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Amazon.co.jp ・本 (272ページ) / ISBN・EAN: 9784163730400
感想・レビュー・書評
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多くの哲学の問題は問題自体が間違っている、というような内容の本。
まさしく「なぜ人間は八本足か?」みたいなことだが、「生きる意味はあるのか?」など一見哲学的で深淵な内容に思える問いも、実は問題自体がおかしいということをいろんな例を出しつつ教えてくれている。
一見難しい問題に出会ったときにも、「これって問題自体がおかしくないか?」という視点を持つことで、出口のない問題にぐるぐると悩まされることが減るかもしれない。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
ウィトゲンシュタインが言ったように、「哲学の問題は全て問題として間違っている」という立場から具体的に問題を解いていく。
例えば、「生きることに意味はあるのか?」という問い。まず、「意味がある」ということばには「客観的な意味(ある目的を達成するのに役立つかどうか)」と「主観的な意味(重視している、価値がある)」というふたつの意味があり、「人生の意味」として問題になるのは後者の方だ、そしてそれは好き嫌いのように個人的な態度、人生をおもしろがっているかつまらながっているか、であって、客観的な答えを求めること自体が間違っている、というもの。
もうひとつ。「空はなぜ青いのか?」
「不思議」という言葉にもふたつの意味がある。1、理解を絶している→説明できれば不思議ではなくなる。 2、すべてを不思議がる→不思議でなくなることがない。この場合も後者で、どんなに科学的な説明をしても、それが成立することが不思議、と不思議が解消されることはない、だから問いとして成立していない。
哲学の問いはすべて問いとして間違っている、という考え方に出会ったのは初めてで、新鮮だったしロジカルでわかりやすかった。けれど、これでもう人間が生きる意味を考えなくなるか、といえばそうではないだろう。問いになっていない、客観的な答えを必要としない、と言われればそうかもしれないけれど、ちょっと肩透かしを食らったようでもあった。生きる意味を考えずにはいられない人間の性に答えるのは、哲学ではないということなのか。確かに「不思議がっている」「深遠がっている」だけかもしれないし、哲学的な気分、を満たすことを学問に求めるのは間違っているかもしれない。けれどわたしは世界を不思議がっていたい。空の青さに深遠さを感じていたい。そしてそれを誰かに投げかけたくなるだろう。そういう問いにもならない問いを受け止められるのが文学なのかな、というのは御門違いだろうか。毎日夕空を見上げていろいろなことに想いを馳せていた中学生のわたしがこれを読んだら、少し寂しくなっただろうから、不思議がる経験を持った上で読みたい本。 -
図書館で借りた。まぁ理解しやすい書き方
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実際に大学の講義内容を本に編集したというものらしい
全学向け講義だったという点から哲学の知識がない人
への講義内容ということもあり、比較的分かりやい。
もちろんあくまで「比較的」だが
(哲学だから、ややこしいのはややこしい)
この本で書かれているのは「ことば」の定義が曖昧な
ために生まれた難解な問をなぜ難解なのかが書かれている
メモ)
・難解な本を読んで「わかったつもり」になる人は
哲学はおろか、学問に向いていない
・哲学が進歩しない理由は後続への積み重ねができないため
・もしも私が鳥だったらあなたのもとに飛んでいくだろうという文。私が鳥だったら人間ではなくメスの鳥に向かうだろう(どの場合にどういう意味なのかの判断は
難しい)
・自分を犠牲にして他人に尽くす行為も人助けが喜び
だから自分の喜びの為にやっている。これも利己的
という考えは、そもそも誤解。自分を犠牲に他人へ
尽くして満足できるから尊敬される。苦痛を感じたら
単に我慢強い人
・日常的に使っている言葉は定義できない
何ページから本なのか。何メートルから山なのか?
業界が決めても業界の標準。日常の基準ではない
・多くの側面から自分の主張に都合のよいものを取り
出して拡大するのはよくやる手法
人生に意味がある、ないは主観的意見はいえるが
客観的意見にならない=問題として成り立たない
・「空はなぜ青いか」これの答えもない。
子供にとって不思議でなくなる基準がないため
光散乱でも、神様でも不思議は消えない
・言語的誤解で本当はナンセンスな問題を真剣に考え
道を間違えてしまうこともある。だが、その誤解を
正確に理解することは非常に難しい -
やっと読んだ、いったい何年だ、ってくらいかかった…。
哲学は根本からへんちくりんだ、ということが分かった。大きな収穫。 -
あたらしい哲学入門ということで、かなりわかりやすく書いてあるので理解に苦しむということはなく、哲学の面白さが伝わってくる。大学定年退職後の著ということで、学者チックでないところがいい。レポートの参考に使える部分よりも、「理解」させてくれるところに価値あり。
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「哲学というのは、いくら考えてもわからないようなことを考える学問だから、考えるだけ無駄だ」そう思っている方もいる。私もそう思う。でも著者は、哲学には答えがある、答えられないのならその理由があるはずだと言う。ああ、ややこしくなってきました。言葉の使い方、理論の進め方など、わかりやすいところから話が始まります。Let'sチャレンジ哲学!
