選択の科学

制作 : 櫻井 祐子 
  • 文藝春秋
4.02
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レビュー : 420
  • Amazon.co.jp ・本 (384ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163733500

感想・レビュー・書評

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  • 会社の上司に借りた本。アメリカのスーパーって、なんであんなに商品が多いんだろう?という雑談をしていたら、「この本を読んでみるといいよ」と貸していただいた。
    実はこの本を読む前に、著者のTEDを観たことがある。

    TED: シーナ・アイエンガー「選択をしやすくするには」
    https://www.ted.com/talks/sheena_iyengar_choosing_what_to_choose?language=ja

    この本にも、TEDで話されていた事柄の多くが取り上げられているが、彼女の問題意識は、「選択」がもたらす人生への影響とその疑問を解消していくことにある。彼女の多様な半生(厳格な風習によって育った両親をもち、インド人の移民としてカナダで生まれ、アメリカで教育を受け、高校生の時に失明、、、などなど)があるからこそ生まれた独自の視点で謎解きが進んでいく。

    そういったことから、私がこの本を面白いと思ったのは「選択」という行動をさまざまな文化的・政治的背景から多面的に考察されているところだ。
    単に一つの実験結果をもとに「人間はこのように選択する」と杓子定規に捉えるのではなく、欧米型とアジア型、または共産主義型と資本主義型など、生まれ育った環境による「選択」に対する考え方の違いと、そういった違いがなぜ生まれるのか、かなり丁寧に紐解かれていく。

    また一方で、ダニエル・カーネマンの「ファスト・アンド・スロー」と同じ熟考システムと自動システムの話や、選択肢が豊富にあればあるほど良い”わけではない”という有名なジャムの実験結果などなど、人間の普遍的な選択行動の傾向についても幅広く考察されいる。
    特に人間には自分の都合のいいように自己認識を作り変えていくプロセスが備わっている、ということについては、日々自分にも思い当たる節があり、時に自己嫌悪に陥ることもあるが、この本のおかげで「それが人間の自然な行動なのだ」「少々のことは気にすることはない」と妙に自己肯定感が高まったのは想定外の収穫だった。

    もう一つ、全く知らなかったこととして興味深かったのは、ファッション業界の色予測の専門家の話。
    ファッション業界では、色予測の専門家が2年後の流行色を予測し、専門家と契約しているアパレルブランドが予測に基づいて商品作りを行う、ということが慣習として存在しているらしい。
    つまり、ファッション業界における流行色というのは、もはや予測ではなく、専門家が流行を創り出しているのだという。
    ということは、(創り出された流行を消費する)消費者は、自分の意思で選択しているつもりでも、実はそれは創り出された選択なのでは?と考えることもできる。
    しかしながら、彼女はそれでも「選択は人生を切り開く力になる」と述べている。選択自身がわたしたちを形作るのだ、と。
    そして選択という行為そのものは「芸術」なのだという。不確実性や矛盾を受け入れることこそが、「選択」の力を最大限に発揮できるポイントらしい。
    これも私にとって非常に心強い示唆だった。

    そんなわけで、マクロ(世の中)・ミクロ(自分自身)について多くの気づきが得られ、自分を見つめ直すことができる素晴らしい本だった。

  • 「いろんな勉強をすると、人生の選択の幅が広がるのよ。」 小さいころ、母は私によくそう言っていた。幼い私はただ新しいことを知るのが面白かっただけで、あまり勉強することの意味について深く考えたことはなかったけれど、「選択の幅が広がる」という考えかたは、なんとなく心に刻まれていた。

    とはいえ、選択肢というのは増えれば増えるほど迷いは深まるもの。なにを隠そう私はあれこれ迷う性格。それでも不思議なことに、大きな決断をするときは、散々迷った末に、最初の直感に従うほうが失敗が少ない。そんな自分の心の動きをつねづね興味深いなあと思っていたのだけれど、この一冊は、そんな私の多くの疑問に答えてくれた。

