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Amazon.co.jp ・本 (400ページ) / ISBN・EAN: 9784163765501
作品紹介・あらすじ
「血盟団事件」は、日本史の教科書に出てくるほどの大事件でありながら、これまで五・一五事件や二・二六事件の様には取り上げられてはきませんでした。しかし、著者の中島氏はこの事件の中にこそ当時の若者たちが抱えた苦悩が隠されているのではないかと考えました。残された供述調書や回想録を精査する中で浮かび上がってきたのは、 格差問題や就職難、ワーキングプア、社会からの孤立感など現代の若者にも通底する悩みの数々でした。
資料を読むだけではなく中島氏は数々の「現場」を歩くことで、本書に厚みを加えます。事件現場となった東京・三井銀行本館をはじめ、茨城・大洗、群馬・川場、鹿児島、そして旧満洲の遼陽まで――足跡をたどる旅は、海外まで広がりました。
事件の鍵となる人物の周辺取材では、井上涼子氏(井上日召娘)、團紀彦氏(團琢磨曾孫)、中曽根康弘元首相(四元義隆と親交があった)へのインタビューを行ないました。また元血盟団のメンバー川崎長光氏に話を聞くこともできました。
海軍士官、エリート帝大生、定職に就けない若者など交わることのないはずだった人々が、カリスマ宗教家の井上日召と出会い凶行に走る――。
事件後八十年を経てその真相に迫ったノンフィクションです。
みんなの感想まとめ
歴史の中で埋もれがちな事件の真相に迫る本書は、血盟団事件を通じて、当時の若者たちが抱えていた苦悩や社会の閉塞感を浮き彫りにします。著者は、井上日召というカリスマ宗教家のもとに集まった多様な背景を持つ人...
感想・レビュー・書評
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血盟団というというのはマスコミによる命名であること。
井上日召のもとに集まった関係者のインタビューに基づくオーラルヒストリー的な手法が使われていること。
これをよむと、血盟団事件→五・一五事件→二・二六事件と続いていく構図がよく見える。下(世間)からのナショナリズムが軍部の暴走を作り出し、戦争へ。どれも社会の閉塞感を解消させる、ということにつながっている。
こういう社会の閉塞感、誰かが集まって動くこと、あるグループに対する嫌悪感、排除意識 なんか、最近よく耳にすることのような…。まさにテロ。
歴史的事実なのだが、システムはいつでもどこでもありうるのか。社会を構成する一員としては、個に還元されていく過程は十分ありうる。怖いな。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
井上日昭は群馬の寺にいた
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重要な本。
国家主義と日蓮宗が一体化し、当時の世相(不況、貧困)と相俟って、国家改造の思想へ。
革命という運動へ。切羽詰まって(?)、政党政治、資本家を対象に一人一殺を目指す血盟団に。
海軍も連携していたが、血盟団事件では関係が判明せず、5.15事件の首謀者に。
狙い通りに、政党政治は転覆したが、軍事政権を招く結果に。
☆革命後の日本の姿を描けない、描く必要がないとしたことが要因のひとつか。 -
強烈なカリスマ性を持つ日蓮宗僧侶井上日召が中心となって作られた血盟団による要人暗殺テロ、その残党による五一五事件、そして二二六事件から始まった日本国の崩壊。つまりこの血盟団こそが日本敗戦への導火線となる存在であったのではないか。
そしてそのメンバーの殆どが高学歴、そして宗教集団。そうオウムを彷彿させるのだ。どの時代でも出てくる悩める高学歴バカ。ただ当時の貧困から来る革命への思想は否定出来ないんだが、テロはあかんやろ、な、共産党。
よくぞここまで調べ上げた破壊力のある内容に感服。読み応え有り!
