一朝の夢

著者 :
  • 文藝春秋
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本棚登録 : 117
レビュー : 24
  • Amazon.co.jp ・本 (298ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163272504

感想・レビュー・書評

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  • 六尺近くにもなる体を持ちながら、その性質はおとなしい同心・中根興三郎は、奉行所内で役人の名簿を作る閑職に就いていた。しかしそのお役目とは別に、彼が精魂を傾けるのが「朝顔作り」。彼は異なる品種をかけあわせ、この世に二つとない美しい朝顔を生み出すのを幸いとする男だったのだ。
    しかし幼馴染の里恵の窮状を救うため、極上の一品を彼女に与えた所から、中根は幕閣の重鎮・井伊直弼暗殺計画の渦中に巻き込まれてゆく・・・。

    息子が恐ろしい計画に加担する事を知った、中根の同僚の老同心。
    かつての夫が中根を危機に陥れるのではないかと、恐れる里恵。
    自己満足の材料としてしか朝顔を見ることができない豪商の鈴や。
    ふらりと現れては共に酒を酌み交わす(中野は酒は飲めないが・・・)、さっぱりとした気性の浪人・三好貫一郎。
    自分のための朝顔を作ってほしいと依頼してきた謎の茶人・宗観。

    キーとなる人物が精緻に絡み合い、それぞれの謎をうまく使って物語は進められていきます。
    宗観さまの正体は、まぁ早々にわかってしまうのですが、わかった後からだからこそ、この後に待ち受ける桜田門外の変の無常さ、それにかかわった人々の心の葛藤が際立ちます。
    ストーリーに、大河ドラマのような大きな盛り上がりはないのですが、むしろこの淡々とした丁寧な進め方の方が、人の想いを飲み込んで、残酷に流れていく時のはかなさが感じられてよかったのかもしれません。
    自分が植えた朝顔の子葉が、土をもたげて出てくるのを見て、「これが朝顔の赤子か」と小躍りして喜び、白地に浅黄色の斑点の入った時雨絞りが咲いたのを見て、可愛いな、と呟き目を細めた三好が、「相容れぬことも、また互いの正義のためなのだ。信念と言い換えてもいい。進むべき方向を間違えたのなら、修正をすべきだ」と、水戸藩士・関鉄太郎として桜田門外の変に挑む事となることが哀しい。
    若き頃に華々しい活躍をしたにもかかわらず、同僚をかばった怪我がもとで末は閑職に。それでもお役目を怠らず務めあげて、息子が奉行所に入ることを「息子の名を、自ら名簿に記したさいは、なにやた胸が熱くなりましてな」と喜んだ同僚の老同心・村上が、息子の敵を取るためにすべてを失い、最後には中根の刀に倒れる運命を選択してしまった事が哀しい。
    元妻である里恵を他人に凌辱させたあげくに自刃に追い込み、村上の息子が殺されるひきがねとなった矢田部耕造も、悪人とばかり思っていたのに、その胸の中に「認められたい」という鬱屈した思いが渦向いていて、結局は政局を動かすコマの一つとして使い捨てられた事が哀しい。
    夢の花を望み、迷いを振りきり行った厳しい政策。その影響で命を狙われ、「時代がわしを必要とし、その時代がわしの死を望んでおるのなら、喜んで屍になろうぞ。だがわしを倒すことが終わりではないのだ。そこからがあらたな始まりなのだということを、よく覚えておくがいい」と暗殺計画を知りつつ逃げも隠れもしなかった宗観様が哀しい。
    生身の人間の、生身の心を描きつつ、時代の波に飲まれていった彼らの悲しみをもまた描ききった良作です。
    一生に一度だけ、懸命に育てた者にだけ、咲いてくれる夢の黄色花。
    中根はその花を咲かせることができたけれど、三好や村上や宗観が、この世に生みだしたかった花は、彼らが咲かせたかった、それぞれの花は、どんな花だったのでしょうね。
    ふと、そんな想いにとらわれてしまう一冊でした。

  • 朝顔に己れの道を見出だし歩いて行くとは素晴らしい。この夏は我が家も朝顔のカーテンをびっしり張るつもりです。

  • 知人に薦められて読んだ、初梶よう子さん作品。

    うだつの上がらない朝顔好きの(閑職)同心が、試行錯誤を繰り返してようやく夢のような幻の黄色い朝顔を咲かせるだけの話かと思いきや、いや、朝顔好きの同心が主人公には変わりないし結局咲かせることができるのだけれども。

    (日本人ならわりと知名度の高いであろう)「桜田門外の変」の前後譚だった。
    史実にミステリー要素をからめて、なかなか読みごたえのある作品だと思いました。まぁ、でもいくら史実とはいえ、人が血を流しすぎるお話はあまり好きではないし、最後はなんだか駆け足が過ぎるなぁ、と感じたので☆は3つ。