    筆者シーナ・アイエンガー教授の存在を知ったのは、NHKの「コロンビア白熱教室」。美しく聡明で盲目の彼女。両親は着るものも配偶者も自分で決めることのできないしきたりを持つシーク教徒である。その彼女がアメリカで成長しながら自らも多くの人生の選択を行うなかで「選択の持つ力」を知る。数々の実証実験と研究によって明らかになる、私たちの心の動きと選択の関係には、意外なものもたくさんある。選択肢あふれる現代に生きる私たち。これを読むと自分の人生の選択を振り返っちゃうかも。

  • 今更読んだ。これ、面白いね。
    選ぶ行為をめぐる複雑で豊饒な世界。確認バイアスやフレーミング、関連性、双曲割引など行動経済学や心理学の知見や実証研究を参考にしつつ、選択をめぐる複雑で豊穣な世界を考察しまとめた良い本。

    些細なことでも選ぶという行為が日々の充足感や健康に良い影響を及ぼすという選択の力を証明する研究結果を紹介しつつ、後半で過剰な選択肢が人に賢明な判断を必ずしも促すわけでなく、むしろ後々まで続く後悔や心の傷につながる選択の代償が伴うことがあるという調査結果も紹介している。


    ここに‘選択礼賛’に安易に陥ることなく実証研究を参照しつつ「選択」という行為をめぐる複雑さを浮き彫りにしているところがこの本の醍醐味。


    なにより面白いと思ったのが第6講の多すぎる選択肢について。
    有名なジャム実験。24種類のジャムと6種類のジャムを並べたときどちらがよく売れるか?選択肢が多いほうがより良いものを選べる、と思うが実際は違う。売り上げは品揃えが少ない方が多かった。多すぎる選択肢は必ずしも利益にならない。これは行動経済学の本なんか読むと紹介されてるお話。


    選ぶという行為は創造的な活動でそれ自体が芸術だとい著者はいう。原書のタイトルは「The art of Choosing」。Artという単語を使っているのが印象深い。選択という振る舞いがもつ創造的な側面を強調したものだと思いたい。

  • 大学時代の研究論文に引用されていた「ジャムの種類が多ければ多い程、実は売れなくなる」という実験をした人の本。その人は私の予想に反し、女性で、盲目で、しかもインド系の人だった。学問に性別も人種もハンディーも関係ないが、彼女の生い立ちを知ることによって、研究の背景や想いが伝わってきた。

    人間の歴史は飢餓の歴史と言える。だから人は物や情報を多く集めたいと思う。何でも調べれば出てくるインターネット、どんなパスタでも揃っているスーパーマーケット、カラーバリエーション豊富な洋服屋…。世の中の選択肢はどんどん増えていく。だけど、それは本当に幸福なのか?選択肢が増えることによって選択する負荷がどんどんかかり、実は疲れていないか。その答えとなるべく研究がたくさん紹介されている。

    キリスト教、仏教、神道、そして断捨離まで、人間の真理を求める方向に進むと、選択肢をどんどん減らすように要求される。「生きやすさ」を説くこうした宗教などを見ていると、本当に私たちが求めているのは、色とりどりの選択肢ではなく、迷うことなく決めることができる程度の簡単な選択肢なのかもしれないと思った。

  • 「ジャムの理論」で有名な著者。

    選択肢は多ければ多いほど良いというものではなく、多すぎて自分の処理能力のキャパを超えるとストレスを感じるようになる。かといって選択肢が少なすぎると、人は欲求不満に陥る。「選択」というのは非常に複雑で厄介なもの。

    「私たちはほとんど違わないものから選ばされていることが多い」というのはまさにその通り。リテラシーをもち、比較能力を高めていくことは、選択に伴う精神的負担を軽減することにつなげられるのではないかと思う。

  • 人生は選択の連続でできていることは誰もが賛同することだと思う。

    この本はその「選択」について様々な実験を通して得られた科学的法則についてまとめられたもの。

    後悔のない選択をするには、権威ある第三者の意見を踏まえて選択することとある。

    今後AIがあらゆる場面に登場することになるが、そのとき人間の選択はどのように変わるのか。
    AIに示された通りの選択をすれば後悔のない選択ができるのか。
    その選択に論理的に反対することができるのか。

    そもそも、後悔のない選択をすることが本当に正しいのか。

    選択方法が変わる時代がすぐそこまできている。

  • 選択というツールを最も効果的に使うにはどうすればよいだろうか?

