無私の日本人

  • 文藝春秋 (2012年10月25日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (336ページ) / ISBN・EAN: 9784163757209

作品紹介・あらすじ

『武士の家計簿』で知られる歴史家・磯田道史が書いた江戸時代を生きた3人の人物の評伝。仙台藩吉岡宿の困窮を救うために武士にお金を貸して利子を得る事業を実現させた穀田屋十三郎、ひたすらに書を読み、自ら掴んだ儒学の核心を説いて、庶民の心を震わせた中根東里、幕末の歌人にして、「蓮月焼」を創始した尼僧・大田垣蓮月。有名ではないが、いずれの人物も江戸時代の常識や因習を疑い、ときにはそれと闘い、周囲に流されず、己の信ずる道を突き進むことで、何事かをなした。空気に流され、長いものに巻かれるのが日本人だとすれば、3人は「例外的」日本人である。しかし、磯田道史は3人の人生にこそ日本人がもっとも強く、美しくなるときに発揮する精髄を見出した。それは、己を捨て、他人のために何かをなしたい、とひたむきに思う無私の精神である。評伝にとどまらない、清新な日本人論が登場した。

感想・レビュー・書評

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  • ごく普通の江戸人であった「穀田屋十三郎」とその同志、更に「中根東里」「大田垣蓮月」ら三人の生き方に、ひとの幸せとは何かを問う一冊。
    読むまでは一切知ることもなかった、その名前。
    泉下に苔むした三人の清冽な生涯が、読後もずっと心を捉えて離さない。

    ひとり目の穀田屋十三郎については「殿、利息でござる!」の場面をあれこれ思い出しながらの読書となった。映画で熟知しているはずの展開でも、著者の持つ文章力に惹きつけられ、しばしば涙で先が読めないほど。
    話の途中で差し挟まれる当時の江戸についての様々な知識も興味深い。

    後書きによれば、この本の成り立ちは少し変わっていて、東北の仙台近くの「吉岡」というところに住む老人からの手紙で始まったという。
    貧しさのあまり今にも滅びそうな吉岡を、命がけで救った九人の先人たちがいたというのだ。
    どうかこの話を本にして、後世に伝えて欲しいという老人の願いに突き動かされ、著者がいつものごとく史料を集め出し、とうとう「国恩記」という古文書で出会っていたく感動。
    そして九人の話を書きだしたらしい。

    貧しい町を救うと言っても、現代とは政治の仕組みもまるで違う。
    お上の許しなく、三人以上が秘かに集まってご政道について語れば、それは「徒党」となり謀反同然の行為とみなされる。
    秘密裏に、ひたすら真摯に語り、訴え、まるで将棋倒しのように同志の輪が広がっていく様は感動そのもの。
    驚くことには今もなお、穀田屋十三郎のご子孫の皆さんは「先祖が偉いことをしたなどと言うてはならぬ」という教えを固く守り、謙虚に勤勉に暮らし続けているという。

    本当に大きな人間とは、世間的に偉くならずともお金を儲けずとも、ほんの少しでもいい、濁ったものを清らかな方に変える浄化の力を宿らせた人である。
    学びの道に生きた「中根東里」と、周囲を慈愛の心で包み込んだ「大田垣連月」とも、妬ましいほど幸せにみえるのは、私ひとりではないだろう。
    他人よりも自分、「自分大好き」などという言葉が恥ずかしげもなく使われる現代。本来なら口に出していうのも憚られるものだ。
    だから勉強して理性を磨き、自分も他人も同じく大切に思えるようにする。
    しかしここに登場する三人は、自分よりも他者を思い、今よりは未来を思い、そのために生涯さえも捧げた。 
    江戸人が普通にもっていた[廉恥]を、どうにかして自身の内にもたぎらせたいのだが、私はその方法さえ知らない。。。この本を傍らに置き、繰り返し読むことにしよう。 

