プラナリア

著者 :
  • 文藝春秋
3.23
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  • Amazon.co.jp ・本 (266ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163196305

作品紹介・あらすじ

乳がんの手術以来、何をするのもかったるい25歳の春香。この洞窟の出口はどこにある-現代の"無職"をめぐる五つの物語。

感想・レビュー・書評

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  • “日本国憲法第二十七条 すべて国民は、勤労の権利を有し、 義務を負ふ。”

    ブクログのレビュー史上初!日本国憲法の条文から始まるこのレビュー。これって小説のレビューなんですけどね(汗)

    …ということで、そんな憲法の条文を頭に置いていただいた上で、早速レビューを進めさせていただきたいと思います。

    何か事件が起こった時、その容疑者の情報がニュースとして報道されます。
    ・二名の容疑者がブクログ警察署で取り調べを受けています。
    さてさて さて夫 会社員 35歳
    さてさて さて子 団体職員 33歳
    といった感じのその報道。また、こんな報道もよく目にします。
    ・容疑者がブクログ警察署で取り調べを受けています。
    さてさて さて美 無職 28歳
    職業が『無職』というその容疑者の情報。そもそもどうして容疑者の職業が一緒に報道されるのだろうか?ということも不思議ですが、それ以上に、この世にはこんなにも多くの『無職』の人がいるのだろうか?もしくは、こういった事件は『無職』の人ばかりが引き起こすのだろうか?と少し偏見も入った見方もしてしまいがちです。しかし現実には、報道発表時に確実な裏付けが取れていなければ『無職』と報道する他なく、また、犯罪が公になる前に、それまで勤めていた会社が大慌てで懲戒処分にしてしまった結果など、その『無職』の裏には大人の事情もあるようです。

    小学校の社会科の授業で習ったように、私たちには”国民の三つの義務”の一つとして”働く”ことが義務付けられています。もちろん、処罰規定がないので働かなくても罰せられたりはしません。そもそも何をもって”働く”と定義するのかも現代の世の中では難しい側面もあります。でも、定義が異なろうとも、誰もが皆、”働く”という言葉に思い描く”何か”があるはずです。

    では、私たちは何のために”働く”のでしょうか?誰のために”働く”のでしょうか?そして、罰せられないのなら、働かなくても良いのではないでしょうか?この作品は、そんな”働く”とは何かを考える物語。『無職』の今を生きる女性たちから”働く”とは何かを感じる物語です。

    『次に生まれてくる時はプラナリアに』と『酒の席での馬鹿話で』言うと『みんなは興味深そうにこちらを見た』というその場。『何プラナリアって?』と盛り上がるその場。『渓流の石の下とか、農薬使ってない田んぼの水路とかにいる、一センチくらいの茶色いヒルみたいなの』と続けて説明するのは主人公の上原春香。『よく見るとあたまが三角形でちょっと卑猥な形なんだけどさ』と付け加えると『どう卑猥なのよ、とみんなは笑』います。そんな時『なんで、そんなものになりたいんですか』と『唯一飲む気いっぱいの二十歳の男の子がそう聞』きました。『分かるような気がするなあ…なーんにも考えないで済むもんね』とさらに盛り上がるそんな中、『プラナリアって、切っても切っても死なないんだよ』と言う春香。『みんなはきょとんと私の顔を見た』という展開の中『たとえばみっつに切っても、それがいつの間にか再生して三匹になっちゃうんだって』と『妙に力の入った、でも幼稚な私の説明に全員が一瞬言葉を失った』というその場。しかし春香は続けます。『とにかく切っても切っても生えてきちゃうなんて、馬鹿みたいでいいじゃない』というプラナリア。『ほら私、乳がんでしょ。だからそういうもんに生まれてたら、取った乳も勝手に盛り上がってきて、再建手術の手間とお金が省けたなーって思ってさ』と話す春香。しかし『笑わせようと思って言ったのに、男の子は困ったような気弱な笑みを浮かべ…女の子二人は、気まずそうにうつむいてしまった』という展開の中、『そろそろ引き上げようか』と『彼氏がそう言い、誰の返事も待たずに立ち上が』りお開きとなった飲み会。そんな帰り道『いい加減にしろよ。みんな困ってたじゃないか』と呆れかえった声を出した彼。『秘密にしてないよ。みんな知ってることだもん』と言う春香に『そうじゃなくてさ…なんでそんなつまんないこと言うんだよ』と返す彼。そう言われて『乳がんはつまんないことなのかよ、と内心』思うも『豹介の前では悪態はつかない』と堪える春香。『もう自分で自分の病気のこと言うの、やめなよ…本当に友達なくすよ』という彼=豹介。春香は豹介との出会いを振り返ります。『一昨年、私は乳がんで右胸を取った』という『二十四歳の誕生日を迎える一カ月前』。『ステージ4』に進行し『一日も早く切除するしかないと医者』に言われた春香は、その少し前に知り合った豹介の他に年上の恋人もいたという二股の状態。そして『私の病名を聞いて尻尾を巻いて逃げていった』年上の彼に対して、『逃げ』ずに、毎日、『根気よく慰めてくれた』豹介はそれからずっとそばにいてくれます。そんな豹介が『なんとなく頭重くて。風邪かな』と言ったので『お医者さん行った方がいいんじゃない?年寄りと乳がん患者の言うことは聞いとくもんだよ』と返して『いい加減にしろよ』とまた叱られた春香は『ごめんね。もう言わない』と約束します。そんな春香は帰り道、明日行く予定の月に一度の注射のことを思い憂鬱になります。『次に生まれてくる時はプラナリアにしてください』と『無駄と知りつつお星様に祈』る春香。そんな春香が手術後も乳がんのことをいつまでも引きずり続ける中での日常が描かれていく表題作の〈プラナリア〉。乳がんで胸を失ったことで”やる気”を失い『無職』となった春香の鬱屈としたいつまでも晴れない、その感情が生々しく描かれていく短編でした。

