紙の動物園 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

制作 : 古沢嘉通 
  • 早川書房
3.93
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  • (18)
  • (5)
本棚登録 : 1239
感想 : 147
  • Amazon.co.jp ・本 (413ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784153350205

作品紹介・あらすじ

〈ヒューゴー賞/ネビュラ賞/世界幻想文学大賞受賞〉母さんがぼくにつくる折り紙は、みな命を持って動いていた……。史上初の三冠を受賞した表題作など全15篇を収録した、日本オリジナル短篇集

感想・レビュー・書評

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  • 散々話題になって、2010年代SFのベスト10にも選ばれて、ようやく読んだケン・リュウの『紙の動物園』
    確かに面白いのだけど、それ以上にSFというジャンルに吹いた新しい風というか、雰囲気を感じる短編集だったように思います。

    表題作の「紙の動物園」は特に傑作だと評判は高かった気がしますが、本当に評判に違わない傑作!
    アメリカ人の父と中国人の母を持つ息子が主人公。折り紙の動物に命を吹き込むことが出来る母。しかし息子は成長するに従い、中国人の母に反発を覚えるようになり……

    国籍や言語の違い、文化の違い、それは親子ですらも遠い距離にしてしまいます。そして母からの手紙で明かされる、語られることのなかった母の人生と息子への想い。

    過酷で孤独だった彼女の人生。そして見つけた居場所。一方でどれだけ愛が深くても埋めることのできない、我が子との距離。

    どこかメルヘンチックな紙の動物たち。それはおもちゃで自分だけの世界を作っていた子どものころを思い出させるような気がします。
    そして母への反発と紙の動物からの卒業。作中では人種や言語、文化の違いからこの反発の端を発していますが、この反発心やおもちゃからの卒業も、子どもだった人の多くが思い当たりそう。

    そして、離れて失われてから分かる母の存在と愛情の大きさ。それでも決して時間は戻ることは無く……。

    SFであったり、幻想であったり、海外が舞台であったり、異文化がキーワードになったり、歴史的な事件も織り込まれたりするのですが、それ以上に「紙の動物園」という作品は、どこにでもある普通の母子の物語でもあった気がします。

    郷愁や思い出、母に対する決まり悪さ、そして母の愛と想い。あらゆる人が共感できそうな感情と過去をゆっくりとなでおこすような、そんな感覚を読み終えた時に思いました。
    この切なさであったり、あるいは郷愁であったりは、ジャンルに縛られずあらゆる人に届くのではないか、とも思います。

    もう一つ強く印象的だったのは「文字占い師」
    台湾に引っ越してきたリリー。しかし父の仕事のため、台湾の米軍学校の同級生から距離を置かれてしまう。そんなリリーがある日出会った一人の少年と、彼を育てるおじいさん。
    そのおじいさんは、自分は文字占い師だと話し、リリーが何気なく選んだ単語から、リリーの現在を言い当てて見せると言う。

    リリーが選んだのは『秋』という単語。それに対し文字占い師の甘(カン)は、秋の漢字の成り立ちを説明した後、その下に心を書き加え『愁』という字に書き換えます。
    そして「愁」には愁いや悲しみの意味があることを語り、リリーの孤独を言い当てます。そうしてリリーは、どんどん二人との距離を詰めていきますが……。

    この文字占い師の甘の語りは、本当に魔術のよう。漢字の意味や成り立ちを説明していく中で、徐々に話は甘の人生、そして中国や台湾の歴史や国家の話へ形を変えていきます。
    そしてそれは、国家や歴史、政治や思惑に振り回されてきた個人の悲劇と、それでも前を向こうとする人々の強さまでも表現しようとするのです。

    しかし、やがて訪れる登場人物たちへの過酷な運命は、国家の矛盾と、国家に繋がれた個人の哀しさを浮き彫りにします。最後に残る切なさや寂しさが、印象に強く残りました。

    「結縄」のアイディアは、この短編集でも随一の面白さだったなあ。縄で文字を伝える少数民族。その少数民族の元を訪れる研究者ト・ムの目的が明らかになったときは、アイディアの面白さに脱帽しました。

    そしてアイディアの面白さで話を終わらせず、そこから科学や時代の波に飲み込まれる、少数民族の哀切を浮かび上がらせるのもすごい。

    アイディアでいうと「選抜宇宙種族の本づくり習性」はまさにセンス・オブ・ワンダーという言葉が当てはまります。
    様々な異星人、さらにはロボットのような種族までが、地球人からすると本とは思えない、それでも「本」としか言いようのないものを作っていく様子をただ解説する話。

