平日

  • 文藝春秋 (2009年10月28日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (240ページ) / ISBN・EAN: 9784163716404

みんなの感想まとめ

日常の中に潜む小さな発見や心の動きを描いた作品で、読む者を東京の平日へと誘います。著者は、無題の作文のように自由な発想を促し、私たちが普段見過ごしがちな日常の美しさや面白さを再認識させてくれます。特に...

感想・レビュー・書評

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  • >「無題」というタイトルで作文を書いてください。

    なんて課題を出されたら、絶対戸惑う。

    何を書いてもいいから…と、付け足されても
    更に迷う。

    生きている私達は、
    研ぎ澄まされた感覚と、あらゆる情報をキャッチできる
    優れた能力を与えられていながら
    <特別なもの>にしか興味を示さない、
    ああ、なんという宝の持ち腐れ。

    石田さんの『平日』を読みながら
    思ったのは、そういう事。

    まるで変わり栄えしない空を
    じ~~~っ、と見つめていれば
    のっそりのっそり雲が動いている事に気がつく。

    頭ではわかっている(動いている。)を
    この目ではっきり確かめた時の様な
    伝えようが無い
    でも、伝えたい小さな面白さ。

    犬や猫から目線を借りられるのも
    著者ならではだなぁ、と思った。

  • 東京のいろんなまちの平日を観察者の眼でそとがわからながめる。「平日」とは言いながらも語り手はけっしてはたらいていないし、登場する人々にもはたらいている人はあんまりいない。平日の昼間から、まちの片隅でビールをのんで「ふーっ」と言っているような感覚。

    エッセイ風だったり、ねこが語り手だったり、ちょっと幻想的だったり、観光ガイド風だったりと、それぞれの短編を色とりどりにしてあって楽しめます。

    webでやきとり屋の店じまいに関する文章をみつけて気になり、図書館で借りてみたもの。

  • 東京での何気ない「平日」の様子を写真とともに綴っているのだが、摩訶不思議な文体。
    主語がない文で、行き交う人々や街を観察する視点が自在に変化していく。
    何気ない日常を綴っているのに、どこか幻想的な、えも言われぬ雰囲気をかもしだす1冊。

  • 鉤括弧のない会話文と人称のない文体。
    意識と行動と、夢と現がないまぜになってもやもやと編まれる。随筆かと思ってると小説でもあり。
    早稲田の古本屋の猫と、平和島の回がすき。
    石田さんの目線で見ると、ただの街角が寄るべないうつらうつらとした、人の営みの集まりのように感じられる。不思議な視点。
    はとバスの回も窮屈そうで面白かった。

  • 東京の様々な場所を独特な散文で表している。人の思考を覗いている様。はじめは、なかなか文章に入っていけなかったけれど、慣れるとおもしろかった。

  • 「別冊文藝春秋」に2007年から連載されていたスケッチ風の都内散歩の散文が11編。題材となっているのは、いわく言い難い東京の各所。あえて平日に訪れることで、その場所らしい特性が浮かび上がってくることを意識したのだろうか? 独特の文体で、時に猫と成り、傍観者と成り、男と成り女と成る。そうして著者は、変幻自在に空気のように各場所を浮遊して歩くという不思議なエッセイだ。 坂本真典の撮るモノクロ写真が、人気のないシーンばかりを映し出していて、場の空気を伝えてくるような気がするのは、著者の文体のせいだ。とはいえ、この著者の作品としては物足りなさが残る内容。

  • 『ひとはうそつきのくせに、お地蔵さんにはほんとうのことをいう。お地蔵さんはむかしは源平さんで、いまは人間でも、ものでもない』-『尻ふる平日』

    『みぎ左と首をねじるうち、オーバーのポケットにしのばせてきた握りこぶしや、大願成就のこんにちまで胸のうちで煎じ詰めたくろい塊が、うっかりふにゃりしてしまう』-『決起の平日』

    帯に「東京の名所と穴場を文章で撮った本」とある。なかなか巧いことを言うなあと思う。けれど小さな違和感がたちまち湧き上がる。

    石田千のこの本の中に、石田千自身の「私は~」という文章はなく、ということは明確な主張や評論が言葉にされてはいないように言葉の上では見えるので、これがエッセイかと問われてみると、エッセイです、と素直には答えられない面持ちとなる。けれども逆に、この本の文章がただ単に風景を言葉で描写しただけのものかと問われれば、それにははっきりと、否、と答えることができる。

