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Amazon.co.jp ・本 (640ページ) / ISBN・EAN: 9784163688305
みんなの感想まとめ
江戸時代の文化的な成熟とその重要性を深く掘り下げた作品で、著者の豊かな学識と独自の視点が際立っています。特に、本居宣長と荻生徂徠の思想が、科学と宗教の対立に直面しながらも古代の神的なものを探求した過程...
感想・レビュー・書評
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著者の該博な学識と強靭な思考に圧倒された。
国史における神代の扱いという問題は、近代西洋が入ってきてから始まったのではなく、日本のカミの観念が中国のそれとは異なっているという根本問題が、江戸という時代に露呈されたのだと著者は言う。17ー19世紀は西洋でも、中国でも、神の概念があらためて問われた危機の時代なのだ。宣長が出現した意義はそこにあるのだ、と。
そして宣長は、科学と宗教の二律背反に悩んだカントと同じ問いの前に立たされたのだという。
江戸時代に、それぞれ異なったかたちで古代の神的なるものを追求した荻生徂徠と本居宣長のふたりの偉業が、ヴィヴィドかつダイナミックに浮かび上がる。
とりわけ本居宣長が成し遂げようとしたことの大きさを、この本ほど説得的に展開した書物を私は他に知らない。
著者は、思想史には関心がない、関心があるのは偉大な思想家だけだ、そして偉大な思想家には一口で言える単純な構造がある、ニーチェのソクラテス否定も、宣長の太陽信仰も、どうして?と問い返したくなるような単純さこそが特徴である、と言い切る。
このきっぷの良さも、この著者の真骨頂である。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
西尾先生の大作。江戸時代かつまらない時代などではなく、日本のルネサンスが起こった文化的に成熟した時代だとよく分かる本。明治維新で江戸を否定しまくったせいで、この時代に対する日本人の誤解が、未だにあるのは淋しいことです。
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読み物としては面白かった。大変楽しく読んだ。が、架け橋にはなってない。もう御一新前どころか太平洋戦争前は我々と切り離されてしまっている。誰のために書かれた本なのだろうか。外国人用?
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目次だけ見て面白そうだと思って図書館で借りました。
読んでるうちに「ん……?」「なんかこの人……」となってきて、著者を確認したら、たかじんの番組とかでよく見る人でした。
あー、なるほどー(苦笑)という感じです。
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