小さな異邦人

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (316ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163900308

作品紹介・あらすじ

恋愛小説の名手にしてミステリーの鬼才から最後の贈り物八人の子供がいる家庭へ脅迫電話。「子供の命は預かった」。だが家には子供全員が揃っていた。誘拐されたのは誰? 表題作など八篇。

感想・レビュー・書評

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  • 逃亡中の殺人犯と、その愛人が迎える、時効成立の日。警察のマーク。
    妻が夫を殺します。女が愛人を刺します。
    そうかと思えば、バツイチ熟年男性と職場の女性の恋愛ミステリー。
    不倫カップルの謎めいた別れ方。
    父と母と愛人との異常な三角関係と、それを見てしまった娘。

    クサイと言えばクサイんですけどね。B級って言いますか。
    安い哀しいビジネスホテルとか、ちょっと汚い定食屋の、佇まいというか空気感。
    それが、クサイなあ、と思って読んでても引きずられちゃう力技。小説としての技能でした。


    連城三紀彦さん。れんじょうみきひこ。
    凄いペンネームですね。良く考えたら。(って、ペンネームなのか知りませんけど)

    もう、相当に昔の話ですが、「恋文」という本だけ読んだことがあります。
    それも確か短編集というか、恋愛小説の中編が2~3編入っている本だったと思います。
    表題作「恋文」と「私の叔父さん」という、2編は、とにかく素敵な小説だなあ、と思った記憶が。

    ただなんていうかこう、湿度の高い、どことなく哀感ただよう感じの。でも物語のメリハリのはっきりした作り。
    情緒だけじゃなくてミステリーになってる感じ。
    なんだけど、やっぱりこう、もう若くない大人の、あきらめとか後悔とか喪失感とか、そういった…。
    日陰の不幸が陰々と痛みと諦めの、男と女の湿度が汗ばむようなオトナな味わいだったんですね。
    読んだこっちが高校生くらいだったと思うので、余計にですが。

    そんな連城さんは、どうやら元々は「ミステリー」というジャンルの小説家さんだったらしい。と、後日知りました。
    そして、お亡くなりになってしまったんですね。
    そんなことがあって、「久しぶりに読んでみようかなあ。どうせなら最近の小説を読んでみようか」と、手に取ったのが「小さな異邦人」。

    いやあ、この人は職人肌と言うか…。
    小説を書くのが上手い。小説を書くプロです。

    どれもこれも、犯罪事件が絡みます。殺人が絡んだりします。
    (例外もありますが)

    そして、謎、が読者に現れる。
    それが後味はともかく、解き明かされて終わる。
    それがただのトリック快楽だけじゃなくて、短編ながらにキリリと、登場人物の人生やら感情やらっていうのが、手に取るように愉しめちゃう。

    一方で、どれもこれも犯罪事件が絡む、ということは。
    やっぱりそりゃ、強引と言えば強引な運びになったりするわけです。
    そうなんだけど、そこがそうならない。
    これはもう、書き方、文章の紡ぎ方。
    そんなところでぐぐぐぐぐっと、何ていうか…白けるゆとりを読者に与えずに引き込んでいきます。
    そして、短編ならでは切れ味。スパッ!。

    いやあ、こういう職人芸っていうのもすごいですね。
    ある種、娯楽的に読者に媚びてるとも言えるんですけれど、でも文章の品格みたいなものは十分にオトナです。

    日本の2015年現在の、いわゆる「ミステリー」と呼ばれる小説はあまり詳しくありません。
    ただ、連想したのは横山秀夫さんの短編小説でした。まあ、アレも本当にすごいですからね…。
    小説書きとしての横山秀夫さんの凄味は、ゼッタイ長編ではなくて短編にあると思います。「第三の時効」なんて、大好きでしたねえ…。