    想像力がかなり必要とされますが、これだけのことを文章に起こせるのがまずすごい。そして、ラスト一行は本好きにはある意味力強く響くかも。

    他に印象的だった短編を簡単に。

    「もののあはれ」の主人公は宇宙船の乗組員の日本人。
    東日本大震災の時に、物資の配給にちゃんと列を作って受け取る日本人の姿が世界から賞賛されましたが、ケン・リュウもそんなふうに日本を良く思ってくれているのか、とも感じる短編。

    ひねくれてる自分は、列を作るのは外国の人が思ってるような、崇高なものが理由でもない、と思ってしまうのですが、それでも作品の穏やかな語り口と、深遠なテーマは、日本という国や文化を誇らしく思わせてくれます。

    「太平洋横断海底トンネル小史」
    上海からシアトルまでをつなぐ巨大な海底トンネルの建設に、現場で携わった男の話。
    国家の巨大事業として派手に進められた建設の裏で、地上で暮らす家族とは疎遠になり、地上に戻れなくなった男。やがて時代が進むに従い、産業の高度化や仕事の危険さ、人件費の高騰で工事の担い手が少なくなり国が取った選択と、男が取った行動は……

    繁栄する世界の裏で、忘れられ語られることもなくなってしまった悲劇と罪。そして取り残された者の哀切が印象的。


    「どこかまったく別の場所でトナカイの大群が」
    安全な空間で暮らすレネイと、宇宙飛行士として飛び立とうとするその母。そしてレネイが初めて外の世界へ飛び出したときのワクワク感。
    一方で外の世界を知ってしまった娘に対しての父の思いであったりと、冒険心と親の切なさが感じられる作品。

    不老不死がテーマの「円狐」
    生と死、様々な人や家族との出会いと別れから導き出される、人生の真理。静かに穏やかにたおやかに閉じられる物語の終わりが、また情緒深い。

    妖狐の娘と妖怪退治師の男を描く「良い狩りを」も独特のSF。
    文明や科学の発達により居場所を失っていく妖弧と妖怪退治師。本来相対するはずの二人が、そんな時代の波に飲まれつつも、その時代の中を必死に生き抜き、そして流れゆく時代に対し、最後に示す気高い姿と、未来への希望が心に残ります。


    最後に収録されていた「良い狩りを」の影響もあるのか、『紙の動物園』に収録されている短編の持つ雰囲気は、ジブリ映画の『平成狸合戦ぽんぽこ』と似たものがあるように思います。

    都市開発により、住処である里山を奪われそうになった『ぽんぽこ』の中の狸たち。彼らは妖術を使って開発を中止させようとしますが、それも徐々に限界を見せ始め……

    失われたもの、戻らないものへの郷愁。科学や文明の発達に取り残されたり、あるいは翻弄される人々。国家や時代のうねり、科学技術の波に飲まれ、表舞台からひっそりと消えたマイノリティや弱者たち。

    『紙の動物園』で描かれた登場人物たちの姿が、人間や文明の発達の前に、故郷を失い姿を消した『ぽんぽこ』の狸たちと、どこか似ているような気がします。

    そしてもう一点、『紙の動物園』と『ぽんぽこ』に共通しているように感じたのは、そうした弱者であったり、表に出なかった声を掬い上げようとするどこか優しい視点。

    人間たちへの反抗への一方で、狸たちの生活や個性、そして自然を生き生きと描いた『ぽんぽこ』
    穏やかな語り口と静かな抒情で、登場人物たちを見つめる『紙の動物園』の短編たち。

    時代や歴史の流れ、あるいは技術の発展に伴い失われゆくものや、表にでなかったもの、変わってしまうもの……。そして、そんな中でも最後まで変わらないもの。
    そうしたものたちへの愛惜であったり、優しい視点が根底にあるように感じました。

    そしてこの視点こそが『紙の動物園』が、ベストSFに名を連ねた理由だと自分は思います。
    今まで読んできたSFも、こうした話はあったような気はします。でもその視点はどちらかというとシリアスというか、ブラックというか。
    進みすぎた技術や、強大な国家への警鐘、あるいは皮肉が印象に残るものが多かったです。

    一方でこの『紙の動物園』はそれ以上に、そうしたテーマに押し流される人たちの声を、静かに、そしてたおやかに掬い上げようとしていることが印象的でした。
    そうした視点が、この感想の最初に書いた「SFの新しい風や雰囲気を感じた」理由だとも思います。

    こういう視点って人柄もそうですが、著者のケン・リュウの出自もやはり関係しているのかもしれません。
    歴史的な事件や政治的な事柄に対し、自国民に自由に語ることを許さない中国。その裏にはたくさんの声なき声が渦巻き、そして聞かれることのないまま、時代の中に消えていった声もたくさんあると思います。