    ためしに石田千の語る道順に沿って、8ミリフィルムカメラ(ビデオカメラは不可)を回しながら風景を撮影したとしても、ここに描かれているものを立ち上がらないだろう(8ミリのカタカタとした想像を働かせる余地のある画でさえも)。この文章が、そういう意味で、「撮った」ものと形容するのは適切ではないように思う。そんな簡単なものではない。

    画家がキャンバスの上に様々なものを現実とは少し違った配置や色で並べて描くように、石田千の言葉もまた在りのままを写し撮らない。むしろ、そこに存在するものより、目に見えてはいないものの方へ石田千の視線は向かう。それを言葉に直しキャンバスの上に置いてゆく。それは視線の先で働く人の思いであったり、ゆっくり立ち上がる猫のつぶやきであったり、輪郭さえはっきりしないふわふわとした存在のものであった過去であったりする。石田千は、既に存在していない筈の人の声を聞き取り口寄せする人のように、それらを声にしてゆく。

    しかし、その声はいつの間にか石田千自身の声となって響き始める。石田千の言わんとすることが死んだ者や猫や道具によって口寄せられてゆく。ああ、とぼんやりそれに気づいてみると、自分の心も自分自身の身体から抜け出して、ふらふらとあちらこちらに吸い寄せられたり押しやられたりしている。そんな風にして石田千の言葉についてゆこうとすると、その声は気づかぬうちに童謡の文句にすり替わり、石碑の言葉に解けてゆき、言葉の持ち主が動いていると思ったことが錯覚のように思えてしまうほどに、しんとなる。道の向こうのアスファルトの上の陰のように、影をつくるものと影となるものとの境がぼやけて見えなくなる。辺りを見回すと見たこともない場所にいて途方に暮れそうになっている。

    面白い。とても面白い。

  • +++
    百の視点で写した街の顔、裏の表情、朝と昼と夕暮れ。東京の名所と穴場を文章で撮った本。
    +++

    「反射する平日/上野」 「とどまる平日/十条」 「尻ふる平日/早稲田」 「飛ばない平日/羽田」 「迷える平日/吉祥寺」 「決起の平日/泉岳寺」 「甘い平日/大手町」 「島の平日/平和島」 「指さきの平日/円山町」 「渦まく平日/柴又」 「聖なる平日/バス観光」

    本作で取り上げられている街はどこも人でにぎわう場所である。だが、有名な観光地であるほど休日とは違う顔をしている平日の街である。賑わいもどこかのんびりしているような気がする(平和島はたぶん違うと思うが)。そんな平日の人の中にまぎれて、著者は辺りを人々を観察し、ぼんやりし、味わい、立ち尽くし、面白がり、ひとりぼっちになっている。視線の先にあるものを――そしてさらにその先を――読者は著者とともに眺める心地になる。なんでもない人が、場所が、できごとが、石田千という人のからだをひとめぐりすると特別ななにかになり、文字になって並んでいるのがとても愉しい。平日を旅する一冊である。

  • 1年前に購入した時は文体が馴染まなくて寝かせてしまっていた。
    今年の夏あたりから就寝前に数ページずつ、ゆっくりと読んだら、自分も東京の平日の街を歩くような気持ちでしみてきた。
    こういう読み方が出来るのは私にとって石田千さんといしいしんじさん。
    初読時に馴染まなくても、いつかは読みどきが巡ってきて、そのときはかけがえのない本となる。

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著者プロフィール

石田千(いしだ・せん)
福島県生まれ、東京都育ち。國學院大學文学部卒業。2001年、『大踏切書店のこと』で第1回古本小説大賞を受賞。「あめりかむら」、「きなりの雲」、「家へ」の各作品で、芥川賞候補。16年、『家へ』(講談社)にて第3回鉄犬ヘテロトピア文学賞受賞。16年より東海大学文学部文芸創作学科教授。著書に『月と菓子パン』(新潮文庫)、『唄めぐり』(新潮社)、『ヲトメノイノリ』(筑摩書房)、『屋上がえり』(ちくま文庫)、『バスを待って』(小学館文庫)、『夜明けのラジオ』(講談社)、『からだとはなす、ことばとおどる』(白水社)、『窓辺のこと』(港の人)他多数があり、牧野伊三夫氏との共著に『月金帳』(港の人)がある。

「2022年 『箸もてば』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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