    五つの短編から構成されるこの作品。第124回直木賞を受賞し、名実ともに山本文緒さんの代表作です。ただ、20年以上も前の2000年に刊行されていることもあって、『車の中には子供向けのカセットテープや…』などといった、今となっては時代を感じさせる表現も多々登場します。しかし、そんな些細な点が全く気にならないくらいに、そこに描かれる内容は、現代でも何も変わらない人の内面を生々しく描写していきます。

    そんな五つの短編に共通するのは、主要な登場人物に『無職』である女性が登場することです。それは、『乳がん手術』をきっかけに勤めていた会社を退職し『もう体は平気なんですけど、なんとなく働く気がしなくて、怠けてるだけなんです』と『無職』を続ける主人公が登場する〈プラナリア〉。『二年前、夫から一方的に離婚を言い渡されて、夫の会社で働いていた私は自動的に職も失った』と『無職になってそろそろ二年になる』主人公が登場する〈ネイキッド〉。そして、『いっそちゃんと占い師にでもなったらどうだ』と主人公が勧めるも『働くのなんてまっぴらごめん』と『無職』のままに主人公の部屋に住み込む彼女が登場する〈あいあるあした〉というように、立場、境遇は違えど『無職』という状態を続ける女性たちに光が当たっていきます。

    このレビューをお読みいただいている皆さんの中にも『無職』という方はいらっしゃると思います。憲法で”勤労の権利を有し、 義務を負う”と定められている一方で”納税の義務”を果たしている以上、そのこと自体に問題はありませんし、意図されてという場合もあるでしょう。”働く”という言葉の定義の問題もあります。逆に『無職』でないという方も憲法に定めがあるから働いているのかと言えばそんなことはないと思います。”生活するため”、”家族を養うため”、そして”生きがいのため”と、その理由は千差万別でしょう。しかし理由は多々あれど、”働く”には、”やる気”が欠かせません。この作品に登場した主人公たちは『乳がん』をきっかけに『会社を辞めたのは、ただ単にやる気をなくしたからだ。何もかもが面倒くさかった』という〈プラナリア〉の春香ように何らかの”きっかけ”によって、働く機会、そして”やる気”を失っていきます。そして、この作品で描かれるのは、『そして私は無職になった』という主人公たちが何を思い、何を考え、そしてどこへ向かうのか、そういった彼女たちの内面です。私は大学を卒業し、就職して今日までずっと会社員として働き続けています。誰でもそうかもしれませんが、そんな人生にも当然に山あり、谷あり、順風満帆というわけではありません。何度会社を辞めたいと思ったか数えきれないほどです。しかし一方で、目的もなく『無職』になることには恐怖が付き纏うのも実際です。それは、ある意味で”一線を越える”という判断でもあり、その先の未来を大きく変えていくものです。一方で忙しい毎日を送っていく中で、そんな行動に移した後の日々を憧れる感情を持つこともあります。そんな視点からは、この作品で描かれる”一線を越えた”人たちが『無職』という状況をどう捉えているかはとても興味深くも感じられます。『無職』になった時点で当然に肩書きはなくなります。その状況を『最初は「三十四歳、無職」という響きが犯罪者のように思えて恐ろしかったが、それもすぐに慣れた。まったく自分の適応能力に我ながら呆れる』という主人公。そんな主人公は『あんなに時間がほしかったはずなのに、今はその貴重な時間をなんと無駄に使っていることだろう』とその無限とも言える時間の捉え方が分からなくなっていきます。私たちは忙しく日常を生きる中で、その限られた時間の中で物事を効率よく処理していくために時には取捨選択も余儀なくされます。しかし、時間が無限にあると『明日も明後日も明々後日も何も予定はないのでどちらでもよかった。優先順位がないと物事というのは決まらないものだ』と時間が無限にあるが故のマイナス点が浮かび上がってきます。

