である。導」、
    ^んよ.
    この文章を読んで、天野さんは本当に体当たりで、命を削って翻訳をしているのだとよく分かった。実際、『自転車泥棒』のような、作品内の時間が百年にも跨ぐ大作の翻訳は体当たりでなければとてもできない芸当だ。じっくり腰を据えて、一人の作家に、一つの文芸作品に向き合って、受け止めて、言語の移植に全てを捧げようとする、そんな体力と精神力、そして忍耐力は、観光ガイドや社内文書や製品紹介のような産業翻訳ばかり請け負っている私には到底想像がつかないものだ。それと同時に、そのでかい態度とぶっきら棒な物言いの裏に隠れているのは、台湾文学への真の情熱と、それをただただ日本に紹介したい、日本で広めたいという純粋な一途さであることに気付かされた。「台湾カルチャーミーティング」で彼は、講座に参加するのもいいが、まず作品を読むことが大事だ、という主旨のことを度々口にしたのも、その純粋さの現れだろうと今となっては思わずにはいられない。

    p.98 これもまた、一つの啓蒙だ。闇に葬られ、忘れ去られた歴史の地層の上で、新しい人間が生まれ落ち、生きている。蒙とは、隠され、覆われることであり、無知であることだ。無知の人間ほど統治し、支配しやすいものはない。世の中には、多くの不都合な真実を隠そうとする人たちがいる。彼らはありとあらゆる手段で、人々の目を覆おうとし、知を奪おうとする。啓蒙とは即ち、目隠しを外そうとする努力だ。パンドラの箱が病や災いをもたらしたように、啓蒙もまた苦痛を伴う。啓蒙の光は星明かりのようにかで心細く、闇を照らすことはきっとないだろう。それでも、夕闇に浮かぶ一番星を見つけることができれば、次々と現れる星々はやがて星座を結び、道標となってくれるに違いない。

    p.198 たり、「全然酸っぱくないから」と言われて飲んだものが酸っぱくて頼っぺたが萎んで抜け落ちそうになったり、これまでの経験から人間不に198
    なってもおかしくないレベルである。どうやら私にとっての「辛い」「酸っぱい」の境界線は他人とはかなり違うようだ。他人が引いた境界線への盲倍は禁物である。
    日本に来てから、自分は辛いもの/苦いもの/酸っぱいもの/海鮮が食べられないと表明すると、往々にして「台湾ではあまり辛いもの/苦いもの/酸っぱいもの/海鮮を食べないの?」と言われる。十回で九・五回は言われる。耳にタコができそうである。その度に心の中で叫んでいる。「台湾では食べないのではなくて、私が食べないのだ!お願いだから、私を台湾人というカテゴリーとしてではなく、個人として見て!」と。
    もちろん、こう見えても小心者だからこれはあくまで心の叫びであり、よっぽど仲の良い友人でもなければそうは言いづらいのである。しかしそうしたマイクロ・アグレッション(悪意なき、小さな差別)を受ける度に、溜息を吐かずにはいられない。たとえ台湾から日本に渡り、物理的な「国境線」を越えたとしても、人々の心の中にある無形な「国境線」までは越えられていないようだ。
    私は時々不思議に思う。どうやら人々が想像している「国境線」なるものはとても厳然としていて、話す言葉から住む家の様式、慣れている交通手段から物事に対する考え方、政治観価値観
    そして食べるものまでも、その線によって全てが決まるようである。臭豆腐を食べない台湾人だ分かるはずなのに、人々は国境線の向こうにいる他者と対峙するといとも簡単に個体への想像力を失い、ついその線で全てを解釈しようとしがちである。
    歴史を紐解けば、国境線というものはふとした拍子にいとも簡単に移り変わるものであることが分かる。それは決して固定したものではなく、常に変動する可能性を内包していて、場合によっては曖昧性すら帯びるものである。最近小説の取材で、与那国という西国境の島に行ってきたが、この島はまさに好例である。