    閑話休題。それはさておき。

    「小さな異邦人」。連城三紀彦さん。25年ぶりに連城さんを読んだんですが、持ち味は変わっていませんね。
    やっぱりどれもこれも、まあミステリーですから、幸福とは言い難い大人な男女が錯綜します。
    色んな素材…。絶望、希望、悲哀、孤独、不安、そんな素材がぶつ切りにされ。
    色欲、弱さ、ため息、の出汁にじっくり漬けられて。
    中華鍋でもって、「もう若くない」という油でがっしがっしと炒め上げたような。
    「犯罪」というスパイスの絶妙加減。そして、「謎=ミステリー」という職人技…強火で炒め上げる、熟練の職人芸のチャーハンの旨みとでも言いますか。
    美味しいんですよね。
    斬新でも華麗でも深淵でも無いんですけどね。

    「とにかく読み易く、おとな向けの、ブンガクとか感動なんかじゃなくてエンターテイメントな。SFとかじゃなくて現代劇の、そういう小説が読みたい!」

    という人には、ほんと、おすすめです。

    うーん、でもこの作家さん、やっぱり男性向きなのかな…。
    何となく褒めておいてなんですが、確信犯的にB級なんですよね。
    分かる人にしか分からない例え方をすると、70年代~80年代初頭ロマンポルノ映画っぽいんです。物凄く。精神風景として。
    そこのところで、圧倒的に横山秀夫さんとは違いますね。
    ま、逆に言うと、その持ち味で、これほどまでの小説芸、技を持っている小説家さんっていうのは、他に思い当たらないですね…。



    ################
    自分の備忘録。

    ①指飾り
    冴えない50代のバツイチの経理マン。
    職場の同僚の独身30女性と、ずるずるっと良い仲になる。
    だけど、当然、女性にはやっぱりずるずるな彼氏がいる。
    そして、自分は去られた元妻に気持ちがある。
    きっかけが「街中で見た、元妻っぽい女性の背中。結婚指輪を外す手つき」というあたりが、実にこう、小説書きとしての腕が無いと料理できないなあ、と思いました。

    ②無人駅
    田舎町。無人駅。降り立つ水商売ぽい若くない女。
    指名手配の張り紙。今日が時効の殺人犯。
    その女が目指す温泉旅館。待合せる男は犯人なのか。
    マークする警察。警察官の煩悩。誘う女。
    全ては、罠なのか。
    なかなか緊密な作りの小説でした。

    ③蘭が枯れるまで
    淋しい主婦が、女友達ができる。
    そして、お互いの夫の交換殺人を示唆される。
    進む計画。引きずり込まれる主人公。
    最後はあっと驚く大ドンデン返し。
    実は女友達は、自分の夫の長年の愛人で、殺されたのは自分の夫だけ。そして自分が犯人にされてしまう、という…。
    全ては罠だった、というお話。

    ④冬薔薇
    これまた、淋しい熟年の主婦が、夫にも子供にも家庭内断絶で、悲しいので不倫に走る。
    走った挙句に別れ話を言われ、とうとう相手を刺してしまう。
    …というだけの話なんですが、これを、主人公の一人称の世界で、歪んだ自意識というか内面のコトバで描いちゃうんですね。
    その味付けだと、怖くて凄くて、読めちゃうんですよねえ…。
    うーん。職人技。

    ⑤風の誤算
    普通の会社、30前後の女性社員。地味で人気の無い熟年男性の課長さん。
    暇な部署で、澱が溜まるように、出世から脱落したその課長への、悪意ある噂話が行きかう。
    とうとう、殺人犯なのでは?というゴシップまで。
    それを疑いながら、課長のぞっとする顔も見てしまう女性社員の話。
    いまひとつだったかな…。


    ⑥白雨
    「母が浮気していた。浮気相手の男が父を殺害した」
    という過去を背負っている中年女性。
    謎めいた事件、少女だったころに重要な事実を観たはずの自分。思い出せない。頭痛。
    つきまとう、老刑事。
    中学生の娘のいじめ事件から、記憶が戻ってくる。
    実は父は同性愛者で、男性と情事を持っていた。母が父を刺したのだった。
    ドンデン返しの真相がアザトイのだけど、読ませちゃう技術は凄い。

