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本 ・本 (272ページ) / ISBN・EAN: 9784163209005
感想・レビュー・書評
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タイトル名を含めた5編の短編集。各タイトルは『イン•ザ•プール』『勃ちっぱなし』『コンパニオン』『フレンズ』『いてもたっても』。個性溢れる神経科の医学博士、伊良部一朗が主人公。伊良部総合病院の医師である。太った中年の男性で、甲高い声で「いらっしゃーい」が患者を診察室に招く言葉である。奥田さんの丁寧な人物描写に、人物像がどんどん膨らまされる。伊良部の容姿、話し方、声、診断、どれも個性的という表現を超えたものを感じ、そこから面白さと奇抜さを感じつつ、独特な作品世界に入り込んでいった。
『イン•ザ•プール』の患者は大森和雄、38歳。体調異変を気づいたのは1ヶ月前。症状は夜中に胸が苦しくなり呼吸困難に、そして、下痢が一週間続いた。その症状からの見立てと処方は、早口で次々と伊良部の口から言葉になる。はちゃめちゃなことを言うのだが、的を得ているような説明があり、思わず唸ってしまう。その落差がまた面白い。その中でも、ストレスの原因を探るのではなく、どうすれば感じなくなるかと言った話は興味深く読み進めた。読みながら私が納得を得たからなのだろうかな。そこから、伊良部はいきなり看護師のマユミに注射を指示。そして、明日も来院するように告げる。診察の最後に、伊良部は和雄に運動を勧めた。そこで、和雄は水泳を思いつく。家の近くの区民体育館の地下にプールがあったからだ。一連の流れは、伊良部の話し方と話す内容の面白さに魅せられ、また、その内容を受けて伊良部を疑いながらも和雄が行動を起こすところが面白く、楽しく読み進める。次の日に、和雄はプールを訪れ水泳をする。そして心地よさを感じる。快方に向かっているところが面白い。伊良部の診断と処方は、はちゃめちゃのようで、そうではないのかもと想像してしまう。そして、和雄はまた病院へ。そして、伊良部はまた妖艶な看護師マユミに注射の指示をする。伊良部から注射の内容の説明はない。和雄は不安の中で、注射を受け入れる。このやりとりが細かな描写とユーモアな表現で面白く感じる。水泳で体調が良くなっていく和雄。そのことを聞いて伊良部自身も水泳に興味を持ち、一緒にプールに行くことになる。この展開も面白い。一緒に行くんだなと思わず笑ってしまう。和男の妻、尚美は、和雄が水泳に依存していくことを心配していた。水泳をしないと落ち着かないという状態は、確かに依存と言えるかもしれないな。しかし、和雄は尚美が自分のことを否定しているように感じてしまい、口論になる。相手への心配が言葉にすると分かり合えないことはあるな。夫婦だと日常なので起こりうる回数も増えるかもな。伊良部は、夜間にプールに忍び込んでもっと長く泳ごうといった大胆な行動を、和雄に提案する。結局うまくはいかないのだけれども、この辺りの内容も突拍子もないもので面白い。ラストは、和雄と尚美の蟠りがなくなり寄り添う姿が見られ、穏やかな気持ちになって読了した。
『勃ちっ放し』の患者は、田口哲也。離婚してから3年になる35歳。症状としては、性器が勃ったままで萎むことなく、痛みを感じる状態だった。そこで、伊良部総合病院の泌尿器科へ。陰茎強直症と診断されるが、心因性もあるのではと言われ、神経科を勧められる。どんな展開になるのだろうか、前話との違いを感じながら、興味を持って読み進める。ただ、伊良部の登場シーンは前話と同様に「いらっしゃーい」と甲高い声。いつもそうなのだろうなと思いながらも、思わず笑ってしまう。そして、またしてもマユミに注射の指示。この展開にも慣れてきている感覚が不思議で面白い。しかし、なかなか陰茎強直症は治らない。伊良部は、哲也の離婚した原因が妻に別に好きな人ができたことを知り、元妻を罵ることを提案する。だが、なかなか行動には移せない哲也。そのような中、伊良部に結婚歴があって、離婚してからも諍いが続いていることが明らかになる。哲也は伊良部と元妻との言い争いを目撃する。哲也は、そのように感情をむき出しにすることが苦手だった。そういう人もいるだろうな。感情を出す場面って咄嗟のことだから、計画的にはできないだろうから。なかなか治らない状態が続いている中で、伊良部総合病院の泌尿器科から連絡があり、大学病院での受診を勧めれれる。藁にも縋りたい状況の中で、哲也は大学病院を訪れる。ところが、哲也の治療が目的ではなく、珍しい病気だということで教授や学生たちが診るではなく観るの方だった。これはよくないなと読みながら感じていると、哲也の激昂が。それは、そうなるだろうとも納得しながら読み進める。ただ、器物破損までいってしまったので、警察に二晩勾留されることになる。釈放の際の身元引受人を伊良部に依頼する哲也。すると、釈放の際に、哲也の陰茎強直症は治っていた。状態の変化に至る一連の展開に納得し、面白さも感じつつ読了した。
