昨日のように遠い日 少女少年小説選

  • 文藝春秋 (2009年3月26日発売)
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  • 本 ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163275208

感想・レビュー・書評

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  • タイトルにまず掴まれる。
     “つい昨日のことのように鮮やかなのに、もう戻れない遥か遠い日 ”というノスタルジー。
    いやむしろ、“濃密な今と明日を生きる少女少年には、過ぎた昨日はあっという間に過去になってゆく” 、という比喩なのか。
    美しい響きの『昨日のように遠い日』という言葉に、あれこれ講釈をつけるのは無粋だ。そのままに味わいたい。

    レベッカ・ブラウンの『パン』が読みたくて本書を手に取ったが、収録作はどれも面白い。

    ダニイル・ホルムスが読めたのも嬉しい。ソ連当局に危険視されたという背景が、『うそつき』ではなるほどと感じることができる。「ホルムスの世界」も気になっていたけど、柴田元幸さんセレクト五編を読めたので満足。

    スティーブン・ミルハウザーの『猫と鼠』はひねりが効いた秀作。
     “つるつるの床の上で、猫と鼠は止まろうとして身を後ろにそらす。かかとから火花が上がるが、大きなドアが迫ってくる。ー鼠はドアを突き破り、鼠型の穴を残していく。猫もドアを突き破り鼠型の穴をもっと大きな猫型の穴で置き換えるー”
     
    おぉ、脳内でトムとジェリーのアニメーションが完璧に再生されていく。
    鼠を捕まえる作戦はどんどんエスカレートして、それに比例して悲惨な結末が繰り返えされていくが、猫は一向に諦めない。
    爪の半歩先を鼠は常にすり抜け、猫は毎回返り討ちでボロボロになっても、すぐにリセットされる。だってこれは毎週放送されるテレビアニメだから。
    二人にそんな自覚はなくとも、何故にこんな生き方を強いられているのか?、という内省の声がする。繰り返しの日々からの解放への想いが胸に燻る。実にアニメらしい締めくくりが用意されて、ジ・エンド。

    レベッカ・ブラウンの『パン』は期待に違わず、素晴らしい。
    女子寄宿舎の中で繰り広げられる、崇拝と支配が混然とした少女たちの人間関係が、レベッカ・ブラウン独特の反復によるリズムで語られる。
    憧れの対象に近づきたいという想いが募って、権威に挑戦することになるラストまで、このリズムが息苦しいほどに緊迫感を高めてゆく。あなたの真似をして、あなたの流儀でパンを食べるシーンは、ちょっとゾクゾクする。
    でも僕は、キッチンで働く太った食事係の女の子が、あなたのために手付かずで取っておかれたパンを、なにげなく口に放り込むシーンが好きだ。
    私とあなたとみんなで作り上げた神聖な世界を、気にもかけない女の子の存在が私に一線を超させるきっかけになる。

    本書は、少年が権威主義な父親による日常を捨て決然と夢の中へ漕ぎ出すバリー・ユアグローの『大洋』で始まり、子供たちが一人また一人と老女の夢と記憶に溶けてゆくデ・ラ・メアの『謎』で締め括られる。
    子供はいやおうなく大人になる。くぐり抜けるきつさが伝わってくる作品が印象的なアンソロジーだ。

  • 昨日のように遠い日
    ―少女少年小説選

    ”少女少年小説選”と副題にあるように、世界各地の思春期の子供達が主人公の短編アンソロジーです。
    時代には時代の息吹や価値観があり、国によって様々な政治状況や価値観があります。子供達が置かれた状況も様々なものがあります。同じ思春期といってもそういった違いが色濃く出ています。
    わくわく感と倦怠感、怖いこと、楽しいこと。そんな時もあったなあと、今まで走ったり立ち止まったり後戻りしたりして来た仮想線路を見渡しながら、”結構遠くに来たもんだ”という感想を持った竹蔵でした。
    それにしても、いろいろな小説があるもんだなあ。収録されている作者を竹蔵は一人も知りませんでした。

