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Amazon.co.jp ・本 (280ページ) / ISBN・EAN: 9784163691107
みんなの感想まとめ
戦争の悲劇とその教訓を深く掘り下げた本書は、戦争を知らない世代にとっても共感を呼ぶ内容となっています。著者は、南方の島々を訪れ、戦争の記憶を辿りながら、慰霊碑や遺骨収集の現状、戦後処理の問題に真摯に向...
感想・レビュー・書評
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『女ひとり玉砕の島を行く』笹幸恵(文藝春秋) - 書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG
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『女ひとり玉砕の島を行く』笹幸恵 | 単行本 - 文藝春秋BOOKS
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「桜の樹の下には屍体が埋まっている」と書いたのは梶井基次郎。
「何故って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか」と梶井は続ける。
つまり、爛漫と咲き乱れている桜の樹の根元には、死体が腐爛して水晶のような液を垂らし、桜の根は貪婪な蛸のようにそれを抱きかかえ、いそぎんちゃくの食糸のような毛根を集めてその液体を吸っているというのだ。
多くの人が花見の酒宴を開く横でこのようなことを想像しえた梶井を、果たして「奇特」とか「珍しい」とかで片付けてしまっていいのか?
戦後日本の経済的豊かさを当たり前のように受けている一方で、それほど離れていない年代において兵隊たちの多くが志半ばで故郷から遠く離れた南洋の島で命を落とした事実があるのを、ある日、著者の笹さんは知る。
私も正直に告白するが、私も含めて多くの人は、「ひめゆりの塔」や「原爆ドーム」や慰霊碑を見ても、それを自分自身につながるものと直感的に理解できる人は、家族に関係者がいるなど特別の事情がなければ、なかなかいないのではないか?
でも笹さんは戦跡からそこに眠る人たちの“肉声”を聞き取り、自分の責務として、戦跡を訪れて祈りを捧げたいと考えた。
もう言われる前に言っておくけど、桜の樹の下に死体なんて埋まっているはずはないし、身内に戦死者もおらず、自分自身の生活が先の戦争に何も直結しない笹さんが戦死者に思いを巡らせたところで、何か特別なことが起こるわけではないってことはわかっている。
しかし笹さんを梶井と同様だと考えれば、違和感もなく受け入れられる。
つまり、人に見えないものが見え、人に感じられないものに心が動いたということ。
それは他人から見ると意味の無いものに見えるかもしれない。
しかし、私は単純に笹さんの感受性を評価したい。
小人(しょうじん)はともすれば笹さんの活動をイデオロギーとか、反戦思想からみた矛盾とかから照らし、言動をあげつらおうとするだろう。だけど、私はもっとシンプルに笹さんの活動は“ヒューマニティ”がベースだと理解している。
確かに戦争は悪いし、兵隊の行為もそのまま受容すべきではない。相手国や現地の人々などの多くの当事者の内心を考えると、日本兵の戦死の事実はもっと深い複雑な事情が絡む。
だけど、笹さんが祈りを捧げようとするのは、国や家族を守るため、命令に忠実に、そして自己の肉体と精神を極限まで切り詰め、図らずも死を迎えることとなった兵隊たちであり、それ以上でもそれ以下でもない。
兵隊たちに対して衷心から祈りを捧げる笹さんが、その鋭敏な感受性を雑駁なイデオロギーで濁らすことさえしなければ、梶井の感性のように、急には広がらないまでも、長い時間を経ても曇らず受け継がれるだけの強い力を持つと信じている。 -
この人、すごい人だなぁ。と、つくづく思う。
戦争を知らないながらも手探りで真摯に戦争と向き合おうとする著者とその記録。
戦争を知らない世代の私にとっては、たくさんの共感や学びをもらえた本。
旅のルポにもなっていて、読みやすい。
なかなか重みがありすぎる本には手が出ないけど…という方にもおすすめしたい。 -
数ヶ所訪問した玉砕の島の1つとして、タラワ(現キルギス共和国)のことも。昭和18年11月25日玉砕。その戦闘のこと。現在の様子。当時の新聞の記事。
11月25日、この日に読もうと思った。あるサイトでこの本が参考文献としてあげられていたので、図書館で探して借りてきた。(『図説玉砕の戦場』も見てみたが、写真を直視できそうになかった。) -
ガダルカナル、ツラギ、ムンダ(ニュージョージア島)、ブーゲンビル島、タラワ、マキン(ブタリタリ)といった現在でも観光ではいけない土地、そして観光地となったサイパン、テニアン、自衛隊と米軍の基地で民間人は入れない硫黄島。著者が歩いてきたのはことごとく数千、数万の日本人(兵士や軍属、民間人)が斃れた土地。