が、中島せんせ、あとがきで1920年代のきな臭いと言われる空気を今の政府批判に持って行こうとするのは頂けない。日本ちゃうで、世界中がきな臭さすぎるんやで。 -
著者は血盟団事件をこうくくっている。「煩悶からの解放と理想社会の誕生を夢見て決行された宗教的供犠だった」と。しかし理由はどうあれ、世の中を変えるための手段として「テロ」に肯定される余地が存在すべきか?格差による国民の窮乏。私腹を肥やす既得権階級への憎悪。レベルは違えども、我々も同じような問題に直面している今だからこそ、この事件を正面から考えるべきである。
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こんな名称のついた事件があったことさえ知らなかった!そういう意味でもとても興味深い内容なんだけれど、なんとも読み辛く感じたのは宗教論というか精神論というか、そういったものにはどうにも腰が引けてしまうのと、引用文が多いせいもあるのかも。
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【若者たちが凶行に走った理由】昭和の歴史に残る連続テロ事件を起こした宗教家・井上日召。彼はいかにして悩める若者たちを束ね「血盟団」を生み出したのか。
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日蓮主義者・井上日召に感化された茨城・大洗の若者たちが引き起こした連続テロ、血盟団事件を紐解く。この事件が同年の5.15事件、1936年の2.26事件へとつながり、国民の不満が対外膨張主義へと回収され、日本は戦争への道を歩み出す。
茨城の若者たちがなぜこの凶行に至ったのかに迫る。 -
面白い面白くないとかそういうもんじゃないわけで。
全然血盟団事件なんて知らなかった。
いいこととか悪いことかじゃなくて、20歳にも満たないような子たちがこれだけ、国家とか天皇とか農民とか、日本のことを真剣に考えていたこと。
私って何にも考えてないなぁ・・・ -
血盟団事件に至るプロセスを、携わった青年ひとりひとりを丁寧かつ執拗に追う著者の筆致は生々しく迫ってくるものがありとても苦しかった。格差問題にワーキングプア‥現代社会との相似点は身につまされるものがあり、一触即発の空気が潜んでいるのかと思うと尚更苦しい。しかしテロリズムで事態は解消されないことも示されている。純真さゆえの彼らの心の葛藤を、破壊のエネルギーに向かわさざるをえなかった社会の状態が恨めしい。暴力に委ねない改革による万人の平等と平和の社会を心から望む。
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教科書のなかでは、背景も結果も語られずただ名前のインパクトだけあった事件。それが、昭和の不安の時代の流れのなかで、多くの青年の苦悩と、暗躍する軍部に結びついたものだったとは。これだから、歴史は面白い。
この事件にはオウム真理教事件との類似を感じた。社会の救いきれない孤独の受け皿に独善的な宗教がなるというのは問題だ。また、彼らがもう少し想像力をもっていたら、その手法の限界に気付いたろうに。 -
凄い読書体験でした。ヤバイ。血盟団のひとりひとりの感情にシンクロしそうになります。瞬間、瞬間に対する登場人物の反応がシンプルな短い文章で積み上げられて行きます。事後からの分析的視点や批評的論点は全く感じないので、まるでその場にいるようです。(同じ大作でも松本清張「昭和史発掘」と全く逆のアプローチだと思いました。)「テロ」という行為をおぞましい特異点として思考停止的に取り扱いがちな日常に冷や水を浴びせかけられます。自己犠牲という点での宮沢賢治「グスコーブドリの伝記」との共通点の指摘が本章を離れ、最後の最後、あとがきで成されますが、そこに本書の魔力があるのだと思いました。捨石を志す、彼らの行為は5.15事件、2.26事件、政党政治の崩壊、軍部の独走、敗戦、そして現在の社会に繋がる、と思う時、気持ちが掻き乱されます。純粋さへの渇望のなんと甘く危険なことか。
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不況のなか極貧にあえぐ農村、富める者と奪われる者との格差がますます明確となりつつある都市の住人、哲学的な煩悶を抱える学生。
さまざまな生い立ち、さまざまな思想を持つ人物たちが、時代の閉塞感のなか、あるいは極右結社に惹かれ、あるいは左翼運動に共感をしながら、最終的に「一人一殺」のテロリズムに収斂していく過程をまとめた本。
五・一五事件の前段となる血盟団事件において、主要人物たちが抱いていた日蓮主義や革命思想は稚拙短絡で教条主義にすら満たないものではあるが、それが当時を生きる青年たちに提示された「可能態の世界」(私たちは何になれるか? 何ができるか? 何をすべきか?──という可能性/不可能性のイメージ)のひとつの反映物であると考えることが必要と思われる。
それにしても、もう少し分析的な記述が欲しかった……。 -
某自民党の幹事長に、テロリストとよばれた多くの日本国民。
だから、敢えていま、近代日本をテロという手法で変革しようとした血盟団に興味をもった。
資本家による搾取により、痛めつけられ、疲弊したた日本の農村部。
宗教家であり、日本国のために捨石となる覚悟を決めた宗教家井上日召。
井上を慕って集まった青年たちが、革命のために選択した手段は「一人一殺」同志が10人、拳銃が10丁、そして、10人の社会の敵を斃す。そのために、血盟団の同志は日本のための捨石となる。だが暗殺、この手法は体制側からみれば、テロリズムといわれるものである。
