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本 ・本 (576ページ) / ISBN・EAN: 9784152103093
作品紹介・あらすじ
1980年、ミシシッピ州。サルベージダイバーのボビーは深海に沈んだ飛行機に潜るが、それ以降、周囲に不穏な影が見え隠れしはじめる。亡き妹への思いを心の奥底に抱えたまま、彼は広大で無情な世界をさまようが……。アメリカ文学の巨匠が描く喪失と受容の物語
感想・レビュー・書評
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この夏はなかなか読書に集中できない、暑すぎる。
図書館からふーふー抱えてきたコーマック・マッカーシ(1933~2023*アメリカ 全米図書賞、ピュリッツァー賞など)の分厚い本を読みはじめると、あれ? 外は真っ暗、お腹もすいた。いつまでも読み耽っている。あいかわらず細部の描写は惚れぼれするし、クールな筆致はこの季節にありがたい。サスペンス仕立てのストーリーテリングもさすがだ♪
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海中に沈んだ小型飛行機に潜水したサルベージダイバーのボビー・ウェスタン。機内で9名の死者を確認するもブラックボックスがみあたらない。はたして10人目の乗客がいたのか、先に回収した者が? 得体の知れない男たちに尾行されはじめるボビー。そんな彼には初の原爆開発チームに所属していた研究者の父と天才的頭脳をもつ妹がいた。
挫折と逃避行のハードボイルドなボビーを中心に、静寂な妹アリシアの物語が並行していくのは白眉だ。妖精まがいのものがでてくるあたりはかなり饒舌で、道化のような毒舌に苦笑したり、作者の量子力学の披瀝にびっくりした。若くて有望なボビーに物理学研究の道を断念させるあたりは作者の境涯とも重なってリアルだ。言葉になりえないものが行間から霧のように立ちのぼってくるのも幻想的で映画をながめているよう。思索的描写と違和感なく溶けこんでいるのも魅力だ。
一見すると彼の小説は悲観的要素がわりと強くて明るいものではないと思う。作品に通底している世界と人間のつながり……そこに一縷の望みを抱きながら、奈落のような絶望を綯交ぜにしてしまうあたりがひどい(笑)。ギリシャ古典や悲劇のような雰囲気も漂っていて壮大だ。宇宙は人間のすることに何一つ興味はないし、この世は仮の宿りかもしれないが、それでも人はいまここに何かを残そうともがく愛(かな)しい存在かもしれない。でも、記憶バンクをゼロにして破滅していく危うい存在かもしれない。
本作のボビーは、有名な国境三部作『すべての美しい馬』のジョンや『越境』のビリーに、あるいは『ザ・ロード』の父と重なったりする。読んでいるうちにティム・オブライエンやレイモンド・チャンドラー、また村上春樹、ウィリアム・フォークナーあたりも想起させて広がっていく、これこそ読書の醍醐味だ。
で、この小説はこれでは終わらないらしい。だから途中下車したような感覚があるわけで、いくつか残っている重要な伏線がどのように回収されて繋がっていくのか楽しみ。
長編『ステラ・マリス』、ボビーが愛してやまない妹アリシアを舞台にした物語が対になっているらしい。もちろん黒原敏行氏の翻訳で。ちょっぴり悩ましいマッカーシの会話文や地の文も、ときには行もスペースも句読点すら混然一体となった長編を、美しく滑らかに、ちぁんと目的地までとどけてくれる訳者に感謝している♪(2024.8.20)詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
「やれやれ、この日々はどこへ行くんだろう、」
たまらなく美しくて儚くてさびしい。トリニティにおいていくつもの世界線がうまれてしまったみたいに、いくつもの記憶と彼(マッカーシー)じしんの過去を、哲学を、数学を、物理学を、それらの神秘を、通り過ぎてゆく。彼じしんとの対話のように。アリスの世界はあまりにも濃縮されたブラックホールのような宇宙。触れることのできない、思い出たち。「意志と表象としての世界」。認識できないなにものかを、探しつづける人生。ほんとうはわかりたくないのかもしれない。その空無の正体を。
世界を構成している量子的世界にも魅せられる。世界を、村を、ひとを覆った悲劇は、その業の一部なのだろうか。世界のさまざまな見え方を開示してくれ、そうしてどうじに、世界の変容を止めようとしているなにかの気配への恐怖をかんじた。
彼はすべての記憶を留め置くべく、物語のなかにそれらを撚りあわせた一種の壮大な 赦し の詩をえがいた。わたしもまるで、ともに旅、思考の旅をしているようで、ゆったりとした声に耳をかたむけながら秘湯をみつけ、そこにつかっているみたいだった。心地よい。遠くで 世界 がオーロラの輝きのようにうねりはじめたのがみえたとおもった。でも、「語りえぬものについては、沈黙しなければならない」。
テレンス・マリックが映像化したら、果てしもなく美しい映画になりそう(アリスパートはリンチっぽいけれど)。
「すべての世界線は個別のものであり中間休止は底のない空無を渡っていく。どの一歩も死を横切るんだ。」
「しかし怖くてもとにかくやるしかないってこともあると思うんだよ。じっと動かずそれをやらない理由ばかり考えてても仕方がないってことが。」