  • 著者は現在43歳である。あとがきによると、特に一章目の「穀田屋十三郎」を書いたのは、自分に子どもが生まれたのが契機になったという。
    「(今度また大震災が起きれば)国の借金は国内では消化しきれなくなるだろう。高い利子で多国から資金を借りてこなければならなくなるだろう。そうなれば、大陸よりも貧しい日本が、室町時代以来、五百年ぶりにふたたび現れる。(略)いま東アジアを席巻しているものは、自他を峻別し、他人と競争する社会経済のあり方である。(略)この国にはそれとはもっと違った深い哲学がある。
    しかも、無名のふつうの江戸人に、その哲学が宿っていた。それがこの国に数々の奇跡を起こした。(略)地球上のどこよりも、落とした財布がきちんと戻ってくるこの国。ほんの小さなことのように思えるが、こういうことはGDPの競争よりも、なによりも大切なことではないかと思う。古文書のままでは、きっと私の子どもにはわからないから、わたしは史伝を書くことにした。」(329p)

    この著者の視点には大いに共感する。子どもにむけたプレゼントだからなのか、どちらかというと史伝というよりも史料を駆使した司馬遼太郎風の小説という感じでとても読みやすい。一方ては史料批判がどこまでできているのかは、不安を感じた。

    私は、特に一章目の「穀田屋十三郎」に書かれた人々の知恵と勇気と倫理観の強さには、大きく撃たれるものがあった。ここに登場する人々は、自分のためではなく、郷里のために時の権力者から「武士にお金を貸し、利子で税を免除してもらう」という仕組みを作った「弱くて小さな者たち」である。その「小さな者たち」に私は希望を見出す。

    江戸時代、とくにその後期は、庶民の輝いた時代である。江戸期の庶民は、
    ー親切、やさしさ
    ということでは、この地球上のあらゆる文明が経験したことがないほどの美しさをみせた。倫理道徳において、一般人が、これほどまでに、端然としていた時代もめずらしい。(77p)

    著者はここでは「体面」を大切にすること、と言っている。これをしないと「一分が立たない」ということを寺男が話し、金集めに奔走する。言い換えれば「恥の文化」とでもいうのか。キリスト教や儒教文化のない日本に独特に発達した社会規範である。

    もちろんそのことを持って、日本文化が他国よりも優れているとかの証左にはならない。監視社会になりやすさ、大勢順応主義などはどこかで気をつけなければ、日清日露から日中戦争に向かった日本の再来を呼び起こすだろう。そうではなくて、「自ら積極的に英雄視されることを避ける」日本人の倫理観の高さにどこか「可能性」を、私も見つけたいとは思うのである。
    2013年10月13日読了

  • 知り合いから紹介されて読んだ本。「武士の家計簿」から10年あとに書かれた 史実を下地にした三人の人物評伝。
    疲弊するばかりの地域をなんとか踏みとどまらせる為に有志で募った大金を資金需要時の藩に貸してその利息で地域安定に腐心した穀田屋十三郎。
    当代随一の儒学者になりながら安定した生活を取らず終生貧しい道を歩きながら真理を平易な言葉で語り続けた中根東里。
    さる城主の落とし胤として生まれた女性、才色兼備で武道も熟達するが不遇な人生が続いて出家する。のち和歌や書や焼き物に秀でた力を発揮し評判となるが、得た財は全て貧しい他者の為に費やす人生に徹した大田垣蓮月。
    映画「殿、利息でござる!」の元になった穀田屋の編はドラマ的には面白いけど、好きなのは蓮月の編だった。

  • 「殿、利息でござる!」の原作を含めた、無名の偉大な日本人3人を扱った実話。

    でも、映画になった人以外の2人は、頭でっかちで、特に何もしてないと思うんだけど。。。?