『コンパニオン』の患者は、安川広美。24歳でタレント兼モデル、仕事の大半はイベントコンパニオン。夜眠れないという症状、その背景には誰かの視線を感じるというものだった。実際に誰かというところは、はっきりしていない。なので、警察に相談しても、具体がはっきりしてからと言われてしまう。そこから、伊良部総合病院を訪れ、伊良部の診察を受けることに。今までの話と同様に、伊良部はマユミに注射の指示を出す。広美は眠れなくなった原因を伊良部に話す。その話を聞いた伊良部は、視線を感じている相手にがっかりさせるようにイメージを変えることを提案する。診察としてはどうなのかなと疑問もあるけれど、伊良部の人物像を想像するとなるほどなと思う。この話も、先の展開が楽しみになってくる。広美が受けたオーディションに、なぜか伊良部も申し込み、その会場で出会う。広美は順調に審査を通過していくが、審査前に被った帽子にガムテープをつけられていて、髪にへばりついてしまう。そこから、つけたと疑った相手を罵り、主催者には自分が一番であるはずだと詰め寄る。結局、会場の外に出されてしまう。結果的には、この一連の出来事により、広美の肩の力は抜けることになった。広美は自分が活躍する世界を夢見て、自分を繕いながら、他の目線を意識して過ごしていた。そのことに広美が気づけたわけは、伊良部の行動や言葉だった。医者としても人としても奇想天外で自由な伊良部の言動が、3話目になってくるとだんだんと当たり前のように感じてきた。これも、奥田さんの人物描写の細かさゆえなのだろうな。主人公である広美の状態は改善された。同様に、読み手である私の気持ちも晴れやかになった。
『フレンズ』の患者は、津田雄太、高校2年生。左手に痙攣の症状が出ていた。雄太はケータイのメールを打つ回数が1日200回を超えていた。その症状を心配して、母が伊良部総合病院の神経科を予約した。そして今回も同様に、伊良部はマユミに注射の指示をする。そして、明日も通院するように言われる。この一連の診察、注射、通院は今までと同様で、テンポよく展開していく。伊良部は雄太を診察する中で、ケータイに興味を持ち、実際に購入する。この辺りの展開も面白い。そのような中、雄太のケータイの調子が悪くなる。メールの送信でエラーメッセージが出たり、受信が安定しなかったりするようになった。すると雄太の心配は異常なまでに増大していく。誰かがメールを送って届かないと困っているのではないだろうかといったもの。友達にメールを送るためにケータイを借りようとしたり、メールを送信するように頼んでみたり。だが、ことごとく断られる。焦っていく雄太がとった行動は、学校を抜け出し家電量販店へケータイを購入するといったもの。ここまでいくとケータイに執着しすぎているかな。その背景にはケータイで仲間と繋がっていると思い込んでいるからなのだろうな。クリスマスイブの夜、雄太は一人で街を彷徨っていた。そんな中、伊良部から雄太のケータイにメールが届く。クリスマスイブを楽しんでいる様子が次々と送られてくる。雄太は自分が一人でいることを隠していたが、嘘をついていたとメールで告げる。また、自分を変えようと無理をしていたことも告げる。そんなメールに伊良部は反応せず、楽しく過ごしている様子が送られ続ける。ついに、雄太は伊良部に電話をする。マユミが電話に出る。ここからのやりとりで雄太の心は解放されていったように感じた。人と繋がることの難しさと繋がることによる温もりを感じながら読了した。
『いてもたっても』の患者は、岩村義雄、ルポライター、33歳独身。症状はたばこの火の始末が気になり、何度も確認したり、家を出てからも気になり引き返したりしていた。その結果、仕事に支障をきたすところまでいっていた。そこで、伊良部総合病院の神経科を訪れる。待っていたのは伊良部。これまでの話と同様に「いらっしゃーい」と招いて、早速マユミに注射の指示を出す。義雄は通院前に自分の症状について、図書館で調べていた。その結果、強迫神経症ではないかと自己診断していた。しかし、そのこと自体に伊良部は関心を示さず、灰皿を水の入ったバケツにするなどの対処法を助言する。この辺りのやりとりは、今までの話と同様に伊良部の個性が表出しているなと感じて、思わず笑いなが読み進めていく。奥田さんの細かな人物描写により、私の想像世界の中で、伊良部という医者の人物像がクリアに作り上げられていく感じがする。義雄はさらにガスや電気の消し忘れなど、異常なほどに気になってしまうことが増えていく。全ての心配は、自分に責任があるというように考えることが背景にあった。そのような中、義雄が書いたホームレス詩人の記事を悪用して、そのホームレスが淫らな行為をしているのではないかと想像し、そのホームレスを探していた。そして、見つけたホームレスを追いかけ揉み合うことになる。そこで事態は思わぬ方向に進み、義雄の行動が報道に取り上げられ、一躍英雄扱いになる。また、この後も自分の心配事をなくすためにとった行動により、義雄の行動が脚光をあびることになる。ラストは、義雄が自分の生活スタイルを変えて、伊良部と談笑するシーンで終わる。ほのぼのとした状況を思い浮かべながら読了した。