「きみは余白のどこかに次元を一つ失えば現実を把握する手段をすべて手放すことになると書きつけたよね。失われないのは数学的方法だと。ここには実体の世界から数の世界に通じる道で探査されていないものがあるのかい。」
「悲しみは人生の素材だ。悲しみのない人生なんて人生じゃない。だが後悔は監獄だ。あんたが心の底から価値があると考えているあんたの一部はあんたにはもう見つけられないが絶対に忘れることのない岐れ道に永遠に釘づけになっている。」
「退屈は穏やかな心を持った者たちでさえも彼らが想像もしなかった道に追いやることになる。」
「本当の謎はダーウィンを悩ませた例の問題だ。なぜ人間は生き延びるのに役立つわけでもない難解な事柄を理解するようになったのか。」
「ただ一つの空無があるだけじゃない。聖書で使われる空無という言葉とは違って。空無はただの空無だと思っているだろうかそれは違う。それは続くんだ。」
「人間老いるのはあまりにも早く知恵を得るのはあまりにも遅い。人はこういうところへ来るまでなにもわからねえんだよ。以前道の終わりは道とは無関係かもしれなと言ったよな。たぶん道の終わりはかつてみちがあったことすら知らないだろうと。」
「おれたちが日々を過ごすんじゃないんだ、閣下。日々がおれたちを過ごすんだ。歯車が最後の残酷な一噛みをするまで。」
「人は自ら招いた苦しみをあらゆる手を使って避けようとする。世界はもっと進んで泣く気になるべきだつた人たちでいっぱいだ。」
「自己嫌悪を乗りきる人にはある種の赦しが与えられる」
「われわれの理解の一部は自身を支えられない器に盛られてやってくる可能性がある」
「女性性は男が知っている何よりもはるかに寛容でない命令を符号化する」
「苦しむことは人間に課された条件の一つだから耐えるしかない。しかし惨めになるかどうかは選ぶことができる。」
「すべての現実は喪失の運命にありすべての喪失は永遠だ。そうでないものなど存在しない。おれたちが探求する現実はまずおれたち自身を含んでいるはずだ。そのおれたちとは何者か。十パーセントの生物学的現象と九十パーセントの夜の噂だ。」
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「ステラ・マリス」を読むまで全貌は掴めないが、ただただ世界は孤独で悲しく深淵だ。
そういう世界を最期まで描き続けた、追悼コーマック・マッカーシー。 -
理解が追いつかないのに感情は揺さぶられる。
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2023年に亡くなったコーマック氏の最新刊をやっと読むことができた。彼の作品はすべてを読んではいないけど、なるべく読むように心がけている。常に心にとめている作家が亡くなるのは実に寂しい限りである。
この小説は簡単にはすまない小説である。一言で説明するのはとてもできない。でもなにか他の小説では経験できないことが書かれている。本の最後の、翻訳者がつづった文章の中に、個人と世界の関わりと言ったことが書かれていた。それを読んで腑に落ちた。確かにこの小説の主人公は世界を相手に苦闘している。この作品の対となるのが「ステラ・マリス」である。まずは「ステラ・マリス』を読んで、晩年の彼の作品を味わいたい。
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さすがに達観し過ぎている。
悲しみを癒したり血で洗い流したりせずに、そのまま抱え続けたのはとても良い。
ノー・カントリー・フォー・オールド・メンやブラッド・メリディアン的な物語の盛り上げ方を期待して読むとコーマック・マッカーシーにひょいと避けられる感じ。
誰の手も届かない世界と接続してしまう少女は平原の町を思い出す。
読み終わってからEaglesのDesperadoを聴いた。 -
難解を通り過ぎていた。
サルベージダイバーの主人公は、海中に墜落した旅客機の初動調査に従事し、海中の機内で死体を9体発見するが、ブラックボックスが持ち出された痕跡と、10人目の旅客がいたとしか考えられない状況を確認する。その後、身辺を監視されるようになり、旅客機調査に同行した同僚が海外の現場で事故死するに至っては、この作品は旅客機墜落を巡る陰謀ごとが骨子になり進行するものと考えるよね、ふつうは。
身辺監視から逃れるように、転々とゆかりのある街を訪れては旧友と会い、過去に自殺した妹への偏執的な愛情、原爆開発に携わっていた物理学者であった父との確執が感じられるエピソードが語られる。妹の主観で、彼女自身の妄想のエピソードが本編に挟まれるが、そのすべてが旅客機墜落の陰謀ごととは関係がなく、しかも難解だ。主人公の彼は、今どこにいて何について語っているんだ?と、僕はストーリーを追うことを放棄した。そのままストーリーが感じられないまま物語は終わってしまう。
主人公の語りを借りて、作者コーマック・マッカーシーが哲学しているんだろうが、難解すぎて僕には理解できない。本作は2部作として、作中のエピソードで出てきた妹の視点で『ステラ・マリス』という作品があるが、差し挟まれたエピソードと同様の物語が展開すると思うと、とても手に取る気持ちになれない。
著者プロフィール
コーマック・マッカーシーの作品





