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Amazon.co.jp ・本 (240ページ) / ISBN・EAN: 9784163746203
感想・レビュー・書評
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生島ヒロシの弟でスポーツライターの生島淳が行方不明の姉をきっかけに気仙沼で被災した人々をクローズアップしたノンフィクション。
廻船問屋の夫婦、大島で米軍相手の通訳となった英語教師、転校するか悩むバレー部の高校生、そして生涯気仙沼を離れなかった生島淳の姉。この4組を震災までの人生の歩みの前編と震災が起きてからの後編に分けて書いてある。
特に好きなのは震災とは直接関係ない前編だ。その人となりが伝わるだけでなく、たった4人のそこに住む人間の人生を記しただけなのに、驚くほど気仙沼という地域が伝わってくる。だからこそ、震災を経て彼らのそして気仙沼の姿に思いをはせ、深い感動を覚える。
震災を点としてとらえてはいけない。そこに住む人々の人生、地域の歴史という線の中で震災を考えなければいけないと強く思った。
生島淳渾身の最高のノンフィクション。 -
心よりお姉さまのご冥福をお祈りいたします。
気仙沼に生きた人たち、これからも気仙沼で生きていく人たちの姿を通じて、この東日本大震災をあらためて深く心に刻みました。私は海辺の田舎育ちなので、自分のふるさと、自分の親兄弟、自分の人生について思いをめぐらせました。
日本の水産業を支えてきた気仙沼という街をはじめてきちんと知ったとともに、そこで生まれ育った人々の「ふるさと」が喪失してしまった哀しみを思うと胸が締めつけられます。
失われたいのち、失われた街は元通りにはならないけれど、気仙沼を愛し力強く生きる人々が街に息吹を与え、気仙沼というふるさとが必ずや再生することを願ってやみません。 -
3/11に起きた地震・津波で姉夫婦と母の遺骨は消えた。5/18に漁港で発見された遺体番号236番が
DNA鑑定の後、姉と認定されたのは9/21。その日姉を襲った出来事を、気仙沼で何が起きていたのか、
また現在の現地の声を辿り始める。
ここは敗戦国だ。この町は自然に負けてしまったのだ。現地を訪れた生島さんはこんな感想を抱く。
子供の頃から慣れ親しんだ風景は面変わりし、多くの人が犠牲になった。姉の当日の行動を予測するには
気仙沼の歴史、そこから派生する人間関係が必要と感じる。
離島である大島で中学教師を勤める七宮氏の「人間というのは極限状態になっても、自分の仕事の責任が
最優先される」という言葉は報道で見られた役所や各関係機関の方々にまるきり当てはまる。自身も被災
しているのに被災者優先で激務を続けていた、あの方々だ。
未来を担い子供たちの行末。「復旧」はありえない、「復興」なのだ。私たち大人はこの先彼等に責任を
押し付ける結果になるのだろう。震災の爪痕はまだこれからも、これから続いて行くのだ。 -
気仙沼出身のスポーツライター、生島淳さん。よそから移り住んできた“旅の人”であった両親は、気仙沼で三男一女を育てた。生島さんと二人の兄は気仙沼を出たが、姉・喜代美さんは気仙沼に残っていた。3月11日、母の四十九日の法要を東京でするため、上京することになっていた喜代美さん。地震の後、兄弟の元に電話も。しかし、その後の喜代美さんの消息が分からない。気仙沼に消えた姉・喜代美さんのこと、故郷・気仙沼のことを追うルポルタージュ。
半年後、DNAの照合をし、5月に気仙沼で見つかった遺体が喜代美さんのものだと判明する。
斉吉商店、大島中の教師・七宮さん、高校生などに取材。「旅の人」生島家のこと。 -
生島ヒロシさんの弟で スポーツジャーナリストの生島淳さんのルポ。
3.11後行方不明をなった姉の消息を追ううちに、生島さんは故郷気仙沼を調べていく。
加工業を営む斉吉商店、大島の英語教師、気仙沼高校の学生達の3.11前と震災後についての取材、そして震災当日の姉の行動を推測して書かれている。 -
死者数や流された戸数などで被害のひどさを多くの人に伝えることはできるけど、有名でもない田舎の町が変わってしまうことの悲しさ、著名人でもない一人の姉がこの世からいなくなったことの悲しさは簡単には伝えられない。一冊かけてそんな伝えられない悲しさをなんとか伝えようとしている本だった。
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気仙沼からそう遠くない場所に住んでいるが、
わたしが知らない気仙沼の慣習などが沢山つまっており、
すごく興味深かった。
気仙沼と大島の隔たりも、この本を読まなければ知ることがなかった。
お姉さんの遺体が見つかった時の
著者の「姉ちゃんが帰ってくる」の一言に、
涙があふれた。
謹んで、お姉さんのご冥福をお祈りいたします。 -
廻船問屋から水産小売業、加工業と変化を続けた斉吉商店の第二章がいちばん面白かった。気仙沼が水産業によって発展してきた町だということがよくわかった。バレーボール部の高校生の章はスポーツライターである著者の強みがよく発揮されている。
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その日の気仙沼が胸に迫る。息つく暇のない緊張感が続く。
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気仙沼出身者だけに、知人を頼った取材が色濃く反映され秀逸なノンフィクションだと思った。
描写にはリアル感が伴うし、斉吉商店の「金のさんま」に触発され、さんまの煮付けが晩御飯のおかずとなった。
最後のお姉さんの章では、やはり涙がこぼれる。
彼の胸の痛みがよく分かる。
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