    p.277 印象に残ったことがある。あるLGBT関連の講演の場で、聴界から「ベドッフィリアやネクロフィリアについてどう思うか」という質問が出た。後日、ある来場者が私に、「あの場であんな質問が出るのは不愉快だった」と言った。私自身はことさら不倫快には思わなかったので、その意見は少し意外だった。多様性を大事にしているはずの場であっても、特定の性のあり方にまつわる質問が出ただけで不愉快と感じる人がいるのだと改めて気付いた。
    ここ数年、日本でも多様性に関する言説が増えつつあるが、一方、もやもやすることも多々ある。前述の経験もそうだし、「障碍や病気も個性だ!」「(文学賞の)ダイバーシティ枠」「(労働力が足りないから)女性も活躍を!」といった言説を見る度に違う種類の違和感を抱く。多様性の理念は、実践面においてしばしば「マジョリティが理解し得るマイノリティのカテゴリーを限定的に拡充し、それらのカテゴリーを受け入れる」という形を取りがちで、根本的な権力構造は揺さぶられていないし、その枠から零れ落ちた人々も依然として安住の地を得られないでいる。
    『正欲』はそんな違和感の数々を形にした小説だ。これは簡単なことではない。多様性をテーマに小説を書こうとすると、下手したら多様性に異を増え、その反対側を選意するかのようなメーセージとして受け取られかねない。「マジョリティもマイノリティも違う辛さを抱えている」「多様性を受け入れない考えもまた多様性だ」みたいな安易な相対化も禁物だ。何故なら、それは現実的にマイノリティを苦しめている様々な差別構造や傷の経験を矮小化・不可視化する危険性を孕んでいるからだ。
    そういう意味で『正欲』はひやひやしながら読んだ。「マイノリティの中のマジョリティ」としてLGBTQを一括りにして言及しながらその生きづらさを深掘りすることなく、いきなり「マイノリティの中のマイノリティ」の設定を持ち出すやり方は、現実を無視した「マイノリティ比べ」に陥る可能性がある。また、「はじめから選択肢奪われる辛さも、選択肢はあるのに選べない辛さも、どっちも別々の辛さだよ」といった台詞は、まさしく安易な相対化そのものだ。
    幸い、前者に関しては小説全体を俯瞰的に眺めると気にならないバランスを保っている。後者に関してもあくまで登場人物の一人の声であり、著者のメッセージとして受け取られないよう工夫がなされている。
    多様性を大事にしようという価値観に対峙した時、いくつかの種類の反応がよく見られる。
    ①我関せず、旧来の価値観に執着し続ける人、②自分に関係がないと思い込んでいるからこそ資容かのように振る舞える人、③多様性を増えながらその真の意味についてく考えることなく、自分の想像力と理解力の外側にある事物を無邪気に基除する人、④多様性の理念に救われながら、自身のマジョリティ性や加害性に無頓着なマイノリティ、⑤多様性という言葉の枠から零れ落ちていると自覚し、更なる疎外を覚えるマイノリティ。
    『正欲』では、どのタイプの人間も登場する。主要な視点人物の五人のうち、息子が不登校になった検察官の寺井啓書は①に、大学で「ダイバーシティフェス」の運営に携わる、男性恐怖症の異性愛者の大学生・神戸八重子は④に、そして「水が噴出する現象」に欲情する「水フェチ」という性的指向を持つ桐生夏月、佐々木街道と諸橋大地は⑤に分類できる。他にも、例えば桐生の両親は②で、神戸の同級生である久留米よし香や先輩の桑原紗矢は@だ。
    ポルノ規制の論理を掘り下げていることや、ホモソーシャルの息苦しさを描いていることなど、この小説の特筆すべき点はいくつもあるが、このように、様々な立ち位置にいて、異なる声を持つ人物が重層的に登場し、それぞれ揺らぎながら結末へ向かっていく様子を丁寧に描いているというのが最大の美点だろう。マイノリティに生まれた圧倒的な理不尽さに対する当事者の痛烈な声が描かれている一方、自らの善意が他者に対してプラスに働くに違いないと肩じ込むマジョリティの無邪気な暴力性も暴かれている。
    疑問に感じたのは「水フェチ」という設定だ。これは読者の想像力の外側を突き、小説に意外性をもたらすために著者が仮構した性的指向だと思われる。性的指向を仮構することは倫理的なリスクを伴うが、ここではそれを問題としない(実在しないとも言い切れない)。問題は、この仮構に関わる物語の展開にやや無理があるという点だ。即ち、①登場人物が抱いている極端な絶感と疎外感と釣り合わないように感じた(「どうせ理解されない」と当事者たちが勝手に思い込んでいるだけのように映る)、②水フェチ的欲求を満たす画像や映像は、それこそネットには無数に落ちているはずで、リスクを冒してまで子供のユーチューバーにリクエストを出したり、自分で動画を撮ったりする必然性があるとは思えなかった、③二十年以上も性的指向を隠してきた人たちが、真昼間の公園をオフ会会場に選ぶ展開にはリアリティがなく、その後の結末もやや強引に感じられた。
    設定や展開に若干疑問がありながら、しかし「多様性」という言葉が日常化するとともに、形骸化・スローガン化しつつもある現代において、この小説は「多様性)の本質を掘り下げ、今一度その真の意味を読者に問いかけ直す貴重な力作だ。




  • エッセイ
    3.5

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著者プロフィール

李琴峰(り・ことみ):1989年、台湾生まれ。作家・日中翻訳者。2013年来日、17年『独り舞』で第60回群像新人文学賞優秀作を受賞し、デビュー。『五つ数えれば三日月が』で第161回芥川賞、第41回野間文芸新人賞候補、『ポラリスが降り注ぐ夜』で第71回芸術選奨新人賞受賞、『彼岸花が咲く島』で第34回三島由紀夫賞候補、第165回芥川賞受賞。他の著書に『星月夜』『生を祝う』『観音様の環』『肉を脱ぐ』がある。

「2024年 『言霊の幸う国で』 で使われていた紹介文から引用しています。」

李琴峰の作品

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