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哲学を平易な言葉で伝えることの重要性を感じる。
ウィトゲンシュタインの論理哲学が先生の考え方の軸。 -
エッセイ本とは違い、読み進めていく中で途中で止まった。・・・が、こうして結論まで読み終えたということは、哲学に少しは関心があるのだろうと思った。者も言っていたように哲学がこういう研究をしているとは知らなかった。だからといってどんな想像もできないが。
言葉に関する誤解があることが分かった。そして、この言語誤解の為に誤った人生観をもったり、苦しんだりすることがある。私は大いにあてはまると自分で思う。ところどころ繰り返し読んだが、どうも文字を最後まで追えたという達成感で終わっている気がする。
心に残ったことは、性格は選択できるから探すことは出来ないことと、言語的誤解で苦しまないようにしたいと思ったこと。
以上。 -
冒頭の宣言通り、読者が理解するまで易しく丁寧に事柄が書かれている。ちょっと物足りない感じ。
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哲学は問題を解決する学問
「人生は無意味か?」という問題を
どう解決するか?ツチヤ流哲学
哲学の問題は、言葉の誤解から
おこっている。問題として、
成り立っていないという考え方。
言葉の誤解は、哲学だけでなく
日常にもあふれている。
『解決すべき問題』と悩んだとき、
問題に含まれる誤解を明らかにしてみると
問題自体消滅できることもある。
ユダヤ教のラビのジョークが印象的
思い込まないようにしなくちゃ -
学者としての土屋さんの位置づけは分かりませんが、非常に分かりやすくて感動しました。高校の時にこういう本に出会っていたかった。第七章は実に目からウロコ。
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「もし『利己的』の基準の中に『自分の満足を目指す』が含まれていたら、どんな行為も利己的だということになってしまいます。でも、そうなったら『利己的』という言葉は意味を失います」
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言葉の使い方を間違えるとき、問題設定そのものが間違っているとき、当然の帰結としておかしな答えが導き出されることになる。そもそも問いそのものが応えうるものなのか検証する必要がある。でないと罠にひっかかることになるだろう。
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著者は「哲学の主な作業は、言葉を使う規則を調べるということになります」としております(p65)。この本もそれに大まかにしたがって言葉について書かれています。
しかし、私は「言葉」はひとつの表現や情報伝達手段のひとつであって、「哲学」が考えるということであれば、それを言葉だけを拾って考えることは極端に考えを狭めていると思います。言葉にならない考えや、言葉になる前の脳内の考えなど、ばっさりと切ってしまっているので、私には違うんじゃないかという印象が読後に残ります。
また、量子力学に触れようとして難しいからと避けていますが、量子力学の不思議なところ、たとえばERPパラドックスなどまではあまりご存知でもない感じであります。
これが「哲学」というわけでもなく、「哲学」の考え方なりアプローチのひとつだという姿勢で読むべきものであろうと思います。とはいえ哲学の本はみんなそうなんですけど。 -
推薦理由:
お茶の水大学名誉教授である著者による哲学の初心者向けの講義を基にして「哲学とはどんなものか」を解説した本である。難解なイメージで敬遠されがちな哲学を、「実際に哲学の問題を解いて見せる」という大変分かり易い方法で解説している。
内容の紹介、感想など:
20世紀の哲学者ウィトゲンシュタインが主張した「哲学の問題はすべて、問題自体が間違っている。だから答えには意味が無い」という考えを基本として、多くの哲学的問題に対する間違いや誤解を指摘している。
本書の副題「なぜ人間は八本足か?」とはどういう事なのか、先ず疑問に思うだろう。そもそも人間は八本足ではなく、この問題は明らかに間違いである。従ってこの問題は成り立たず、答える事はできない。この問題が成り立たない事は誰の目にも明らかだが、一見そうとは見えない哲学の問題も、その多くは言語に対する誤解から発生しているという事を、数々の例を挙げて解説している。
「時間とは何か」「理解するとはどういう事か」「みんな利己的なのか」「人生に生きる意味は無いのか」「知るとはどういう事か」などの身近な問題に対する、分かり易い例を挙げての解説が大変興味深く、哲学とはどのようなものかを知るための最初の1冊に相応しい。 -
大学祭で先生の講義を拝聴したことがある.その時の話は,この本のように明解でなかったような記憶がある.哲学の問題の本質を鋭く突いている内容だ.
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副題-なぜ人間は八本足か?-~「問題として間違っている」というのは,例えば「なぜ人間は八本足か?」というように「人間は八本足である」という事実自体がないからであり,「ロウソクの日は消えるとどこへ行くのか?」は,火が消えているということは,この世界のどこにもないからである。「円周率を食べる」はナンセンスである。「夢の中に裸の看護婦が出てきた」というのは,夢見た本人がそう決めたからであり,「人生には意味がない」という主張は,いろいろな側面があるにも拘わらず,自分に都合のいい側面を並べているから。いずれにしても哲学の問題は言葉に関する誤解から成り立っており,解決できないのだ。問題として成り立っていない問題を考えるのは無駄で,害悪である。「特別」「不思議」「奇跡」は二義性を持ち,それをはっきりさせないと~お茶の水大学の先生だった。週刊文春に連載。東大で経済学を学ぶはずだったのに,ハイデッガーの「時間と存在」に触れ,哲学の道に進んだ。人間は八本足というのはインパクトがあるね
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哲学史ではなく、「哲学とはどんなものか」という、哲学そのものの入門書。哲学の問題というのは事実を集めても答えの出ない問題なのだが、それを実際に解きながら話をすすめていく。正確に言うと、問題の設定そのものに誤りがあることを解き明かしていく。
なんと、哲学の問題というのは、問題そのものが間違っているのだ!そしてその間違いは言葉に対する誤解に由来している。哲学とは、言語に関する誤解と戦う学問だったのだ。どんな学問だという明確な認識があったわけでもないが、こんな学問だとは思っていなかった。たいへん驚いたし、勉強になった。言葉に関する感覚がちょっと鋭くなったような気がする。意外に身近な哲学。日常生活でも使えそうだ。
土屋教授は母校の先生だが、在学中はまったく存じ上げず、受講したこともなかった。もったいないことをした…。せめてその時間、何か別の有意義なことをしていたのだったらよいのだが。
著者プロフィール
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