    戦国時代好きなので、作者の磯田さんはたまにテレビで見たり、「武士の家計簿」は見たりしていた。お話すると、早口で少し落ち着かない感じがして意外だったし、「武士の家計簿」はあまり好きではなかった。

    でも、穀田屋十三郎の話は書き方も上手で、感動した。読みながら、何度も感動で、胸がきゅーとなった。私たちの祖先の日本人は、本当に素晴らしい。ハーフばっかりがアホなテレビ界を牛耳っているけれど、そろそろ文明開化も終わりの段階でもっと日本人に誇りを持ち、向き合ってもいいと思う。

    菅原さんも素晴らしい人なのだが、それが映画でなぜあんななさけない存在になったのか?瑛太が悪いんだろうな。。。

  • 2013年1月27日に開催された、第2回ビブリオバトルinいこまで発表された本です。
    テーマは「手紙」。
    チャンプ本。

  • 歴史に埋もれた日本人を掘り起こした評伝。
    題名は今一つだが、内容は確かにその通り。
    ところどころ文体が司馬遼太郎に似ているのは、小説ではなく評伝だからなのか。

  • 帰宅途中の立ち飲み屋で読み始めたのが間違い。
    焼き鳥食いながら不覚にも涙してもうた。ww
    3部構成それぞれの主人公たちを突き動かす義とか理は、言葉で表現できる範囲を遙かに超えている。それを作者はうまく当時の会話を想像し、地の文をうまく混ぜ込みながらドラマチックに描写している。その現場にいる感じが味わえる。
    とにかく、胸がすく思いになる。

  • 水を飲んで愉しむものあり、錦を着て憂うるものあり

    出る月を待つべし、散る花を追うことなかれ


    あだ味方 勝つも負くるも 哀れなり 同じ御国の 人と思へば

  • 記憶に残る人

  • 図書館

  • 穀田十三郎・・・武士にお金を貸し、利子で郷里を潤す、という前代未聞の大事業を八人の同志とともに成し遂げ、貧困にあえぐ仙台藩吉岡宿を救った。

    中根東里・・・荻生徂徠に学び、日本随一の儒者になるが、士官せず、極貧生活を送る。万巻の書を読んだ末に掴んだ真理を平易に語り、庶民の心を震わせた。

    太田垣蓮月・・・絶世の美人だったが、不幸な結婚を経て出家。歌を詠み、焼き物を作って過ごした。内線を早く終結させるよう西郷隆盛を諌める歌を送った。
    ・・・・
    300年前の、幼児虐待を書き残した東里の文章、涙がこぼれた。

    あとがきの一文にいわく・・
    「ほんとうに大きな人間というのは、世間的に偉くならずとも金を設けずとも、ほんの少しでもいい、濁ったものを清らかなほうにかえる浄化の力を宿らせた人である。」

  •  歴史学者の磯田道史氏による史伝集。
     穀田屋十三郎、中根東里、大田垣蓮月らを題材とした歴史評伝。
     普通の江戸人たちが持っていた、豊かで深い生の哲学。
     知る人ぞ知る、慎ましくも篤い情熱を持つ者が、日々の暮らしに奇跡を起こし、心願成就へと導き、歴史の痕跡となる。
     『市井の神々』とは此処にあろう。
     他者を労わり、郷を憂い、国を想い、行動を為した人間らの血脈を、丁寧に書き起こして世に知らしめた、著者の熱意も素晴らしい。
     簡易平明な文体は、寧ろ、洗練された学術的裏付けを持つ、奥行きのある文章であると言えよう。
     穀田屋十三郎に関しては、後に映画化(「殿、利息でござる!」)もされており、そちらも併せて楽しめる。

  • 私財を投げ打つといっても、ここまでの覚悟で、しかも家族全員や仲間が同じ気持ちでやってくれるとは!こんな話が史実であり、紹介してくれたこの本の作者に感謝します。読んで良かった。

  • 「穀田屋十三郎」「中根東里」「大田垣蓮月」3篇のうち、「大田垣蓮月」のみ読了。
    ひらがなが多いやわらかい文章で、本文の上品なフォントがよく合っている。

    最初の夫・直市との結婚生活のくだりは、自分が同じ立場なら、蓮月とまったく同じように考え同じ決断をしたと共感できるところ。自分が我慢をすることで万事収めようとしたり、放蕩夫でもその孤独さを思いやって見放せなかったり…。

