紙の動物園 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

制作 : 古沢嘉通  古沢嘉通  牧野千穂 
  • 早川書房
3.88
  • (68)
  • (102)
  • (49)
  • (17)
  • (5)
本棚登録 : 920
レビュー : 120
  • Amazon.co.jp ・本 (413ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784153350205

作品紹介・あらすじ

〈ヒューゴー賞/ネビュラ賞/世界幻想文学大賞受賞〉母さんがぼくにつくる折り紙は、みな命を持って動いていた……。史上初の三冠を受賞した表題作など全15篇を収録した、日本オリジナル短篇集

感想・レビュー・書評

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  • 評判通り!いいですねえ、ケン・リュウ。バラエティに富んだ短篇集で、それぞれ趣向が違い、そのどれにも細やかな情感が流れていて、胸にしみる。一篇一篇ゆっくり堪能した。

    中国文化が色濃く出ている作品がいくつもあり、これはとても意外だった。同じ中国系のテッド・チャンなどはほとんどそういう傾向がないが、チャンは移民二世でアメリカ生まれ、ケン・リュウは十一歳まで中国で育ったと知り、なるほどその違いは大きいだろうと納得。チャンのおそろしく洗練された作品世界とはまた違うが、この著者もまた明晰で知的なスタイルを持っていて、すごく好みだ。

    その中国風味だが、さすがに「本場もの」は説得力が違う。欧米の作家がアジアンテイストを取り入れると、往々にして単なるエキゾチシズムのふりかけにしかならなかったりするが、ここではしっかりとした世界観と結びついている。紙の動物が命を吹き込まれたり、妖狐が狩りをしたり、漢字で未来を占ったり……、長い長い歴史を持つ文化のありようが、容赦なく押し寄せる近代化という名の欧米化に踏みにじられていく。これはSF(もしくはファンタジー)の形を借りた哀切な挽歌のように思える。

    表題作には不覚にも涙が出た。フィクションに泣かされるなど、ほとんど記憶にない。さして目新しい話というわけではなく、こう来るであろうと身構えていたのに、である。ここに込められた真情に胸を貫かれた。訳者の古沢氏が書いているとおり、冒頭の本作を気に入った人はケン・リュウのファンになるに違いない。

    地球を脱出する宇宙船に乗り込んだ日本人の少年を語り手とする「もののあはれ」、縄を結んで物事を記録するミャンマーの結縄師を描く「結縄」、遠い異星を舞台に東洋医学を登場させた「心智五行」、このあたりに著者の特色がよく出ているように思った。

    中国風味抜きの作品としては、不死がテーマである「円弧」や、人間の精神というものを問う「愛のアルゴリズム」などがおもしろかった。そして、もっとも読後感が重く、忘れがたい余韻を残すのが「文字占い師」。長く伏せられていた台湾の歴史的事件が題材となっており、登場人物の運命はあまりにも過酷だ。こういう問題を扱っているところに、「歴史のなかの自分」という存在を真摯に考えていこうとする著者の姿勢を感じる。著者は中国にも多くのファンを持つが、本作をはじめいくつかの作品は中国語に訳されていないそうで、これはまあそうだろうなとは思うが、とても不幸なことだ。

    と、ほめちぎって終わりたいところだが、一つだけ。最後の一篇「良い狩りを」。訳者の古沢氏は「一番気に入っている」そうだが、え~ほんと? (一部の)ファンを喜ばせたという最後の「転調」に私はコケた。これはないわー。そこまでのいい気持ちがちょっと冷めちゃったじゃないか。これが最後でなけりゃもっと良かったのになあ。

  • 文字の後ろに背後霊のように立っている私たちは文字の背中を見て育つ。そこにそれぞれの物語を見出す。ジャンルはSFではあるが、人生の物語が書物の形を纏っているに過ぎない。骨が皮膚を纏っているように。文字や言葉遊び的な側面の面白さも充分に堪能でき、物語の力と同時に文字そのものの力が全身を覆う。血肉や細胞の隅々まで浸透する瞬間もあるけれど、骨に直接刷り込まれ、刻み込まれていくような感覚に近い。
    死んだ後に焼かれ、灰や焼け残った骨片の中にも文字は刻まれ、それらはきっと誰かに読み継がれるだろう。
    誰もが自分の書物となる。

