ボローニャ紀行

  • 文藝春秋 (2008年3月1日発売)
3.83
  • (17)
  • (14)
  • (21)
  • (1)
  • (1)
本棚登録 : 133
感想 : 21
サイトに貼り付ける

本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

Amazon.co.jp ・本 / ISBN・EAN: 9784163690902

みんなの感想まとめ

復興に向けた街づくりのビジョンが描かれた本作は、女性の力を重視し、公共保育所の設立から始まる新しい環境づくりを提案しています。また、歴史的建造物や自然を大切にし、投機的な土地取引を禁じることで、持続可...

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 「四つの誓い」

    (1)復興のためには女性の力が必要である。そこで女性が安心して働くことができるような環境をつくるために、まず公共保育所を建てることにしよう。それが街づくりの第一歩である。
    (2)街の中心部の歴史的建造物と郊外の緑は、市の宝物である。この二つはあくまで保存し、維持しよう。
    (3)「投機」を目的とした土地建物の売買は、お互いに禁じ合おう。
    (4)市内の職人企業の工場については、業績がよくなっても増築しないようにしよう。どうしても増築したいときは、街の景観を守るために、熟練した職人による分社化を行おう。


    商工会議所が取組んだ戦略手順

    (1)商店街を専門店の有機的な集合体にするために改装費用を助ける。
    (2)商工会議所に店員専門学校を設立してプロの店員を育てる。
    (3)商店街の内部を改造して、学生や老夫婦の住居にする。
    (4)中心市街地に映画館や劇場を増やすことによって、賑わいを創出し、街中の消費を促す。

  • イタリアを誤解していたかもしれない。特に イタリアとドイツとの関係について。

  • 「ボローニャ方式」発祥の地で

    所蔵情報
    https://keiai-media.opac.jp/opac/Holding_list/search?rgtn=074241

  • ・「どうしてホームレスの皆さんが芝居なんてものをするんですか」
    「仕事がなくなる、住むところもなくなる。すると人間はどうなるだろうか」
    「…どうなりますか」
    「自分の殻の中に閉じこもるようになる。自分と外部との間に厚いシャッターを下ろす。ところで芝居というものは、みんなが力を合わせることをしないと、できあがらない」
    「つまり、芝居の熱が殻やシャッターを溶かす?」
    「その通り。みんなでわいわいやっているうちに、心がやわらかくなり、自分と外部との境がなくなる。そして、そこへ観客の笑い声や拍手が加われば、自分と外部とが完全に溶け合って、だれもがもう一度、外部を信じようという気になるんだよ。芝居にはふしぎな力があるんだ」

    ・(ボローニャの産業博物館館長のジョヴァンニさんの説明)
    「博物館というものは、最初に盛大に飾りつけて、それでおしまいということになりやすいのです。それでは博物館は死んだ施設になってしまいます。博物館には生きた人間が見学にくる。だから博物館も生きていなければなりません。いつもいきいき生きている施設にするために、当館は三つの原則を掲げています。
    一つは、展示は二ヵ月ごとに変えること。評判のよいものは半年くらい残すことはありますが、原則は、二カ月ごとに展示を変えます。
    第二は、ここの展示はほとんどが動く。
    第三の原則は、ここがわたしたちの学校の卒業生たちの同窓会館の役割を果たすということです」

    ・「困難にぶつかったら過去を勉強しなさい。未来は過去の中にあるからです。学校や博物館というのは、そういうものなのです」

    ・いつでしたか、ある高名な建築家に、「世界中からこの日本に、たくさんの観光客を集めるには、どうしたらいいでしょうか」と尋ねたことがありました。評判のよい建築物を世界のあちこちに次から次へと発表していたその建築家は、一と一を足したらいくつ、と聞かれたときのように、じつにあっさりと答えてくれました。
    「東京のどこでもいい、あるいはあなたの故郷の山形の田舎でもいい、いま現にある建物や街並みを、そっくりそのまま百年間、保存してごらんなさい。日本の百年前の姿を観るために、それこそ世界中から人が集まってきます。保証しますよ」
    ボローニャに限らず、イタリアの都市の美しさに感じ入ったとき、いつも思い出すのは、この言葉です。

    ・イタリアについて書かれた本を読んでいてしきりに目につくのは、「自治都市共同体」「コムーネ」といった単語です。これをどう理解したらよいのか。定義は喉元まで出てきてはいる、しかしどうしてもまとまった言葉にならない。それでいらいらしているとき、慶応大学の藤田弘夫教授の「街角で感じる『公』と『私』」という講義録を読む機会がありました。この講義に大きなヒントが隠されていました。