    蓮月は心の強い女性だが、その強さを「我慢する」方向から「人に与える」方向へ振り向けたことで、後半生は満たされたものになったように見える。

    なぜ、与えられるようになったか?
    蓮月は前半生で、夫も子も養父も一人残らず失う。得たものに執着しても、更なる悲しみしか招かないと考えたことだろう。それは不幸な考え方に違いないが、「失うものが何もない」状況まで落ちたからこそ、人に与えられるようになったのではないか。

    蓮月の「無私」の根底にあるものは不幸な境遇だと思うので、「よし、私も蓮月を目指そう!」とは思わないし、今は思う必要もないと思う。
    しかし、このような人生を生きて、最後には満たされた人がいたと、知ることができてよかった。

    1点気になるのは、史実と創作がごちゃまぜに記されている点。再現ドラマを見ているようで感情移入はしやすいが、「どこまでが真実なのか?」という疑念がつきまとう。研究者の書く文章には、どうしても史実どおりの正確さを求めたくなるのだ。

    とは言え、世間一般の偉人でなく、清浄な生き方を貫いた一庶民にスポットライトをあててくれたことがうれしい。古文書の中には、光を当てれば現代の標となる人間がまだまだいるだろう。人文科学軽視の悪しき風潮に押されず、研究を続けていただきたいです。

  • 2016年7月23日に市の図書館に予約。やっと読めた。取り上げられているのは、穀田屋十三郎、中根東理、大田垣連月の3人。穀田屋十三郎の話は、映画「殿、利息でござる!」の元になった。ただただ頭が下がる。ところで、文体が司馬遼太郎を思わせるのは気のせいか。2012年11月4日付け読売新聞書評欄。

  • 映画「殿、利息でござる!」を観て、知った本。

    読んでいて胸が熱くなる。
    素直に正直に生きたいと思った。

    史実と物語が私にとってバランスよく、小説のように楽しく読むことができた。

    穀田屋十三郎
    中根東理
    太田垣蓮月

    自分より他人を大切にして生きる
    無私の日本人

    そこまでしなくても…というほど欲がなく、悲惨な生い立ちや境遇を抱えていても、人として擦れない。(硬い玉のように、苦労すればするほど、心が磨かれて美しくなる)

    このような人たちがいた、ということに心が動く。

    人はどんな場所でも時代でも
    心根ひとつでどんな風にも生きられるのだ…と
    勇気付けられた。

  • 歴史学者の書いた本なのに、歴史小説としてきちんと読める。
    公益の心とはなにか、日本人がかつて持っていた(?)ものはなにか、自分だけがよければそれでいいのか。

    日本教、先祖そして子孫という長い時間の流れのなかの一地点として自分をとらえるという視点の重要さ。

  • 「殿、利息でござる!」の映画を見て、本も読んでみた。穀田屋十三郎は映画で知っていたが、中根東里と大田垣蓮月の話しもたいそう興味深かった。特に中根東里には琴線にふれるものがあり、最近は滅多に本を購入しないが、これは手元に置きたい本だと思う。

  • 穀田屋十三郎の章は読み物として面白い。筆者の想いの込め方も穏やかで、バランスがよかった。
    一方で、あとの2章は筆者の語り書きの様相が強く、且つ、説教じみており、せっかくの題材の良さを活かしきれていない。
    全体として、現代において光のあたらない江戸期の偉人に注目し、世に著した点は評価できる。

  • 2016年映画「殿、利息でござる」の原作。こんなにも宿のため、後世のために欲を棄ててことをなしたすばらしい人々がいたなんて。無欲なだけでなく、賢く、しかも粘り強い。でもすごく日本人らしさが見られて心が現れる。殿の書を冠したお酒、飲んでみたくなった。

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著者プロフィール

磯田道史
1970年、岡山県生まれ。慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程修了。博士(史学)。茨城大学准教授、静岡文化芸術大学教授などを経て、2016年4月より国際日本文化研究センター准教授。『武士の家計簿』(新潮新書、新潮ドキュメント賞受賞)、『無私の日本人』(文春文庫)、『天災から日本史を読みなおす』(中公新書、日本エッセイストクラブ賞受賞)など著書多数。

「2022年 『日本史を暴く』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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