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Amazon.co.jp ・本 (208ページ) / ISBN・EAN: 9784163743400
みんなの感想まとめ
宗教と震災後の日本社会の関係を探求する本書は、信者でなくても興味深く読める内容が詰まっています。著者は、キリスト教の教義や文学との関連を独自の視点で解説し、特にカルヴァン派やバプテスト派の考え方を日本...
感想・レビュー・書評
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私はキリスト教徒ではないし、聖書に関しても朧げな知識しかないのですが、それでも読んでいてとても興味深く、面白かったです。
信者ではない人にもおすすめできる、というより違う世界を知るという意味で信者ではない人こそ読むべきだと思いました。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
カルヴァン派は絶対他力なので浄土真宗に近い、バプテスト派は自己責任を尊ぶので禅宗に近いというお話が面白かった。
宗教と文学のお話もよかった。
佐藤優さんは知識豊富で難しい話を噛み砕いて解説して相手に興味をもたせるのがうまいと思う。
中村うさぎさんはいい生徒役をやってらした。
ときどき再読したい本。 -
中村うさぎは、わかったフリをしたりしない。で、佐藤優は、投げかけられた質問に膨大な知識や経験を元に、構えずにさらっと応える。かくして、核心のようなモノに切り込んでいくのが、楽しい。
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他の人も書いているが、佐藤優氏の博学にはいつもながら驚かされる。
基本は理性的で博学な佐藤優氏を教師役、感性である意味で一番人間的な生き方をしているうさぎ氏が生徒役になって、生徒が感性で真実を解き明かし、理性の先生がその理論的な説明をする感じでしょうか?
内容は佐藤優氏の他の対談に比べてやや読みやすいと思います。また内容も簡単に読めるのでその分はいいかな?
しかしながら、異色の組み合わせは、同志社大ですれちがったり、共にクリスチャンだったり、人間傍目からではわからないものですね。
いろいろな意味で、面白かった。 -
同志社大卒の佐藤優さんと中村うさぎさんがキリスト教を通して聖書、村上春樹、サリンジャー、東日本大震災を語る対談集。
佐藤優さんの博学には今更ながらですが、さらにびっくり。
アントニオ猪木が人質開放でイラクに行った時の話、クロノスとカイロスも面白かったです。
500年以上も前の想像力を持つことができるのは文学を通してだけというところが印象に残りました。-
「村上春樹、サリンジャー、東日本大震災を語る」
ふ~ん、、、読んでみようかな。。。「村上春樹、サリンジャー、東日本大震災を語る」
ふ~ん、、、読んでみようかな。。。2013/02/27
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宗教
思索 -
ともにキリスト教徒である2人の異色対談(佐藤は過去の著作でも中村うさぎを高く評価していた)。
知的刺激に富む、上出来の対談集。
驚かされるのは、中村うさぎが佐藤優と対等に伍していること。もちろん佐藤優のほうが博学ではあるのだが、佐藤のレクチャーを中村がただ聞いているだけ、という感じではまったくない。
呉智英が中村うさぎのことを「この人は頭がいい。マスコミがもてはやす女性大学教授連中など較べものにならないほどの優秀な頭脳を持っている」と評していたが、本書にはその頭のよさの本領が発揮されている感じ。
タイトルは『聖書は語る』ではあるものの、『聖書』とキリスト教そのものがテーマというより、キリスト教を媒介にしていまの日本と社会を語った本、という印象。その中で、副題になっている「宗教は震災後の日本を救えるか」という問いも俎上に載る。 -
2回目読了
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2011年、震災後の対談。あんまりパッとしない
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聖書を読むの後にこちらを読んだが、神学に疎い私にとっては非常に勉強になることが多かった。私は異教徒(キリスト者でないもの)であるから、西洋文化を理解しようとすると神とは何か、原罪とはなんであるか、のあたりで跳ね返される思いをすることが多い。それが悔しくて聖書を読もうとしているのだが、この本を読んで、わずかながらでもその辺の理解が進んだ気がする。
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ちょっとタイミングを逃してしまったけど、震災後より宗教に興味が出てきた自分にはピッタリの本だった。歯に衣着せぬトークで大好きな中村うさぎさんと、博識で何事にも自分らしい視点をもっていらっしゃる(もう敬語しか使えません)佐藤優さんとの対談には、興味のある事がぎっちり詰まっていて、まるで喉の乾きを癒されるような感覚を味わう。自分の信仰している宗教に疑問を抱きつつも、肌感覚として染み付いているため「そういうものなんです」とキッパリ受け入れている佐藤さんの言葉が印象的。
文中「神様の存在を前提にすると、物事はなんでもうまく説明できるし、神学者や宗教学者はすぐにそうするんだけど、それは間違ってると思うんですね。なぜなら、現代において神様は収縮して小さくなり、そのぶん人間に自由をくれたわけです。だから人間は、自由の限界まで自分たちの力でやらなければならない。そうして初めて宗教というものが我々の前に現れてくるんだと思うんですよ。」という言葉。宗教=思考停止という思いがある自分にとっては腑に落ちる言葉だった。
村上春樹の「1Q84」に関して二人が語っているのも非常に面白かった。 -
キリスト教の信者である2人だが、同じプロテスタントでも派閥違いで結構考え方が異なるので、キリスト教としての価値観を共有しつつも程よく対立するという、対談本としてはそれなりの体裁はキープはしていると思う。生徒である中村が同志社だからなのか先輩風を吹かせて少々偉そうなのが気になるが。もうちょっと校正で何とかできなかったのか?
