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Amazon.co.jp ・本 (336ページ) / ISBN・EAN: 9784163299204
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父親の日記を手がかりに、戦前の童話に情熱を注いだ人々の姿を描くこの作品は、評伝と創作の境界が曖昧な独特の魅力を持っています。著者は、亡き父が残した日記や資料を基に、彼の生きた証を追体験しようとしていま...
感想・レビュー・書評
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北村薫の父親がモデルの評伝とも創作ともつかないような不思議な印象の物語だ。
父親の日記を追いかけるようにして、戦前の童話に心血を注いだ人たちについて描かれている。
どこまでがフィクションでどこからがノンフィクションなのか境目があいまいで、時代がかった当時の風俗描写がさらに非現実的な雰囲気を醸し出す。
物語がどんどん展開して引き込まれる、とか、どんでん返しがある、とか、そういう話とは真逆の淡々とした風情が魅力の一冊だ。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
父親の日記から当時のことがわかるって羨ましい。
自分のこと、周囲のことと良いバランスで記録されていないとこんなふうにはいかないわなぁ。
日記って大概、「**食べた」とか「めっちゃ暑かった」とかどうでもいい記述になってしまいそうなんだけどね〜。
父親の性格がそうさせたのか?
凡人ではないということよね。 -
本作は北村薫の父の日記を材料にしている。
残念ながら楽しめなかった。
私は北村薫さんの「時と人 三部作」、「円紫さんシリーズ」、「覆面作家シリーズ」、「ベッキーさんシリーズ」が好き。その他の単作、エッセイなど全部読んでいる。
本作を読み終えた時、「好きな作家」から「好きだった作家」になってしまったようで寂しくなった。
北村薫さんはやっぱり好きだと思える作品が出版されるのを待っていたい。 -
父の遺した日記をひもとき、一世代前の、文学を志す1人の若者の像を浮かび上がらせている。若い父親に対して肉親としての情を持ちながらも、作家の眼で見ている。自分のアイデンティティーにもつながるテーマだけに熱心で丁寧な記述になったものと思われる。関わりが深かった「童話」周辺の調べが丁寧で文学史としての価値は高いだろう。
私としてはもっと短く小説仕立てにしたものが読みたかった。沢木耕太郎の亡くなった父親を取りあげた心に残る作品『無名』のような。 -
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若者たちの思いが集められた雑誌「童話」には、金子みすゞ、淀川長治と並んで父の名が記されていた―。創作と投稿に夢を追う昭和の青春 父の遺した日記が語る“時代”の物語。
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父の残した日記が下敷きにはなっているが、単なる日記紹介とか人物伝などというものとはまったく違った一冊である。大正から昭和にかけての時代背景やその時代特有の空気、そして作家を目指す人びとのもたらす熱風のようなものを、単に息子という視点に留まらず、同じ作家として、またその後の時代を生きる者としての視点を持ってみつめているように思われる。静かながら熱い風を感じる一冊である。 -
父親の遺した日記が語る〈時代〉に作者の時代を重ねて
文字での表現を目指していた 父
文字での表現者になった 作者
父の日記をそんなふうに読めるのかと思った。
父の時代の背景もひも解きながら
金子みすゞ の名に出会えて うれしかった -
亡き父から生前に渡されていた辞世の一句をタイトルに持ってきたところから、著者の覚悟のほどがうかがえる。自らの父が残した若き日の日記や多くの資料を元に、この伝記とも小説とも取れる作品を書くことで、父の生きた証しを追体験しようとしているかのようだ。多くの資料を精査することで事実をあぶりだす手法は、歴史ミステリとしても通用する内容。著者の父は、明治42年に横浜市保土ヶ谷区の裕福な眼科医の元に生を受け、神奈川中学を経て慶応大学に学び、埼玉県の高校教師として働いていた。折口信夫の門下生として民俗学を学び、在野の研究者としても活躍していたようである。平成4年に83歳で没した後、著者は自宅に残されていた父の若き日の日記を開く。そこに拡がる若き父の世界は、晩年の父の姿とは大きくかけ離れたものだった、、、序章に現れる美しき女性「春来る神」の真の姿はまだ明らかにならないし、まだまだ多くの謎が残されている記述。残された20歳以降の日記を中心に今後も続編が書かれる気配。
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北村薫の父親の日記を基にした、エッセイとも創作ともとれるジャンル分けの難しい作品。
戦前の生活や童話史が少しわかった気になる内容でした。 -
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北村薫さんらしい、もってまわった文章が父親の日記を読み解いていくノンフィクションであることをたまに忘れさせる。
大正から昭和にかけての空気が垣間見えて面白かったけど、退屈でもあった。
でも最後まで読んだらやっぱり
あの女性は誰なのか気になってしまう…
なんていうか、うまいなぁ〜。 -
自分の父親の日記を元にして、父親の青春時代を伝記風に描いた作品。小説ということになるのか、伝記なのか、その境界線当たりのものなんだが、どこまで虚実を織り交ぜているのかよくわからない。
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大正~昭和初期の風景が描かれていて、まずまず読めました。
ベッキーさんシリーズの資料を読んでいるよう。
物語のようで物語でない、のでちょっと読みづらい部分はありました。 -
つまらなかった
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特別なシーンではない日常ベースのお話のなかに不思議なお話を織り込むのが上手な北村薫氏の父親の日記をベースに、童話作家になろうと四苦八苦しながら同人たちとの切磋琢磨を続けていた父が生きた大正から昭和にかけての保土ヶ谷、横浜、東京を描いた作品。いまはなき日本の暮らしを感じる事ができるが、作品として感動する部分はなかったというのが正直なところ。父親が慶応だったのに北村氏が早稲田に行ったのはなにかあったのだろうか。そこのところ聞いてみたい。
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資料番号:011198389
請求記号:Fキタム -
作家北村薫の亡き父宮本演彦(のぶひこ)。
彼が残した若かりし頃の日記をベースに、
父親の青春時代を息子北村薫が評伝風にまとめた物語です。
当時の映画や舞台、そして創作にいそしんだ児童文学、
家族・友人・仲間との交流を通じて、
大正から昭和にかけての時代の香りを丁寧に書き綴っています。
”ベッキーさんシリーズ”でもそうですが、
著者は戦前の時代を文章にして読ませる能力が素晴らしいです。
違和感なくその世界に入り込めてしまうから不思議。
ただし、事件が起こるでもない日常生活を綴るということは、
いかんせん盛り上がりに欠けるのは必須。
一般受けるす作品ではないような気がします。
ある意味自分の父親の伝記であって、共著であって、
そう考えると、北村薫の自己満足のようにも思えます。
「いとま申して さらばと帰り行く 冬の日の竹田奴かな」
タイトルのもととなったこの句は、
父親宮本演彦が息子北村薫に残した辞世の句。
自分の死に際に詩を残すなんて、なんてカッコイイんだろう! -
時代が変わっても、学生さんの日常はあまり変わりないように思った。
試験があって、趣味があって、買い食いしたり、映画観たり。
北村先生は早稲田だけど、お父さんは慶應だったのね。
冒頭の女の人の謎もあるので、続きが読みたいなぁ。
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