    選択肢が無限にあるように思われる時、どうやって選択すればよいか?

    選択とは自分自身や自分の置かれた環境を自分の力で変える能力のこと。

    選択は自然な心の動き、生き残るために欠かせない働きだからこそ発達した。

    危険な状況に置かれたとき、ストレスを与えられたり、パニックを起こしたとき、闘争的な反応か逃走的な反応を起こす。
    瞳孔の拡張,反射が早くなり、集中力が高まる。
    持続的な限界状態は身体面では免疫システムの弱体化、心臓障害さえ誘発。精神面では自己破壊的な行動を引き起こす。常同症。

    仕事上の裁量が小さいほどストレスが高まる。精神疾患につながる。しかし実際は決定の大きさ、というより認識。

    人生の辛い出来事を不可抗力のせいにする人は自分次第でどうにでもなると信じている人に比べて鬱にかかりやすい。薬物依存、虐待ともかかわる。

    では後天的な楽観主義者はどのように育成するか?

    たとえ些細な選択であっても頻繁に行うことで自分で環境をコントロールしているという意識を意外なほど高めることができる。さらに、自分や他人に選択の自由を与えることでそれに伴う恩恵を与えることもできるということ。
    たとえば、自分の力を際立たせるような方法で話したり考えたりするだけで、自分の精神的、肉体的状況を大きく変えられる。

    自己統治、自己決定権。

    私が逃れたいのは裏切りと下方思考、神話的世界観にみちた環境なのだが、どうすればそれを選べるのかがよくわからない。信心深さ、共同体主義、秩序はそれを生むと言い切れるわけじゃない。ただ決めつけは好きじゃない。

    個人の利益優先か集団利益優先かという問題がすべての個人や文化の大きな違いの中心に潜んでいる。
    この両極端のどこに位置するかは文化的背景と私たちが与えられている選択の仕方に関するスクリプト、一種の行動プログラムによって与えられている。

    個人主義: 自分の好みや欲求、権利、他者との間で結んだ契約に動機付けられ他者の目標よりも自分の目標を優先する

    ー理性

    んーー私は個人の利益と集団の利益が一致するポイントをさがしている。。

    集団主義:日本など
    自分というものを家族、職場、村、国などの主に自分の属する集団との関係性でとらえる。
    集団の規範、義務
    集団院との関係性を重視
    個人的目標より集団目標

    んーーー今はそうでもないのではないか?

    個人主義の起源は啓蒙主義単一だが集団主義は色々。最初のものはアジアで発達した義務と宿命を重視する風土。ヒンドゥー、仏教などなんらかの形のカルマとダルマを重視する。

    東洋の人は人生を個人の意向というよりは義務と考える傾向。

    IBMのヘールト・ホフステードが個人主義と集団主義を分ける境界線に関する調査をした。
    もっとも集団的なのはグアテマラ。

    個人主義とあらゆる豊かさの相関関係。さらに人口密度が高いほど個人主義、異文化との接触、高学歴はともに個人主義。

    恋愛結婚はあつく始まるが冷めていき、取り決め結婚は冷たく始まるが暖かくなる。
    取り決め婚はルームメイトの間に絆が生まれるように時間がたつにつれて互いのことが好きになるという前提のもとに共通の価値観や共通の目標をもった2人が引きあわされる。恋愛結婚は出会った瞬間に不思議な力が働く。バーナードショー「あらゆる感情の中で最も暴力的で狂気をはらみ、人を惑わせ、儚い情熱に奔走される。二人は死によって分かたれるまで、この興奮した異常状態であることを誓わせられる。」
    どちらの結婚の方が幸せになれるか?-幸せな方。

