神童

  • 文藝春秋 (1996年1月1日発売)
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  • 本 ・本 (304ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163513300

感想・レビュー・書評

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  • 「たとえば、五嶋みどりさんはもちろん素晴らしい音楽家です。しかし、彼女は地上的(アースリー)であり、渡辺茂夫は天上的(ヘブンリー)なのです。」(医師であり、かつバイオリン奏者でもある若井一朗さんの言葉。P263)

    私は通勤時にはスマートホンで音楽やラジオを聞いている。最近もっぱら聞くのは、渡辺茂夫が15歳のときに演奏したという、ヴィエニャフスキH. Wieniawskiの協奏曲第1番。
    youtubeで9分程度だが、曲が終わっても再度聞きたくて何回もリフレインしてしまう。とろけるように甘くて、それでいて一音一音がしっかりしている。とにかく音色が豊かできらきらと明るいので、仕事に行くのがすごく嫌なときや仕事帰りの憂鬱な感じのときも、この曲を聞けば心が軽くなって、落ち着くことができる。

    このように私が渡辺茂夫の曲の印象を千言費やして説明しようとしても、言葉にしたとたんに色あせてしまう。そして若井さんの天上的という例えがまさに金色に輝くかのように、どんな言葉よりすぐれていると強く思うことになる。
    https://www.youtube.com/watch?v=z1rVXqQYQNs&t=1s

    この本では、渡辺茂夫のバイオリン演奏者としての、7歳(!)から16歳までの経歴が書かれている。そこでは敗戦後まだ間もない日本で、世界中の演奏家を凌駕する可能性を秘めたバイオリニストの出現に多くの人が胸を高鳴らせたことがうかがえる。
    そうなると次には渡辺茂夫の音源を聞きたいと思うのが普通だろう。だが活動が短かっただけでなく、プロとしては活動していないので、残された録音は少ない。でもCDで聞ける数曲だけでも、ふくよかな音の響きと、速くなってもぶれない安定感という共存し難い特性を彼が年少にして身につけていたことに改めて気づかされる。

    CD「神童/幻のヴァイオリニスト~渡辺茂夫」
    https://booklog.jp/item/1/B00005GJBC
    CDは現在入手困難らしいが、私は幸運にも地元の図書館で借りることができた。現在、数曲でも彼の演奏した曲が聞けるだけで、私は感謝をささげたくなる。そして現代も彼の演奏が不世出であることは微塵もゆらぐことはないと確信する。

    一方で、私がこの本の具体的な内容にいつになっても触れないので、不審に思う方もいるのではないか。それは私が茂夫の音楽を、いわゆる周辺情報から切り離し、純粋に音楽だけを味わいたいからだ。
    この本にはともすれば茂夫の数奇な運命をやや増幅したかのような描写も見受けられる。しかしそんなものは知っておくのはいいが、茂夫の音楽を聞くための予備知識としては一切不要なものだ。

    特に最近の日本人は、スポーツ選手や俳優などに何かとサイドストーリーを求め、それと合わせて評価するという残念な傾向にあるのではないか。例えば茂夫の場合だと、メディアは「悲運の神童」などのレッテルを張りたがるだろう。でもそれは受け手側がサイドストーリーなしで自分で評価する力が欠けているからだ。手っ取り早く既製服のように物語を取り込み、安直に感動したいからだ。

    しかし渡辺茂夫の場合では、雑音を排して茂夫の音楽のみに正対したときにこそ、excellentな調べとして心に響いてくるはず。そう、「ショーシャンクの空に」で主人公アンディが懲罰房に入れられたときに、モーツァルトの音楽を心(ハート)で奏で、心で聞き続けることで苦しみが遠ざかったのと同じように。アンディはモーツァルトの曲を思い描くとき、彼の素行やサリエリとの確執なんか一切想像してはいない。

  •  
    ── 山本 茂《神童 19981210 文芸春秋》
    http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/4163513302
     
    …… バイオリンの神童、悲劇の背後に何が
     「メニューインの再来」と絶賛され、世界的なバイオリニストとして
    の輝かしい将来を嘱望されながら、留学先のニューヨークで、深い孤独
    の中、音楽家生命を閉じた少年がいた。少年の名は、渡辺茂夫。昭和二
    十年代のクラシック界を知るファンには、懐かしい名前かもしれない。
    山本茂著「神童」(文芸春秋、一八〇〇円)は、遠い過去の人となった
    天才の、あまりにも痛ましい物語を、事件から約四十年を経た今日、静
    かな筆致で伝えている。
     少年は、バイオリン教師の父の下で五歳から指導を受け、七歳の初リ
    サイタルで見事にパガニーニの協奏曲をこなし、鮮烈なデビューを飾っ
    た。十二歳でソリストとして日本の一流オーケストラと共演、十四歳で
    巨匠ハイフェッツの推薦を受け、ニューヨークのジュリアード音楽院に
    入学した。
     しかし、二年後の一九五七年秋、一人暮らしのアパートで、睡眠薬を
    飲んで倒れているところを発見される。失恋、過失、周囲のねたみなど
    が取りざたされたが、真相は不明のままだ。少年は、一命はとり留めた
    ものの重い障害を背負い、言葉も音楽も失った。現在は神奈川県鎌倉市
    内で父と共に静かな生活を送っている。
     悲劇の背景に何があったのか。本書は、ジュリアードでも卓越した才
    能を見せながら、レッスンにけん怠感を示し、遠い異国で精神的な危機
    を迎える少年の様子を、関係者への丹念な取材を基につづっている。危
    機の輪郭はおぼろげに見えてくる。著者は、少年を当時の「日本そのも
    の」に重ね合わせた。
     繊細で、深い音楽的感性に満ちた少年の物語は、本書を通じて、末長
    く記憶されていくであろう。(天)
    ── 19960630 東京朝刊 書評B 10頁 00663字 03段 [気になる一冊]
     
    http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=20030210 陰陽一致
     
    (20160215)
     

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著者プロフィール

1951年生まれ、花札やカルタなどの日本独自の遊びを若い世代に健全な趣味として伝承するために活動を展開。小学校や学童保育などをまわり、古き良き遊びを広めている。

「2020年 『マンガで覚える 図解 花札の基本』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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