    江戸時代末期。
    ひょろりと背だけが高く、しかし外見に反して心根はとてもやさしい中根興三郎は、名簿作成係の閑職に追いやられているのに、「暇なほうが朝顔の世話ができる」と不満もない。(むしろ喜んでいる?)30歳を超えた今も結婚の気配はなく、爺やには「坊ちゃん」と呼ばれてことあるごとにお説教されてはそのひょろ長い体を小さく縮めてしまう。
    自信はないけれど、たぶん自分を卑下しているだけ。
    流れに逆らうことはないけれど、物事の本質をすっと見抜ける目を持っていて、折れることがない。まるで柳のような人だと思う。
    そんな気性の主人公は好ましい。

    エピローグは、以前読んだ朝井まかてさんの『先生のお庭番』と同じようにも思えますが、主人公が失踪した後のエピローグだからか、感動はこちらの方が薄かったです。

  • 朝顔を愛してやまない同心のお話。
    切ない・・・。

  • 朝顔同心が、チャカポン様にであう。
    花合わせには、摺り師の安次郎が。
    オーソドックスな時代物、これで金鉱を掘り当て、続編も。
    その後、短編連作少女向けに転じたのは、読者に合わせてか。

  • 2015.9.3

    朝顔同心が朝顔を中心に問題を解決していく

    歴史上の人と関わると、先が読めて哀しい。

  • 格好よい主人公ではないのだが、だんだんといい男に思えてくる。こういう男が格好よいといわれるのは日本だからか?
    もの言わないんだけどなあ。

  • 初・梶よう子  松本清張賞 受賞作
    朝顔と桜田門外の変の話。 

  • 一本調子の男気とは違い、つかみ処がないようでいて事の本質を見据えた男の魅力は、女性なればこそ描けるのかもしれない。何やら新しい一著にめぐり会った喜びを得た。

  • 悲しい、哀しいようっ。
    うう、読後感は悪くはない、むしろいい方なのですが、いかんせん、
    哀しすぎです。
    美しく咲いた大輪の黄色い朝顔が
    誰でもなく、ただ咲いていた朝顔の前で、ほほ笑みあえていた、
    まるで夢のようなひとときと重なって、切ない。

    あの地震後のお話ですね。
    あいかわらず、ひょろりと高い身体をもてあましたように歩く興三郎に
    あいかわらずだなあっと思いつつも、幼い頃の知り合いの女性を
    救うために、育てた朝顔をゆずったりするところに、
    おお、やるじゃんっとにやりとしたり。
    里恵さんとうまくいってくれたらいいなあっとのんびり思っている間にも
    周りでは、なにやらキナ臭い出来事や、怪しい人がちらちらと。
    そうこうしているうちにとりかえしのつかないことに・・・・。
    うう、なぜだ。なぜ、こんなことにっ。とゆー興三郎の哀しみと憎しみに
    めっちゃ同調。
    あ、そうそうビックリしたのは鈴やさんでした。
    最初はなんか福福しい、いい人っぽかったのに、段々、雲行きが怪しくなり、最後にはもうサイアクなことに・・・・・。え?この人そーゆー役回りだったの~っと。

    それしかできないのです、といいつつも抜刀術(まあ最初の一撃だけだが)
    がすごい興三郎がカッコいいのです。まあ、守りたかったものは
    その手からすり抜けてしまったわけですが・・・・・。
    楽しかったと言いっぱなしでいってしまったと泣くシーンにうるうるでした。
    にしても藤吉と離れて興三郎大丈夫だったのでしょうか?
    みんな大丈夫だと信じてましたが、ちょっと心配。
    でも、まあ、そうですね、どこかで元気に朝顔にほほ笑みかけている姿しか浮かばないのも確かで。

    たとえ一朝の夢でも、
    それは生きる糧となる。

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著者プロフィール

東京都生まれ。05年「い草の花」で九州さが大衆文学賞大賞を受賞。08年「一朝の夢」で松本清張賞を受賞し、同作で単行本デビューを果たす。’15年、幕末に浮世絵を守り抜こうとした絵師たちの姿を描いた『ヨイ豊』で第154回直木賞候補になり、歴史小説家として大いに注目さる。その他の著書に『花しぐれ 御薬園同心 水上草介』『連鶴』『墨の香』『父子ゆえ 摺師安次郎人情暦』『赤い風』『はしからはしまで みとや・お瑛仕入帖』『番付屋新次郎世直し綴り』『お茶壺道中』『とむらい屋颯太』などがある。

「2019年 『北斎まんだら』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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