これらの土地に慰霊や遺骨収集に行く元兵士や親族と一緒に行動した記録。第二次世界大戦後、大きな紛争に巻き込まれず軍隊の存在も封印し、多くの国民が戦争の被害者として振る舞ってきた日本国民。それでも戦い散った方々に敬意を表し、後世に語り継ぐことを忘れてはならない。篤志家によって建立された在外の慰霊碑が、風化の危機にあること、これだけ国が豊かになって久しいのに、見える範囲の遺骨収集もままならない。
忘れた人は仕方ない、教えてもらってない人に責任は薄い。
これだけの人の命が失われた、その教訓を語り継ぐことを忘れたとき、同じことを繰り返すのではなかろうか。慰霊はつづけなければならない。 -
この本を読んで、いつか機会を作って、慰霊巡拝の旅に行ってみたいと思いました。
この本で、著者の笹幸恵さんは、ガダルカナル島やサイパン島などを実際に慰霊巡拝した時のことを書いています。
各章の初めに、訪れた島の概要や、実際の旅行費用、大東亜戦争での戦いの様子などが書かれており、参考になると思いました。
遠く離れた太平洋の島々で、玉砕していった英霊の皆さんがいるから、今の日本があるのだと、改めて気づかせてくれる本だと思います。 -
この本を読んでいかに自分が何も知らないかを痛感させられた。
ガダルカナル、ツラギ、ブーゲンビル、タラワ、マキン、硫黄島・・・。名前こそ知ってはいても、その場で凄惨な戦闘が行われて多くの日本兵が玉砕したと言うことは知ってはいても、そのすさまじさとか、あるいは兵士たちの思いまでは知らなかった。
そしてその地に置かれた慰霊碑があって、それがいまどのような状態に置かれているか、と言うことも知らないでいた。
それを教えてくれたのが笹幸恵氏のこの本である。
外地の慰霊碑や、かつての激戦地に『置き去り』にされた遺骨の厳しい現状。まさか、と思うような現実も見せつけられ愕然とする。
しかしそれを現実として受け止め、いかにして最良の策を取るかがこれからの我々に託された課題であると思う。
あまねく外地の慰霊碑がきちんと管理・整備され、限りなく可能な限りの御遺骨を故国・日本にお迎えしない限り真の「戦後」は来ないような気が、この本を読んで感じた。
私を『無知』から救ってくれた本である。多くの人にこれを読んでもらって少しでも『慰霊』と言うことに思いを巡らしてほしいと切に思う。
(東京都在住 40代 女性) -
南方の日本軍がどんな行程でどんな進攻をして、どんな島に行ったか...同じ世代の視点で書かれた本書は共感できると共に、知りたいと思ってたことを大まかに知る入門書としてとても良かった。
慰霊碑や遺骨収集の問題、現地へのODAのあり方など戦後処理というものの問題の一端がなんなのかが少し見えた。 -
お奨めコーナーに置いてあり思わず手にした本でした。第二次大戦で日本軍の玉砕があった島々を巡る旅。サイパンやガダルカナル、硫黄島他を生き残った元兵士の方々や遺族の方々と一緒に巡り、戦争を知らない世代として当時の事をどう受け止めようとかと悩みながら書かれている。しかし、明るく旅行案内の様にも語られているのでバランスがとてもいい。最後のまとめの部分はとても考えさせられた。
そして著者の参考文献にもそそられる。
随分前から遺骨収集や慰霊碑の管理などやらないと!と、思っていた事を思い出させてくれた一冊 -
奇特な女性もいるものだ。
名前すら聞いた事がない南太平洋の小さな島々を巡り、たくさんの日本兵が亡くなったことすら忘れ去られようとしている遺構を訪ねるなんて、正気の沙汰ではない。
ぼんやり生きている人間からすれば、その行動力にただ感服する。
こうして本にしてくれただけでもありがたいのだが、いかんせん最初から最後まで一本調子で書かれていて、読んでいて途中で飽きてくる。
溢れる思いと遭遇しためずらしい体験を元に、グイグイ読者にページをめくらせるのはまた別の問題。 -
「司馬遼太郎は、かつて太平洋上の島々での戦いを、「戦争というより棄民」と評した。いくつかの太平洋の島を巡り、戦闘の詳細や現地に残る戦跡を目の当たりにした私にとって、胸に迫ってくる言葉である。そして今、国に棄てられた兵士たちの慰霊碑が朽ち果てるにまかせ、何の対応策もとられずに次々と撤去されていくのなら、それは再び彼らを「棄民」することになる。」 本文より抜粋。
作家・笹幸恵さんが、この本を執筆されたのが、戦後60年でしたが、それから現在終戦80年。20年が経過されてますが、今の現状はどうなってるんでしょうか?
どちらにしても、この本は後世に語り継がれる図書と思われました。笹幸恵さんの、それらの行動と執筆に敬意を払いたいと思います。
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