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Amazon.co.jp ・本 (376ページ) / ISBN・EAN: 9784163679709
みんなの感想まとめ
この作品は、サントリーの創業者である佐治敬三の伝記を通じて、彼の事業と文化への貢献を描いています。佐治は「生活文化企業」としてのサントリーを築き、ウイスキーや文化事業における先駆的な取り組みを行い、そ...
感想・レビュー・書評
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サントリー佐治敬三のことを伝記のように書き、それぞれの事業を文化史のように書いてある。
長い。
功績の大きい人だったことは分かった。
現代にもこういう人はいるんだろうが、時代というのもあるのだろう。
以前にもウイスキーに興味を持ったことがあったが、サントリーはなかなか面白い。
しかし、繰り返したが話が長い。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
「なんでや?」
カランコロン・・・夏はこの氷の音がなんとも涼しげ大人な味わいウイスキー。最近ではハイボールが人気を上げてきている。サントリーといえば誰でも知っている今や大手企業である。著者は廣澤昌。もちろんサントリーの社員である。しかし彼はビール一杯で蕁麻疹が出るほど酒に弱かった・・・が人間、佐治敬三にほれこんでサントリーに入社したという。この本はその佐治敬三の生い立ち・お酒にこめた思いが詰まった一冊である。今や季節は夏真っ盛り。私たちが「とりあえずビール!」「ハイボール1つ!」と頼むお酒の裏側をちょっとのぞいてみてはどうだろうか?
私は本の中にとても心に残る一説があったので紹介したいと思う。『敬三氏が父鳥居信治郎の仕事を代わりにやるようになった頃、業務中にたびたび姿を消すことがあった。研究熱心な彼のことだから研究室かと思いきやそこにも姿がない。そういう時はたいてい山崎の蒸溜所にいたという。彼は研究室で父が決めたレシピを見て、同じ原酒を取り寄せ机に並べ、計量しつつシリンダーに加えたりしていた。加えながらその変化を見て香りや味わいを確かめていくのだ。そうしないと父のレシピは解読できなかった。そしてわからないときは、山崎蒸留所に電話をかけ、我慢できない時は蒸留所にでかけていった。彼は毎日新しいことを一つでも知っておきたかったのだ。だから蒸留所にいったら技術者たちを好奇心から「なんでや?」と質問攻めにすることもしばしば・・・。当時の醸造学を大学で学んだ技術者たちは職人の経験に学ぶしか手がなかったため彼の質問には答えられなかった。だから敬三氏の「なんでや?」の質問は脅威だったという』
このエピソードには彼の好奇心がにじみ出ていると思う。どうしてそうなるのか、なぜその結果になるのかを知ることは新たな発見をするのにつきものである。私も料理をするときよく彼の「なんでや?」と同じ気持ちになる。例えば大根を買うとき、なぜ根本よりも頭のほうが甘いのか?とか川魚と海魚では身と皮の焼く順番がどうして違うのか?とか様々な「なんでや?」にあたる。自分の好きな料理について探求していくことはとても面白い。いつも当たり前と思っているところに生まれる「なんでや?」あなたにはないだろうか?
今日もお風呂上りに一杯!という方。片手にお酒、片手にこの本をもってお酒の奥深さについて考えてみてはどうだろう? -
サントリーを「生活文化企業」と規定し、サントリーホール、サントリーミュージアム、サントリー美術館を初め様々な文化事業に手を入れていく佐治敬三。
そんなサントリーの紆余曲折を描く本。
この一冊にそのエッセンスがたっぷりつまっています。
気になった箇所
P.164
商品を売るためのあの手、この手が、時代を先取りする創意と積極さをもって次々に展開された。
あらゆる機会、媒体はすべて宣伝の材料とされ、奇抜と映るまでの才気も、暴走と見えるまでの強気も、後で振り返れば正確で精妙な販売促進活動の軌跡を描いていた。信次郎の商いの勘は今日の全マーケティング領域に及んでいた
P.165
その製品の付加価値を高める広告、心を豊かにする広告をめざした。
P.187
チャレンジが失敗しても責任は問わない。これが「やってみなはれ」精神の真髄であり、しくじった担当者は責任感から「なんでや」と問い返し、いっそう頑張っていくのである。
P.206
敬三は、文化のため喜んで金を使った商人たちの思いには、牢固とした中世の停滞に対する、生き生きとした反骨精神を感じ取り、共感しないではいられない。
P.270
『美感遊創』こそ、新しい時代の生活文化の確かな指標であり、私どもは、そうした価値を提供するカッコイイ事業、キラキラ輝く事業をやっていきたい。
P.332
日本の飲食文化と欧米のそれをくらべて気づくのは、視覚の日本と会話の欧米ということだ。日本での宴会は会食者が個々に会話を楽しむというよりは、集団の一員としてともに季節を感じ、集団の営みにリズムをつけていく行為であると言えよう。祭事をともに行って、一体感を確認しつつ更新していく行為なのである。
本来、和をもって尊しとする「和」の国人がわれわれ日本人なのだ。
P.351
遊びをせんとや生まれけむ
戯れせんとや生まれけん
遊ぶ子どもの聲きけば
我が身さへこそ動がるれ -
7/4
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