「希望格差」を超えて 新平等社会

著者 :
  • 文藝春秋
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レビュー : 17
  • Amazon.co.jp ・本 (285ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163684505

作品紹介・あらすじ

経済格差の拡大はニューエコノミー以降の世界的な現象だ。労働の「市場価格」の二極化による収入格差も、家族形態の多様化による格差拡大も、不可避であり、「不当」とは言えない。なぜなら、現代社会の格差は、自由で民主的な社会にとって、むしろ「望ましい」とされることから生み出されているからだ。そんな中、「希望の格差」に陥る社会とそうでない社会とがある。その分かれ道とは何か?いま、私たちは新しいタイプの平等社会に移行しなければならない-。「生活の場」を再建する方策を具体的に示し、真の希望を与える刮目の書。

感想・レビュー・書評

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  • ニューエコノミー:豊かな社会・IT社会・グローバル社会

    豊かな社会→ふつうのモノの購入コストを最小にし、個別的で感覚的な新しいタイプの欲求を満たす新しいサービス産業が発展
    ex.健康・美・気持ちよさ・知識・リスク回避・愛情・・

    これらを企画する人と、新しい企画を実行するために同時に大量の定型作業労働者を必要とする

    ニューエコノミーでは、モノづくり主体のオールドエコノミーと違って、商品やシステムのコピーが容易である。
    そこで生じるのが、
    コピーの元を作る人と、コピーする人+コピーを配る人への分化。マニュアルを作る人とマニュアル通りに働く人への分化。

    しかし、学校教育システムの「パイプライン」は残ってしまい、結果的にそのパイプから漏れる人が出現した。
    (工業高校を出ても正社員の工員になれず、短大を出ても企業一般職→専業主婦になれず、大学を出ても上場企業ホワイトカラーになれない…etc)

    なおかつ、パイプラインは広くなっているから「過大な期待」を諦めるチャンスが少ない。学歴インフレが起こっているので、親以上の学歴でも親以上の職業に就けない

    学校教育システムは、生徒にとって努力が保証される希望のシステムではなくなった。(ここでいう「努力」は普通の人が普通にできるレベルであることが重要)

    まさにバトルロワイヤル=勝ち残った者以外は死ね、という状況

    専門中核労働者:想像力・創造力・情報スキル・美的センス
    定型作業労働者:スキルアップを要さない マニュアル通りに働けばよい
    従来の、スキルアップ型労働者(低スキル→OJTによりスキルアップ)という仕事は徐々に少なくなる

    希望とは、努力が報われると思う時に生じる。絶望とは、努力してもしなくても同じだと思う時に生じる。
    ひとの感情は、自分の意志ではもつことができないものである。(自分の意思でコントロールできないものを感情と呼ぶ、といったほうが理論的には正しいが)希望を持てと言っても持てるものではない。

    絶望は外部不経済

    格差拡大傾向が不可避なら、それを希望格差に結び付かせない政策をとるべきなのである。
    生産性の低い職に就く人の処遇と生活水準が低い人への処遇

    「貧乏でも楽しく生きられる」などと言って経済格差を肯定する人は、実は自分は経済的に成功している人が多い。自分にできないことを人に押し付けてはいけない。
    「価値観」とは社会的なものであることを忘れてはならない。

    価値ある生活を送るためには、他者から評価される(本気で人から羨ましがられる)ことが必要である。経済的成功とは別の価値観を推進するには、そのような生活を送っている人を「本気」で社会的に評価する必要がある。→共生事業 寄付と社会貢献

  • 「希望格差社会」の続編か?
    婚姻率の低下、少子化の要因等、世間で一般に言われていることとは違う視点で切り込んでいる。
    教育問題についても非常に説得力がある。
    「パイプライン」については前著でも取り上げられていたと思う。
    注目されていないのは、的を得すぎていて抹殺されているのか。

    2回目:10年を経てまさに格差は深刻に、著者には先見の明があったか

  •  まとめると。まずニューエコノミー万歳。格差拡大は自由の拡大によるものであって、不可避。格差問題は、市場の「外部不経済」なので、公害と同じように対策が必要。市場の優れた点を保ちながら、格差をミニマムにする(注:オレにはコレ、意味不明です)新しい基準が大事になってくる、つまりこれが、新しい「第三の平等概念」なのであーる。

     でさ。
     まず、格差問題が「外部不経済」というのがナンセンス。格差問題は「外部」ではなく、どう考えたって市場「内部」の問題でしょうに。意味がわかんね。このあたりの本文は、経済主体ってナニヨどころか、センセの頭の中で主語がどっかにいっちゃってるとしか思えない支離滅裂さ。今どき公害だって排出権取引などを通じて市場の「中」で解決しようとしている。せっかく「中」に入ってるモノをわざわざ「外」に出しちゃう、それが「社会学的思考のセンス」というわけ?
     ニューエコノミー大好きな山田先生だが、実際日本がどんだけ「ニューエコノミー」なのよといういっちゃん大事な前提は、検証なし。ドラッカーやらライシュが言ってるんだから正しいでしょっていうのは、学者の仕事? で、日本が「ニューエコノミー」とやらになってるという例が傑作。ペットマッサージ、美容師にメイド服を着せるサービスとかが、なんとニューエコノミーの例なんだそうで。「想像力や創造力に富んだ美的センスを身につけた生産性の高い人」の例がソレですか。はぁ。