    価値基準も違う。
    取り決め婚:義務の達成度
    恋愛結婚:二人の感情的な結びつきの強さ

    こうあるべきという共通の認識。達成度をはかる独自の基準。

    ポジティヴィズムスは個人主義から生まれているのかも。

    二つの自由を
    からの自由。抑圧からの解放
    する自由。成果を実現し、自分の潜在能力を自由に発揮する自由。

    旧共産圏の人々はかつて一方の極にあった社会をもう一極にずっと近い民主主義的で資本主義的な社会にいきなり転換するという困難な課題を押し付けられた。この移行のハードルの一つ。公正とは何かについてという前提。

    西ベルリンはからの自由を通して見ているが、東ベルリンはする自由に焦点。

    個人的成功より生活必需の確保を大事にする。集団主義。西ヨーロッパ人でさえこれ。

    自分には大きな決定権があると考える人にはからの自由を選ぶ傾向。公平という観点からも望ましい。機会の平等。

    この世の成功は運次第と考える人はする自由を優先。どんなに頑張っても成功する保証がないならば、このような体勢でない限り自力で生活必需品を選べない。

    これは決定に対する考え方が政治的イデオロギーにかかわる。リベラルほど貧乏人は怠惰だという。あ-。つまり個人主義。

    個人主義はGDP、集団主義はジニ係数。

    しかしアメリカは親子の所得に強い相関関係がある。

    事実ではないつじつまが合う物語を作って不一致をうまく解消できた方が幸せだった。(なんかこの言説危険。)


    不一致を解消するもう一つの方法、真実、道徳律、なんらかの理想の追求といったより高次でのレベルでの一貫性を図ること。ありのままの自分でいながら順応性を失わずにいるには変化を自己像と調和するものとして正当化するか、自己像を柔軟に変えても自分の信頼性が損なわれるわけではないことを認識する必要がある。

    個人主義領域では?他人が選んだものは選びたくない。制約条件が少なく束縛が少ないまま自由に選択した方が満足度が高い。主体性の誇示と「本当に自分が欲しいもの」は常に同じではないが常に違いということもないらしい。これが本来は自分が望んでいない行動を起こさせたりするらしい。

    ポアンカレ
    発明とは無益な組み合わせを排除してほんの僅かでしかない有用な組み合わせを作ること。発明とは見抜くことであり、選択すること。

    テーマは好きなんだけど途中から決めつけ的であまりに不確定要素を排して単純化した荒い言説にイライラきた。それとおそらく個人主義信仰に偏っているため少々言説に扇動感が感じられる。

  • 生きることは選択すること。選択することが必ずしもいい結果を生むとは限らず、時にはつらい思いをすることもある。それでも人は自らの自由意思のもとに選択することを選ぶ。何故ならそれはカミュの言葉によれば、「頂上に向かうこの苦闘そのものが、人間の心を十分に満たすのだから。」

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「自らの自由意思のもとに」
      自分の意思って、どこからどこまでそうなんだろう?色々な影響を受け、周りに気を遣い目立つコトを避ける。
      等と勝手な...
      「自らの自由意思のもとに」
      自分の意思って、どこからどこまでそうなんだろう?色々な影響を受け、周りに気を遣い目立つコトを避ける。
      等と勝手なコトを言ってスミマセン。。。
      2012/12/27
  • 「選択」というその一現象が、どれだけ強力な力を持つか。人、あるいはその他の生物がどれだけ選択を渇望し、時に放棄し、力づけられたり押しつぶされそうになったりするか。それを数々の実験を通してとてもわかりやすく書いてます。日本語訳では「科学」ってなってるけど、選択って芸術でもあるなーって思った。選択があるからこそ、人生は楽しくもあり、苦しくもあるのだなぁと改めて思う。