  •  アメリカで育った中国人作家による、15編のSFを収めた短編集。
     『もののあはれ』は以前、別のアンソロジーで読んだことがあったが、これほどまでさまざまな良質な作品を書いているとは知らなかったので、個人的には収穫だった。

     作者の生い立ちや経歴を反映していると思われる、人種や国籍、政治的な考え、生と死、機械と人間などさまざまな対立や”はざま”で生じる葛藤を描いているかと思えば、原子レベルから宇宙レベルまでアイデアが縦横無尽に広がっており、現代SFとしては珍しく読みやすく楽しめた。
     面白いだけでなく、作品のそこかしこにマイノリティや被迫害者の悲しさが漂っており、読み終わったあと静謐な余韻にひたることもしばしばだった。

  • アメリカにおいては評価されにくいと聞く短篇を主体とするからか、本国では単独著作は未刊行。翻訳によって外国で作品集が刊行される珍しい作家である。これも訳者によって編まれた日本独自のオリジナル短篇集。表題作「紙の動物園」は20ページたらずの短篇だが、史上初のヒューゴー賞、ネビュラ賞、世界幻想文学大賞の三冠に輝く。ただ、この一篇を取り出して読ませたら、これがSFだと思う読者はいないだろう。

    「ぼく」は、コネチカットに住む中国系アメリカ人。自分につきまとう弱みの出所である中国人の母を憾みに思い、あるときから口を利かなくなった。母の死後、小さい頃母が作ってくれた折り紙の虎の裏に書かれた手紙を見つける。そこには自分の知ろうとしなかった母の数奇な人生が書かれていた。後悔の涙と母への愛が、一度は死んだ魔法を蘇らせる。この作品に幻想文学の要素を探すとすれば、母が折り、その息を吹き込んだ折り紙の動物は、吼えることや走ることはおろか、翼あるものは空を飛ぶことさえできるところ。

    貧しい農家の娘が唯一授かったのは、古くから村に伝わる折り紙に命を吹き込む魔法だ。清明節の日に祖先にメッセージを伝えるための工夫であり技術である。日本の陰陽師が使う式神を思わせる、いかにも東洋的な呪術が、伝承遊びである折り紙と結び付けられることで、母と子を結ぶよすがとなる。この折り紙のモチーフが効いている。クリスマス・ギフトの包装紙で折られた老虎(ラオフー)に赤い棒飴と緑のツリーの模様がついているところや紙の水牛が醤油皿で水遊びをしたために毛細管現象で脚がだめになってしまうところなど、ほのかなユーモアが湛えられ心和む。

    紙は水や火に弱い。破れてしまえばゴミ扱いされる。そんなはかないものにしか自分の愛を託せない持たざる者として運命づけられた母の悲しみ。その一方で、どこにでもある紙を折るだけで、そこに命を宿らせることのできる魔法のような手わざがあり、紙であればこそ、文字を書くこと、つまり自分の思いを相手に伝えることができる、という秘密がある。ここに覇権大国アメリカに移住した中国人という出自を持つ小説家の自負が現われていると見てもあながち牽強付会のそしりは受けないだろう。

    ロケットや宇宙船といったいかにもSFらしいガジェットを用いた作品ももちろん多く収められている。古典的なSFを思わせる王道をゆくスタイルはSF好きにはたまらないのだろうが、永遠の若さや不死、過去の地球人対未来の人間を主題にした作品などにはいささか図式的とも思える二項対立的思考がうかがわれる。現実にある着想からヒントを得たアイデア・ストーリーは独創的なひらめきを感じさせるが、特にSF好きでもない読者としては、アジア系作家としての独特の持ち味を生かした作品の方に興味を引かれた。

    ミャンマーの奥地で麻縄を結ぶことで文字に代える結縄文字文化を残すナン族の最後の一人ソエ=ボと複雑なタンパク質の折りたたみ技術を探すプラント・ハンター、ト・ムとの出会いをもとに、バイオパイラシー問題を描いた「結縄」。ソエ=ボの手を使うリテラシー能力をコンピュータに取り込むという発想の新鮮さに驚いたが、無邪気なプラント・ハンターと思われたト・ムがソエ=ボに対してみせる態度のなかにグローバル資本が山間の地に残る米作りまで搾取してしまうあくどいやり方が露わな結末には後味の苦さが残る。