     あいかわらず、なんか「オレも、オレもそう思ってたんだよ」的な結論はうまいと思うけれど、論証がぐだぐだ。さんざっぱら「パラサイト」叩きした過去を微妙に修正して「若者弱者論」へとじわじわと体重移動してるあたりも、なんつーか面の皮が厚い。まぁつまりは、いままでの評価を変える著作ではなかったという一言だけで済む話ではあるが。
     最初に結論ありきで、それに都合のいいデータをさがしてきて当てはめればOKなのが社会学。という『反社会学講座』の指摘がまんまあてはまる。この人がこんなに売れっ子で、ホントにいいのか? 社会学。

  • ヤバス
    下流化しちゃっているかも。

  • 前作のまとめと付け足しのような本。

  • 「努力すれば誰でも」/読みやすい

  • 中流生活が崩壊し、社会の「底抜け」がはじまった−。仕事と家族のリスクが増大し二極化が進む今、経済・家族格差を希望の格差に結びつけない新しい社会のあり方を提案する刮目の書!(TRC MARCより)

  • 希望格差という視点からの現状分析は説得的。まぁ,『希望格差社会』と同じ内容ではあるけれども。本書の売りは,希望格差社会に対する処方箋な訳だが,正直具体性を欠く印象。ニューエコノミー下での労働の二極化という分析が明確なだけに,著者の提言くらいでこの大きな流れに効することができるとは考えにくい。どうしてもリスク化する社会をどう生き抜くかという勝ち逃げの方法に興味がいってしまう。漏れの大きなパイプライン(=博士課程)から新しくてリスクが低そうなパイプライン(=法科大学院)に飛び移ってはみたものの,やっぱり漏れてる自分って何なんでしょうね・・・。当事者としては著者の現状分析の鋭さが,痛い。

  • 希望格差社会の著者の続編

    前作『希望格差社会』では2極化とリスク化の2つの因子が格差の結果生まれるということを考察。

    本編では、このような現象が起きているのは日本だけではなく先進国に共通して起こると分析。実際にアメリカでもWorking Poorが問題となっている。1980年代から世界では『ニューエコノミー』へと変化していた。

    これは社会の構造変化のためである。
    『オールドエコノミー』は産業革命による工業社会(努力をすればスキルが上がりそれに伴い給料が上がり生活も豊かになる)から『ニューエコノミー』への変化である。

    『ニューエコノミー』では一部の創造力、想像力(Needsをつかめる)、美的センスの高い人たちと大量の単純労働者と呼ばれる人たちの2極化へと進む。もしくは発展途上国へのアウトソーシング。
    例えば、10年前ならExelとWordが使えますというのが一つの売りにもなっていた。しかし、今ではそんなことはバイトや派遣社員がする仕事であるといわれる。

    経理の仕事はあるが、IT化が進むにつれてソフトが開発されいずれそれも派遣、もしくは少数の人間で管理できるようになる。

    小泉改革では規制緩和を進めた。

    確かに競争をすることは日本が世界の中で経済的発展をする上で必要不可欠である。しかし、その結果までをそのままにしてよいものか。

    競争を肯定することとその競争の結果を同一視しては今後大きな影響がでるであろう。
    どうせがんばって何かしても意味がないと、学ぶ機会を放棄してしまう人が増えるのは明らかに人的資源の無駄である。そのような人を将来税金で救うことになるのは非常に厳しいであろう。

    確かに、最大多数の最大幸福を目指しても全員が幸せにはなれない。自分のボスも汗かいて努力しようが結果がでなければ意味がないと言う。確かにそれは額面通り正しことなのだが、がんばっても報われないというのも生きづらく感じる。

    そんなのは甘い!と、自分は自信を持って言い切れない。

  • 何かを読んで、現代社会における格差について興味を持つ機会があったので

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著者プロフィール

山田 昌弘(ヤマダ マサヒロ)

1957年、東京生まれ。1981年、東京大学文学部卒。
1986年、東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。
現在、中央大学文学部教授。専門は家族社会学。コピーライターとしても定評がある。
NPO全国地域結婚支援センター理事

【著書】
『パラサイト・シングルの時代』『希望格差社会』(ともに筑摩書房)、『新平等社会』『ここがおかしい日本の社会保障』(ともに文藝春秋)、『迷走する家族』(有斐閣)、『「家族」難民』(朝日新聞出版)などがある。

【公職】
•内閣府 男女共同参画会議・民間議員
•文部科学省 子どもの徳育に関する懇談会・委員
•社会生産性本部 ワーク・ライフ・バランス推進会議・委員
•厚生省 人口問題審議会・専門委員
•経済企画庁 国民生活審議会・特別委員
•参議院 調査室・客員研究員
•東京都 青少年協議会・委員
•同 児童福祉審議会・委員
•内閣府 国民生活審議会・委員
などを歴任。

「2016年 『結婚クライシス 中流転落不安』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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