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Amazon.co.jp ・本 (200ページ) / ISBN・EAN: 9784153400436
作品紹介・あらすじ
日本特有の習俗である「立ち読み」。一体いつ、どこで始まったのか? その歴史を丹念に辿ると、江戸から明治にかけての「書物の近代化」、そして「読者」の誕生が見えてくる! 国立国会図書館でレファレンス担当を15年務めた著者がその技術を尽くした野心作
みんなの感想まとめ
日本独自の文化である「立ち読み」の起源や変遷を詳細に探求した作品であり、江戸から明治にかけての書物の近代化と庶民の読書文化の形成が描かれています。著者は国立国会図書館での豊富な経験を活かし、立ち読みの...
感想・レビュー・書評
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日本特有の習俗「立ち読み」はいつ、どこで生まれ、庶民の読書文化を形作ってきたのかを解き明かす本。研究の王道ではなかった「立ち読み」という習俗の調査は、「立ち読み」を取り扱った書籍も少なく、著者も大変に苦労したであろう。結論はある程度は述べられているものの、「立ち読みの歴史」としては物足らなく、全体的にモヤがかった印象。
「立ち読み」は江戸時代、絵草紙屋における浮世絵の「立ち見」に前史を持つ。絵草紙屋の店舗構造は明治20年代、雑誌屋に持ち越されたが、その頃のニューコンテンツである雑誌が「立ち読み」された。書店に縁の薄かった庶民は雑誌によって書店内に引き込まれ、店側も商売戦略として「立ち読み」を黙認するようになった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
立ち読みという言葉の起源から江戸時代、明治時代の本屋文化の変遷を豊富な図版や写真とともに丁寧に描き出す。ニッチなテーマながら、詳細な資料に基づく調査が為されている。本屋の歴史とその背後にある人々の営みに深く引き込まれる一冊であり読むほどに興味が広がる。
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三宅香帆さんがPage Turnersで紹介していて気になって図書館で借りてみたら面白かった!
メモを取りたいところが多すぎて、メモばかりとっていたらなかなか読み進められずやっと読み終わった。
立ち読みの歴史を語る時、リテラシーとしての識字率が前提になる。
読み書きができなければそもそも本を読めない。
都市部で読み書きできる人が増えて来て、ようやく立ち読みの歴史を紐解く調査がスタート。
立ち読みするためには開架式になったタイミング(江戸時代は閉架式で座売りだった)、開架式になるには平置きからタテ置きするために和本(和装本)から洋本(洋装本)となり、さらに背表紙がつかなければならい…など、江戸から明治、大正にかけてどのタイミングで立ち読みがスタートするのか、近代読書史・書籍流通史、出版社や書店の社史まで使って紐解くところがすごかった。
江戸時代の本の種類や、そもそも雑誌は本屋で売られていなかったという歴史など、現代には残っておらず、本の流通の大きな変化は知らないことばかりだった。
大火や震災、戦争によって消えてしまった様々な歴史や事実を作者が様々な文献や資料、図版から掘り起こしていくのに大変苦労していたところも本文中に正直に書かれていた。
調査の過程は国立国会図書館で15年にわたるレファレンス業務の経験が活かされていた。
巻末の図版出典や、もっと読書史を読みたい読者への推薦図書リストなどを見るとよく分かる。
読書史の推薦図書もかなり読んでみたい本ばかりでした。
丹念な調査から掘り起こした立ち読みの歴史、そして立ち読みがどう変化していこうとしているのか、ぜひ読んでみてほしい。 -
「調べる技術」の著者がその技術を使って立ち読みの歴史を調べた本。
いかにも新書らしい本。 -
読書史や出版史の話はついつい手に取ってしまう。
「立ち読み」が読書文化を形作ってきたという視点が新鮮。「立ち読みの歴史」の背景を読み解きながら日本の読書史・書店史・出版史・雑誌史にも触れ興味深かった。 -
書店でも気にはなったけど、書評で繰り返し目にするにつけ、やはり読んでみることに。”調べる技術”著者の作品、ってのも大きい。見返りを求める新書読みには合わないかもだけど、いわゆるエンタメノンフ的にかなり高品質。立ち読みの歴史って、言ってみればトリビア的なものかもしれないけど、例えば識字率の変遷だったり、あるいは本を扱うビジネスの来し方だったり、そのあたりも垣間見えて興味深い。自分事として思いを致した場合、確かにかつて、コミック単行本を普通に立ち読みできた時代があったよなぁ…って懐かしく思い出される。
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立ち読みのために必要な書店の形式とは?というところから始まる。昔の本屋の形式では立ち読みは出来なかった、ではいつ頃から立ち読みは可能になったのか?サザエさんでは立ち読みをしているところをはたきで追い払われるという描写がある。そこから店側と客側が立ち読みにたいして絶妙なバランスを取っていたことを読み解いていくしかし実店舗の重要性も分かるが、絶版で手に入らない重要文献のことを考えると、買わない本屋という選択肢ができてもいいよなと思ってる。紙の本にしか知識は宿っていないのか?