  • 2011Dec,Etel 白熱教室@コロンビア大学院   選択日記の習慣を
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    ★ NHK「コロンビア白熱教室」のテキスト!
    2011年11月27日(日)からNHK教育で放映の始まった「コロンビア白熱教室」のテキストとなっているのがこの本です。 「選択」こそが、人間に活力を与える。
    コロンビア大学ビジネススクールの美人教授シーナ・アイエンガーは、この20年間、ずっと「選択」をテーマに研究し、さまざまなユニークな実験や調査をおこなってきた人です。
    たとえば、思春期を迎えたお子さんのいらっしゃる方で、親がコントロールしていた状態から外れて、やりたいことを主張するわが子にどの程度の自由を与えたらよいか悩んでいる方も多いと思います。
    そうしたときに、この本の冒頭に書かれている「選択権を持つことは生き物の基本的欲求である」という様々なデータをみせられると、考え込んでしまうことでしょう。
    動物園の動物は、野生の動物より、はるかに食糧、衛生状態の面でめぐまれているにもかわらず、寿命は圧倒的に短い。たとえば野生のアフリカ象の寿命は56歳ですが、動物園のそれは17歳。動物園の動物には、過剰な毛づくろいや、意味もない往復運動などの神経症状をみせる動物が多いのです。その理由は、野生のときのような、「選択」ができないからだ、ということが明らかにされます。
    人間だって同じです。英国の20歳から64歳の公務員男性1万人を追跡調査して、さまざまな職業階層と健康状態の比較を行うというものがありました。その結果は、「モーレツ上司が、心臓発作をおこして40代でぽっくりいく」という予想と真逆の結果が出ていたのです。職業階層が高ければ高いほど、寿命は長かった。これらは、職業階層の高さと仕事に対する自己決定権の度合いが直接相関していたことに理由がありました。
    これらを読むと、ある時期がきたら、親の制約はほどほどにして、「自己決定権」を子どもに与えていくようにしないと、健康問題をふくむさまざまなリスクが生ずるということがすっきりわかります。
    この他、現在、産業界に広く応用されている「ジャムの法則」を発見し、実験によって実証したのもアイエンガー教授です。
    「ジャムの法則」はアイエンガー教授が、ドレーガーズという高級スーパーマーケットを舞台に、1995年に行った実験で、「豊富な選択肢は売り上げをあげる」というお店の方針を実証しようとするものでした。ところが、結果は逆、24種類のジャムを売り場に並べたときと、6種類のジャムを売り場に並べたときでは、前者は、後者の売り上げの10分の1しかなかったのです。 この結果が実証的に確かめられると、金融商品のバリエーションから、洗剤などの消費財、はては、コンサル会社のコンサルの方法まで、選択肢を絞ることで、顧客満足をあげるというふうに変わっていったのでした。
    そのほか、他人に選択権を委ねたほうがいいのはどんな場合かなどなど、ビジネスや実生活でわが身にひきつけて考えることのできる様々な調査結果が本では披露されていきます。
    「コロンビア大学ビジネススクール特別講義」とサブタイトルをつけた、アイエンガー教授の『選択の科学』は、ビジネス的な発想にもヒントになるデ

    アイエンガー,シーナ
    1969年、カナダのトロントで生まれる。両親は、インドのデリーからの移民で、シーク教徒。1972年にアメリカに移住。3歳の時、眼の疾患を診断され、高校にあがるころには全盲になる。家庭では、シーク教徒の厳格なコミュニティが反映され、両親が、着るものから結婚相手まで、すべて宗教や慣習できめてきたのをみてきた。そうした中、アメリカの公立学校で「選択」こそアメリカの力であることを繰り返し教えられることになり、大学に進学してのち、研究テーマにすることを思い立つ。スタンフォード大学で社会心理学の博士号を取得。現在、ニューヨークのコロンビア大学ビジネススクール教授

    櫻井 祐子
    1965年、東京生まれ。京都大学経済学部経済学科卒。大手都市銀行在籍中の96年、オックスフォード大学で経営学の修士号を取得。98年よりフリーの翻訳者として活躍
    ---
    オリエンテーション 私が「選択」を研究テーマにした理由
    第1講 選択は本能である
    第2講 集団のためか、個人のためか
    第3講 「強制」された選択
    第4講 選択を左右するもの
    第5講 選択は創られる
    第6講 豊富な選択肢は必ずしも利益にならない
    第7講 選択の代償
    最終講 選択と偶然と運命の三元連立方程式

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