    竹蔵

  • バリー・ユアグローの「大洋」はなんか・・・悲しかったな・・・
    ダニイル・ハルムスは星新一的な・・・SSだけどもちゃんと爪痕は残してく、みたいな・・・
    レベッカ・ブラウン「パン」まさかの女子校百合

  • とっても柴田元幸。少年少女のための小説ではなく大人になっちゃった人たちのための少年少女小説。アルトゥーロ・ヴィヴァンテ「ホルボーン亭」。最後の僕と父の台詞に胸を打たれしばし固まる。ダニイル・ハルムスはナンじゃコリャ的な作品の中では「トルボチュキン教授」が可愛い。大好きなスティーヴン・ミルハウザー「猫と鼠」はアレですね、切なくて痛々しくてちょっと辛かった。レベッカ・ブラウンかと思ったら違ったマリリン・マクラフリン「修道者」は好きだな、主人公の女の子の今後の人生に幸ありますように。次がレベッカ・ブラウン「パン」怖い…。パンの描写が魅惑的過ぎる。おまけのマンガ「眠りの国のリトル・ニモ」ひっくり返したりしてくすくす笑いました。絵も素敵だな。

  • 少年少女を題材とするアンソロジー。
    暗喩や示唆に満ちているが、全てを汲み取ることは難しい。
    私はあまり良く分からなかった。
    好きな短編、思うところのあった短編を下に。

    ・アルトゥーロ・ヴィヴァンテ「ホルボーン亭」 Arturo Vivante"The Holborn"
    記憶、と言うものは人間の主観に強く影響されるもので。素晴らしいものであったと記憶しているものも他人にとってはなんら特別なものでないかもしれないということ。

    ・アルトゥーロ・ヴィヴァンテ「灯台」 Arturo Vivante"The Lighthouse"
    無邪気に嬌声を上げる少年ではなくなってしまったことを一年ぶりに出会った他者を通して痛感する。

    ・ダニイル・ハルムス「ある男の子に尋ねました」 Даниил Хармс"Одного
    肝油を飲むとお小遣いがもらえるんだそれを貯金箱にためて、いっぱいになるとお母さんはそれで肝油を買ってくれるんだ!というくすりと笑える。騙されてるな少年、というストーリー。

    ・スティーヴン・ミルハウザー「猫と鼠」 Steven Millhauser"Cat 'n' Mouse"
    「トムとジェリー」のような猫と鼠の攻防。決して勝てないと知っている鼠に立ち向かう猫と、決して負けはしないと分かっている猫もいなくなっては悲しいと考える鼠。アニメーションのような描写。

    ・マリリン・マクラフリン「修道者」 Marilyn McLaughlin"The West-acolyte"
    「西の魔女が死んだ」を髣髴とさせる。拒食症の少女が成長を受け容れる物語。

    ・レベッカ・ブラウン「パン」 Rebecca Brown"Bread"
    学校の中でカリスマの少女は、おおっぴらに権力を誇示することはないが彼女にひとたび嫌われてしまえば集団無視の憂き目にも会う。

  • 『おかしな本棚』の中に紹介されており、クラフト・エヴィング商會のお二人の手によるとても可愛い装丁で印象に残っていました。

    内容もとっても好みです!
    "青春"ではなく、その一歩手前の"少女少年"小説。
    さまざまな著者の作品を柴田元幸さんが1冊に集められています。

    中でも好みだったのは以下の3作品。

    ○「灯台」 アルトゥーロ・ヴィヴァンテ
    少年が灯台守と再会したときの心の動きが切ないくらいに伝わります。
    少年が成長した瞬間を見てしまった…そんな気分で読み終えました。

    ○「ある男の子に尋ねました」 ダニイル・ハルムス
    たった8行の物語のシュールさに、にやり。
    ほかにもこの著者の作品が4つ収められていますが、もっともっと読んでみたいです。

    ○「猫と鼠」 スティーヴン・ミルハウザー
    「トムとジェリー」を冷静な目で文字の形におこしたら、きっとこうなるのでしょう…。
    賢いネズミとまぬけなネコが展開するドタバタと書き手の冷静さのギャップがものすごくシュール。