    幼少期をその中国で過ごし、その後アメリカに移住したケン・リュウ。海外から見た故国の矛盾と、その一方で子ども時代や、中国文化への郷愁。
    そうしたものが合わさってこうした独特ながらも味わい深く、そして世界の壁を越えて愛される短編たちが生まれたのではないか、とも想像してしまいます。

    以前『折りたたみ北京』という中国SFのアンソロジーの感想でも書いたのですが、中国SFの作中で描かれるキーワードやガジェットは確かに目新しくて面白いです。

    でも作品の根底にあるものであったり、人間に対する視点というものは、やはり普遍的なもののような気がします。

    一方で、中国という出自やキーワード、ガジェットがあるからこそ、その普遍的なものがより鋭く、あるいは味わい深く描かれているところもあって、だからこそ中国SFが熱い! という熱が生まれたのだとも思います。

    でも〈中国〉や〈SF〉はあくまでキーワードであり、設定でしかありません。それを存分に生かした物語と、その根底にある優しい視点。それこそがこの『紙の動物園』の最大の魅力だと思うのです。

  • 紙の動物園:折紙で動物を作ってくれた優しい母。成長した主人公は中国人の母を避けるようになる。母の死後虎の折り紙に母の思いが託されていた。泣ける話。
    円弧:不老不死の話。
    良い狩りを:妖怪退治と妖狐の話が機械仕掛けの展開に。

  • 各所で評判になっていた中国系移民のアメリカ人による抒情的SF短編集。
    とにかくめちゃくちゃ面白かった。  
    歴史や運命に翻弄される主人公たち(多くの物語にお
    いてそれは、異郷、異文化の中で孤独に生きる東アジア人)の姿に、
    作者の東アジア人としてのアイデンティティ(西洋文明への強い疑問)を重ね合わせているのだろう。
    いかにも日本的な職業観や死生観を持つ日本人宇宙船乗組員の最後の一日を描いた「もののあはれ」には、強い共感を覚える読者も多いはず。
    台湾二・二八事件など悲惨な史実を基にした物語も
    とても読みごたえがある。

  • 最初は図書館で借りたのだけど、冒頭2作を読んで自分で買った。若い頃にディックを読んだ時のような衝撃。
    最近の科学技術を基にしたSFを舞台に、アジア的思想を反映した寂寥感のある物語。
    私の中の「特別本棚」に久々に入った一冊。無人島に1冊だけ持っていくとしたらこれを持っていく。

  • SF的な発想より、中国や日本の容赦ない描き方にこころを揺さぶられた。

  • めちゃくちゃ面白い……なんでもっと早く読まなかったんだ〜〜!!!!どの作品が好きか選ぶの悩むな〜〜……表題作も大好きだし、「月へ」「結縄」「文字占い師」もショックを受けたけどそれがまたすごいなと思ったし、「円弧」とか「愛のアルゴリズム」みたいな、技術の発展ゆえの悲しさみたいなものを描く設定大好きだし、「1ビットのエラー」とか「良い狩りを」とか美しすぎるし……「選抜宇宙種族の本づくり習性」とか「心智五行」とかは最初ついていけないかな?って思ったらどんどん引き込まれてしまったし……どれも選び難いけどこの本でのマイベストはやっぱり表題作の「紙の動物園」かなと思います。あんまりSF読んでないからというのもあるけど、こんなSFあるんだ!と感動してしまった。

    生まれた国からの移動や、文化への興味や、職業の経験や頭の良さや、すべてが豊かに活かされているというか………プログラマーと弁護士の経験を活かすSF作家って要素盛りすぎだと思うのに活きてるんだよな〜〜………
    SFって無機質なイメージがあって、クールな選ばれし人たちが「これがいいんだよ!」と熱狂しているように思っていました笑、が、なんていうか、良い意味で普通の物語のひとつなんだなと思って。人間臭い物語もあるんだなあと。

    あとは、世界すべてがSF的世界にすっかり染まり、新旧の技術を持った異なる存在の断絶ではなく、同じ世界に進んだ技術があり、それを選ぶ人も選べない人も、なんなら選びたくても選べない人もいて、さらには同じ登場人物でも時によって考えや選ぶことが変わったりする描写がとても上手くて、そういう時代は実はもう来てるんだろうなと、そのある意味でのリアルさにも舌を巻いてしまいました。

    他の作品も読みたい!し、ケン・リュウさんは英語圏の作家さんと言えるんだろうけど、その生い立ちや他を絡めたあとがきのおかげもあって、非英語圏の海外作品も読みたいな!あとは単純にSFもっと読みたいな!と思える作品でした。めちゃくちゃ良かった!!!!

