天気待ち 監督・黒沢明とともに

  • 文藝春秋 (2001年1月5日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (336ページ) / ISBN・EAN: 9784163569109

みんなの感想まとめ

映画制作の裏側を知ることができる本作は、著者が黒澤明監督の作品に関与した経験を通じて、日本映画界の魅力を余すところなく伝えています。特に、スクリプターとしての視点から、撮影現場のリアルなエピソードや、...

感想・レビュー・書評

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  • 書名の「天気待ち」というのは映画の撮影時、思った画が撮れる天気になるまで撮影を中止することである。著者は、『赤西蠣太』を見て、伊丹万作にファンレターを送ったのが機縁となって、黒澤明の『羅生門』撮影にスクリプターとして加わることになる。最初に書かれたこのエピソードを読んだだけで、映画好きなら著者の幸運を羨みたくなろうというものだ。もっとも、『羅生門』の撮影は1950年だから、当方まだ生まれていない。

    日本映画界に素晴らしい才能が綺羅星のごとく並んでいた頃の話である。スクリプターとして、黒澤明に付き、監督や役者を含む黒澤組のスタッフの素顔をスクリ-ンの裏側で見てきた人の話がおもしろくないはずがない。特に、たった4人しかいない日本人スタッフの一人として、シベリアロケを経験した著者の『デルス・ウザーラ』撮影秘話は、黒澤の苦労がどんなものだったかをよく伝えて興味深い。この映画は公開当時期待して見に行きながら、首を傾げて帰ってきたのを覚えている。黒澤が撮影中「今まで、俺が撮りたいと思った画は、ひとつも撮れたことがないんだ!」と怒ったという挿話が、この映画の出来を物語っている。

    黒澤の映画では、仲代が主演した後期の大作より、三船敏郎が主演した頃の作品の方が好きだ。特に『椿三十郎』のようにユーモアが前面に出た作品を何より愛するものだが、黒澤の才能を早くから買っていた伊丹万作なら、何を推すだろうか。その三船だが、豪放磊落な風貌の裏に人一倍他人を気遣う繊細さがあったことをこの本で知った。生半可な気遣いぶりではない。シャイな性格ゆえ、みんなが寝静まってから泥酔して車を走らせ、ストレスを発散させていたという。そういう三船の持つ人間性を黒澤の映画は見せてくれる。他の映画では三船はただの木偶の坊である。

    『ヨーロッパ退屈日記』以来の伊丹十三ファンだが、彼の自殺にはショックを受けた。最もそういう行為からは遠い人格だと思いこんでいたからだ。伊丹家との深いつながりもあって、著者は若い頃から伊丹(十三)を知っている。その伊丹が、父万作のことを我が子に伝える言葉に感銘を覚えた。「父の役割は、自分の父のことを子に伝えることだ」という伊丹の言葉は、二年後の事件を思うとき、彼の胸中にあった思いを想像させずにはおかない。

  • 黒澤明監督の撮影現場、身近にいたスクリプターならではの名著。
    黒澤映画の現場の凄さがよくわかる。映画作りの大変さもよく伝わってくる。

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著者プロフィール

野上 照代(のがみ・てるよ)
1927年、東京生まれ。黒澤明監督映画のスクリプター、のちに制作助手。戦後、出版社勤務ののち、伊丹万作監督の遺児(後の伊丹十三)の世話を頼まれ、京都へ。1949年、大映京都撮影所に記録見習いとして就職。1950年、黒澤明監督『羅生門』に初参加する。以後、東宝に移り、『生きる』以降の黒澤作品すべてに参加(他監督作品も多数)。またエッセイストとしても有名で、1984年、「父へのレクイエム」で第5回読売・女性ヒューマン・ドキュメンタリー大賞優秀賞を受賞。同作は2008年に山田洋次監督『母べえ』として映画化された。著書に、『完本 天気待ち』(草思社文庫)、『母べえ』(中央公論新社)、『黒澤明 樹海の迷宮―映画「デルス・ウザーラ」全記録1971-1975』(共著・小学館)、ほか多数の黒澤関係の出版物に編者としてかかわっている。現在、黒澤映画の「語り部」として様々なメディアで活躍中。

「2021年 『文庫 蜥蜴の尻っぽ とっておき映画の話』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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