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Amazon.co.jp ・本 (368ページ) / ISBN・EAN: 9784152103437
作品紹介・あらすじ
日本統治下の台湾で弾圧される先住民の青年。日本人に憧れる客家人の写真家。日本人村で育つ警察官の娘、月姫。彼らは何を願い、誰を愛したのか? 時を経て、月姫の娘の無弦琴子は期せずして亡母の足跡をたどる。史実と幻想を織り交ぜて描かれた傑作歴史小説
感想・レビュー・書評
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台湾文学を読んでみようということで調べたところ、早川で台湾文学セレクションなるシリーズが発刊されていたので手に取ってみた。なぜ2からなのかといわれそうだが、1が短編集だったので、せっかくなら読み応えのある長編を読みたいと思ったのが一つ。もう一つは本作が日本占領下の台湾を描いた作品だったこと。前回読んだ佐藤春夫の台湾作品集もまさにその時代だったため、同時代の作品を読みたいと思ったのである。
内容としては親子三代にわたる年代記、と一応言えるのだろうか?とはいえ視点の主となるのは『三代目』に当たる琴子のみ。初代ともいえる綾子はかなりスポット的な登場。そして物語としてのメインになるのは二代目、綾子にとっては子であり、琴子にとっては親である月姫である。彼女は湾生--当時の言葉で台湾生まれの日本人を指す存在であり、日本占領下の台湾に駐在していた日本人警官の夫婦の間に生まれた子供である。
本作は無弦琴子の元に東京駐在事務所の職員と、台湾原住民の一行が訪れるところから始まる。彼らはかつて台湾で過ごしていた琴子の母・月姫を故郷への旅に誘いに来たのだ。日本占領下の当時、移民村に建てられた寺院が復興されたため、その開眼供養式に招待しにきたのである。
しかしその時点で月姫は亡くなっていたため彼らは落胆する。それと同時に彼らは月姫の家族写真を見たいと要求してきた。往時の台湾、特に移民村の写真は貴重な写真であるため拝見したいとのことだった。台湾原住民は文字を持たない民族ではあるが当然生活と歴史があり、それらを史料としてまとめている最中だという。すぐに写真を出せなかった琴子は彼らと再会を約して解散した。そして琴子は二十数年前、台湾と日本が国交を断絶した直後に訪れた母の故郷・花蓮の様子を回想しはじめた……というのが冒頭あらすじ。
話しはその後も複雑に時系列が絡みあう。「現在の無弦琴子」はWearing Propaganda展の出展品の選定に携わる中で、戦時中に作られた多数の戦意高揚のための着物の図柄を見て衝撃を受ける。また「二十数年前に花蓮を訪れた無弦琴子」は、母・月姫の話とあまりにも違う――母の記憶が複数の矛盾を持つことを除いても、あまりにも変わり果てている様子を見て衝撃を受ける。そのほかにも「月姫の父(琴子からは祖父)である横山新蔵から見た当時の台湾と原住民」や「台湾人でありながら日本人に憧れを抱く写真家・范姜義明の経歴と月姫への恋慕」など複数の視点が設定され、それらが複合的に組み合わさることで小説全体で往時の台湾の姿を浮かび上がらせていく構造になっている。
また、それらの中にもう一つ軸としてあるのが「月姫とタロコ族、ハロク・バヤンの恋」だろう。征服者と植民地現地人の恋が歓迎されるかどうか…というのは容易に想像がつくはずだ。それを象徴するかのように、彼らの恋が成就したのか(要するに琴子の父はハロク・バヤンなのか?)ははっきりと書かれず、歴史の闇に埋もれてしまったかのように曖昧な描写だけを提示されて終わる。
上記のように本作はこれら複数の視点が入れ替わり立ち代わり展開され、複合的な視点から「日本による台湾の占領」という問題を浮かび上がらせている。日本の占領によって先祖伝来の土地を勝手に開墾され、従来の生活様式を解体され、否応なく変容を余儀なくさせられた原住民の悲哀。容赦なく植民地を征服しながらもその暴力性にある種無自覚なまま突き進み、「大東亜共栄圏」と「戦争の大義」を掲げる日本。本作ではそれらの無情さが緻密な描写で描かれる。「山菜はよくアク抜きして手なずけられねばならぬ」などの描写はド直球の原住民への征服意識の暗喩だし、「原住民が日本人の白い肌に焦がれ自分の肌の黒さを嫌悪する」描写などもあまりにも筆致が鋭すぎてむごい。原住民の生活を賞賛し「君たちはそのままでいい」などと言っていたはずの日本人の植物学者がその実原住民たちの殖産化のためのスパイ活動をしていたこと、あげく原住民の女と恋仲だったくせに「台湾の原住民は行動がトロ臭くて駄目だ」などと差別意識丸出しで一方的に別れを告げたこと、それら全てに対して「彼女はあなたのために足を怪我して動きが遅くなってしまったのに」とすら伝えることのできない台湾人の写真家。日本人の望むような、「野蛮で未開の原住民」像として一方的に切り取られ、絵葉書として売られた写真の数々。そういった帝国主義的思想が庶民にまで浸透し、最終的には戦争へと結実したことを示すかのような、戦争賛美で作られた沢山の着物や帯の数々。本作はあまりにも多数の精緻な描写、暗喩から直接的な解説までの全てを使って、往時の台湾の受けた傷を抉り出している。日本人の私としては耳が痛くなるような話も多く、全体的に読んでいて衝撃的な内容だった。
で。内容としては上記の通り大変興味深く面白かったのだが。肝心の小説としての造りはどうかというと、正直かなり読みにくかった。時制や視点といった小説のお決まりというのか、作法というのが、その辺がわりとぐちゃぐちゃなのだ。そのせいで「今読んでいるのは一体いつの誰の視点で、この感想は誰のものだ?」というのが分からず混乱する。複数の視点が入り乱れる構成が余計にそれに拍車をかけていて読みにくいことこの上ない。
例えば琴子が二十年前に花蓮を訪れた時の回想で始まる章があったとする。成程この章は琴子の視点で進んでいくんだな、と思っていたら文末に突如「月姫は常にそう語っていた」などと現れ、今までの描写は全て月姫の回想だったことが発覚する。あれ最初は琴子の視点で物事を考えていたような、と思わず頁を遡り、恐らくこの辺からは月姫の回想を元にした描写だったんだ…と理解する。とりあえずそのまま読み進めると、今度は全く別人の横山新蔵の語りが始まる。と思えばまた月姫の感想が挟まる。
……といった具合で、主観の視点がコロコロ入れ替わり、しかもその入れ替わりが明白に区別されていないのだ。時制の中で全く別の時制が始まったと思えばそれは別に回想でもなんでもなかったり、突然神視点で用語の解説が始まったなと思ったらいつのまにかそれが人の語りに移行していたりと、結構「小説の技法」という点ではぐちゃぐちゃだと感じてしまった。私が本文を読めてないだけだろうか?
