一朝の夢

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (298ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163272504

感想・レビュー・書評

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  • 先日「菊花の仇討ち」を読み終わり、そういえばシリーズを最初から読んだかどうか分からなくなったのでシリーズ第一作を読んでみた。
    既読感がないので読んでいなかったらしい。

    これが梶さんの単行本デビュー作になるのだが、それだけに力が入っている。
    「菊花の仇討ち」を読んだ時は、シリーズの第一作がこれ程重いとは思わなかった。
    しかもこの作品はシリーズ第一作にしてシリーズ完結編でもあった。
    つまり、第二、第三作(さらなる続編があるかも知れない)とあって、第一作に繋がるのだった。

    「菊花の仇討ち」に登場した杏葉館(鍋島直孝)や、三好も登場する。
    時間設定としては、中根興三郎が三十歳、そして時代は幕末の騒乱、混乱、闘争へと向かう頃。
    事の始まりは、興三郎の幼馴染・里恵が質の悪い商人から多額の借金をしていて窮地に陥っていることを知り、興三郎が自身が育てた見事な変化朝顔を里恵に譲って助けたこと。

    変化朝顔を花合わせに出品したり他者の朝顔と競ったり、ましてや投資のネタに使われることを好まない興三郎だが、そのことをきっかけに様々な人々と関わることになり、更には安政のあの大事件にも関わることになる。
    この辺りの話の広げ方は面白かった。変化朝顔と政治の世界をこんな風に繋げるとは、上手いなと思った。

    第三作では下男の藤吉に嫁取りのことをしつこく言われているが、この作品では里恵という出会いがある。彼女はバツイチで息子がいるが、良い女性だし、息子の小太郎は朝顔に興味を持っている。
    ついに興三郎も嫁取り成功かと喜んでいたが、こんな展開になるとは。

    興三郎の朝顔オタク振り、普段は名簿作成係という日陰の身で他人からは侮られているのは第三作と同じだが、この作品では意外にも感情を露にしたり、アクションも見せたりしている。

    興三郎という日陰の役人の目を通して、変化朝顔の作り手の目を通して見る混乱の世界。
    どちらに付くことも出来ない、どちらが正しいとも悪いとも言えない。ただ誰も失いたくない、誰も傷付いて欲しくない、ただそれだけを願うことがこれ程困難なこととは。

    「一朝の夢」とは、夢の黄色花。変化朝顔を懸命に作る人の真心が朝顔に通じたとき、一生に一度の褒美として朝顔が見せてくれる黄色い花。
    これ程辛い思いをしても朝顔と向き合うことを止めなかった興三郎に朝顔はどう応えてくれるのか。

  • 六尺近くにもなる体を持ちながら、その性質はおとなしい同心・中根興三郎は、奉行所内で役人の名簿を作る閑職に就いていた。しかしそのお役目とは別に、彼が精魂を傾けるのが「朝顔作り」。彼は異なる品種をかけあわせ、この世に二つとない美しい朝顔を生み出すのを幸いとする男だったのだ。
    しかし幼馴染の里恵の窮状を救うため、極上の一品を彼女に与えた所から、中根は幕閣の重鎮・井伊直弼暗殺計画の渦中に巻き込まれてゆく・・・。

    息子が恐ろしい計画に加担する事を知った、中根の同僚の老同心。
    かつての夫が中根を危機に陥れるのではないかと、恐れる里恵。
    自己満足の材料としてしか朝顔を見ることができない豪商の鈴や。
    ふらりと現れては共に酒を酌み交わす(中野は酒は飲めないが・・・)、さっぱりとした気性の浪人・三好貫一郎。
    自分のための朝顔を作ってほしいと依頼してきた謎の茶人・宗観。