内容は聖書はあまり関係なく、文学や311についての放談でしかないので、軽く読み飛ばす事ができるレベルで、つまらないという事もないが、小説やアニメの前提知識がないとわからない部分も多く、全体的にはイマイチ。原罪とは自意識であるという中村の解釈は自分も感じていた事なので、この部分は共感した。
神の存在を信じない中村は破門状態(1度洗礼を受けてしまうと、永遠に逃れる事はできないらしいが)にあるからキリスト教に批判的な部分があるのはよいとして、佐藤のキリスト教に対する冷徹かつ客観的・相対的な突き放したような視点(信者は傲慢である等々)は内部的に信者の自分と非信者の自分を使い分けているようでもあり、安易にキリスト教を礼賛しないその2面性に何とも言えない説得力を感じる。ここは佐藤マジックだなと思う。 -
フォトリ49。時間軸、男と女、終末既視感、無政府主義、予想外に面白かった。中村さんの宗教的エヴァ論も深い。イメージ変わりました。次回作、早く読みたいです。
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佐藤優さんはカルヴァン派、うさぎさんはバプテスト派。同じキリスト教徒でも考え方はずいぶん違う。異なったアプローチから文学や震災、今の日本を読み解いていく。
佐藤さんの博識ぶりは予想以上。単なる学力の高い人ではなく、知識がネットワークのように結びついている人。 -
聖書に関連することを教えてもらえるかなと思って手に取りましたが、前もって聖書に関する知識があった方が理解が進む内容でした。書名は「聖書を語る」であって「聖書を読む」ではなかったんですね。という次第で、宗教よりは政治がらみの話が面白く読めました。特に佐藤勝さんのソ連の話はいつ読んでも面白いし、参考になります。東日本大震災の体験を経た上で、個人主義と全体主義の違いと意義、ナチスのファシズムと日本の大政翼賛会の違いと翼賛の本来の意味など、いろいろと考えさせられる対談でした。
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自分は「個」を重視する方だ。だから世の中の全体主義的な、主にマッチョな男性から発せられる断定的な主張には本能的に違和感を覚える。彼らに賛同する人々は、果たして自分たちも"攻撃対象"になり得る、という事実についてどう考えるのか、と思うわけ。
しかし一方で、自分は一体感をも求めてしまう。誰かと繋がっている感覚、連帯感、独りではないという安心感、これがないと生きることが難しいこともまた事実。
この本で語られる内容は多岐に渡る。その中心に聖書、そして宗教が据えられているわけだけれど、この"宗教"というものが、個と全体の狭間で揺れる人間を救える可能性がもしかするとあるのかもしれない。確かに、論理的、合理的、とにかく理屈が絶対視されるこの世の中であっても、例えば神社仏閣なんかに身を置くと得られる安らぎが確かにあって、それを説明はできないんだけれど確かにそれが感じられる以上、宗教(的なもの)には理屈を越えたサムシングが内包されていると考えられるのではないか。
「p206 この「他者と繋がりたいとねがいながらも、互いに拒絶してしまうパラドックス」こそが人間の根源的な苦しみではないかと私は考え」る、と中村うさぎは言う。うん、EVA見てみよう。見たことなかったけど。 -
「聖書」「春樹とサリンジャー」「地震と原発」を読む、という前提での、二人の対談は本当に面白い。
天性の勘を頼りに身体で実験して頭で考えていく中村うさぎのツッコミに、佐藤優がパラノイア的恐ろしく深い知識で応えながら進行していく感じ。
<聖書を読む>
ブランド買い漁りや、セックス放浪、整形など「女」という「性」に身体で向き合う、作家中村うさぎ。キリスト教の教えで最もダメとされていることを全部している感がありますが、実は彼女はキリスト教、バプテスト派の洗礼を受けている。そして、鈴木宗男の懐刀として有名になった佐藤優は、カルヴァン派。同じキリスト教でも考え方は相当違うんだな〜ということをこの本で知りました。それは、つまり、同じ西洋人で、キリスト教を基礎としていても価値観は多様なんだということを再発見。
<春樹とサリンジャーを読む>
むむむ、1Q84に批判的なうさぎさんと肯定派の佐藤さん。この火花を散らす議論は必読。それからサリンジャーについてもキリスト教や禅についての背景が語られていて、「フラニーとゾーイ」読み直さねば!と思わされました。
<地震と原発>
全体主義とは本来多元的なものである。多元的な個を繋ぎ全体となっていくようなシンボルは何か?「メメント・モリ(死を想え)」なのかな。震災、原発は、日本の多くの人が「死」を想うきっかけにはなっているなあ。。。
などなど、余談も楽しみながら、二人の対話に参加した気分になりながら、なかなか深く考えさせられる一冊。 -
知的好奇心をそそられた。
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終末遅延問題、イエスが「私はすぐに来る」
と言ってから2000年待っている
こりゃ変だ、って出来たのが新約聖書
キリスト教でも宗派が違うとずいぶんちがうものだ。
佐藤はカルヴァン派で「天国のノート」に生まれつき
救済されるかされないか書いてある
絶対他力で浄土真宗に近い
それに疑義を呈する中村は
プロテスタント(ピューリタリズム?)
業界用語の「Q」
中村うさぎ、1Q84の女性の描き方に怒る
一方でエヴァには好意的
23 空白に耐えられず、イエスの少年期物語
38 割礼は包茎手術で代用OK。by猪木
42 処女マリアは誤訳
フラニーとゾーイ
マリアの原罪、カトリックは認めず
プロテスタント、正教会は「原罪あり」
地震と翼賛、全体主義と個などなど
博覧強記の佐藤と、ぶっちゃけ系の中村。 -
お互いが遠慮というか牽制というか適当なところで話題を着地させてしまうので、面白くなりそうな話の芽は散見されながらも一向にそうならない。これぞ正に鰻に梅干しの謂。新書で十分じゃない?
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