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本 ・本 (440ページ) / ISBN・EAN: 9784163102603
感想・レビュー・書評
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梅雨が明け、本格的な夏が始まりました。
今がその時と盛大に鳴く蝉の声に包まれ、ふと本書のタイトルを思い出し、手に取りました。
舞台は海坂藩、15歳の牧文四郎は友人と共に道場や塾で学び、日々を過ごしています。
隣家の少女・ふくのことが気になっているようですが、自分の気持ちには気付いていません。
そんな少年が青年になるに従い、周囲の状況も変わっていきます。
藩の政変に巻き込まれた養父は切腹、文四郎は俸給を減らされ養母とともに貧しい生活を送ります。
一方のふくは、いつの間にか江戸の地で殿様の寵愛を受ける身となっていました…
印象に残る場面は多々ありますが、一番心に残ったのは文四郎と友人の与之助が染川町の橋の上で、その後居酒屋で話をする場面です。
ふくとの間にあった出来事をたんたんと話す文四郎、そしてそれを静かに受け止める与之助。
切なくて切なくて、少し泣きそうになりました。
なんとも美しく、瑞々しい物語でした。
日本の美しさ、人を想う気持ちの尊さを噛みしめながら読了。
きっとまた読みたくなる…。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
『のぼうの城』で時代小説に入ったいくことができて、『超高速!参覲交代』で時代小説でも読みやすく面白いことを教わり、『影法師』で大いに感動した。そして『蝉しぐれ』。
なんという壮大な物語なんだろう。この時代の人物は戦国時代とまではいかなくとも、生と死が隣り合わせで、いつ死が訪れるかもわからない時代だから、生き方が本当に熱く、心が大いに揺さぶられる。しかし、恋に関してはなんて不器用なんだろう。
最後、お福と一度だけ結ばれたのは良かったが、なんでもっと早くこうすることができなかったのか。また、その未来は変えることができなかったのかと本当に切ない。この文四郎とお福は、この一度だけの交わりを大切な思い出に生きていくのだろうと思うと苦しくなる。 -
文四郎とおふくさんの恋が純愛すぎて心が締め付けられる思いがしました。本当に最後に救われた。それまでは世襲問題などでハラハラさせられます。何度も映像化されているようですが、観た事がなかったので返ってよかったのかも。
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主人公の牧文四郎の成長を描いた作品。
藤沢作品の中でも別格。
「大人になってもう一度読んでみると昔読んだ時とは違う感想が芽生える」とはよく言うが、この「蝉しぐれ」の場合は、中学時代から成人した現在まで何度読み返してもその都度感じる余韻が変わらない。そこに見えるこの作品の安定感がとても心地よい。
風景描写がとてつもなく綺麗で、映像を見ているような感覚に陥る。
話の真ん中にあるのはドロドロのお家騒動だが、基本的にストーリーは静かに進んでいく。文四郎や周囲の人間の心持ちや言動がなんとも良く、ラストシーンはしみじみとした切なさとさわやかさに溢れている。初めて読んだ時は、嘗て味わったことの無い種類の感動に、少しだけ涙が出た。
言葉を尽くすよりも、文章を少し追ってもらった方がこの作品の魅力は伝わるだろう。読んだあとはぜひ、しばらくしみじみと余韻を味わってもらいたい。 -
幼い恋心が美しく描かれている。その想いが叶うことはなかったが、人生を進む中で、いつも心のどこかにあった。幼き日の思い出の映像が、ふとよぎってくる。心情がリアルに、美しく書かれていて心に迫った。目頭が熱くなった。
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時代劇小説はそれぞれの作家に作風があり、好き嫌いがある。藤沢周平時代劇の本格長編は初めてだったけど、とても印象深い、良書。丁寧で配慮の行き届いた背景説明や人物描写、ストーリーの組み立て、展開、すべて、とても時間軸の長い小説だが最後まで飽きさせることがなかった。夢中になって読み終えました。主人公も周辺の人もすべて、すがすがしく、さわやかで、それでいて人間味にあふれ、いきいきと描かれていて感情移入しやすかったし、主人公のまだ子供といってもいい時代から最後の壮年まで、時代の中で成長する姿に一喜一憂した。主人公ともう一人の重要人物、幼馴染の女性との関係が物語りに彩りを添えていて、その作者の意図は成功していると思いつつ、ただ、最後の展開は一読者として、ほんのちょっと照れくささを感じた。悪くはないんだけど。
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母が今作とドラマ版が好きで、切ない切ないとずっと聞いていたので、恋愛だけの話なんだろう面倒くさそう、とかえって読まずにいたのだけど、読んでみたら恋愛だけじゃない!
家族、友人、更に名前をつけられない様々な人間関係が丁寧に描かれている。
また、ハラハラする場面もあり、活劇としても楽しめた。
時代物はあまり読んでいないのだけど、描写が上手く、すっと入っていける。
しかし確かにこれは切ない…!
「説きふせられて」(オースティン)や「天使も踏むを恐れるところ」(フォースター)のように、抑え続けた恋心が最後に溢れ出す小説が大好きなので、今作も良かった…。
読み終えた後に、耳の奥で蝉の声が聞こえ続けているような余韻もいい。 -
今は少なくなった、清流と木立にかこまれた城下組屋敷。淡い恋、友情、そして忍苦。苛烈な運命に翻弄されつつ成長してゆく少年藩士をえがく
降り注ぐ蝉しぐれの中、聴衆の目の中、父の亡骸の載った荷車を引きながら帰る文四郎の心情を思うと泣きそうになる。元服前の少年が背負った苛酷な運命にも青竹が伸びるかの様に剣術に打ち込み真直に育つ。“秘剣村雨”を動きの描写だけでなく心理・知覚描写で匠に読者を惹きつけるのは藤沢周平ならではである。
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