    ⑦さい涯てまで
    いちばん、持ち味の出ている1篇だと思いました。
    会社の30代独身女性と、50代の既婚者の不倫浮気。
    パチンコ屋での出会いから、恋愛が進む描写が、いかにもな湿った味わい。
    浮気情事を重ねる小旅行を、だんだん北へと進んでいくゲームのような不倫。
    だが、結局は、女性は以前の不倫をなぞっていただけだった、ということが分かって終り。

    ⑧小さな異邦人
    テレビに紹介されるような、子供8人とかの貧しい母子家庭。
    誰も誘拐されていないのに、身代金要求の謎の電話がかかってくる。
    真相は、中学生の女の子が、独身男性教師と恋愛の上、妊娠していた。
    それを知った医者が、秘密しておく代わりに、教師に金を要求していた。
    ちゃんと結婚して産むことになって、珍しく?ハッピーエンド。

  • 作者が亡くなった時に掲載された新聞書評を読んで手に取った。若い方が読むとちょっとよくわからないと感じる話もあるのではないかと思うが、ある程度の年齢に達した私にとってはなかなか味わい深い短編集だった。結末の意外性はそれほどないが、書き出しが魅力的で、結論に至るまでの話の流れや描写も非常に引き込まれる。割り切れなかったり、切なくなるような結末も悪くない。「風の誤算」が一番好き。

  • 切り口の違う8つの短編集
    心理描写が丁寧で、ラストのどんでん返しが面白いミステリーです

    ちょっと分かりにくくて、読み返すところが何ヵ所かありました
    中年の恋愛が多かったかなぁ…

  • 男女間の複雑な感情の行き交いを軸に、意表を突く展開を盛り込んだミステリ短編集です。
    ときに流れるような筆致で描かれつつ、トリッキーな真相を用意しているあたりは作者のさすがの巧みさだと思います。
    「白雨」や表題作は特にくるりと翻る情景の鮮やかさがとても素敵だと感じました。「無人駅」は全体にただよう色っぽさというか、情感の含ませかたが素敵。こういう露骨ではなく漂わせる官能的な文章はとても貴重だった、と今こそ、思います。

  • ミステリー&恋愛小説の名手からの最後の贈り物
    8人の子供と母親からなる家族へかかってきた1本の脅迫電話
    「子供の命は預かった、3千万円を用意しろ」
    だが、家には子供全員が揃っていた!?
    生涯最後の短篇小説にして、なお誘拐ミステリーの新境地を開く表題作など全8篇

    帯にもあるように、ミステリと恋愛要素が複雑に絡み合う短編集。
    すべて「オール讀物」に掲載されたもので、
    最新作が2009年のものであることから、著者の逝去で出版されたものだと推察される。
    前評判にも頷くばかりの傑作集。

    ■指飾り(2000.11)
     街中で見かけた女の後ろ姿は、別れた妻のものと似ていた。
    その後をつい追いかけてしまうと、信号待ちで見せつけるように、女は後ろ手で指輪を外した。
    たまたま出くわした職場の同僚の女に妻との経緯を語ることになるが……。
     収録作中最もミステリ色が薄いと感じるものの、ある女の気取った演出がなんとも。

    ■無人駅(2001.8)
     新潟県の無人の駅に降り立った女は奇妙な行動を取り続ける。
    タクシーで、おもちゃ屋で、居酒屋での不審な行動を監視することになる私。
    彼女と共に今夜現れると目される男は、時効成立寸前の事件の犯人だった……。
     最後の最後まで、女の奇妙な行動に振り回され続ける私だが、時効成立間際の駆け引きが実にスリリング。
    何が起こっている(いた)のか、まったく気づけない。