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携帯がこの世になかった頃、よく駅などで友達と待ち合わせていた。
私は基本的に遅刻魔なので、ひどい時には私にだけ少し早めの時間が指定されたりしていた。
していたのだが。
何かのタイミングで、早く着きすぎてしまうことが20回に1回くらいあった。
「待ち合わせまで30分もあるなぁ…本屋さんで時間つぶすかな」
書店での時間潰し。
それは、大遅刻フラグであった。
本を読み耽って時間を忘れ、ふつうに遅刻するよりもっと遅刻する、というパターン。
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「立ち読みの歴史」?なんか面白そう!と手に取って読んでみたのだが。
これはガチである。
そもそも、書物が本という体裁をとり、客が手に取れるよう店頭に並べられており、さらに不特定多数の客たちが文字を読める、といった条件が揃わないと「立ち読み」という現象は成立しない。印刷技術も必須である。
本書では、国立国会図書館でレファレンスの仕事をされていた「情報探しのプロ」である著者が、そのスキルを駆使して「立ち読み」がいつ、どこで、どのようにして生じるようになったのかを追う、ある種のビブリオミステリー()である。
「立ち読み」という現象は日本特有のものである、という言説もあったらしいがその真偽を含めて、タイトル通り「立ち読みの歴史」がたくさんの資料をもとに紐解かれるのはエキサイティングな経験だ。
庶民の識字率が上がった(と言っても都市部だけであったらしい)時代。それでも、当時の書物は時代劇で見る呉服屋さんのように"履き物を脱いで上がり、出された本を眺めるというスタイルだったそうで、なるほどそれでは立ち読みの生じようがない。蔦屋重三郎の話とかもちょっと出てくるよ。
書店が今のように本を陳列しだしたのは、西洋型の装丁がなされるようになってから(ハードカバーで背表紙がちゃんとついてるってことね)とか、百貨店が商品を店内に陳列するようになったのと同時代、とか、とにかく面白い話がいっぱい。
本好きにも歴史好きにもお勧めの一冊。著者はさすが本のプロで、文章もとても読みやすくてストレスなく読めた。
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今や待ち合わせも自分たちのペースでできるようになり、携帯もあるし、昔のように書店で夢中になって遅れるなんてことはすっかりなくなったのだけど、あの頃がちょっと懐かしいなぁ…なんて、思わなくもない(迷惑)。
当時の友人たちにお詫びしたいが、待ち合わせの時間潰しに書店に入ってはいけないと私が自覚したのは実に社会に出てからのことだったので許して欲しい。 -
著者は国会図書館で15年間レファレンスを担当した“調べ物のプロ”だ 。そのテクを一般向けに開陳した『調べる技術』は3万部超えのベストセラーになった。
本書はその姉妹編・実践編で、著者のテクを《自分が調べたいことに使った成果》(「まえがき」)である。
私は著者の『調べる技術』と続編『もっと調べる技術』を、ライター仕事の調べ物に役立つTips集――つまり実用書として愛読している。
それに対して、本書はまったく「実用的」ではないし、テーマはトリヴィアルだが、それでも楽しく読めた。
近代日本で「立ち読み」がどのように始まり、どう広まっていったのかを調べ上げてまとめた、類書も先行研究もない本だ。
立ち読みが《日本特有の習俗》であること、《日本最初の立ち読みは、もともと店舗構造が「開架」だった雑誌屋で明治二〇年代に発生したこと》(126p)など、目からウロコの知見が随所にある。
本屋ならぬ「雑誌屋」は、いまはもう存在しない業態だが、それが日本独自の読書文化の成立に大きく関わっていたのだ。
そして、丹念に辿られる「立ち読みの歴史」の背後には、日本の読書史・書店史・出版史・雑誌史が浮かび上がる。
巻末のブックガイド「もっと読書史を読みたいあなたに」も、詳細で有益だ。
著者の『調べる技術』がベストセラーになった余波で出た本だろうが、もう1つ、三宅香帆の『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』が時ならぬ大ベストセラーとなったことも、刊行の背景要因かもしれない。
というのも、あの本の前半は風変わりな近代読書史でもあったから、「いまは読書史がキテる!」と編集サイドが読んだのではないかと思うのだ。 -
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構成が残念だった
冒頭に年表があって、そこと対応する流れで各章を設けた方がわかりやすかったと思われる -
SNS(bsky)で新刊情報みて興味を持ったので入手。