一応本作は三人称視点小説で、いわゆる「神視点」の物語なので、視点が途中で移り変わるのも小説の技法としては全く問題ない。ないが、「その視点が今どこの誰か」の提示が下手だ、と感じてしまう。そのせいでなかなか物語に入っていけない。常に「この時の時制は誰のもので、この人は今何をしている状態か」を注意しながら読まなければならず、読書中なのに他ごとに脳のリソースを取られているような感覚があった。この視点の問題が終盤に近付くと突然ものすごく綺麗に整理されるのも奇妙だった。最後の方はやたら視点の切り分けが綺麗で読みやすく、「逆になんで中盤はあんなぐちゃぐちゃだったんだ?」と疑問にも感じてしまった。
また、描写についても少し勿体ないなと感じるところが多かった。それこそ視点の問題とも重なるのだが、全部説明してくれるのだ。例えば月姫は原住民のハロク・バヤンとの恋物語を「あくまで自分の友人の真子さんの話」というテイで娘に語り聞かせるのだが、その話しぶりには随分矛盾と粗がある。同じ洋裁の学校に通った友人という割にはその時代に月姫はその場所に行けたはずが無い。またそもそも月姫が話すときには明らかに「自分の体験」として語っている口調になる。読者はこれらの理由を通して「台湾と日本の関係や、自分が親に拠ってその人と引き離されたトラウマから、『あくまで友人の話』として分離しないと話せなかったんだな」というのを察するのだが、これが作中で明言されちゃうのである。突如として月姫の視点になったかと思えば「彼女は真子としてこの体験を分離させなければいけなかった」と全て説明口調で解説してしまい、正直小説としての余韻もへったくれもなかった。「ハロクと月姫の恋路」については特にこの作品のキモと言える部分と思われ、なぜそこを小説らしく余韻を残して書かずに置いておいてくれなかったのか?と思わざるを得ない。
またそれ以外にもあまりにも作中に注釈が多い。※印で文末に解説が…というのではなく、作中にめちゃくちゃ豆知識みたいな感じで解説が入るのだ。当時の習俗、原住民の文化、日本の所業……とにかく沢山、作者が調べたことは全部入れるとでも言えそうな勢いですべてが解説される。申し訳ないがこれいるか?と思ってしまった。
勿論私としても往時の知識を知れることは大変面白いのだが、あまりにも解説や小話じみた挿入が多くて小説の筋が散漫に感じられるのだ。正直言ってしまうとここまで解説を盛り込みたかったなら小説じゃなくていいだろ、というのが出てきてしまった。
台湾と日本の関係性の悲哀を書く、という作品の趣旨は痛いほどわかるし、だからこそ勿体ないと感じてしまう。資料本ではなく小説なのだから、話の筋としての面白さを通したうえで、必要な注釈を添えて欲しかった、というのが本音になる。台湾と日本の関係性を克明に描いているからこそ、そしてこれを小説として成立させているからこそ、惜しいなと感じてしまう。
知らなかった台湾への知見を深められ、また当時の日本が起こした行いへの反省の気持ちともう二度とこんなことを起こさせたくないという気持ちを(最近の情勢も踏まえ)再認識できて非常に読む価値のある本だったと感じる。感じるが、それはそれとして小説としてはあまり価値を感じられなかった。というのが私の率直な感想になった。また他の台湾文学も引き続き読んでいきたい。 -
日本統治時代の台湾が舞台。
一見恋愛ものの体を取っているが、描きたかったのは日本がどのように台湾統治をし、原住民がそれをどう見ていたか。という点に尽きる。
霧社事件、少数民族と日本人の関わりなど、様々な登場人物の立場から多角的に描かれていて、それはとても興味深く読めた。
ただ、その一つ一つ伝えたいエピソードのために、たくさんの登場人物を出しているように感じてしまった。登場人物はたくさん出てくるし、主人公と言える人もいるけど、何か距離があるし、特にヒロインといえる人物の心情が、描かれているようで伝わってこない。全部説明文で進行していく。
台湾の歴史や少数民族に興味がある人で、とは言え文献を読むのはハードルが高い、という人に入口として読むにはちょうど良いと思うけど、物語として読もうとすると退屈に感じてしまうかも。 -
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