    同じアジアにある日本においても詳らかではない中国、台湾といった隣国の歴史に材を採った作品には教えられることが多かった。所謂「ありえたかも知れない世界」を扱った「太平洋横断海底トンネル小史」も読ませるが、台湾を舞台にした「文字占い師」が心に残った。アメリカ情報部に属する父に従って台湾の学校に転校してきた少女が新しい土地になじめないなか老人と少年に出会い友人となる。老人は文字占い師であり、いくつかの漢字を使って少女の未来を占ってみせる。次第に親しくなってゆく三人だったが、少女が父に漏らした一言が悲劇を招きよせる。日本や中国共産党といった大きな力に飲み込まれ、翻弄される「このうえなく美しい」島フォルモサ(台湾の旧称)の歴史を背景に、水牛がゆったりと泥田の中を歩む湿潤なアジア的風土のなかで成長してゆく少女の姿を追った佳篇。SFという枠を外しても、充分読者を獲得できる作家ではないだろうか。

    長篇に手を染めたと解説にあるが、広くアジアをカバーして、西洋的な視点一辺倒でない小説が書ける才能の持ち主である。未訳の作品も残されているし、これから書かれる作品も楽しみである。訳者には是非オリジナル邦訳短篇集の続篇を期待したい。

  • 面白かった。東洋のテイストだからだろうか、派手な起伏はないものの、じっくり味わえる物語。それにしても英文からここまで翻訳された訳者の技量に驚嘆。

  • 散々話題になっていたSFをようやく読みました。ふだんSFをそれほど読んでいないのですが、読むと面白いのですね。それはアイデアが開花する瞬間を目の当たりにする面白さとでも言いましょうか。そしてこの短編集でもその面白さを思う存分堪能したのです。
    ひとつのアイデアから広がる世界。動き出す折り紙の動物、結び目を文字とする民族、未開の星へ辿り着いた人物の変化、不死を手に入れた者の想い、感情のアルゴリズム、文字占い、などなど。それらのアイデアが物語を展開させる時の軌跡の美しさと哀しさ。
    いわゆるハッピーエンドの作品が少ないにも関わらず読後感が悪くならないのは、その軌跡の素晴らしさを見せられたから。種が芽吹き花を咲かす様子を堪能したから。物語作家としての力を見せつけられました。
    これはSFに対して苦手意識を持つ人にも勧められる作品でしょう。物語に耽溺する悦びに満ちた作品集です。

  •  15編からなる短編集。
     何気なく入った初めての書店のレジ横に積んであり、何気なく買ってしまった一冊。
     そういう本との巡り合わせっていうのもあるのだな、とちょっとした運命を感じたりする。
     僕にとってここ数年で読んだ本の中でもベストの一冊。
     SFらしからぬ作品も収録されているが、むしろ本書をSFという狭いジャンルに縛り付けてしまうべきではない、と思う。
     決してSFというジャンルを下に見ているのではなく、特定のジャンルという括りを大きくはみ出した面白さがあるからそう思うのだ。
     勿論、飛びぬけたアイディアによるSFもあれば、SFを背景としたいわゆるヒューマン・ドラマもある。
     中国系アメリカ人というスタンスから生まれた、アジアの悲劇的な歴史をテーマにしたとても重い作品もあれば、生と死にSF的な要素を見事に絡ませた哲学的な作品もある。
     表題作「紙の動物園」は物悲しく、胸が締め付けられそうになる話だし、「文字占い師」は本当に重く重く心にのしかかってくる話になっている。
    「もののあわれ」は日本が舞台になっており、日本のコミック「ヨコハマ買い出し紀行」にインスパイアされた作品とのこと。
     プラスティネーションに関するグロい表現や、拷問に関する目を背けたくなるような悲惨な表現もあるので、その手が苦手な人にとっては少々要注意かも知れない。
     後味の悪い作品も多いが、どの作品も読み終った後に何かしら考え込まずにはいられない何かを残してくれる。
     全70編の中から日本独自に15編を選択した短編集とのこと。
     できればその70編全てを読んでみたいと強く思う。

  • 一昨年の本かな? SF関連の賞3部門制覇という大話題作だったそうで、表題作だけ読んでみる。

    SFというよりは童話っぽい?あるいはファンタジー?
    平易な軽い和める読み物。
    中国系家庭の独特の雰囲気・文化が醸す作品のトーンがエキゾチックで魅力的だったんだろうなぁという気がする。
    中国語力を活かして、英語文学と中国語文学をつなぐ作品も多いそうで、なるほどなぁと思う。