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<目次>
第0章 立ち読みは日本だけ?! ~「出版七つの大罪」の筆頭
第1章 江戸時代の読書~立ち読み前史
第2章 立ち読みが成立する条件
第3章 大正七年、宮武外骨の証言
第4章 書店でない「雑誌屋」
第5章 「立ち読み」の意味を整理する
第6章 「立ち読み」という言葉はいつからあったのか
第7章 江戸の「立ち読み」から「立ち読み」の発生まで~立ち読み通史1
第8章 書店が「開架」したいきさつ~立ち読み通史2
第9章 「雑誌の時代」とその終わり~立ち読み通史3
第10章 「立ち読み」に似て非なるもの
<内容>
もとは「近代出版研究」に連載したもの。日本読書史なのだが、「立ち読み」にスポットをあてたのが秀逸。江戸時代はみな”音読”していたので、立ち読みは成り立ち得ないとか、雑誌が流行して「立ち読み」が始まった(書店側も雑誌は立ち読みOKだった)とか、『調べる技術』の著者ならではの、技術実践編となっている。また海外には「立ち読み文化」はないらしい。 -
「調べる技術」の小林昌樹氏による立ち読みの歴史についての本。 「近代出版研究」の創刊号に掲載された論文をもとに書き下ろされたもので、出版史の中では軽視されてきた読み手側の、さらにその中でもほとんど誰も気にもとめていなかったであろう「立ち読み」について着目した一冊であるとともに、「調べる技術」で紹介されていた技術の実践によって書かれた本という側面もある。
ネット通販やマンガ本のシュリンクの普及と雑誌の衰退で書店での「立ち読み」は廃れていく行為・文化?だと思われるので、完全に忘れ去られる前に書籍という形でまとめられたのは貴重。 -
立ち読みは、買う意思をあいまいにして、コンテンツを店頭で消費する行為で、海外ではないそうだ。
なぜ日本にだけあるかというと、店頭で消費が容易な雑誌と書籍の販売経路が日本と海外では違い、雑誌を本屋で売っているのは日本独特であること。
そして、江戸時代に浮世絵を店頭販売する店が多くうまれ、絵なので店頭で見て楽しめるという消費行動がうまれ、そこから雑誌も店頭で楽しむという行動が生まれたなど、歴史を紐解くと見えることが多くあるそうである。
著者が国会図書館で学んだという、調べる技術が遺憾なく発揮されており非常にスリリングで面白かった -
日本特有の習俗である「立ち読み」。一体いつ、どこで始まったのか?
せっかくなので、まえがきを立ち読みして購入。
書店史や読者の歴史を掘り下げていて面白かった。
今度は音読・黙読の歴史についても関連本を探してみたい。 -
立ち読みせずには居られない。まさに立ち読みされるために書かれた本と言って過言ではない。活字から情報を得るという手段について、こういう目線で書いているのが良い。
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本屋が明らかに減っている。
読書文化に欠かせないのかチラ見、立ち読み、ジャケ買いだと個人的に思う。電子書籍の便利さは認めるが、本屋ならでは、また紙の本ならではの魅力か必ずある。
本書は「立ち読み」という行為がいつ頃か始まったのか、日本独自なのかなど、筆者の国立国会図書館のレファレンス経験を駆使して探る偉大なる試み。
世の読書諸氏には必ずや興味を持って読まれること間違いないだろう。
新書界隈では新参のハヤカワ新書。SFに限らない幅広いジャンル。個人的には切り口が良いのか相性が良い。 -
2025年4月28日購入。
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江戸時代の書店の絵やら、立ち見をしている人の絵やらがちゃんと残っていて、それらをしっかり探して現代までの立ち読みを分析しているところがまずはすごかった。昭和12年時点で、立ち読みがいることはお店が繁盛している証だと分析する本が出ているところなら興味深く、ではそのルーツはどこにあるのかと江戸時代まで遡る探究心が伝わってくる。
明治半ばから大正後期にかけて、新聞・雑誌の刊行数が1000→7000と増えていて、雑誌の刊行によって立ち読みが増えるという流れが確立する。これこそが「歴史的に巨視的に考えると自主的に個別のメディアを選び、個人で享受するという極めて近代的な行いだった」と著者が述べていて、同時期の本屋の開架になる流れと連動して浸透していったそう。
2000年前をピークに刊行数も減少していく中で、立ち読みのあり方もどのように変わっていくのか、向こう数十年も本屋を訪れながら眺めてみたり自分の感覚の変化を把握してみたくなった。
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