- 本 ・本 (296ページ)
- / ISBN・EAN: 9784163294902
感想・レビュー・書評
-
『放課後の専科の教室って、なんだか独特の雰囲気がある。美術室は絵の具の、家庭科室は調理実習のなごりの、理科室は化学薬品の、音楽室は楽器のにおい。小学校の時、掃除当番で行くたびにそんなことを感じていた』
学校関係者として働かれている方々は別にして、子供の授業参観の機会でもない限り、一般の大人が学校の校舎に入ることはありません。毎日のように通った校舎、授業の思い出残る教室、そして友達と駆け回ったグラウンド、と物理的な”場所”としての学校は、取り壊されない限り、あなたが去った今もあの場所に残り続け、毎年新しい子供たちを迎え入れ続けています。その一方で、少子高齢化が着実に進む我が国。そんな状況を背景に、建物は変わらずも、用途が変わったり、使われなくなってしまった場所というものも、きっと存在するのだと思います。人数が多かった頃には複数あった専科の教室もそんな時代の流れには逆らえません。『前、ここでも音楽の授業やってたんだって』というかつての専科の教室。その場は、訪れる生徒もいなくなり、今はひっそりと佇む場所となっているかもしれません。
そんな今は使われなくなった第二音楽室。『ピアノは古いアップライト』、『壁に音楽家の写真が飾ってあったり、楽器が並んでいるわけじゃない』という第二音楽室。そんな第二音楽室を『秘密基地』と言い合って楽しい時間を過ごす六人の中学生たち。この作品は、あの時代を遠く過ぎた大人たちが、ふとあの日を思い出し、読後に遠い目をすることになる、そこにあの眩しい日々を見る物語です。
『今は授業中で屋上には誰もいない。第二音楽室にいるウチら六人のほかには。六人。たった六人だよ。仲のいい子なんていないし』という『屋上にたった一つだけある教室』、それが『第二音楽室』。『前、ここでも音楽の授業やってたんだって』、『前って、どんくらい前?江戸時代?氷河期?』、『創立何万年だっつの、ここ』と冗談を言い合う六人。かつては『一学年にクラスが四つも五つもあって、音楽の先生が二人もいた』という時代に使われていた『第二音楽室』。『いきなり、すごい音をたててピアニカをでたらめに弾いた』という山井を見て『ウチら練習しなきゃいけないんだよ』と言ったのが『まじめっぽく聞こえてしまい、みんなにじろりと見られたので、あわてて、ふざけた感じで「チューリップ」を弾き出した』という『ウチ』。『でたらめなメロディー、でたらめなリズム、ヒステリックな響き』が鳴り狂う『第二音楽室』は『すごいやばい感じになった』という六人の時間。『ウチらは鼓笛隊のピアニカ組だった』という六人。『鼓笛隊は五、六年でやる。五年生は全員ピアニカだ。六年生は太鼓や金管やアコーディオンとかの色んな楽器を受け持つけど、全員じゃない』、だから『楽器の数より生徒の数のほうが多くて』という結果論の『あまった人』が『ウチ』らという六人。『他の楽器をやる人は、「選ばれた人」でカッコよ』く、『三十五人の中で六人のピアニカ組のほうがカッコ悪い』、そんな六人に入ってしまった『ウチ』。『正直言って、まさか落ちるとは思わなかった』オーディション。『落ちるほうがぜんぜん少ないのに、そっちに入るとは思わなかった』という『ウチ』。『ものすごいショックで。情けなくて。みっともなくて。恥ずかしくて。悔しくて。もう学校行けないってくらいに思った』というその時の『ウチ』。そして『今日は、鼓笛のパートが決まって、初めての練習だった』という初日。『自分の手に自分のやる特別な楽器があるのが、どんなにワクワクするのかは、誰を見ていてもわかった』と羨む『ウチ』。『これから勉強、練習、ワクワク、ワクワク』、それに対して『ウチらの手にはピアニカ。やり方はわかっている』という六人。『あまり広くないし、他の楽器の音がすごくて』という希望を聞いてくれた先生に『第二音楽室を使ってもいい』と許可をもらった六人。