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本 ・本 (368ページ) / ISBN・EAN: 9784153350441
作品紹介・あらすじ
近未来アメリカ、すべての女性は一日100語以上喋ることを禁じられた。その中で怒りを抱えながら夫と子供たちと暮らす認知言語学者のジーンの生活に、ある日転機が訪れる。声を、愛を、創造を奪われた女たちを描く、いまこの時代に読むべきディストピア物語。
感想・レビュー・書評
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いやー面白かった。すごく読み応えのある作品だった。
女性だけが1日100語という発話の制限が課せられる。聖書の歪んだ解釈による蛮行。途中まではこの世界観の理不尽なミソジニーさが苛立たしくて仕方がなかった。著者の、現実の女性蔑視・不平等への怒りがそのまま伝わってくるような文章。
どうして数千年も前に書かれた文章を元に、その後人類が血にまみれた歴史の果てに獲得した人権というかけがえのないものを踏み躙ることができるんだろう?不思議でしょうがない。
ホモソーシャルでミソジニーでホモフォビアでレイシストの白人男性による白人男性のための白人男性の国、アメリカ。半世紀前から拡大した貧富の格差を女性や黒人や移民のせいにして自分達のグレートな国を取り戻したい白人男性が支配する病んだ国、アメリカ。
しかしここに描かれている内容を完全にフィクションと笑い飛ばすことはできない。彼の国では最近、女性の中絶は違憲であるという最高裁判決が出た。レイプや近親相姦などによる妊娠の例外も認めず違法、という州法が成立している州もある。キリスト教の古い信仰が篤い州だ。そしてこんな判決を出した保守派の判事達を最高裁に送り込んだのはこの作品の大統領のモデルになったと思われる、あの前大統領だ。現実とフィクションがどちらがよりディストピアを作り出せるか、チキンレースをしているように見える。
終盤は少し失速した様に思えるのが少し残念。クライマックスまでの盛り上がりに比して、結末が尻切れ感が拭えない。場面描写も少しアンダスタンダビリティに欠けるところがあった。
しかしこれがデビュー長編なのは恐るべし。次回作に期待大。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
ディストピア小説の多くは、おおよそ近未来を舞台に「すでに成り立ってしまっている」架空の国家や社会が描かれることがポピュラーですが、この『声の物語』では、何と現代のアメリカで、超保守政党が政権を掌握したことで(執筆&刊行当時の、かの大統領政権よりもはるかに!)悪夢的な管理社会が立ち上がっていき、じわじわと人びとの暮らしや価値観が変質していくさまが、かつて認知言語学者だったマクレラン家の妻にして三児の母親である、ジーンの目線から語られます。
先導的な牧師であるカール・コービンが唱える思想「ピュア・ムーブメント」。キリスト教原理主義的で女性蔑視を正当化するその思想は、バイブル・ベルトと呼ばれるアメリカ中西部から南東部を中心として、徐々にアメリカ全体へ広がっていき、推し進められる政策とともに強制力を持つようになっていった。やがて、すべての女性は手首に「ワードカウンター」と呼ばれる、一日に百語以上のワードを発すると強い電流が流れるブレスレットを取りつけられることで、言葉を使う自由を取り上げられ、意見を言うことはおろか、そもそも読み書きすら教えられず、学問や仕事、参政の自由までも奪われて、家庭に押し込められることを強いられていく。
ジーンはこの暗鬱な状況が成立するまで、友人から幾度も抵抗や運動への参加を誘われても、すげなく断ってきた過去を悔いながら、変わってしまった生活を淡々と過ごしていた。すでに長男は「女にある仕事をさせて、男にほかの仕事をさせるほうが生物学的に理にかなっている」と、悪びれもせず言い放つほどに「ピュア」の思想に毒されていて、最も幼いソニアはカウンターのせいで、その日学校であったことを母に話すこともできないでいる。心には不満や澱が積み重なっていくも、そんな状況に何の批判的態度や気遣いの言葉も表さない夫へのイライラもまた、ただただ募るばかり。
そんなある日、ジーンのもとを突然、大統領の側近たちが訪れた。彼らはジーンに、大統領の兄が事故で脳に損傷を負ってしまったことを告げ、そしてその兄を治療するための研究チームに参加してほしいと、ある条件と引き換えに持ちかける――損傷部である「ウェルニッケ野」と呼ばれる言語機能を司る部位について、ジーンはまさにその治療研究の第一人者だった。
治療法確立までに与えられるタイトな条件と期限、日々差別的思想と発言を強めていく息子、娘のソニアを守るための葛藤、頼りない夫に冷えていく心、不倫相手だった研究者との再会、レジスタンスの存在、そしてプロジェクトの裏に仄見える不穏な動き……と、さまざまな障害や信じがたい出来事に阻まれ、心にも体にもダメージを受けながらもジーンが立ち向かわざるを得ない戦いは、ひたすらに不利で過酷なもの。けれども、だからこそ描かれる寓話的社会のありようが、決していまわれわれの目前で進行しつつある変化や状況と彼岸の火事ではない、ということを強く実感させられます(特にジーンが、とある黒人女性と交わす会話で示唆されるさらに恐るべき未来のくだりは、何度読んでも鳥肌が立ちます)。