  • レベッカ・ブラウンの“少女”、ユアグローの“少年”、デ・ラ・メアの名作「謎」の子どもたち、20年代ソ連のアヴァンギャルド作家の愉快で恐ろしい世界、サラエボ出身の新鋭に、本邦初登場のアイルランドの女性作家…。世界と、あらゆる時から届けられた逸品が勢ぞろい。永遠に失われる前の大切な話、選りすぐりの15篇

  • 「修道者」という話がとても印象に残った。

  • 天使になるにはまだ早い

  • -少女少年小説選-――柴田元幸編 文藝春秋2009.3

    内容 大洋 バリー・ユアグロー著 柴田元幸訳. ホルボーン亭 アルトゥーロ・ヴィヴァンテ著 西田英恵訳. 灯台 アルトゥーロ・ヴィヴァンテ著 西田英恵訳. トルボチュキン教授 ダニイル・ハルムス著 増本浩子訳 ヴァレリー・グレチュコ訳. アマデイ・ファラドン ダニイル・ハルムス著 増本浩子訳 ヴァレリー・グレチュコ訳. うそつき ダニイル・ハルムス著 増本浩子訳 ヴァレリー・グレチュコ訳. おとぎ話 ダニイル・ハルムス著 増本浩子訳 ヴァレリー・グレチュコ訳. ある男の子に尋ねました ダニイル・ハルムス著 増本浩子訳 ヴァレリー・グレチュコ訳. 猫と鼠 スティーヴン・ミルハウザー著 柴田元幸訳. 修道者 マリリン・マクラフリン著 小澤英実訳. パン レベッカ・ブラウン著 柴田元幸訳. 島 アレクサンダル・ヘモン著 柴田元幸訳. 謎 ウォルター・デ・ラ・メア著 柴田元幸訳.
    抄録 レベッカ・ブラウンの「少女」、ユアグローの「少年」、デ・ラ・メアの名作「謎」の子どもたち…。世界と、あらゆる時から届けられた逸品、全13篇を収録。伝説の漫画「眠りの国のリトル・ニモ」などの特別付録2篇つき。

    ●感想とメモ
    ミルハウザーを読みたくて、ついでにたくさん読んでみようと。
    少女少年小説、なんだねえ。いいなあ。
    しかしこれを幼いころに読んでたら、おもしろいとは感じなかったろうなあ。そういったものが、海外では少女少年小説として扱われているのが、日本との土壌の違いなのか。


    「パン」
    これが恐ろしい。寮生活を送る同年代の少女たち。はじめ、憧れの少女に対する思いをひたすらに綴る話なのかと思ったら、最後のどんでん返し…この美少女、実は陰険な女王様だったのか。憧れていた私、そこで目が覚めるのだろうけれど、この後、寮生活では生きづらかろうなあ…
    同じようなことを何度も何度も言葉を変えて語られるのに途中で飽きてしまったけれど、パンがとてもおいしそう。

    「灯台」
    去年の「ぼく」は灯台守にとっていい少年だったけれど、今年、灯台を再訪した「ぼく」は、もう灯台守にとっては別人で、認識すらしてもらえなかった…
    これが少年期というものか、と、むごく実感するほど。

    「猫と鼠」
    トムとジェリーのアニメ風表現を、すべて文字で書くとこうなるのか!
    ものすごく、虚無と思索的な感じだった

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著者プロフィール

1954年生まれ。翻訳家・アメリカ文学研究者。
ポール・オースター、スティーヴン・ミルハウザー、スチュアート・ダイベック、スティーヴ・エリクソン、レベッカ・ブラウン、バリー・ユアグロー、トマス・ピンチョン、マーク・トウェイン、ジャック・ロンドンなど翻訳多数。『生半可な學者』で講談社エッセイ賞、『アメリカン・ナルシス』でサントリー学芸賞、『メイスン&ディクソン』で日本翻訳文化賞、また2017年に早稲田大学坪内逍遙大賞を受賞。
文芸誌『MONKEY』(スイッチ・パブリッシング)責任編集。

「2024年 『天国ではなく、どこかよそで』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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