武力によって、国を変革しようという動きが、昭和初期の日本には確かにあった。井上日召 血盟団と同時代に生きた大川周明 三月事件、5.15事件、そして、2.26事件。これらは、すべてゆがんだ日本のあり方を、武力(暴力)を使って修正しようとした試みであった。
この時代の日本には、武力を使わなければ修正できないと思われるほどの、資本家と一般国民の乖離があったのかもしれない。
結局、血盟団事件はじめすべてのテロ事件は、完成されることなく終わり、体制の変更は、大東亜戦争での敗北によるガイアツという形をとって行われた。
なぜいま自由民主党の幹事長が国民に対しテロリストという言葉を叩き付けたのか。
著者は、あとがきで「私は、血盟団事件を追いかけながら、どうしても現在社会のことを思わざるを得なかった。」と綴る。
私たちは、その身を捨石として日本の変革を目指した青年たちから、暴力による革命は必ずしも多くの国民の賛同をえられないかもしれないということを学んでいる。しかし、不誠実なことを行っているという負い目がある、現在の為政者は、国民が声をあげることを異常なまでに怖がっているのかもしれない。
私たち国民は、敢えて武力闘争(テロリズム)という選択肢を選択していないだけだ。 -
よく調べたもんですな~という点で頭が下がる。
ただ、引用文が多く、まるで論文のようで読むのがたいへんしんどい。改めて「司馬遼太郎は資料・史料をよく小説に昇華したなぁ」と感心。
まあ、著者が助教授、いまでいう準教授なので論文みたいになるのはしょうがないのか。
血盟団は「革命」とはいうものの、革命後にどうするかまで考えていなかったため(本人たちもそれでよしとしていた)、結局はテロリストでしかなかった。結局彼らの意図しない部分で、のちの軍部による政治介入への道をつくっただけに終わる。
社会の不条理に憤慨する若者の精神は純だが、宗教者がこれを利用すると結局テロに向かう、という構造は幾度となく繰り返されており、翻って今般の日本の現状を鑑みるに、いかにもおかしな団体が跋扈しそうな気がするが、現代では「不平分子は集団をつくって運動することでガス抜きを行う」というのではなく、ネットの掲示板などでガス抜きが行えるので、オウム事件を最後にテロ集団はできにくいのだろう。と願いたいもんだ。 -
昭和史の一行ほどの記述として靄の向こうにかすんで行きつつある「血盟団事件」を、中心人物の足取りを丹念にたどることで克明に描き出した労作。まったく、大正から昭和の初めにかけての政治や社会の動きは興味深い。単純に今との類似点をあげても仕方がないとは思うが、くみ取るべき教訓が多々あるのは間違いないだろう。
「この道はいつか来た道」というフレーズもあまり聞かなくなった。あれあれという間に、少し前までなら考えられないようなことが進行していて、そら恐ろしくなることがある。「秘密保護法案」なんてものがしゃあしゃあと出されて、成立しそうだなんて、日本人は「治安維持法」の悪夢を忘れてしまったのだろうか。そもそも「何それ?」なのかもしれないけれど、歴史を学ばないと、都合の良いように利用され、自分で自分の首を絞めていくことになるんだよ!と若い人たちに言いたい。なんか年寄りみたいですが。
そういう意味で、中島岳志さんなどには、もっともっと一般向けの本を書いてほしいなあと思う。オウム以降大きな動きはないけれど、スピリチュアリズムは決して力を失っていないと思う。仏教ブームみたいに、あくまで個の内側にとどまっているだけだ。社会への失望や憤懣、社会改革への真面目な意思がテロリズムと結びつく危険は常にあって、そこに橋を架けるのは、なるほど宗教への傾倒かもしれないと思った。 -
群馬県に生まれ、満州にわたった井上日召。日本にもどり茨城の田舎で道場を開き、そのカリスマ性をもって次第に農村や軍部で働く若者を魅了していく。
当初は天皇制を中心とした法華経による精神改革を目指したが、海軍青年に触発され暴力革命を目指していく。 -
格差・貧困→思想・宗教→暴力革命。著者は現代も似た状況であるというが、戦前に比べれば要人暗殺なんて殆どないし、あるのは無差別殺人のみだ。それはなぜなのか?懐疑のスタートは誰しも小乗からなのだろうが、それが大乗に展開していくか否かの違いなのか?(オウムは大乗には展開したのだろうが、結局は無差別殺人になってしまったというよくわからない事件ではある。地下鉄にサリン撒くなんて「一人一殺」に比べれば、コスパも悪いし合理的じゃないし、義もありゃしないし、血盟団のような大衆を傷つけないという視点もない。)
社会・国家変革というスローガン及び実践に対して、各々の思惑が異なり、呉越同舟になる展開が興味深い。大洗田舎者の経験主義に起因する信仰、帝国大学生の理想主義、軍人の権力志向という我欲。安岡正篤は結構評価されている人物だと思っていたのだが、ボロクソ言われているのがイガイであった。理論主義的過ぎて同時代的にはヘタレだったのかもしれない。
戦前に比べれば、物質的には圧倒的に恵まれているし、都市と地方も格差も物質的にはなくなってきた。ネットとイオンでの滞留によりガス抜きしてくれるので、爆発がないのだろう。あるとすればネットによる自己の肥大化・承認欲求の増大、および他人は上手くやってるというリア充幻想による鬱屈が散発的に事件化する程度。そこには「どうして自分だけが?」という個人主義しかない。これは近代合理主義による人間の劣化なのか?社会システムの複雑化・安定化による諦めなのか?その辺はよくわからない。が、このような歴史的事実を知ると、現代は平和でいい時代だなと思う。
それにしても関係者が平成までフィクサーとして暗躍してたって、なんなのよこの国は。 -
13/10/31。11/16読了。
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