岩盤を穿(うが)つ

著者 :
  • 文藝春秋
3.74
  • (6)
  • (8)
  • (7)
  • (1)
  • (1)
本棚登録 : 74
感想 : 18
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (237ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163719405

作品紹介・あらすじ

お金がなければアウト、非正規だったら負け組、恋人ができなければ人間失格、マイホームにマイカーがなければ甲斐性なし、病気をすれば自己管理が不十分、老後の貯蓄がなければ人生のツケ。国が企業を守り、企業が男性正社員を守り、男性正社員が妻子を守る。そのルート以外の守られ方は、自堕落・怠惰・甘え・努力不足・負け犬…。いい加減にしてほしい。この「いい加減にしてほしい」に形を与えること、それが活動家の仕事だ。湯浅誠の活動全記録。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • この本は、湯浅誠の2007年から2009年にかけての文章を集めている。

    湯浅は2006年の夏ごろから急に注目されるようになったと言っている。それは私にとっても印象的な時期だった。2006年11月朝日新聞で初めてネットカフェ問題が取り上げられて、(その直後にBEでも特集)、2007年は「ネットカフェ難民」が日本テレビで命名される。(1月28日放送)湯浅のホームレス支援事業「もやい」が注目されるようになった。私が蒲田のネットカフェに泊まったのは2007年3月。このころ、一挙に「貧困」が注目されるようになった。それはまた、湯浅の見事な「戦略」であったことがここに書かれている。2008年1月週刊「金曜日」の記事である。

    「いつの間にか、日本は「生存をめぐる闘い」が闘われる国になった。いや、生存をめぐる個別の闘いが、ようやく社会的に「闘い」として認知された、というべきか。三割が10年以上その暮らしを続けている「ネットカフェ難民」がようやく社会的に認知されることになったのは、その象徴だ。」(略)「言葉と状況の規定力を再度私たちが獲得しなおす必要がある。それは個々の運動が展開していった末に勝ち取られるものであると同時に、07年に出たもろもろの芽が育つために必要な条件である。手前味噌を承知で言うが、そのための「仕掛け」の一つが「反貧困」だった。格差論隆盛の中で、現在の状況を貧困問題として規定しなおし、その言葉によって個々の生活諸問題やそれに取り組む運動を、貧困問題との関係の中で位置づけること。もろもろの政策・事象がそれぞれの対象者を越えて「貧困」というフィルターを通じて共有化されること。それが一定の状況規定力を生む。」読者を考えたのか、難しい言葉を使っているが、この本(09年11月刊)の「まえがき」では意識して「貧困」という言葉を使ったと書いている。「その現実を名指さないと、それは可視化されない。「ない」ことになってしまう」

    →圧倒的な資金力とマスコミ戦略の元、の側の闘いは、戦略上いつも敗れてきた。非正規労働者がこの20年で急増したのはその象徴だ。政府財界の戦略に対して、民衆の側が「戦略」で勝ったのは、加藤周一が構想した九条の会とこの湯浅の「反貧困」戦略ぐらいしか思いつかない。

    中江兆民、加藤周一論は私のライフワークであるが、「湯浅誠研究序論のためのノート覚書」ぐらいのためにやはりこのサイトを利用していきたいと思う。

    次の一手は何か。

    「私の立場から08年の課題を述べるとしたら、それは"生きさせろ""反貧困"といった「生存権」をめぐる諸問題の普遍化・全国化ということになろうか。」「さしあたり労働運動・社会保障運動・生存権運動・消費者運動との連携、各地方都市での分野・政党横断的なネットワーク型組織の設立という形をめざすことになる。」(前述「金曜日」記事)これはその年にすでに「自由と生存のメーデー」「反貧困全国キャラバン」という形や、労働者派遣法や最賃法の改定が政治日程に上らせることにつながっていく。08年の末に彼が心残りにしていたのは「雇用保険」の問題だったらしい。出来るところから。しかし、柔軟に大胆にスパッと展望を持って動くフィールドを広げていったことが分かる。

    2009年8月、民主党は政権についた。その秋、内閣府参与に就任する。2009年末に湯浅は書く。「(民主党が掲げたマニフェストについて)私たちにとっては、これが民主党の最大の政権公約である。この理念が堅持され、実行に移されるなら、私は民主党を支持する。この現実が再び、これまで幾度となくそうだったように、再び放置されるのであれば、私はそれを最大の公約違反とみなす。」「この理念」とはこのような文章である。「母子家庭で、就学旅行にも高校にもいけない子供たちがいる。病気になっても、病院にいけないお年寄りがいる。全国でも毎日、自らの命を立つ方が100人以上もいる。この現実を放置して、コンクリートの建物には巨額の税金をつぎ込む。一体、この国のどこに政治があるのでしょうか」その後民主党の「この理念」のほとんどは放置され、或いは大きく変貌しているということはご存知のとおり。

