紅梅

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  • 文藝春秋 (2011年7月27日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (176ページ) / ISBN・EAN: 9784163806808

みんなの感想まとめ

テーマは、愛と介護、そして別れを通じた人間関係の深さです。著者である津島節子は、夫である吉村昭の闘病生活を淡々と描写しながら、互いに思いやりを持ちながらも独立した存在である夫婦の姿を浮き彫りにしていま...

感想・レビュー・書評

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  • 故吉村昭夫人、津島節子氏の、夫の介護記。
    そして、作家として、妻としての立場の、悔悟記(?このような言葉があるとすれば)。
    仲の良い、とてもよい夫婦だと思った。
    妻も夫も、お互いを思いやりながら、しかし、確固とした我を維持して生活していく。
    双方とも、互いに敬意があるのが、文面からにじみ出てくる。
    最期の時の、どうにもならない、壮絶な心が、淡々とした文面から伝わってきた。
    本書を書くという大事をやってのける、それが、作家としての津島節子の、夫、吉村昭への愛情だとおもった。

  • 吉村昭さんとの最期の日々を、妻の津村節子さんが小説にした。
    舌癌も壮絶だが、膵臓癌の治療は苦しそう。
    それにしても、昭和の人だからか、津村さんは自分に厳しすぎるのではないか。伴侶を失ったから仕方ないかもしれないが、せいいっぱい看病したと思う。
    夫妻の息子さんは隣に、娘さんも近くにいてそれぞれの伴侶も協力的でいいと思った。

  • 文壇に知られた作家夫婦の、夫の闘病と死を小説化した物です。

    お亡くなりになった際、もう死ぬからと宣言して自分で管を引き抜いたというエピソードを新聞記事で読んだときにはただただビックリし。
    しばらくしてから妻がそれを小説として出すということにもビックリし。
    二人とも豪胆すぎる(^_^;)
    でも、はしばしに、お互いに想いあっていたのだなぁ、書かないと納められなかったんだなぁとしみじみしました。
    どこまでを脚色しているかわかりませんが、ほぼそのままなのではないかと思います。
    はっきり実名書いてあるお医者さんたちや、ぼかして「あの人だな」と思わせる作家たち。
    もしかしたら、主人公を架空の人名にしてあるので、交流のある作家もぼかしてあるのかな?
    実名のお医者さんの中には「知ってる!」という方も出てきてなんかどきどきしました。
    背景を全く知らずに読むと、わからないことにいらいらする方が勝ってしまうかもしれないですね。

    装幀 / 関口 聖司
    カバー画 / 円山応挙「老梅図」(京都・東本願寺蔵)

  • 夫・吉村昭氏の舌癌発症から最後を看取るまでの私小説。
    静かに死を待つのではなく、点滴の管を引きちぎり、
    自らの手で最後を締め括ろうとした夫の激しさに圧倒され、
    動転しながらも夫の意思を尊重した妻。
    彼女が臨終のその時に叫んだ、心からの言葉。
    適当な言い方ではないかもしれないが、あの世へ旅立つ夫への餞の言葉のように思った。
    そこには最後まで作家であり続けたの夫への、尊敬と深い愛があった。

    努めて感情を抑え、淡々とした筆致が胸を打つ。
    この作品を書くことは悲しみを一から辿り直すことであり、
    相当な心痛を伴う作業だっただろう。
    作家というのはなんと因果な商売なのかと思う。

  • 井の頭公園に隣接した家の夫の書斎の窓の前には紅梅の木が植えてあったそうです。その書斎が最後は病室に変わり、作家の妻・育子が舌癌の作家の夫を看病・介護した1年半(2005.2~2006.7)を描いた小説です。津村節子 著「紅梅」、2011.7発行です。この作品は、小説なのか、伝記なのか、回想記なのか、はたまたノンフィクションなのか・・・。妻の夫への愛情と哀惜がひしひしと伝わってまいります。