  •  アメリカで育った中国人作家による、15編のSFを収めた短編集。
     『もののあはれ』は以前、別のアンソロジーで読んだことがあったが、これほどまでさまざまな良質な作品を書いているとは知らなかったので、個人的には収穫だった。

     作者の生い立ちや経歴を反映していると思われる、人種や国籍、政治的な考え、生と死、機械と人間などさまざまな対立や”はざま”で生じる葛藤を描いているかと思えば、原子レベルから宇宙レベルまでアイデアが縦横無尽に広がっており、現代SFとしては珍しく読みやすく楽しめた。
     面白いだけでなく、作品のそこかしこにマイノリティや被迫害者の悲しさが漂っており、読み終わったあと静謐な余韻にひたることもしばしばだった。

  • 評判通り!いいですねえ、ケン・リュウ。バラエティに富んだ短篇集で、それぞれ趣向が違い、そのどれにも細やかな情感が流れていて、胸にしみる。一篇一篇ゆっくり堪能した。

    中国文化が色濃く出ている作品がいくつもあり、これはとても意外だった。同じ中国系のテッド・チャンなどはほとんどそういう傾向がないが、チャンは移民二世でアメリカ生まれ、ケン・リュウは十一歳まで中国で育ったと知り、なるほどその違いは大きいだろうと納得。チャンのおそろしく洗練された作品世界とはまた違うが、この著者もまた明晰で知的なスタイルを持っていて、すごく好みだ。

    その中国風味だが、さすがに「本場もの」は説得力が違う。欧米の作家がアジアンテイストを取り入れると、往々にして単なるエキゾチシズムのふりかけにしかならなかったりするが、ここではしっかりとした世界観と結びついている。紙の動物が命を吹き込まれたり、妖狐が狩りをしたり、漢字で未来を占ったり……、長い長い歴史を持つ文化のありようが、容赦なく押し寄せる近代化という名の欧米化に踏みにじられていく。これはSF(もしくはファンタジー)の形を借りた哀切な挽歌のように思える。

    表題作には不覚にも涙が出た。フィクションに泣かされるなど、ほとんど記憶にない。さして目新しい話というわけではなく、こう来るであろうと身構えていたのに、である。ここに込められた真情に胸を貫かれた。訳者の古沢氏が書いているとおり、冒頭の本作を気に入った人はケン・リュウのファンになるに違いない。

    地球を脱出する宇宙船に乗り込んだ日本人の少年を語り手とする「もののあはれ」、縄を結んで物事を記録するミャンマーの結縄師を描く「結縄」、遠い異星を舞台に東洋医学を登場させた「心智五行」、このあたりに著者の特色がよく出ているように思った。

    中国風味抜きの作品としては、不死がテーマである「円弧」や、人間の精神というものを問う「愛のアルゴリズム」などがおもしろかった。そして、もっとも読後感が重く、忘れがたい余韻を残すのが「文字占い師」。長く伏せられていた台湾の歴史的事件が題材となっており、登場人物の運命はあまりにも過酷だ。こういう問題を扱っているところに、「歴史のなかの自分」という存在を真摯に考えていこうとする著者の姿勢を感じる。著者は中国にも多くのファンを持つが、本作をはじめいくつかの作品は中国語に訳されていないそうで、これはまあそうだろうなとは思うが、とても不幸なことだ。

    と、ほめちぎって終わりたいところだが、一つだけ。最後の一篇「良い狩りを」。訳者の古沢氏は「一番気に入っている」そうだが、え~ほんと? (一部の)ファンを喜ばせたという最後の「転調」に私はコケた。これはないわー。そこまでのいい気持ちがちょっと冷めちゃったじゃないか。これが最後でなけりゃもっと良かったのになあ。

  • とても面白かった。東洋の世界観が見事に反映されたSFで、このレベルの作品はなかなか出るものではないと思う。織り込まれている歴史背景や人種観のメッセージ性が深く、SFの枠を飛び越えて面白いと思う。 テッド・チャンの『あなたの人生の物語』のなかでも「地獄とは神の不在なり」が好きだったので、「1ビットのエラー」を読んでピンときた。一番お気に入りの短編は「良い狩りを」で、訳者さんがトリに持ってきただけあるなと思った。訳者あとがきを読めば、この短編集への愛が感じられる。

