W/F ダブル・ファンタジー

著者 :
制作 : 久留 幸子 
  • 文藝春秋
3.13
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  • (38)
本棚登録 : 1824
レビュー : 351
  • Amazon.co.jp ・本 (496ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163275307

感想・レビュー・書評

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  •  なぜこんなに経ってから読んだのだと思った。けれどこの本がでたころ、
    いろいろ大変で本を読む気持ちから離れていた。
    もしそのころに読んでいたら、こんなふうに全身で切なく、寂しく、
    心に沁みている感じに気が付けなかっただろう。

     ああ、どうして・・・と読み終えて思った。
     これだけ男性がそばにきて、抱かれても”ひとり”なのだ。何をどうしても満たされない”独り感”。
     先輩とずっと過ごしていくのかと思っていた。大林の誘いに「やめてやめて!」と叫んだ。
    会っても尚「そのまま帰って!」と願った。
     まさか大林を選ぼうとは。
     大林も本気なセリフをはいていたけれど、何をもって信じればいいのだ。

     先輩からの最後のメールも切ない。
    でもこのなかで一番切ないのは奈津だった。

     普通には到底できないつきあいをしながらも、なぜだかあきれたり悪く思ったりしなかった。

     涙がでそうででなかった。
     切なくて哀しくてどうしようもなかった。
     厚い一冊まるごと、自然にいろんな感情が寄せてくる。

     志澤、最悪!と怒っていたことがいつのまにか消えたラストだった。

  • こんなにも共感した本は初めて。想像力が豊かなところ。親との確執。
    自分は変なのかもしれないという罪悪感。
    →奈津・三十五歳、脚本家。尊敬する男に誘われ、家を飛び出す。“外の世界”に出て初めてわかった男の嘘、夫の支配欲、そして抑圧されていた自らの性欲の強さ―。もう後戻りはしない。女としてまだ間に合う間に、この先どれだけ身も心も燃やし尽くせる相手に出会えるだろう。何回、脳みそまで蕩けるセックスができるだろう。そのためなら―そのためだけにでも、誰を裏切ろうが、傷つけようがかまわない。「そのかわり、結果はすべて自分で引き受けてみせる」。

  • 主人公が同い年で、夫との年の差も近い。
    仕事や境遇は違うけど、奈津さんとは似てるところもあって、勝手に親近感。
    こういうラブストーリーが面白く読めるようになったのは、30過ぎてからだ。
    女性の、あまり公にしない部分が赤裸々に描かれているだけに、レビューは書きづらい(;^_^A
    思うに、恋愛体質というのは肉体的欲求と心理的欲求のどちらを重視するかで変わると思う。
    ただ男性と抱き合えれば済むのなら、相手に家族がいようが関係はない。
    そこに心も癒されたいという欲求が生まれ、その人の特別になりたくなって、そうなると不倫関係は終わらせないと辛い。
    どうして、体も心も癒してくれる相手が既婚者だったのかね。
    こういうところがうまく行かない。
    心のすれ違いを体でしか埋められないから、自由なあまり別の相手を求めてしまう。
    また、現れてしまうんだよね、心に穴が開いてるときに限って。
    ほんとは、ただ独りを愛して愛されたいだけなんだけど、それが叶わないばっかりに、いや、叶っていることに気づかないばっかりに離れることになってしまう。
    実際、女性は一人の男性に一通りの愛され方をされるだけじゃ満足できないのだろう。特に体は。
    でも、心はただ一人を求めているから、そうでなければいけないと思っているから、誰かのものになる。
    心の安定を捨て去ってまで、体の求めるものに忠実になるわけに行かないから。

    あまり書いてると、浮気願望があるかのように思えてくる(-ω-;)
    ないよ。
    奈津さんを羨ましいとは思わない。
    欲望に正直に生きると孤独で虚しいってことは何となくわかるから。

  • ずっと前から気になっていた小説でしたが、値段もするし、借りるにはちょっと気が引けるなと思ってそのままでしたが、ブックオフで発見。


    分量も多いし、評価もそんなに高くないので途中で飽きちゃうかなと思っていましたが、私にしてはすんなり読めました。


    主人公の気持ちに入っていけない、理解できないと多くの人が書いていますが、まんま私だって思いました。


    高遠奈津は人気脚本家高遠ナツメとして、活躍している。


    彼女は人一倍性欲が強いのだが、夫の省吾とはほとんどセックスがない。

    その原因は彼の何気ない一言から。

    そんな彼女が尊敬する脚本家志澤と寝ることで、彼女の隠れていた女の部分が露わになっていくのだが……


    結局この小説の中で彼女は夫以外の男五人と身体を重ねていくわけですが、今まで抑圧されていた部分がどんどん爆発していく。


    最初はなんでも夫の言いなりになっていた彼女が、あそこまで豹変するとは。


    「結果はすべて自分で引き受けてみせる」


    倫理観から考えると彼女の行動は大きく外れていますが、ここまでくると良いか悪いかではないのだと思います。

    彼女が作中でセックスにも「心」がなければ、と言っていることに疑問を感じるのも当然だとは思いますが、(こんだけ色んな男とヤってるんだからそんなもんないだろとは思うでしょうが)私にはよくわかります。


    「心」がなければ感じないって。


    夫と出張ホストと坊さんとのセックスは彼女にとってむなしさを与えるものだっただろうけど、それ以外とのセックスは彼女は心から感じている。


    すごい女だな。


    ただ、夫とのセックスが上手くいっていたらこんな風にはならなかっただろうし、何より夫の抑圧から逃れて一人の女性としての尊厳を得るための手段が、彼女にとってはセックスだったんだろうなって思います。