『二階の北の端にある第一音楽室から、長い廊下を歩ききって、南の階段を屋上までのぼって…』と離れた場所にある『第二音楽室』。『ピアニカの練習を少し見ていて、また後で来るからやっていてね、と言い残し』て小走りに第一音楽室へと帰って行った先生。そして『先生がいなくなると、譜面を見る人は誰もいなくなった』という六人。『屋上にはウチらしかいなかった』、『めっちゃ自由だ!』と感じる『ウチ』は、その一方で『ていうか、捨てられたような』と感じます。そんな『第二音楽室』での練習の中で、二度と戻ることのない大切な時間を共有する六人の姿が描かれる『第二音楽室』というこの短編。過ぎ去った遠いあの日々の情景に誰もが何かを感じることになるであろう、とても印象的な短編でした。
『重なりあい、どこまでも柔らかく広がる四つの旋律。眩しくて切なくてなつかしい、ガールズストーリー』という帯のフレーズがこの作品の内容を絶妙なまでに表現しているこの作品。四つの短編から構成されていますが、一編が小学校、二編が中学校、そして一編が高等学校を舞台に、かつ女性主人公が音楽と何らかの形で関わる様子が描かれていきます。
では、それぞれの短編の内容を簡単にご紹介したいと思います。まずは、今は使われなくなった『第二音楽室』で鼓笛隊のピアニカの練習をする六人の小学五年生が描かれる一編目の〈第二音楽室〉。次に『来週の実技テストを男女のペアで』と指示した先生の一言を起点に『その日から、話題と言えば音楽テストのことばっかり』というクラスの盛り上がりの中でペアを組んでいく中学生が描かれる二編目の〈デュエット〉。三つ目に『この四人でね、リコーダーのアンサンブルをやってみませんか?』という先生からの提案で始まった男女それぞれ二人ずつのカルテットの中で甘酸っぱい青春を感じる中学生が描かれる三編目の『FOUR』。そして、最後の短編〈裸樹〉では、中学時代不登校だった『私』が高校入学後に四人で組んだバンドの中で『ウチらに未来はあるのか?』と悩みながらも前に進んでいく様子が、それぞれ描かれていきます。
そんな四つの短編の中で、〈裸樹〉だけは不登校の中学時代を経た主人公を描く、少し薄暗い雰囲気が漂う毛色の違う短編ですが、他はピアニカ、歌、そしてリコーダーという、誰もがかつて経験した、まさしく学校時代の一つの思い出に連なる世界が描かれていきます。『私たちのころ、大人数でやる楽器はリコーダーだったんですけど、今は、ピアニカなんですね』と語る佐藤多佳子さん。『このお話では、生徒が減っているせいで、鼓笛隊の中の“大勢”が少なくなってしまって生じた微妙な状況を書いてみよう』と思ったと続ける佐藤さんが描く〈第二音楽室〉というこの短編。上記した通り鼓笛隊の中で『太鼓や金管やアコーディオンとかの色んな楽器』からあぶれてしまってピアニカを担当する他なくなった六人の練習風景から演奏の舞台までの日々が描かれていきます。『他の楽器と違って、ピアニカはそんなに必死で練習する必要はなかった』とすっかり腐ってしまっている『ウチ』ら六人。『ほんとにみじめ、最悪』と感じる一方で六人が使えることになった教室は、『すっきりと明るい』と居心地の良い場所を見つけた六人の喜びが伝わってきます。そんな場所を『ウチら、ピアニカ組の秘密基地』と盛り上がっていく六人。そんな風に何かしらの秘密を共有するというのはこの時代においては、何か特別な優越感を感じるものです。それがどんなに些細なことでも変わりません。秘密というものに心ときめく瞬間、そんな瞬間の描写にすっかり心を持っていかれるのを感じる、ノスタルジックさの極みとも言える素晴らしい描写の数々。『みんなで歩く、このわずかな時間すら、とても大事なものに感じた』というその瞬間は、きっと『ウチ』たち六人の心の中にいつまでも残り続けるのだろうなと、思いました。
