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Amazon.co.jp ・本 (248ページ) / ISBN・EAN: 9784163727608
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脳梗塞とがんとの闘いを通じて、人生の尊厳と人間関係の大切さを深く考えさせられる内容です。著者は、病に見舞われながらも執筆を続け、門下生とのつながりを大切にし、大学での活動を行っています。リハビリを単な...
感想・レビュー・書評
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確か、「動的平衡」でお名前を、その後新聞の書評欄でこの本を見かけ、なんとなく記憶していた多田先生。このような闘病生活をおくられていたとは。
ご自分の弟子、孫弟子との関係は、世界に名だたる科学者とのそれとは思えないほど近しく温かで、また苦楽を共にされた奥様との深い愛情にあふれた日常は、脳梗塞と癌との闘いの日々であることを忘れさせてくれるほど心温まるものだった。
最後のロングインタビューでは、質問をする著者も多田先生も本当の心の声が聞こえた気がした。
悔しくないですかと聞かれ「悔しいが、今のほうがよく生きていると思う」、これだけは言っておきたいことはと聞かれ「妻が心配」「一日も長く生きてほしい」「生きてこれたのは妻のおかげ」と即答された。
涙が止まらなかった。 -
(2010.09.22読了)(2010.09.15借入)
2005年12月4日、午後9時に「NHKスペシャル 脳梗塞からの再生」が放映されました。この時見たのか、再放送で見たのか定かではないのですが、この番組は、見ています。
サブタイトルは、「免疫学者・多田富雄の闘い」です。
多田さんは、2001年5月に脳梗塞になり、半身不随で声も出なくなってしまいました。67歳の時です。脳梗塞から8ヵ月後に、「鈍重な巨人 脳梗塞からの生還」と言う手記を文芸春秋に発表しています。ワープロを練習して、執筆したとのことです。これ以後、2010年4月21日に亡くなるまでの間に、多数の著作を残しました。
この本は、2005年4月から9月まで、80時間に及ぶ映像記録を撮り、52分の放映用にまとめて放映するまでのプロデューサーの取材記録です。
取材の申し入れに対して、多田さんは、快諾してくれた。「私はどんなところでもさらけ出しますからご遠慮なさらずに何でも言ってください。」とまで言うのです。
番組を見た印象としても、半身不随で、口がきけず、よだれが流れる様は、直視したくはないとさえ思うのに、それを自由に撮影してかまわないというのは、どうしてだったのでしょうか。脳梗塞で思うように動けなくなった仲間たちへのエールだったのでしょうか。
脳梗塞後の状況に絶望し、自殺も考えたとのことですが、脳梗塞に倒れて9年間、執筆活動の他に、機会があれば、自作能の観賞や、若い研究者たちとの懇談の場などにも積極的に出かけて行ったエネルギーは何だったのでしょうか?
この本には、その辺のことも描いてあります。
●再生(42頁)
私は手足の麻痺が神経細胞の死によるものであり、決して治るものではないということくらい良く理解していた。麻痺と共に何かが消え去るのだ。回復なんて絶対にしない。もし機能が回復するとしたら、単なる回復ではない。それは新たに獲得するものだ。
●身をもって示す(55頁)
人間、いつかは死ぬ。先生は、その真実から目をそむけないで、あるがままの姿を見せてくれている。人生をどう生きていくか。それを身をもって示していただいている。だから、倒れてからの方が、大きいんです。(若い研究者から見た多田先生)
●独創とは(58頁)
独創とは無から有を生じることではないのです。今まで関係ないと思われている事象に新しい関係を見つけること。結びつかないと思われていたことを結び付けることです。
●病院とは(94頁)
「病院は身体を衰弱させ、病人を作りだし、死に近づけるところ」(多田先生の言葉です)
●リハビリ(108頁)
立つ・歩くと言った全身の運動の訓練を行うのが理学療法士で、手や指を使う生活動作の訓練を行うのが作業療法士、主に言葉や嚥下の訓練を行うのが言語聴覚士だ。
●核武装はやめて(194頁)
「せいぜいこん棒でケンカすれば済むことだ」
●これから先の夢(219頁)
「何か役に立って、人に感動を与え続ける」
●言っておきたいこと(221頁)
「妻が心配です」
「一日でも長く、生きて欲しい」
(2010年9月27日・記) -
病に倒れたご本人、取材した方々の思い。
言葉にならない多くのもの。
人は何をきっかけに前向きになるのだろう。
どうやって御しきれない自分の心を保つのだろう。
心を決めるのだろう。
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