どの話にも、患者への処置として、注射がある。それ以外は、患者の行動について、伊良部からの指示が出る。その指示は、患者が驚くようなものばかり。患者に寄り添っていくと、それはできないなと思うものが次々に言われる。看護婦は妖艶で愛想がないマユミ。口調は投げやりで、さっさと作業的に注射を打つ。どの患者も、その行程に驚きと心が動かされていた。その注射針の刺さった腕を食い入るように見る伊良部の奇抜さもある。患者と一緒に行動しようとする伊良部。どの患者も迷惑そうにしている。このような状況があり得ないなと思いながらも、伊良部の人物像を想像すると、そういうこともしかねないなというふうに、読んでいった。奥田さんの人物描写と物語の展開にすっかり引き込まれているのだろうな。ありえないことが面白さへと傾いていく感覚がある。伊良部の言動がどんどんエスカレートしていく。しかし、それに戸惑いながらも患者の心は軽くなり、体が元気になっていく。その展開もまた明るさを感じ、読みながら、嬉しい気持ちになっていく。真剣に話す伊良部の言葉が、患者の心に響く。伊良部の言葉に乗せられて、普段とは違う行動や言動をしてしまう患者たち。不思議とそのあとは、症状が和らぎ、回復へと向かっていく。そして、伊良部への信頼が増え、明るいやりとりで終わる。そのやりとりが、また面白い。
心の症状を軽くするには、どうしたらいいのだろう。それも、人それぞれだろうし、マニュアルがあるものでもないのかな。かかりつけの医師が伊良部だったら、戸惑いの連続だろうけど、明るく接することで、気持ちは塞ぎ込まなくなるだろうな。患者の悩みは対人関係からきているものもあった。割り切りや執着しないことができれば楽になれるだろうな。そんな気づきを持ちながら読了した。奥田英朗さんの『リバー』との作品世界や登場人物の違い、ギャップが、また面白く、次の作品を読むのが楽しみになった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
少し前に読んだ「コメンテーター」が面白かったので、トンデモ精神科医伊良部シリーズ第1作である本作を読んでみました。
2話目の「勃ちっ放し」ってタイトルもすごいけど、陰茎強直症っていう病気があるのを初めて知った。他人事だから笑えるけど、もし自分がなったらと考えると恐ろしすぎる…笑
なんだかんだで様々な患者を救っていく伊良部は、ある意味名医なんだろうか。 -
奥田英朗さん、アンソロジー以外では実は初読み。
「コメンテーター」にたどり着くために、1作目から読み始めた。
最近、シリーズものはできるだけ1作目から読んでいるんだけど、なかなか最新作が読めないジレンマも。
トンデモ精神科医伊良部のシリーズ、確かにとんでもない!
とても医学博士とは思えないブッ飛び方だけど、心の病を抱えた人には案外効果があるのかも。かなり荒手の治療だけど…
気がつけば伊良部先生のペースに引き込まれて、楽しく読んでいた。
そして、「陰茎剛直症」ってほんとにあるのか思わず調べたのは、私だけじゃないはず。
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「精神科医 伊良部一郎」シリーズというから、てっきり柚木裕子さんの「検事 佐方貞人」シリーズを連想して、手にとった私がバカだった
深刻な医療ものかと思いきやコミカルな話だった
「罪の轍」や「オリンピックの身代金」「サウスバウンド」ですっかり奥田英朗ファンになってしまった私
奥田さん、こんなのも書くんだ
患者を「いらっしゃーい」と診察室に迎えるやいなや
「はい、注射!」の注射フェチの伊良部先生
精神科医というから、線の細い神経質そうな、もしくは患者の悩みを一手に引き受ける包容力のある笑顔溢れる先生かと思いきや、色の白い小太りのどこに首があるか分からないようなトドのような風貌
俳優の六角精児さんを想像してしまった
ストレスによる不定愁訴、携帯依存症、自意識過剰、強迫神経症・・・診察に訪れる患者の症状も様々、しかし、現代人誰しもがちょっと自分もかも?と、心当たりがありそうな気がしてしまう
伊良部先生、治療法もお気楽そのもの、患者の意識を軽くしようとしてふざけているのか、地なのか、さっぱり読めない
でも意外と名医なのかもと思わせる何かは確かにありそうだ
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大好きな伊良部先生のシリーズ!
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おもしろかった。楽しい時間を過ごせた。
ちょっとどころか相当変わった神経科に通う人々と、おかしな医師と看護師。
そこまではいかなくても、誰しもある心の歪みと苦しさが楽になっていく様子にほっとする。
私もマユミさんと友だちになりたい。 -
面白かったです
変わった先生がいる神経科の話し
知らない様々な症状があってどの話も面白かった
空中ブランコも読みたくなった
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面白いの一言( ^▽^)
こんな先生と看護師さんが本当にいたらぜひ伊良部総合病院に行きたい!
先生のやることは本当に治療なのかハチャメチャ過ぎるけど読んだ後はスッキリしたような清々しい気分になりました。
シリーズもののようなので続編も読みたいです。
著者プロフィール
奥田英朗の作品