    <日本には欧米のような詳細な都市計画がないので、土地に建物を建てるかどうかは、地主の意向しだいである。しかも建造物を規制するのは、基本的に「建築基準法」と「都市計画法」である。これに消防法などさまざまな規制がかかわってくる。しかしこれらは国の法律であり、市町村のものではない。つまり地主と国が建造物の建設に決定的な役割を果たしている。…このことは、日本の市町村が共同体(コミュニティ)ではなかったことと無関係ではない。>

    ・「市長や市会議員になると、どういうものか、たいていが愚か者になっちまうんだよねえ。お役人にしても国会議員にしても同じことだ。みんな遠くや横っちょを見すぎておろかになる。その上、情けないことに、任期が終わるまで、あるいは定年になるまで、その愚か者たちが税金を使い続けるんだ」
    ―ボローニャ市サヴェーナ地区住民評議会のマッタラコーティさん

    ・中央の援助をほとんど断たれながらも頑張り続けて二十年、70年代に入るころには、ボローニャはイタリア有数の裕福な都市になりました。「あなたは将来、どこの街に住みたいと思いますか」「あなたが訪れたい街はどこですか」といったアンケートには決まって上位に入り、そのうちにベスト3の常連になった。普通の都市出世物語では、ここでメデタシで幕を閉じることになりますが、しかしボローニャ市民は「まだなにかが足りない」と感じていました。そして例によって、市民討論会が何度も開かれました。

    ところでこの市民の討論に耳を傾けていたボローニャ大学の教授たちの中に、記号論講座の助教授ウンベルト・エーコがいました。そのころのエーコは、やがて世界的なベストセラーになるはずの『薔薇の名前』を書いている最中でしたが、彼は市民たちの討論を次のようにまとめました。

    「この戦後のきびしい戦いを支えてきたもの、つまりボローニャ精神とはいったい何か。わたしたちはそれを全イタリアに表明したいのではないか。けれどもそれをどう表現していいのか分からないので、どこかで物足りなく思っているのではないか。中央の権威を恐れず、自分の住む場所にしっかり立って、力を合わせて生きることの楽しさ、誇らしさ。わたしたちはその気持ちを全土に表明したいのだ。よろしい。それなら表明しよう」

    でも、どうやって?
    「もちろん、演劇でやるんですよ」

  • ボローニャという都市が、イタリアが、とても好きに、なってしまった。考え方が、素晴らしい。古いものに対する思考が根本から違う。組合、国家と都市。考えさせられた。最古の大学。学生が管理するので教授の人選、学長の指名も学生がする。また、学生が増えてきたので二階を道路に突き出すように増築。それが屋根付きの歩道になった。大学の単位取得は、公開での口述と、筆記。討論しながら意見をまとめていく。すごい。ホームレスの劇団の創設。社会との接点を作る為。市内の清掃、夜間の見回り、廃品の再生もホームレスの仕事。また、映画好きがフィルムの再生をしたところ、世界から修復の依頼が来る。それが拡大して、映画の図書館や子供用、イタリア用、外国用の映画館が出来る。それで人が集まってくる。工業では、フェラーリ、ドゥカティ。親会社の技術は、持ち出してよいが、同じものを作ってはいけない。学生が管理する産業博物館。流行りがファッション、定着したのがモード。うーむ凄い。ムッソリーニがバシッと決めてヒットラーを見下してたとは、知らなんだ。また、ナチのデザインをボローニャに頼んでいたのも知らなかった。アルマーニのソフトスーツのアイデアは、日本の浴衣だとか。チップを払わないで良いようにしてサービス料金を貰う方式を発明したのが日本の帝国ホテルで、それが世界中に広まったとか。コロッセオは、五万人収容、そこで完成祝いが百昼夜あり、五千頭の猛獣が殺された。トラヤヌス帝の時に117日の闘技で、九千人の闘士が亡くなった。

  • 題名だけ見て、ただのいつもの紀行文、知っている事ばかりでまた退屈かな~と思ったが、とんでもない。
    さすが井上ひさし(彼の本読んでないけど!)、文章はわかりやすくて面白いし、引用をうまく使って深みのある内容。
    日本との比較も非常に的確。

    イタリア・パルチザンにはある本をきっかけに興味を持っていたが、まさかこの本で触れているとは思わなかった。
    キリスト教にも触れたことがある彼ならでは書ける内容だし、
    もっともっといろんな街について書いてもらいたかった。

    ボローニャは食べ物がおいしくてポルティコのある街としてしか
    認識が無かったので、改めたい。そしてまた行きたい。
    でもやっぱり、お肉は食べちゃうかな(笑)

  • ロータリー財団の奨学生として留学していた町
    ”ボローニャ”について、本当に興味深い視点で書かれた本です
    実際に、この本片手に、ボローニャを散策した思い出も!