    結局彼女は最後先輩を捨てて、役者を選ぶわけなんだけど、どうなるんだろう。


    また同じように他の誰かと出会い、身体を重ねるのか。


    それとも本当に彼が心から愛し合える相手だったのか。

    寂しさゆえに身体を重ねてしまうことが正しいとはけして思わないけど、そうなってしまう女性が弱い人だとは思わないな。


    間違ってるけど強い。

    開き直ってるようにも感じられるけど、共感できるな。


    こんなこと書いてしまうと、自分もどうかしてると思われてしまうだろうけど。


    彼女も私も本当に欲しいのは「心」から愛し合うセックスができる相手だと思うんだけどね。

  • 女としてのリミットに焦りを感じる奈津が選んだ、“外の世界”での道のり。
    男女間の情愛だけでなく、性愛もとことん突き詰めた作品です。

    これは、読む場所も、読む人も選ぶ本だと思います。
    ストレートな装丁(特に裏面)に、帯には「ほかの男と、した?俺のかたちじゃなくなってる」。村山さんの本でなかったら、ぎょっとしておそらく、手に取るのを躊躇ったと思います。

    最初は、読んでただただ圧倒されました。
    「引き込まれる」小説に出会うことはあっても、こんな風に引きずり込まれる、あるいは相手から迫ってくるような小説は稀に思います。
    10代で読んでいたら嫌悪感しか感じなかったかもしれないし、私が男性だったら首をかしげて終わっていたかも。それでも、全ての人に伝わるように書いていなくても、私は「よくぞ書いてくれた」と絶賛したいです。

    普段考えもしないのに、どこまでが著者の経験からで、どこからが創作なんだろうと考えてしまうほどに著者の魂のようなものを作中から感じました。どれもこれもが本当にリアル。

    どこまでも自由であろうと、孤独も責任も受け止める覚悟でいながら、
    気づくと相手に依存してしまう自分から抜け出せずにいる。
    奈津のそんな姿に哀しさを感じ、幼少期における母の影響の強さを思い知ります。

    正しい、正しくない、という問題ではなく、多くの人が心に蓋をしても平穏な生活をおくることを望む中で、周りも自分も傷つけても茨の道を歩かずにいられないのはきっと苦しく、痛いほどの解放感なんだろうと想像します。
    とにかく、いつまでも余韻が続く1冊でした。

  • 人生いろいろ
    男もいろいろ
    女だっていろいろ
    咲き乱れるの~♪
    読中、おもわず島倉千代子のうたを思い出した。
    それまでは、セックスに美学があるなんて思ってなかった。
    生々しい性描写にとどまらず、リアルな女の心情、こころと体の科学反応、会話のやり取り、駆け引き・・・・
    大人の恋愛ってすごい。熟成されたうまみと苦みがギュッと詰まっている。しかも初恋のような切なさも健在で、読者をドキッとさせる。

  • 友人に進められて読んだ。

    脚本という仕事と自己の問題を直結させてしまう奈津をみていると、
    表現に携わっているものとして考えさせられるところが多かった。
    俺でいえば、「失恋した後の方がいい歌書くね」ってよく言われるという問題です。

    話の軸を志澤に持ってかないで、四人の内の一人にしたところがいい。
    一つの恋愛を美化してそれにとらわれているよりも、
    一時の感情にすべてを注ぐ、そして降りかかるすべてを肥やしにする、
    そんな風にして僕等は生きていると思うし。

    何かの表現にとらわれるってことは、業を背負うってことですね 。

  • 初めてのこの人の作品。
    なぜ、読もうと思ったのか忘れたけど、一気に読めたのを覚えている。

  • 序章、主人公奈津と商売男のセックスシーンだった。性欲が強いことを自覚し、持て余している、35歳の奈津。それゆえに、30代既婚者の、売れっ子脚本家の、奈津の恋愛物語、として読み進めていた。奈津に共感できる部分もあるが、ふつうは既婚者として許されない行いも、職業の特殊性を理由に許され、許している節があるなーと思っていたら、大間違い。奈津の恋愛事情を読んでいたはずなのに、終章でガラリと変わった。
    最後数行「ああ。なんて、さびしい。どこまでも自由であるとは、こんなにもさびしいことだったのかー。」
    これはただの、ただの恋愛小説。私にもあなたにも経験のある恋愛そのものだと。恋い焦がれた男に数回寝て捨てられ、一度寝ただけの男に虚しさを覚え、寂しさが埋まらず、安心できる男を求め、でもまた強く惹かれる男に出会う。恋愛していると、さびしい。終章まで読んで、そんな若かりし頃の記憶がブワっと蘇った。鳥肌。

  • 主人公の心の動きが丁寧に書かれていて面白かった。男としていろいろ勉強になった。

著者プロフィール

村山由佳(むらやま ゆか)
1964年7月10日生まれ、立教大学文学部日本文学科卒業。不動産会社、塾講師などの勤務を経て作家となる。
1991年 『いのちのうた』でデビュー。1991年『もう一度デジャ・ヴ』で第1回ジャンプ小説・ノンフィクション大賞佳作、1993年『春妃〜デッサン』(『天使の卵-エンジェルス・エッグ』に改題)で第6回小説すばる新人賞、2003年『星々の舟』で第129回直木三十五賞、2009年『ダブル・ファンタジー』で第4回中央公論文芸賞、第16回島清恋愛文学賞、第22回柴田錬三郎賞をそれぞれ受賞している。ほか、代表作として『おいしいコーヒーのいれ方』シリーズがある。

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