  • 作家である妻が作家である夫を看取る。

    舌癌治療中に膵臓癌も発見され、闘病の果てに自宅療養中に自死に近い死を遂げる、というと壮絶な闘病・看病の記録となりそうなのだが、意外なほどに淡々とした筆致である。放射線治療の苦しさや手術後の体力の衰えなど、夫の闘病そのものは激しいものであり、そしてまた見まもる妻の心痛も察せられる描写なのだが、妻を「育子」と第三者的に置いたところで、客観性が加わったというところだろうか。

    さっぱりしてちゃきちゃきした性格であり、執筆や選考会と忙しい妻。
    用意周到で綿密な取材をし、大変社交的というわけではないが、社会的な役割もきちんとこなす夫。
    「物書きが家に二人もいるなんて」「物を書く女なんて最低だ」と文中に何度も出てくるが、いいご夫婦だったのだと思う。夫が語る「この者は五十年間、同じ家に住みついておりまして」とか「辛抱強くて、女房とずっと一緒に暮らしています」なんてセリフは実に楽しそうじゃないか。「自死」前後の描写は淡々としているだけに余計悲しみが感じられ、胸に迫る。


    *津村節子はずっと以前に、確か『智恵子飛ぶ』を読んだきり。

  • 913-Tu-

  • 配置場所:摂枚普通図書
    請求記号:913.6||T
    資料ID:95120411

    ★鑑賞ポイント★
    広げてみると裏表紙には取っ手が……こちらは京都本願寺蔵、円山応挙「老梅図」です。

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  • 思い出して泣きました、
    70過ぎて80歳近くてもこんなに惜しまれて、こんなに奥さんに気遣われて
    私はなんて酷い妻なんでしょう
    涙が止まりません。

  • 小説として書き上げたことが、著者にとってはきっと必要なことだったのだろう。
    そこに彼女の業を感じつつ、小説として描くことで、現実に向き合っていったであろうことも想像できて、その手段をもっていることを羨ましく思えた。

    ひたひたと忍び寄る死の影を感じながら、
    それでも苦しみに耐え、そして毎日の生活を暮らす。
    闘病が日常になるというのはこういうものなのか。

    淡々と語られる静謐な世界に、時々、苦しみが溢れる。
    そこが、どれほどの痛みが存在しているのかを想像させられ、鋭く突き刺さる。

    しかし、これだけの闘病に耐えることに意味はあるのか。
    長らえた時間に、生み出された物も沢山ある。
    その一方で、そこに一種の徒労も感じずにはいられない。
    医学の進歩は、良くも悪くも・・・。

  • 薄いけど読み応えのある本。

  • 一家に二人作家がいるということ。抑えた筆致で、だけどそれでも愛があったことがありありとわかる。

  • ブログに掲載しました。
    http://boketen.seesaa.net/

  • 作家の夫と作家の妻。夫の発症から死までをノンフィクションともフィクションともつかぬ筆致で書いている。

  • 作家である吉村昭を看取った妻の作家津村節子が書いた私小説風の作品。
    病と戦いながらも、家族以外の誰にも秘密にして作品を書き続ける。
    妻も執筆に講演に忙しい毎日を送りながら看病を続ける。
    淡々とした筆致で綴られる日常が、家族に病人を抱える辛さをしみじみと描き出している。

  • 故吉村昭氏の奥様。
    吉村氏の病発症から死に至る迄が綴られている。延命治療を断念する家族の様子がいたたまれません。
    多くの名作を産んだ吉村氏の死が残念でならず、何故、才能多く沢山の業績を積んだ人に限って早く天に召されるのか…只々無念で成りません。
    津村さんが同業者として夫を尊敬し、又その才能に嫉妬もあり、しかしながら淡々と綴られているところが余計に切なさを助長させます。