  • 先月にテッド・チャンを読んで非常によかったのだが、他に邦訳がないので、同系列のケン・リュウを読んでみた。
    中国系の登場人物や舞台、文化をベースにしていて、他に読んだことがないテイストのSF短編集。
    SFというよりファンタジーかというのもある。
    一部、難しくてよくわからない話もあるが、総じておもしろい、というか凄い。お薦め。

    以下は読書メモ:

    紙の動物園
    紙で動物を折ると動きだす。壮絶な過去を持つ母親と、その息子の話。母が死んでから知る深い愛情が切ない。

    もののあはれ
    地球に小惑星が衝突するため一部の人が地球を脱出した。十数年航行して宇宙船に致命的なトラブル発生。唯一の日本人乗組員が数日がかりの修理に出るが…

    月へ
    法律事務所に勤めるサリーは難民を助けようとするが裏切られる。

    結縄
    縄を結ぶことで読み書きする部族。それを新薬開発に応用しようという企業。

    太平洋横断海底トンネル小史
    歴史が違って昭和の初めに太平洋横断海底トンネルが作られた。その掘削に従事するある人の話。陸の上にはもう住めない。

    潮汐
    月が地球に迫り、満ち潮で海面が上昇していく世界。

    センバツ宇宙種族の本づくり習性
    宇宙人の記録方法を何種族か説明。

    心智五行
    トラブルである惑星へ1人たどり着く。
    そこにいた異星人と交流していく。
    人類は病気を引き起こすバクテリアのない世界にいたが、その星は地球人が大昔に移住したらしく昔の地球のような生活をしていた。

    どこかまったく別な場所でトナカイの大群が
    人間が電子化した世界では何次元もの空間に生きている。母は最後の実態がある世代。

    円弧(アーク)
    人間の死体を残す仕事。
    不老不死が実現しつつある世界。
    最後の子供は最初の子の100年後。


    地球から400年、何世代にも渡る旅に出る宇宙船。途中で地球から連絡があり、不老不死の方法が見つかる。
    目的の惑星に着いたら、機械のような異星人?に迎えられるが、それは…

    1ビットのエラー
    著者付記によると、この話には三つの着想の源があり、そのひとつがテッドチャンの「地獄とは神の不在なり」。なるほど、天使降臨が出てくる。
    それにしても、ここまでで一番わからない短編だ。

    愛のアルゴリズム
    これも難しくてよくわからなかった。
    テッドチャンの「ゼロで割る」からの着想だそうだ。
    機械仕掛けの人形 鬱病

    文字占い師
    選んだ文字(漢字)から、その人を読み解く。その術を持った爺さんには、戦争の悲惨ね経験があった。
    拷問シーンが出てきて読むのが気持ち悪くなる悲惨な展開となる。

    良い狩りを
    妖狐の母娘と、妖怪退治をする父息子の、香港の話。
    イギリスから蒸気機関車などが入り世の中が都会化して、妖狐の娘は魔力が落ち、狐の姿に戻れなくなる。息子は妖怪がいくなって仕事がなくなり、街に出て技術を身につける。
    最後はまさかのサイボーグ…

  • ケン・リュウの評判は聞いていたが、この短編集良いぞ。
    表題作を読んで「これのどこがSF?ファンタジーやん」と思ったのはともかくとして(笑、ミニマル小説の一つの完成形ではないだろうかと思う。そぎ落とすべきとこを、そぎ落とし、引き算で作り上げた小説。澄み切った出汁の味わいのような余韻が素晴らしい。

    その他の作品には、そこまでの引き算感はないものの、想像力と感受性をグイグイ刺激してくるインパクトの強さ、これぞ短編小説の醍醐味という感じの作品が多い。

    東洋人であることが、小説の中に表にも裏にもしみだしてきており、日本人も儒教や仏教や道教の影響を受けているんだなぁと、こんな俺でも思えてしまえるのだから、欧米や中国で絶賛される理由も分かるような気がする。新感覚のオリテントっぽさやねんなぁ。

    中共批判が交じると、中国では翻訳出版されないらしい。そういう政治背景は残念だが、その手の作品も政治色よりは人間のあさましさや哀しさを描いていて、(少なくとも表面上は)なんでも読める日本にいて良かったと思う。

    ケン・リュウ、他の作品も追いかけてみよう。

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