    キーとなる人物が精緻に絡み合い、それぞれの謎をうまく使って物語は進められていきます。
    宗観さまの正体は、まぁ早々にわかってしまうのですが、わかった後からだからこそ、この後に待ち受ける桜田門外の変の無常さ、それにかかわった人々の心の葛藤が際立ちます。
    ストーリーに、大河ドラマのような大きな盛り上がりはないのですが、むしろこの淡々とした丁寧な進め方の方が、人の想いを飲み込んで、残酷に流れていく時のはかなさが感じられてよかったのかもしれません。
    自分が植えた朝顔の子葉が、土をもたげて出てくるのを見て、「これが朝顔の赤子か」と小躍りして喜び、白地に浅黄色の斑点の入った時雨絞りが咲いたのを見て、可愛いな、と呟き目を細めた三好が、「相容れぬことも、また互いの正義のためなのだ。信念と言い換えてもいい。進むべき方向を間違えたのなら、修正をすべきだ」と、水戸藩士・関鉄太郎として桜田門外の変に挑む事となることが哀しい。
    若き頃に華々しい活躍をしたにもかかわらず、同僚をかばった怪我がもとで末は閑職に。それでもお役目を怠らず務めあげて、息子が奉行所に入ることを「息子の名を、自ら名簿に記したさいは、なにやた胸が熱くなりましてな」と喜んだ同僚の老同心・村上が、息子の敵を取るためにすべてを失い、最後には中根の刀に倒れる運命を選択してしまった事が哀しい。
    元妻である里恵を他人に凌辱させたあげくに自刃に追い込み、村上の息子が殺されるひきがねとなった矢田部耕造も、悪人とばかり思っていたのに、その胸の中に「認められたい」という鬱屈した思いが渦向いていて、結局は政局を動かすコマの一つとして使い捨てられた事が哀しい。
    夢の花を望み、迷いを振りきり行った厳しい政策。その影響で命を狙われ、「時代がわしを必要とし、その時代がわしの死を望んでおるのなら、喜んで屍になろうぞ。だがわしを倒すことが終わりではないのだ。そこからがあらたな始まりなのだということを、よく覚えておくがいい」と暗殺計画を知りつつ逃げも隠れもしなかった宗観様が哀しい。
    生身の人間の、生身の心を描きつつ、時代の波に飲まれていった彼らの悲しみをもまた描ききった良作です。
    一生に一度だけ、懸命に育てた者にだけ、咲いてくれる夢の黄色花。
    中根はその花を咲かせることができたけれど、三好や村上や宗観が、この世に生みだしたかった花は、彼らが咲かせたかった、それぞれの花は、どんな花だったのでしょうね。
    ふと、そんな想いにとらわれてしまう一冊でした。

  • 全1巻

  • 朝顔に己れの道を見出だし歩いて行くとは素晴らしい。この夏は我が家も朝顔のカーテンをびっしり張るつもりです。

  • 知人に薦められて読んだ、初梶よう子さん作品。

    うだつの上がらない朝顔好きの(閑職)同心が、試行錯誤を繰り返してようやく夢のような幻の黄色い朝顔を咲かせるだけの話かと思いきや、いや、朝顔好きの同心が主人公には変わりないし結局咲かせることができるのだけれども。

    (日本人ならわりと知名度の高いであろう)「桜田門外の変」の前後譚だった。
    史実にミステリー要素をからめて、なかなか読みごたえのある作品だと思いました。まぁ、でもいくら史実とはいえ、人が血を流しすぎるお話はあまり好きではないし、最後はなんだか駆け足が過ぎるなぁ、と感じたので☆は3つ。

    江戸時代末期。
    ひょろりと背だけが高く、しかし外見に反して心根はとてもやさしい中根興三郎は、名簿作成係の閑職に追いやられているのに、「暇なほうが朝顔の世話ができる」と不満もない。(むしろ喜んでいる?)30歳を超えた今も結婚の気配はなく、爺やには「坊ちゃん」と呼ばれてことあるごとにお説教されてはそのひょろ長い体を小さく縮めてしまう。
    自信はないけれど、たぶん自分を卑下しているだけ。
    流れに逆らうことはないけれど、物事の本質をすっと見抜ける目を持っていて、折れることがない。まるで柳のような人だと思う。
    そんな気性の主人公は好ましい。

    エピローグは、以前読んだ朝井まかてさんの『先生のお庭番』と同じようにも思えますが、主人公が失踪した後のエピローグだからか、感動はこちらの方が薄かったです。

  • 朝顔を愛してやまない同心のお話。
    切ない・・・。

  • 朝顔同心が、チャカポン様にであう。
    花合わせには、摺り師の安次郎が。
    オーソドックスな時代物、これで金鉱を掘り当て、続編も。
    その後、短編連作少女向けに転じたのは、読者に合わせてか。

  • 2015.9.3

    朝顔同心が朝顔を中心に問題を解決していく

    歴史上の人と関わると、先が読めて哀しい。

  • 格好よい主人公ではないのだが、だんだんといい男に思えてくる。こういう男が格好よいといわれるのは日本だからか?
    もの言わないんだけどなあ。

  • 初・梶よう子  松本清張賞 受賞作
    朝顔と桜田門外の変の話。 

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著者プロフィール

東京生まれ。フリーランスライターの傍ら小説執筆を開始、2005年「い草の花」で九州さが大衆文学賞を受賞。08年には『一朝の夢』で松本清張賞を受賞し、単行本デビューする。以後、時代小説の旗手として多くの読者の支持を得る。15年刊行の『ヨイ豊』で直木賞候補となり注目を集める。近著に『葵の月』『五弁の秋花』『北斎まんだら』など。

「2023年 『三年長屋』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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