そして、この作品の中でさらに雰囲気満点に展開するのが、男女二人ずつの四人で『リコーダーのアンサンブル』を組むという三編目の〈FOUR〉という短編。『練習日に四人の顔がそろうたびに、「ああ、やっぱりやるのか」と『安心と不安が入り混じ』る『私』。その一方で『自分が本当に中原を好きになったのかどうか、よくわからなかった』と、そこで芽生えた『好き』という感情がアンサンブルのXデーに向けてパラレルに描かれていくこの作品。『彼がどんな女子とよくしゃべるのか、誰を気に掛けているのか、視線の行方をついつい追ってしまう』という『私』の切なくももどかしい心の内が、優しく、丁寧に、それでいてこれでもかという初々しさをもって描かれていきます。そして、『一つひとつの音が宝物のように思える。もう、ほんとに息が苦しくなってきた。でも、この演奏を終えたくなかった』というその結末へ向けて色んなことが結実していく物語は、主人公の『私』が、また一歩大人に近づいた、そんな瞬間を演出して幕を下ろします。現在進行形の皆さんには恐らく理解できないであろう、このたまらない宝物のような時代に読者を引き戻してくれるこの作品。ああ、懐かしいなあ、あの時代…と、まさに目を細めて遠くを見たくなるような短編でした。
『この音色、私たちの演奏、そして、私たちのつながり、あと少しでなくなってしまう、このすべてが、どんなに大事だか』と、そんな感情を抱いた自分が確かにあの時、あの場所にいた。そんなことをふっと思い出させてくれるこの作品。『眩しくて切なくてなつかしい』というそんなあの時代を生きた大人のあなたに是非ともおすすめしたい、そんな作品でした。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
眩しくて切なくてなつかしい、音楽室に彩られた4つのストーリー。
音楽と学校生活にまつわる短篇集。
再読。音楽には全く縁がない学生だったし経験がないことばかりだけど、なつかしさを感じる。
どのお話もそれぞれいいんだけど、特に最後の「裸樹」は心に響く。
中学生で不登校になって、同じ中学出身者がいない高校に入学し、新しいキャラで軽音部に入って居場所を確保した望が主人公のお話。人が人を救うということ、あこがれの気持ちの一途さ、痛ましさや純粋さに泣いてしまう。
佐藤多佳子さんの作品はいくつか読んだことがあって、正直なところ苦手なものもあったが、
はっきりとはしない曖昧な気持ちとか揺れ動きを描くのがすばらしい書き手だなとおもう。
-
キラキラ眩しい金管楽器にも、小気味よいリズムを刻む打楽器にも選ばれず
5年生なのに下級生と同じピアニカ担当に残留となった6人が
みんなの来ない第二音楽室で共有する、ささやかな秘密の時間。
必ず男女ペアで歌うこと、しかも男子は女子の申し込みを必ず受け入れること、
というルールにドキドキしながら、気になる男子にデュエットを申し込む女子。
卒業証書授与のBGMを演奏するため、ほぼ初顔合わせの男子2人女子2人で
突然リコーダーカルテットを組む破目になった4人の中で育まれる恋と友情。
居場所のなかった中学時代のトラウマのせいで
やる気のない女子高生バンドの中で言いたいことも呑み込んで耐え
公園で泣き崩れていた日に耳にした「らじゅ」の歌に傾倒していく女子高生。
ピアニカ、音楽のテストでのデュエット、リコーダー、軽音部で結成したバンド、と
いわば普段着の音楽を通して、小学生、中学生、高校生の日々が
佐藤多佳子さんらしい、みずみずしい筆致で描かれます。
4つの短編のうち、1作目の『第二音楽室』が本のタイトルになっていますが
この「第二」という言葉が醸し出す独特の雰囲気が
目立つ子、人気のある子、というクラスの主流からは外れてしまった
主人公たちのイメージに上手に重ねられていて、さすがです。
恋も、憧れも、友情も、細胞の中からふつふつとわき上がってきて
心だけじゃなく身体のすみずみまで切なく沁みわたり、身動きができなくなる。。。
そんな思春期の不自由さと甘やかさを懐かしく思い出させてくれる1冊でした。-
ご無沙汰してすいません!(≧∇≦)
夏場から仕事が多忙で
その後身体壊して
1ヶ月ほど入院してたんで遅くなりました(汗)
...