    ■蘭が枯れるまで(2002.7)
     乾有希子は、造花教室で知り合った石田多恵と意気投合する。
    語りかけてくれたのは彼女の方で、後ろ姿が似ていたからだとも。
    親密になっていく二人が、日常の不満を軽口で喋りあっていたときに、ふとした拍子に出た「交換殺人」の話題……。
     有希子が語るある殺人事件は、やがて本人さえも奇妙な魔術にかかってしまったかのような捻れを引き起こす。これは二読しないと訳が分からないだろう。

    ■冬薔薇(2004.11)
     夢から覚めた悠子は、自分がこれからどこに向かい何をするのかが混沌とした記憶の世界に生きている。予知される事件。一体この世界では何が起こっているのか。
     最後に「現実と夢の境界線上を綱渡りでもしているような心地で……」と私が語るように、収録作中随一の奇妙さを感じさせる。

    ■風の誤算(2005.2)
     沢野響子は水島課長の噂の真偽を図りかねていた。曰く暴力団と関係がある、曰くエレベータ内でセクハラまがいの行動をとる、などなど。
    日に日に課長への疑わしさは増していくが、通り魔事件の犯人であるとの噂が流れ……。
     閉鎖空間での噂がどうなるものか、ある意味でホラーで奇妙な一作。

    ■白雨(2005.7)
     縞木乃里子は陰湿ないじめを受けていた。
    はじめは一緒に撮られたはずの写真から自分だけいなくなった。
    やがては屋上に呼び出されたのちに教室に入れなくされたり。
    まるで「除け者」扱いだ。
    それに呼応するかのように母親・千津の過去にある殺人事件が現在にも立ち上ってきた。真相を知るある男からの手紙……。
     一見にして無関係のはずの二つの事件が、こんな風に不思議な絡み方を見せるのも連城作品ならでは。

    ■さい涯てまで(2006.2)
     須崎の職場はJRで、窓口担当だ。職場の石塚康子と不倫関係にある。
    ちょっとしたことがきっかけのよくあるかもしれない話。
    しかし関係は割り切ったもので時折旅行することに決めた。徐々に北へと。
    やがては日本最北端の宗谷岬で関係もオシマイのはずだったが、二人の関係を知る謎の女に、須崎は脅迫されることとなり……。
     冒頭から細かな伏線が張られた日常の謎〈旅情編〉とでも呼びたくなる一作。

    ■小さな異邦人(2009.6)
     
     帯にもある通り、誘拐ミステリーの新境地を開く一作。そうはいいつつ、実は結構あからさまな伏線で、真相に気づける人も意外と多いのかもしれない(自分は全く気付かなかった)。
    何よりも秀逸なのはこの語り口にして、誰に語っているのか、ということ。
    最後それが明かされた時にはもう溜息しか出ない。

    ミステリ  :☆☆☆☆☆
    ストーリー :☆☆☆☆☆
    人物    :☆☆☆☆☆
    文章    :☆☆☆☆☆

  • 表題作の他に、「指飾り」・「無人駅」・「蘭が枯れるまで」・「冬薔薇」・「風の誤算」・「白雨」・「さい涯てまで」を収録。

  • どんでん返し系のミステリ系短編集ですが、個人的にはあまり合わなかったです。

  • 表紙の赤いキャップの男の子が晴男か。重たいテイストの作品が多い続いて、ラストがこの表題作で、ホッとして本を閉じることができた。
    それにしても幸せな夫婦関係、親子、恋愛がないなあ。

  • 久しぶりに読んだけど
    連城 三紀彦いいなあ

  • 文学
    ミステリ

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著者プロフィール

連城三紀彦
一九四八年愛知県生まれ。早稲田大学卒業。七八年に『変調二人羽織』で「幻影城」新人賞に入選しデビュー。八一年『戻り川心中』で日本推理作家協会賞、八四年『宵待草夜情』で吉川英治文学新人賞、同年『恋文』で直木賞を受賞。九六年には『隠れ菊』で柴田錬三郎賞を受賞。二〇一三年十月死去。一四年、日本ミステリー文学大賞特別賞を受賞。

「2022年 『黒真珠 恋愛推理レアコレクション』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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