  •  『三陸の海』(「群像」2012年11月号より連載)でこの作者を知り、この本の存在を知り、軽い気持ちで入手してさっと読み終えた。吉村の最期の部分では、そこまでと同じペースで文字を追うことが出来なかった。
     勿論、この本を手にとった背景には、私のいまの暮らしとつながりがある、うしろ暗い気持もある。

     津村は、この作品でも「群像」の新連載でも、時系列を多少混ぜ合わせながらもスムーズに物語を展開する。読みやすいが、それだけにあっさりと出来事が過ぎ去ってしまう感もある。それが良さなのかもしれない。作家になることへの執着、妻であるまえに作家であることの業を描きながらも、この作品を書きあげてしまうあたりが、このひとの強さなのか。「育子」と自分の名を改変し距離を置くことがひとつの逃げになっているが、そこに弱さがでているのか。
     作品の最後には、夫がその最期に妻を拒否した、その責めを妻は死ぬまで背負っていく、とある。「文学界」2011年5月号初出の作品だ。それから1年半を経て、「群像」の連載がはじまり、妻は夫が生きていたときのことを書き始めた。今度は『三陸の海』と題しており、多くの死者がその背後にいる。どう書くのか、なにを書くのか、興味が無いとは言えない。決して上品な感情とは言えない、私の醜い好奇心なのかもしれない。

  • 昨年末に、図書館に予約して、ようやく順番がまわって来た本。読みはじめて、何故、この本を読みたかったのだろう、と考えてしまった。確か、新聞で紹介されていたのだが、明らかに自分の読みたがる本とは違う。
    でも、読み進めているうちに、やっと思い出した。大好きな作家、吉村昭を看取る、奥様の作品なのだった。
    夫、吉村氏と同様、淡々と事実を並べるように書かれてあるところが、かえって、長年連れ添い、苦楽を共にした夫婦の間柄がよくあらわれて真実味があるような気がした。

  • 夫、吉村昭の闘病と看取りの小説。ほとんど事実なのだろうが、ノンフィクションとしてではなく、小説として客観的に描いている。病気や闘病、看病等を描いた小説はいろいろあるが、これほど淡々と表現している小説を今まで読んだことがない。全くのフィクションならいざ知らず、夫の看取りである。もっと感情的になりそうなものだが、事実をそして当人の感情もさらりと描いている。それゆえにその裏にある激しい感情、そして病人本人のつらさを想像し、悲しみ苦しみを感じる。読んでいくうちに気がつくと、いつの間にか登場人物皆が「死」を意識しているのである。いったいどの時点でそれを事実として意識し始めたのか、がんの宣告を受けた時点で当人も妻もある意味覚悟をしたのかもしれない。想像するしかないが、文章に「死」を感じさせる頃にはすでに小説は終盤になり、あれよという間に死を迎える。筆者は看病に関して、後悔の念を多々感じているようだ。これは看取ったものすべてが多かれ少なかれ感じるものなのだろう。客観的に夫の死を描いている故に、なおその喪失感、悲しみ、つらさを感じる作品だ。

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著者プロフィール

津村節子(つむら せつこ)
1928年 福井市生まれ。
学習院短期大学国文科卒。
1953年 吉村昭と結婚。
1964年 「さい果て」新潮社同人雑誌賞受賞。
1965年 「玩具」芥川賞受賞。
1990年 『流星雨』女流文学賞受賞。
1998年 『智恵子飛ぶ』芸術選奨文部大臣賞受賞。
2003年 恩賜賞・日本芸術院賞受賞。
2011年 「異郷」川端康成文学賞、『紅梅』菊池寛賞受賞。
日本芸術院会員。
主な作品
『重い歳月』『冬の虹』『海鳴』『炎の舞い』『黒い潮』『星祭りの町』『土恋』『三陸の海』等。
2005年『津村節子自選作品集』(全6巻)刊行。

「2022年 『紅色のあじさい 津村節子 自選作品集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

津村節子の作品

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