ご無沙汰してすいません!(≧∇≦)
夏場から仕事が多忙で
その後身体壊して
1ヶ月ほど入院してたんで遅くなりました(汗)
まろんさんは
お変わりないですか?
コレ読んでみたかったんです!
まろんさんの説明で
『男子にデュエットを申し込む女子』をリアルに想像して
妙にドキドキが止まらんくなったし(汗)(^_^;)
思春期と呼ばれる時代をとうの昔に過ぎても、
あの頃の思いは
自分の核となって
今も自分を支えてくれてます。
情けなくて
うまくいかなくて
恥ずかしいことばかりの青春でも、
それは人が大人になるためには
意味のあることなんですよね。
そんな思春期の葛藤や
抗う少年少女たちの姿を
まろんさんのレビューで
また見てみたくなりました(笑)
図書館にあるかなぁ〜♪
2012/11/29 -
いえいえ、無事退院してきてくださってうれしいです!
私はあいかわらず暇さえあれば、娘にジャマされながらも本を読んでいます。
女子におずおず...いえいえ、無事退院してきてくださってうれしいです!
私はあいかわらず暇さえあれば、娘にジャマされながらも本を読んでいます。
女子におずおずとデュエットを申し込まれたら、
円軌道の外さんなら、たとえ他に好きな女子がいたとしても
断れなくて、がんばって一緒に練習とかしてしまうんだろうなぁ
と想像して、ほのぼのしてしまいました(笑)
佐藤多佳子さんは、どうしてこんなに少年少女の心の声を
自然に描けてしまうのでしょうね。
図書館にありますように(*'-')フフ♪
2012/11/30
-
-
小学生、中学生、高校生と、年齢もそれぞれの
音楽室とはまた少し違った雰囲気を含んだ
"第二音楽室"での音に纏わる短編集。
何かを掴みかけて、経験値のなさから
また迷って、分からなくなって。
でも、まぁいっかと笑い飛ばして忘れてしまったりして。
単純で、複雑で、純粋だったりズル賢かったり。
すべてが青くて、すべてが生き生きとした子供の時間。
懐かしくて、甘酸っぱくて、とても眩しい。
それぞれの悩みや恋を抱えた日々の中で、
みんなの音が1つになって溶け合う瞬間。
一緒に音を出して、1つの塊になる感覚が
とても豊かで丁寧に書かれていて、
音を合わせるということの幸福感に満ちた時間でした。 -
学生時代に音楽が身近なものだと良かったなぁ…と思わされる作品です。ちょっと甘くて酸っぱくてイタい感じもするけどね
-
文字通り、School and Music。
短編集です。
小学生から高校生までが、友情と恋と夢、その他もろもろについて
音楽を通して・・・みたいな感じ。
いくつかの物語で一人称が「ウチ」だったりと、短編ということもあり
佐藤さん的に挑戦してる感がありました。
リコーダーやピアニカの話では懐かしい気分になりました。
私的に言うと、ほっこりするヤングアダルト。 -
重なりあい、どこまでも柔らかく広がる四つの旋律。眩しくて切なくてなつかしい、ガールズストーリー。
-
ヒリヒリするほど瑞々しい
著者プロフィール
佐藤多佳子の作品