  • アメリカにおいては評価されにくいと聞く短篇を主体とするからか、本国では単独著作は未刊行。翻訳によって外国で作品集が刊行される珍しい作家である。これも訳者によって編まれた日本独自のオリジナル短篇集。表題作「紙の動物園」は20ページたらずの短篇だが、史上初のヒューゴー賞、ネビュラ賞、世界幻想文学大賞の三冠に輝く。ただ、この一篇を取り出して読ませたら、これがSFだと思う読者はいないだろう。

    「ぼく」は、コネチカットに住む中国系アメリカ人。自分につきまとう弱みの出所である中国人の母を憾みに思い、あるときから口を利かなくなった。母の死後、小さい頃母が作ってくれた折り紙の虎の裏に書かれた手紙を見つける。そこには自分の知ろうとしなかった母の数奇な人生が書かれていた。後悔の涙と母への愛が、一度は死んだ魔法を蘇らせる。この作品に幻想文学の要素を探すとすれば、母が折り、その息を吹き込んだ折り紙の動物は、吼えることや走ることはおろか、翼あるものは空を飛ぶことさえできるところ。

    貧しい農家の娘が唯一授かったのは、古くから村に伝わる折り紙に命を吹き込む魔法だ。清明節の日に祖先にメッセージを伝えるための工夫であり技術である。日本の陰陽師が使う式神を思わせる、いかにも東洋的な呪術が、伝承遊びである折り紙と結び付けられることで、母と子を結ぶよすがとなる。この折り紙のモチーフが効いている。クリスマス・ギフトの包装紙で折られた老虎(ラオフー)に赤い棒飴と緑のツリーの模様がついているところや紙の水牛が醤油皿で水遊びをしたために毛細管現象で脚がだめになってしまうところなど、ほのかなユーモアが湛えられ心和む。

    紙は水や火に弱い。破れてしまえばゴミ扱いされる。そんなはかないものにしか自分の愛を託せない持たざる者として運命づけられた母の悲しみ。その一方で、どこにでもある紙を折るだけで、そこに命を宿らせることのできる魔法のような手わざがあり、紙であればこそ、文字を書くこと、つまり自分の思いを相手に伝えることができる、という秘密がある。ここに覇権大国アメリカに移住した中国人という出自を持つ小説家の自負が現われていると見てもあながち牽強付会のそしりは受けないだろう。

    ロケットや宇宙船といったいかにもSFらしいガジェットを用いた作品ももちろん多く収められている。古典的なSFを思わせる王道をゆくスタイルはSF好きにはたまらないのだろうが、永遠の若さや不死、過去の地球人対未来の人間を主題にした作品などにはいささか図式的とも思える二項対立的思考がうかがわれる。現実にある着想からヒントを得たアイデア・ストーリーは独創的なひらめきを感じさせるが、特にSF好きでもない読者としては、アジア系作家としての独特の持ち味を生かした作品の方に興味を引かれた。

    ミャンマーの奥地で麻縄を結ぶことで文字に代える結縄文字文化を残すナン族の最後の一人ソエ=ボと複雑なタンパク質の折りたたみ技術を探すプラント・ハンター、ト・ムとの出会いをもとに、バイオパイラシー問題を描いた「結縄」。ソエ=ボの手を使うリテラシー能力をコンピュータに取り込むという発想の新鮮さに驚いたが、無邪気なプラント・ハンターと思われたト・ムがソエ=ボに対してみせる態度のなかにグローバル資本が山間の地に残る米作りまで搾取してしまうあくどいやり方が露わな結末には後味の苦さが残る。

    同じアジアにある日本においても詳らかではない中国、台湾といった隣国の歴史に材を採った作品には教えられることが多かった。所謂「ありえたかも知れない世界」を扱った「太平洋横断海底トンネル小史」も読ませるが、台湾を舞台にした「文字占い師」が心に残った。アメリカ情報部に属する父に従って台湾の学校に転校してきた少女が新しい土地になじめないなか老人と少年に出会い友人となる。老人は文字占い師であり、いくつかの漢字を使って少女の未来を占ってみせる。次第に親しくなってゆく三人だったが、少女が父に漏らした一言が悲劇を招きよせる。日本や中国共産党といった大きな力に飲み込まれ、翻弄される「このうえなく美しい」島フォルモサ(台湾の旧称)の歴史を背景に、水牛がゆったりと泥田の中を歩む湿潤なアジア的風土のなかで成長してゆく少女の姿を追った佳篇。SFという枠を外しても、充分読者を獲得できる作家ではないだろうか。

    長篇に手を染めたと解説にあるが、広くアジアをカバーして、西洋的な視点一辺倒でない小説が書ける才能の持ち主である。未訳の作品も残されているし、これから書かれる作品も楽しみである。訳者には是非オリジナル邦訳短篇集の続篇を期待したい。

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