乳と卵

著者 :
  • 文藝春秋
3.09
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本棚登録 : 3184
レビュー : 710
  • Amazon.co.jp ・本 (138ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163270104

作品紹介・あらすじ

姉とその娘が大阪からやってきた。三十九歳の姉は豊胸手術を目論んでいる。姪は言葉を発しない。そして三人の不可思議な夏の三日間が過ぎてゆく。第138回芥川賞受賞作。

感想・レビュー・書評

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  • 自分が異性ということもあるのでしょうが、表題作「乳と卵」は面白かったです。
    母娘の上京というシチュエーションの中で、母の豊胸手術への高揚感と、初潮前の娘が感じている卵子というものが繰り返す、存在していることへの虚無感がうまくミックスされて、その大阪弁の思考言葉?の語り口表現がよく活きていたのではないかと思います。
    母・巻子はどん底に近い生活の中で娘を育てながら豊胸手術に熱中している。娘・緑子は口を利かずノートでの筆談でしか会話をしなくて、日記に自らの不思議な思いを綴るのみ。そして、上京先の母の妹=叔母は、そんな2人を眺めている。
    銭湯?での乳房品評のシーンや月経のシーン、そしてジェンダー論もどきなど、これでもかという具合に女性の身体を題材に様々な角度から、時には滑稽に、時には細部にわたるリアリティさで描写する様はとても面白かった。緑子の日記での思考でシーンを区切る趣向も良かったですが、思考が駆け巡る一文の長さや、体言止めの文など作者の文章表現の変幻自在さも魅力的でした。
    最後の卵割りの場面で何もかもが融合していく様は、何が何だかわからない一方で(笑)、妙にのめり込ませるシーンでもありました。それまで鬱屈していた女性たちの感情のほとばしりが楽しかったのかな?(笑)
    併録は「あなたたちの恋愛は瀕死」で、もてない女性の抑圧された思いが、道でテッシュを配る男性を接点に、行きづりの交際の魅力で解放される物語。化粧をした自らの姿を視るという女性ならでは(?)の心の動きが楽しめた。

  • 母娘と母の妹の、女3人の生々しい会話(というより、自分勝手な語り?)にドキドキした。
    「初潮を迎える(←迎えるって勝手にきただけやろ…には笑った)」前の難しいお年頃の緑子。
    人前で喋ることができずペン書きで自分の言葉を伝える緑子と、そんな緑子に対し喋りまくりの母・巻子。
    母はどうでもいいことばかり喋るくせに、大事なことはちっとも伝えていない。
    そんな母にヤキモキしながら緑子もまた、自分の気持ちを母に伝えられないのだった。

    体が勝手に成長していくことを不安がり子供のままで居続けたいと願う緑子に対し、豊胸手術で体を変えたい母。
    何とも対称的で不器用な母娘が、ラスト、台所で卵を叩き付けぐしゃぐしゃになりながら胸の内を明かすシーンには泣けた。

    「緑子、ほんまのことって、ほんまのことってね、みんなほんまのことってあると思うでしょ、絶対にものごとには、ほんまのことがあるのやって、みんなそう思うでしょ、でも緑子な、ほんまのことなんてな、ないこともあるねんで」
    濃くて短い夏の3日間。
    緑子よ、大人になってもどうかこの3日間のことは決して忘れないでいて。

  • 生々しく、痛々しく、少し血生臭い匂いがしつつも同時に瑞々しい女性性の物語。

    巻子の豊胸手術、取り留めのない多弁さ、咳止め薬(ブロン?)依存、ダブルバインデッドなコミュニケーション、母子家庭、大阪。

    その巻子の娘である緑子の緘黙、初潮、ナプキン、母親への同一化拒否、空虚感、見捨てられ不安・・・

    これら全てが嫌な予感しかしない。

    この物語に漂う血の匂いに耐えられない男性も多いかもしれない。

    この嫌な予感と漂う血の匂いに臆病な男性である私はなんだか怖いような感じがしてぷるぷる震えてしまう。

    思春期特有である(かどうかはわからないけども)どこか身体の成長とこころが足並みを揃えられていない感覚、特に身近な同性である親に同一化を見いだせない場合はより強く、身体という器とこころが別のように感じるのだろう。

    それが、この作品の卵だったのかもしれない。

    白くて丸みを帯びている様は女性性を現しているようにも見え、そして卵を有していて産めるのもまた女性だけの特権であり枷、呪いなのかもしれない。

    終盤、緑子は大きな泣き声とともに、パックのたまごを自分のからだにぶつけつつ巻子を責める。

    巻子も同じように卵を自分にぶつけて応える。

    このシーンこそ、緑子が自分の方を破って緘黙という身体から解放されたことであって、巻子にとっては緑子をもう一度出産している感覚の追体験だったのではないか。

    人は生まれた時、どろどろしている(らしい)し、大きな声で泣く。

    思春期を迎えてこの母子は再び生まれて子となり、親になったのかもしれない。

    この体験で母子は救われたのかもしれない・・。

    こんな事を考えると涙がでそうになり、またぷるぷる震えてしまった。

  • 芥川賞授賞作じゃなかったら出会っていなかった本。
    面白い表現方法でした。

  • 語り部「私」の姉にあたる巻子は豊胸手術に異常に執着している。巻子の娘である反抗期の緑子は言葉を発さず、コミュニケーションは筆談で行う。豊胸手術をするために、ある日巻子は緑子とともに私の住む東京にやってくる。