    そんな『無職』を生きる主人公たちを見れば見るほどに、逆に、私たちは何故”働く”のだろうか?ということに思い至ります。”働く”ことについて、千差万別の具体的な理由が私たちそれぞれにはあると思います。では、そんな理由がなくなったとしたらあなたは”働かない”という道を選ぶでしょうか?”生活するため”というのがその理由だとしたら、例えば宝くじに当たったら、すぐに退職願を提出するでしょうか?〈プラナリア〉の主人公である春香は折に触れて自ら話題にする乳がんのことを『アイデンティティなんです』と説明します。『アイデンティティ』、つまり”自分が自分であること、さらにはそうした自分が、社会から認められている”、それを意識して乳がんを話題に出す春香。そこには『無職』という立場になっても社会と繋がっていくための何かを求める感情があることがわかります。さらに〈ネイキッド〉の主人公・涼子は『私は自分がやがて立ち直って、また社会に出て働きはじめるであろうことは分かっていた。疑問を持ちつつもまた前へ前へと進んでいくのだ』と今は『無職』であっても、社会との繋がりを強く意識していることがわかります。そう、”働く”ということは、その行為を通じで社会と繋がっていくこと、社会の一員であることを確認すること、この感覚を求めて人は”働く”のではないか、目的なく『無職』になった主人公たちの生き様を見て、そんな風に感じました。

    『そろそろ少し何かはじめた方が気晴らしになるんじゃない?』と声をかけてくれた人に『しばらく生活費は何とかなるから』と返す主人公。それに対してその人は『お金のこともあるけど、そうじゃなくてさ』と言います。憲法に定められた”勤労の義務”とは関係なく、私たちは”働く”ということに特別な思いを持っています。人は社会の中で生きています。”働く”ということは、その社会に関係していくこと、その社会に参加していくことなのだと思います。そして、”働きたい”とは、”社会に参加したい”という意思表示の現れであり、『お金のこともあるけど、そうじゃなくてさ』と言う人の中には、集団社会の中で生きる生き物同士が、自然と社会に参加していない人を思いやる感情、社会への復帰を促す思いやりの感情があるのではないか、そんな風にも思いました。

    はからずも『無職』となり、モヤモヤと鬱屈とした感情に包まれる主人公たち。そんな彼女たちの心の叫びに、逆に”働く”とは何なのだろう、と、ふと考えるきっかけをもらったとても印象深い作品でした。

  • 著者の作品、ブクログ登録は3冊目になります。

    著者、山本文緒さん、どのような方か、ウィキペディアで確認しておきます。

    ---引用開始

    山本 文緒(やまもと ふみお、1962年11月13日 - 2021年10月13日)は、日本の女性小説家。神奈川県横浜市生まれ。神奈川大学経済学部卒業。本名は大村暁美。

    ---引用終了

    したがって、本作は、著者が37歳位の時に書かれた作品集になります。

    で、本作の内容は、次のとおり。

    ---引用開始

    乳がんの手術以来、何をするのもかったるい25歳の春香。この洞窟の出口はどこにある-現代の"無職"をめぐる五つの物語。

    ---引用終了

    自分が最初の仕事を辞めた37歳の時を思い出すと、相当焦っていたことを思い出す。
    が、そんなことは、既に過去のことになり、今自分は61歳。
    まだ働いているが、無職になってもどうということはなくなっている。
    それ故、この作品に登場する無職の若い人物とは、距離がありすぎる。
    まあ、この作品の対象読者ではない、そんなところですかね。

  • なんとも言えない事件とかもない日常の話だなぁと思って読み終えた。

    読んだあとにキーワードは無職だと見かけてなるほどと思った。

    なんとなく味のある話たちであった。

    わいも出来ることなら働きたく無いでござる。

  • 出版された当時、読んだこと自分が不安に思っていたこと、悩みを思い出した。すごく10年後と言うものの未来に対して不安を覚えていた。一応働いてはいるけれど。追悼の意から改めてもう一度読んでみよう。