    他のところでは湯浅は「一億層中流の幻想から目を覚ませ」(09.11「イミダス」)と書き、全世帯の30%を超える年収300万円未満の生活状況の改善を視野に入れる。民主党は可処分所得の増大を目に見えるし指標とすべきだ、と提言する。それが「子供手当て」「高速無料化」などのやや強引な政策ではあった。いまとなっては空しい。

    湯浅誠はしかし結局、内閣府参与を去ってはいない。柔軟に使えるものは使う、という主義だからだろう。今回の震災で彼はボランティアセンターの統括みたいな仕事に就いた。「震災関係は私の専門外ではあるが、政府との調整役は出来るのではないか」という考えからだという。これによって、来るべき「なにかの運動」のときに、震災関係その他のNPO団体と、その連帯のおおきな糧になるのかもしれない。

    では湯浅の明らかにした「貧困」とはどのようなものなのか。

    「反貧困」を08年の夏に出版し、その年に金融危機が起きる。既に「反貧困全国キャラバン」を成功させていた湯浅は、労組や反貧困弾田との連帯を基礎に派遣村を立ち上げる。

    「寄せ場化するニッポン」(国交労連中央労働学校08.11講演録)がある。ほとんどは私の聴いた講演と似ている。おそらくこの当時連続して労働団体から貧困について概論を述べてほしいという要請があったに違いない。そして多くは「反貧困」(岩波新書)という概論に繋がっていく。この本には私がその全文を載せた新書が大仏次郎論壇賞を獲ったときの朝日コメント(08.12)も載っている。

    「派遣村から見た日本社会」(09.4講演録)という文がある。「貧困は貧困状態に追い込まれた人だけの問題ではない、社会の問題なんだ」と彼は繰り返し述べる。それがおそらく核心である。

    セーフティネットから漏れてくる人が最後にたどり着く生活保護、しかしその補足率は15-40%。もし15%ならば、900万人近い人が、必要なのに生活保護も受けれていない日本の現実がある。

    生活保護受給者は景気が良くなったからと言って減らない。事実02-07年の戦後最長の好景気間に、一貫して増え続けている。社会全体の構造の転換が必要である。

  •  カバーデザインと副題の印象から、湯浅の人物像と活動内容を多面的に解説したムックなのかと思ったら、違った。雑誌等への寄稿と講演録を集めた、『反貧困』の続編ともいうべき本である。

     顔写真をカバーに使うあたり、姜尚中さんの流れを汲む「知性派イケメン」(に見えなくもない) 湯浅を、ある種のスターとして売り出そうという意図があるのかな。
     
     代表的「貧困ビジネス」を紹介して批判する原稿があったり、米国の労働運動を視察して書いたルポ的文章があったりと、日本の貧困問題をさまざまな角度から浮き彫りにする内容。
     『反貧困』に感動した人なら、読んでおいて損はない本だ。「活動家」としての歩みを振り返った自伝的エッセイも収められていて、湯浅の人となりもよくわかるし。

     副題に言うとおり、湯浅は何よりもまず「活動家」ではあるのだが、同時に、言葉をとてもたいせつにする人だと思う。貧困問題をいかにわかりやすく人々に伝えるかを、活動の中で日々考えているのだろう。
     だからこそ、本書にも心に響く言葉がたくさんちりばめられている。たとえば――。

    《私が問題にしたいのは、“社会不信”だ。政治不信は、言われ始めて久しい。しかし、本当に深刻なのは、むしろ社会不信ではないかと感じる。どうにも這い上がれない状態に追い込まれながら、そのこと自体が「努力が足りない」と叩かれる理由になっている社会では、何かを言ったところで、誰もそれを受け止めてくれると思えなかったとしても不思議はない。秋葉原事件という特殊な事件を超えて、私が危機的だと感じるのは、その社会不信の蔓延だ。》

    《高度経済成長期に精神形成した今の中高年世代には、どうしても「まじめにやっていればよくなる」という世界観から脱けられない人が少なくない。しかし、就職氷河期以降の世代には「どうしてそんなに楽観的に考えられるのか理解できない」という人が少なからずいて、両者は非常に基本的なところでコミュニケーション断絶に陥りやすい。》

    《「貧困ビジネス」は、「ゼロよりは一がマシ」という理屈に立脚している。しかし、本来保障されるべきは二であり三であり五であって、またそれが保障されていれば、誰も「貧困ビジネス」など利用しない。》