    句読点を多用したりほぼ改行が無かったり話言葉に「」があったり無かったりといった独特の文体裁が、取りとめのない滞った感情を表しているようで印象的。
    緑子が自身の「女」への体の変化や胸を“何か”で膨らませようと躍起になっている母の行動に対し、嫌悪にも似た感情を示す。「母」が「女」に戻ろうとする姿は子供にとっては恐怖だ。母も一人の女性であり一人の人生には違いないのだけど、「母」が「女」になってしまったら、もう「子」では居られない。もっと言えば「子」として誕生させしなければ、「母」は「女」のままでいられたのにとさえ感じる。
    母としての役割と反対側に置かれる女としてのアイデンティティ。生きていく以上女はやめられないのだから、女を疎んだとしても煩わしいと感じても、その入れ物で勝負をしていくしかない。

  • 芥川賞受賞時の書評を読んで、惹かれる引力があった作品です。でも、妙にセクシャルな印象を受けるタイトルに暫くは遠慮していました。ストーリー、文体、装飾の無い全てドライな作品が唐突に読みたい、と思ったときに、ふとこの作品が思い浮かんで、手に取ることになりました。緑子の言葉は、「これを男性も読むのか」と思うと、何だか気恥ずかしくなってしまう程、女性として理解せずにはいられない箇所が多いです。そして大阪弁の効果が、関西人の読者にはかなり効いています。「厭やなあ」という心の声が、すとん、と響きます。「嫌やなあ」じゃないんだよね、「厭やなあ」なんだよね、とくだらない違いのように思えるところも、何だか愛おしくて、理解出来てしまいます。それから、非常に気に入ったのは、たらたらと続く文体です。一歩間違えたら、作文として崩壊しかねない、感情の垂れ流しのような文章構成のはずが、不思議と読みやすいのです。ケータイ小説の「等身大」等と言われる表現よりもずっと「等身大」で、不思議な風格があります。でも、とにかく緑子の「厭やなあ」がとっても好き。彼女のこの、たった一言に惚れてしまったような気がします。古本ではありますが、単行本で買ってよかった、ずっと手元に置いておきたい作品になりました。

  • テンポの良い、でも冗長な大阪弁で語られ、どこか漫才師による漫談を聞いているよう。滑稽でもあり物悲しくもあり。
    もちろん乳は豊胸したい巻子、卵は生理が始まり思春期で殻に閉じこもる緑子を表してるんだろう。

    あったかいお話だった。
    母と娘のつながりを感じた。
    緑子はまだまだ巻子に甘えたい。
    自分が吸いあげてしぼんだ胸を大きくしようとする母に、言い知れぬ寂しさをぶつける。それでいて夜の仕事をして痩せゆく母を心配している。
    こんな母と娘は助け合いながらこれからを歩んでいくんだろう。

  • 時間は場面によってゆっくりと流れる。終盤の台所における描写は登場人物の心情とともに行先不明な行動へと導かれていく。その時間は果てなき反復のようで一瞬のまばたきのようでもある。消えていくようで心に刻み込まれる。絶対ではなく相対。未来に確信はなく希望がほのかに見えるところで私たちは生きているのだ。"がんばろう" という言葉が読後ふと頭に浮かぶ。

  • 独特の文体であるが、手を伸ばせば届きそうな、というか、目の前で繰り広げられているような、生命感がある。内面に迫ってくる。素晴らしい。

  •  東京に住む主人公の夏っちゃんと、大阪にいる姉の巻子とその娘の緑子。巻子の旦那は、東京にいる他の女へと出て行ったため、残された2人は母子家庭の中で生きている。巻子は娘と生活をしていくために場末のスナックでパートとして働くが、元々快活ではなく、地味な女性であった彼女。生活に余裕もなく、緑子との関係も上手くいっておらず、半年程前から娘から母への意思表示の手段は全てノートに書かれた文字のみ。夏っちゃんの元に緑子と共に姿を現した時にはすっかり痩せ萎んでしまっていた。
    巻子が東京にやって来たのは、周囲からの評価が良いクリニックで豊胸手術を受けるためだ。夏っちゃんに対しても口を利かない緑子。そんな2人にどう対応してよいか分からない夏っちゃん。緑子は緑子で母親に対して愛情を失っているわけではないが、思うことを口に出来ない、思春期ゆえの葛藤。そんな不器用な3人の物語。

    この小説において、「」で括られぬ会話があり、台詞も整然としたものでは無いため、序盤読みにくさを感じたが、それも読み進める中で、登場人物の不器用さを表現しているのだと解釈するようになり、その手法に感心した。また、その不器用さの中に、それぞれの心情がよく現れていて惹き込まれた。読んでいる人を突き放さない構成は、「こんな人達はきっと、この世にありふれているんだろうなあ。」と思わされるリアリティに繋がっている。

    全体的に緩やかに進んでいくなかで、シリアスな展開でこそ笑える点が盛り込まれ、シュールな笑いが溢れました。笑 緑子の言葉遣いが歳下の従姉妹を連想させたなー。最終的には全てをはっきりさせないままでのハッピーエンド。なかなか面白かったです。

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著者プロフィール

川上未映子(かわかみ みえこ)
1976年大阪府生まれ。大阪市立工芸高等学校卒業。2002年から数年は歌手活動を行っていた。自身のブログをまとめたエッセイ『そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります』で単行本デビュー。2007年『わたくし率 イン 歯ー、または世界』『そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります』で早稲田大学坪内逍遥大賞奨励賞、2008年『乳と卵』で芥川賞、2009年詩集『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』で中原中也賞、2010年『ヘヴン』で芸術選奨文部科学大臣新人賞、紫式部文学賞、2013年詩集『水瓶』で高見順賞、『愛の夢とか』で谷崎潤一郎賞、2016年『マリーの愛の証明』でGRANTA Best of Young Japanese Novelists、『あこがれ』で渡辺淳一文学賞を受賞。2017年、『早稲田文学増刊 女性号』で責任編集を務める。2019年7月11日に『夏物語』を刊行し、注目を集めている。

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