  • 先月のイタリア旅行の際、フィレンツェからローマへのユーロスター道中で通過した街、ボローニャに関するあれこれ。この本は、その後イタリアからスペインへ飛びバルセロナで会った友人から貰い受けましたが、ようやく読み終わった今、ボローニャに立ち寄らなかったことを強く後悔。都市も人と同様「生きてる」ことを知りました。

    ボローニャまちづくりの4つの誓いが素晴らしすぎる。

    1,復興のためには女性の力が必要である。そこで女性が安心して働くことができるような環境をつくるために、まず公共保育所を建てることにしよう。それが街づくりの第一歩である。
    2,街の中心部の歴史的建造物と郊外の緑は、市の宝物である。この二つはあくまで保存し、維持しよう。
    3,「投機」を目的とした土地建物の売買は、お互いに禁じ合おう。
    4,市内の職人企業の工場については、業績がよくなっても増築しないようにしよう。どうしても増築したいときは、街の景観を守るために、熟練した職人による分社化を行おう。

    (文中から引用)

    本当の「発展」とは「豊かさ」とはなにか、考えされられます。

    ボローニャで生まれ、育ち、街と共に生きて、そしてそこで死んでいく覚悟の人たちだからこそ言えることなんだよなぁと思う。がむしゃらな経済成長は「国家」が目指すイデアにすぎず、それぞれの都市に帰属する人民にとっての豊かさとは「安心して暮らせる日常」であるという・・・。

    ところでこの本はエッセイですが、まぁ井上ひさしさんの日本語の美しいこと、美しいこと。時々読み方のわからない言葉があったりして、自分の不勉強に猛省しました。

  • ボローニャには一度だけ行ったことばあります。ベニスに1週間いた週末に、時間が余ったので、特急で一駅遊びに行きました。大学へ寄りました。ボローニャ大学が、最古の大学とは知りませんでしたが、図書館には古い本が沢山ありました。
    井上にさしさんのボローニャ紀行を事前に読んでいれば、もっといろいろな視点で街を歩けたかもしれません。
    日本のローマ字は、イタリア語読みといってもよいくらい、日本とイタリアとの類似点や文化的な影響はいろいろ考えることができます。
    井上ひさしさんの、ものの考え方もわかる楽しい本だと思いました。

  • 井上ひさしが伊太利亜に出会うのは、聖ドメニコの縁であることに驚かされました。

  • ボローニャに行きたくなりました。観光したいというよりも、市民や中小企業のあり方について体験してみたいと感じています。精密機械のマーケティングの話、市長を育てる話など興味深く読ませていただきました。

  • イタリアに関するエッセイはかなり読んできたが、
    この著者ならではの視点からボローニャがみれだろうと思って手にした本。
    期待を裏切らない内容だった。

    自分は日帰りで訪れただけなので、
    ボローニャの本当のよさはわかってないなぁ
    と感じた。

    自分の故郷をこよなく愛するイタリア人でも、
    住んでみたい街 にボローニャをあげる人が多いと聞く。
    なるほどぉ~ と思える本だった。

    が、月刊連載物をそのまんま一冊にまとめた
    って感じなので重複する部分が多く、
    一冊の本としては、、、
    ということでマイナス星1つ。

    でも、いつかもう一度、この本に出てるところをゆっくり訪れてみたいです。

  • 著者の本は何冊も読んでいるが、イタリア通だとはついぞ知らなかった。
    ボローニャも含むイタリアという国は、いいかげんな国民性で社会はぐちゃぐちゃ、いいのは芸術・デザイン系だけなのかと勝手に誤解していたが(それは、ずっと以前に読んだ平凡社新書のイタリア本の影響だろう)、実はそれは一側面にすぎず、すぐれた社会システムを持っているのだということを初めて知って、大いに勉強になりました。
    ボローニャという都市にも、深い興味を持った。
    何年か前にここの歌劇場が引っ越し公演をしていたような・・・。次にチャンスがあったら、行きたいですね。

    [08.5.16]

  • 2010.03.28 朝日経済新聞に紹介されました。

  • ボローニャの旅のエッセイというだけではなくて、ボローニャの人々の考え方、政治まで非常に読みやすい、文章とユーモアで紹介されている。
    ボローニャに対するあこがれがますます高まった!