  • 現代の“無職”をめぐる心模様を描いて共感を呼んだベストセラー短編集。第124回直木賞受賞作品。

    「働かない人」と聞くと、よっぽど貯金があるか、充分な不労所得があるか、働きたくても働けない理由があるか…

    そのどれでもない「働かない人」は、少なからず周囲からも自分でも「残念な人」に当てはまってしまうのではないだろうか。

    「働かない人」を思った時に感じる漠然としたネガティブな感情が初めから最後までずっとあって、全くスッキリ爽快な本ではないのだけれど、本作では登場人物たちを一切肯定も否定もしていない。

    どんなに読み進めてもモヤモヤする短編集なんだけどそれなのに読みやすく、面白い。

    真っ当であること、普通であることは果たして誰にでも唯一の正解なのか、そうありたいと思いながら人生とは予定や予想や計画や思い通りは決して進まないこと、私たち個々にとっての幸せな、またはこれでいい、と思える生き方とはどういうものなのか、と考えさせられた。

    限られた人生の中で、がむしゃらに働いたりなにかに夢中になったりする時期ももちろんありながら、大人になってから、働かないというモラトリアムな期間はひょっとしたらあってもいいのではないかなと思えた。
    そうして初めて気づくことがあるのかもしれないと。

  • 短編集。
    表題作のプラナリアが一番印象的だった。

    全体的に『まっとうに生きなくちゃいけないのか、ハッピーエンド以外は認められないのか』を問いかけられてる気がした 。

    なにが一番いいのかなんて      
    他人にはわからない

    きっと本当は自分にしかわからない

  • プラナリア
    乳がん術後の若い女性の話。
    術後退院すると近しい周りの人から「いつまでも病気じゃないんだから」とハッパをかけられるのも辛いし、何も知らないような人から「頑張ってるね」と言われるのも嫌、という主人公。確かにそんな気分になる時もあるだろうけど、この主人公はいつもコレだからちょっと。周りにいたら疲れるだろうな。

    ネイキッド
    離婚し無職で2年間過ごしてる女の話

    どこかでないここ
    夫がリストラされ、深夜パートに出る主婦の話。表面上夫とうまくいっているようだが、子供達からは煙たがられ、それが何故だか気がつけない。怖い。

    囚われ人のジレンマ
    学生の彼氏からプロポーズを受け悩む女の話。
    心理学専攻の彼から、全てを見透かされているようなのも気の毒だが、主人公の女はすぐ他の男と寝たりするので全く主人公に肩入れできない。

    あいあるあした
    居酒屋店主とフラフラしている女の話。
    そんな女が結局好きで追いかけ寄りが戻るのだが、なんでこんな女がいいのかさっぱり理解不能。

  • 5つの短編が入ってるが、話は途中で終わっているものばかり。この続きをどう考えるかは読み手にあるのかもしれない。でも、月9のドラマとか、マンガのようなHAPPYな展開になんてならないところが、よけいに胸にしみる。ものすっごく後味が悪いし、登場人物たちは、なんだかんだと不満や悩みを抱えている人ばかり。HAPPYなんて言葉は空の向こうって感じのストーリーばかりだけど、よかったなぁ。特に「囚われ人のジレンマ」がね。

  • あまり共感はできずに読み進めた。ただ、働かないというキーワードだけでも、様々な人生があるのだと感じた。登場する皆が生きにくいと感じならも、悩みつつ、でも、たくましく生きている。そんなフツーの人達の日常が描かれている。

  • 何と言ったらよいのだろぅ……
    無職がテーマの短編集。
    うん、テーマからして、独特。

    マイナス思考の人頭の中にある
    愚痴や言い訳や憎まれ口を
    聞かされた後のような…
    そんな読後感。

    特に何かが好転するでも無く、
    ただひたすらにネガティブ思考が続く。
    そんな日常をこれから先もずっと
    この人達は生きて行くのだろう…。

    本当に不思議な作風でした。
    でも、刺さる人には刺さると思う。
    ハマる人にはハマると思う。

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著者プロフィール

1987年に『プレミアム・プールの日々』で少女小説家としてデビュー。1992年「パイナップルの彼方」を皮切りに一般の小説へと方向性をシフト。1999年『恋愛中毒』で第20回吉川英治文学新人賞受賞。2001年『プラナリア』で第24回直木賞を受賞。

「2023年 『私たちの金曜日』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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