後半に入ると展開する、ひたすら針に糸を通していくような研究プロジェクトの顛末、そしてスリリングな脱出劇まで――何度もガツンと殴られて胃や臓腑をかき回されるような嫌悪感を覚えながら、薄氷の上を歩くような息が詰まる思いで胸苦しくなりつつも、一度読み始めたら止まらなくなること必至の、いま読まれてほしい作品だと思います。 -
2020-10-09
こんなに恐ろしい事態はありえない、というかもしれない。
だが、ありえないことが起こるのが現実。フィクションはいつも坑道のカナリアを担って来たのだ。
物語的には、後半ちょっとご都合主義な部分が、目につく。ま、それが救いなのかもだが。 -
【選挙とSFサスペンス】
この本に描かれたディストピア。技術的には可能だし、かの国の潮流的にはありえそうだと感じてしまったのは自分だけでしょうか。
《声の物語 クリスティーナ・ダルチャー著》
舞台は近未来のアメリカ。泡沫候補と思われた人物が大統領に就任。ある政策がとられた。その政策とは、女性の言語を強制的に制限するといったもの。アメリカで生活するすべての女性に、100語以上喋ると強力な電流が流れるブレスレットが装着される。『あらゆる男の頭はキリスト。あらゆる女の頭は男である』、『男が働き、女は慎ましく家を守るもの』。聖書にともにあった古き良き生活に戻ろうではないかという思想のもと、政策は実行される。主人公は失語症の研究をしていた学者の女性ジーン。あるとき、事故で脳に損傷を負い、失語症になってしまった大統領の兄の治療をジーンは依頼される。そして、治療の見返りにある条件を提示されるのだが…。
女性の一日発語量は約1万6千語とされるなかで100語の制限。
LGBT、不倫(女性のみ)、未成年の不純異性交遊(女性のみ)は異端とされ、強制収容所へとおくられる。
息苦しくて陰鬱な怖さを感じました。
ところどころで頭に浮かぶ既視感が、その怖さを倍増させます。
作中、主人公ジーンの『わたしは彼に投票しなかった。そもそも投票に行かなかった。わたしにとっては今度の試験の方が大切だったのだ。そして、わたしたちにとって、その日が終わりの始まりになった』といった回想が深い。
ひとりの声の影響なんてたかが知れているのかもしれないけれど、やはり『投票』という声は放棄してはならないと思いました。 -
近未来のアメリカ。
サム・マイヤーズ大統領のブレーンであるカール・コービン牧師の進める「ピュア・ムーヴメント」によって、アメリカの昔ながらの良き家庭、良き男女を取り戻すため、女性は発言を1日百語までに制限され、あらゆる社会進出の場を奪われてしまい、更に発言した語数をカウントする腕輪をはめられ、語数がオーバーすると電気ショックを受ける。
そういう変化は徐々に起こり、アメリカを席巻していった。
ジーン・マクラレンも優れた認知言語学者だった。人の脳のウェルニッケ野という言語を理解する部分の研究をしていたが、今は主婦として腕にカウンターを付け暮らさざるを得なくなっている。
そんなとき、突然、ピュア・ムーブメントの指導者カール・コービンがジーンを訪ねて自宅にやって来る。大統領の兄がスキー事故で怪我をし、ウェルニッケ野が損傷を受け、言葉を話せなくなってしまっていた。その治療を彼女に依頼してきたのだ・・・。
いわゆる悪夢の未来、ディストピアを描いた小説。極端な世界を描いているように見えるが、性による差別、性的指向に対する差別が法として、あるときは信仰として認められ、実際に行われていたのは架空ではなく、ほんの少し前の過去の事実だ。
それを近未来のアメリカの姿として、キリスト教の後ろ盾を得た大統領の政策として行われているものとして描くのは決して荒唐無稽な話ではない。
主人公のジーンは、かつての恋人や、研究者仲間、そして地下抵抗勢力の人々とも出会いながら、この軛から抜け出すべく奮闘している。それを読みながら応援したくなるのは尤もだが、一方で焦燥感のような焦り、この姿はいつか遠くない、自分たちの姿なのではないかという気持ちにさせられるのはなぜだろうか。 -
アメリカの女性だけ、発音する単語数が100語/日に限定されるというディストピアSF。その世界は聖書の文書をそのまま再現しようとしているので、同性愛者は矯正され、中絶は厳禁。男女の教育は別々で教わる内容も異なる。発音する単語数を限定するツールはSF的なものだが、中絶=違法、という州の法律が通ったりしている現代からこの本の世界観まではあと一歩しかない。また、教育によってそのツールがなくなったとしても、女の子が話そうとしなくなっている、という描写もとてもリアルだなと感じた。
一方で、チームで開発している薬と”毒”の設定にはかなり無理がある。薬の方の構造が分かったからといって、その逆の効果を持つような分子はそんなに急に合成できません…いや、未来ではできるようになっているということなのか…?
主人公の夫が意外といい味出しているのに注目。 -
ディストピアが始まる数十年前からその予兆があり、それを敏感に嗅ぎ取ってデモなどの行動を取り、主人公にもアクションをするよう勧めていた親友。そんな彼女を鼻で笑って相手にせず、選挙にすら行かなかった当時の主人公。何度も当時の親友を思い出し、後悔の念に駆られる現在の主人公の描写を読むと、月並みな意見だが政治に関心を寄せ、せめて選挙くらいは必ず行かなくてはと身が引き締まる。それにしても、主人公の夫が可愛そうでならないと思ったのは私だけではあるまい…笑
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これをディストピアと片付けられない恐怖。
おもしろすぎる。