  •  井上ひさしさんは言う。「なるほど。たしかにわたしもイタリアを美しく誤解していた口かもしれません」本書は、井上さんのボローニャ見聞記。愛してやまないボローニャながらも、30年間勉強してきた机上の街にすぎなかった。ところが、NHKからの依頼が入り、めでたくボローニャ行きとなったそうだ。多くの人がイタリアと聞いてイメージするのは、明るく楽しいものではないだろうか。具体的には、世界史的遺産だらけの観光名所の多い国、最先端のファッションとモードの国、オペラ・演劇・映画を代表とした芸術の国、素材を生かした料理のおいしい国、陽気な人たちの多い国、サッカーを愛する国などだ。しかしながら、それらは上っ面のこと。残念だが、実態は違うようだ。ひと言でいえば、イタリアも日本が抱えている問題を同じように抱えているらしいのだ。たとえば、格差社会。終身雇用から短期雇用への移行。未婚率の高まり、少子化。そんなイタリアの中にありながらも、ボローニャには特筆すべき手法があるという。井上さんは、現地取材を通して、その手法の概要をわかり易く語ってくれている。その手法は、とても人間の心情に沿ったものであり、やさしさや思いやりを感じさせる。「ボローニャ方式」の一例を拾っておく。車を追い出して、都心全体に41の劇場と50の映画館の網をかける。旧い家畜市場を老人と学生と幼児とが終日一緒にすごすことのできる施設に改造する。旧い証券取引所を座席数900席の図書館に改造する。女子修道院を女性図書館に改造し、さらにそこをヨーロッパの女性問題研究センターにする。旧い煙草工場を世界一の映像センターやフィルム改修センターに仕立てあげる。歴史的建造物の外観は修復保存して、その内部を学生と老人のための住まいにする。ホームレスの人たちに市営バスの車庫を与え、そこを街の清掃センターにしてモノと人との再生を図る。旧い農園を障害児たちに与えて自立を試みさせる。車や絵本の見本市や子ども音楽祭を催して国の内外から人を集めて街の名を知ってもらう。いずれの場合も住民と大学が発案し、憲法で保障された社会的労働組合という制度を使いながら行政に協力させる。そんなボローニャは都市再生の世界的なモデルになっているとのこと。過去と現在とは一本の糸のようにつながっている。現在を懸命に生きて未来を拓くには、過去に学ぶべきだ。ボローニャの人たちは、それを自分たちサイズに落として実践してきた。「自分がいま生きている場所を大事にしよう。この場所さえしっかりしていれば、人はなんとかしあわせに生きていくことができる」と。

  • イタリアの方が日本よりずっと豊かな暮らしが送れそう。地域が元気でその町を好きな人がたくさんいるからと知りました。
    住民が自分たちの地域を好きになって、もっと知恵を出し、地域で働く人が増えれば、日本も変わるかな?などと考えました。
    イタリアに対する認識がすっかり変わりました。

  •  ボローニャ。中田のいたサッカーチームとヨーロッパでも最も古い大学のある街。私の知っているのはそれだけ。そのボローニャを、著者は「30年間の机上の勉強で恋人より慕わしい存在となった」といいます。いそいそと出かけたボローニャ紀行。「ボローニャ方式」の報告書です。
     著者は蓄積した知識を基に、現地を訪ね、関係者のインタビューに加えて、興味深いエピソード、ゴシップ、引用、喩え、硬軟新旧、一つ一つ色形の違うピースを繋ぎあわせて立体的にボローニャそして「ボローニャ方式」の姿・形を描いていきます。
     人口38万、日本でいえば宮崎市くらいのこの都市に、美術館や博物館、陳列館が37もあり、さらに映画館が50、劇場が41、図書館が73もあるのか。なぜ世界一の映像センターができたのか。なぜ50もの包装機械メーカーができたのか。ボローニャ方式なるものが、読むにつれていつのまにか鮮やかに見えてきます。
     今住む町の、地方の、国の、世界の在り方を考え、学べるヒントが充ちているように思えます。ムカシと同じように著者からも刺激を受けて、半分以上眠っていた脳ミソがもそもそと動き出しました。心地よい目覚めです。(H)

  • 「ボローニャ」と聞くと「ミートソース」しか思い浮かばない私にも非常に興味深く、楽しく読める紀行文でした。
    それにしても井上ひさし氏の著書は読みやすい♪

全19件中 1 - 19件を表示

この本が好きな人におすすめの本

著者プロフィール

(いのうえ・ひさし)
一九三四年山形県東置賜郡小松町(現・川西町)に生まれる。一九六四年、NHKの連続人形劇『ひょっこりひょうたん島』の台本を執筆(共作)。六九年、劇団テアトル・エコーに書き下ろした『日本人のへそ』で演劇界デビュー。翌七〇年、長編書き下ろし『ブンとフン』で小説家デビュー。以後、芝居と小説の両輪で数々の傑作を生み出した。小説に『手鎖心中』、『吉里吉里人』、主な戯曲に『藪原検校』、『化粧』、『頭痛肩こり樋口一葉』、『父と暮せば』、『ムサシ』、〈東京裁判三部作〉(『夢の裂け目』、『夢の泪』、『夢の痴』)など。二〇一〇年四月九日、七五歳で死去。

「2023年 『芝居の面白さ、教えます 日本編』 で使われていた紹介文から引用しています。」

井上ひさしの作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×