    《セーフティネットはこれまで、「負担」と考えられていました。それだとどうしても「落ちこぼれたやつらのために、努力してきた私がどうしてお金を支払わなければならないんだ」という発想になります。しかしセーフティネットは単なる負担ではなく、それがあって初めて社会が健全に保たれる、という意味での「必要経費」です。サーカスの綱渡りの下に張られるセーフティネットは、落ちた人が怪我しないようにするだけでなく、人々が思い切った演技をするためにこそ必要です。セーフティネットのない社会では、追い詰められ、疲弊しながらも怖くてチャレンジできない人ばかりが増え、社会の活力が失われていきます。》

  • 東京がテーマの本やな。大阪のことは書いていない。
    いまのぼくには難しいと感じる。知識が少ないからだ。

  • 湯浅誠さんのことを知りたくて読んでみた。
    学生時代のことから書かれていて興味深かった。
    大学に行く気がなくて東大とは。お父上の言葉、
    「東大行って、東大なんかたいしたことないって
    言わないと」を実践できるなんてすごい。
    湯浅さんはこの本をそんなことに感心されるために
    書かれたのではないだろう。でも、愚かなことかも
    しれないが、東大法学部を出た方が野宿者問題に取り組む
    のはなんか頼もしい気がします。もう少し著書を読もう。

  • いつも市場原理主義的発言をかましております私ですが、実は「反貧困」から始まりまして湯浅氏の本は数冊、読んでおります。
    本書は、2009年秋頃までに書かれた原稿をもとに編集されておりますので、やや、時代にあわなくなってしまった部分もあります(政権交代歓迎など、今は湯浅氏はどう考えているのでしょうか)。
    湯浅氏はこの本の中で自らを「活動家」であると称しています。世の活動家の大部分は、自らの空想が作り出した「敵」と戦うことで自己陶酔しているかに見える場合が多いのですが、湯浅氏はしっかり地に足をつけて地道にやっているなあ、と。
    最近はどう「活動」しているのでしょうか。

  • 前半が読みやすく分かりやすくで素晴らしい 正規雇用者にも利益になるのだと言うことも含めて非正規対策の必要性を書いているところとか、誰も彼も貧困という問題を誰かに転嫁することは出来ないのだということを簡潔に書いている

  • 湯浅誠、いいなー


    東大なのに、
    活動家なのに、

    ゆるっとしつつ、熱いものがある。

  • (「BOOK」データベースより)
    お金がなければアウト、非正規だったら負け組、恋人ができなければ人間失格、マイホームにマイカーがなければ甲斐性なし、病気をすれば自己管理が不十分、老後の貯蓄がなければ人生のツケ。国が企業を守り、企業が男性正社員を守り、男性正社員が妻子を守る。そのルート以外の守られ方は、自堕落・怠惰・甘え・努力不足・負け犬…。いい加減にしてほしい。この「いい加減にしてほしい」に形を与えること、それが活動家の仕事だ。湯浅誠の活動全記録。

  • 貧困への「すべり台」がますます広く急傾斜にしかも深くなっているのを感じる。それは震災以前からだ。身近なところでも、この「すべり台」に落ちている人もいる。這い上がれない。自己責任だけではすまされない。この先、明日は我が身。無関心でいてはいけない。助け合うのはもちろんのこと、セーフティネットをもっとしっかりしたものにする必要がある。
    ----
    以前読んだ「どんとこい、貧困!」と同じような内容かつ、「どんとこい...」の方がよくまとまっていたので、星4つとさせていただきました。

  • 本書で語られることは、社会の一員としての教養だ。生活困窮者や社会で立場の弱い人達は、「AかBか(C、D・・か)が等しく選べるか(選べたか)」ということ考慮されず批判されることが多い。生活する環境、育った環境、機会の差などを勘案せずに、「自分で選んだ」と言われ、「自己責任」でかたづけられる。「努力が足りない」と、不利な人ほど完璧を求められる。

    多くの人が気づかなかったり、見ようとしなかったり、時には意図的に無視する、社会の「条件の差」や「偏った考え」に目を向けさせてくれる。

全18件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

「反貧困ネットワーク」事務局長、「自立生活サポートセンター・もやい」事務局長。元内閣府参与。

「2012年 『危機の時代の市民活動』 で使われていた紹介文から引用しています。」

湯浅誠の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
佐藤 優
シーナ・アイエン...
大野 更紗
ヴィクトール・E...
J・モーティマー...
三浦 しをん
有効な右矢印 無効な右矢印
  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×